52.相反
「……えーっと、つまり。そもそもモンスターを引き寄せる体質の人間がいて、その子の身体が、あの地下室にあるんやな? で、その子の存在自体が機密情報やと。そういうことやな?」
「ああ」
「…………」
カサマツは頭を抱えた。俯いていて、表情は見えない。
俺はカサマツにすべてを話した。
モンスターが穂積市に突如として出現し、そして今に至るまで湧き続けていること。
それが一人の少女の体質によって引き起こされていること。
少女は幼少期を地下室で過ごし、今では機械化人間として戦っていること。
低く唸って、混乱したまま、カサマツは顔を上げた。
「……俺は何も、聞かんかったことにする。ええな」
その言葉に、どうして、と疑問が浮かぶ。
軍人としての立場があるから? 豊かな暮らしに身を置いているから?
そして、その疑問は少しずつ怒りへと変わり、脳の奥がちりちりと痛んだ。
「……見て見ぬふりをするのか?」
「は?」
思ったより、低い声が出た。カサマツは呆けたような顔をして俺を見る。
「あの子は、……スイは今でも、社会のために消費されている」
「……」
「それを見て見ぬふりなんて、俺にはできない」
HETによって救われた人は大勢いる。この社会はHETなしでは成り立たない。
そんなことは分かっている。
それでも、こんなのは間違っている。
誰かひとりを犠牲にして回る社会なんてクソだと、断言できる。
——あのとき、スイの前でも、そう言わなければいけなかった。
カサマツは呆れたような顔で続けた。
「……機械の身体で生きられるのならええやろ。何があかんの」
本当に、なんでもないことみたいに、その言葉はこぼれた。
カサマツの本心からの疑問だ。
機械化人間であるカサマツにとって、機械の身体で生きていくのは当たり前。
HETシステムの一部として、モンスターと戦うのも日常だ。
「確かにその子は可哀想や。ただな、何も、一生外に出られへんわけやない。機械の身体で出歩けるのなら、それでええやろ」
悪意なんてない。ただカサマツは心から、そう思っているのだ。
「俺はHETに生かされている。やから、俺はHETを否定せえへん」
病気治療の一環で、機械化手術を受けたカサマツ。
彼の人生を否定するつもりなんてない。
それでも、それでも。
この社会を、許してはいけない。
俺は腹の底から叫んだ。
「あの子が犠牲になるのはいいのか!?」
それでもカサマツは表情を変えずに、そのままのトーンで言い放った。
「俺はその程度、犠牲とも思わんわ」
瞬間、腹の底が煮えくり返る。
「『その程度』……!?」
スイのことを何も知らずに、よくもそんなことが言えるな。
怒りのまま叫ぶ。
「お前はいいよ、機械の身体で救われたんだ。それは認める、理解してる! それでもあの子は嫌がってるんだ、死にたいとまで言っているんだ。それが全てだろ!」
「何億もする高性能のガワで何が嫌なんや。俺からしたら、わがままにしか聞こえんわ」
「ふざけるな!」
これは金の問題ではない。ボディの性能の話でもない。
感情に任せて、握った拳を振り上げた。
それを振り下ろす寸前で、カサマツの表情が見えた。
冷めたように、見下すように、シリコンの瞼が細められる。
「やめろ。……俺は殴り返すぞ、ゼン」
ぐ、と歯を食いしばって、俺は拳を降ろす。
殴り合いの喧嘩の経験はないが、勝てる相手ではないことは容易に想像がついた。
軍人であるカサマツにとって、俺を挫くことは簡単なことだろう。
カサマツは押し殺した声で言った。
「俺のこと理解してる? 適当抜かすなや。……今日食うもんとか、明日生きるんだけで精一杯な奴の気持ちなんか、お前みたいなエリートに一生かかっても分からんわ」




