50.捕縛
スイを傷つけてしまった。その事実が胸を深くえぐって、ただ、うなだれることしかできない。
研究室のデスクに突っ伏して、浅く息をする。
「え、何事?めずらし……」
そんな俺の姿を見て、サカイが不思議そうな声をあげた。
心配、ではなく、不気味、みたいなニュアンスだ。
「もしかして、マジでフラれた?」
「……」
スイとはそんなんじゃない。
それでも、スイをなぐさめたくて吐いた言葉が、逆にスイを深く傷つけてしまった。
それで握った手を振りほどかれたのだから、構造としては誤りではない気がする。
「……そんな感じなのかもしれない……」
「ええええ」
ちょっと、サカイ。いや、俺マジで知らなかったんだって。
背後ではキシとサカイが何かを言い合っている。
それを聞きながら、思考が沈んでいく。
地球上に、モンスターを引き寄せる体質の人間が生まれる。
いつ、どこで生まれるのかは完全にランダムだ。その度に町が破壊され、人命や財産が奪われてきた。
モンスターはその人間に向かっていき、食い殺してしまう。
そして、また別のところで、同じ体質の人間が生まれる。
それが、無限に繰り返されていく。
その連鎖が止まった出来事こそ、16年前の穂積市でのモンスター出現だ。
軍人を父にもつスイは、駐屯地内の病院で生まれた。
スイは偶然、モンスターを引き寄せる体質をもって生まれてきた。
そして例に漏れず、生まれたばかりのスイのところにも、モンスターが押し寄せていく。
緊急事態に軍が出動し、モンスターは駆除された。
生まれたその日に食われる運命にあったスイは、偶然生存した。
以降は世界中でたった一か所、穂積市だけで、今でもモンスターが湧き続けている。
HETによって成り立つ社会で、スイはモンスターを誘引する餌として、今でも地下室に閉じ込められている。
言い合っていたはずの背後が静かになったので、ゆっくりと顔をあげる。
デスクの上にはカップラーメン、エナジードリンク、チョコレート菓子が積んであった。
「お供え物……?」
キシとサカイは各々作業にとりかかっている。
サカイのほうを見ると、気まずそうに顔を逸らされた。
なるほど、詫び菓子か。
それでも、今は何かを食べる気にならない。
思考を反らすには何かほかのことに没頭、例えば実験とかをしたほうがよいのだろうが、エネルギーを取るためのエネルギーが、自分の中には存在しなかった。
長く息を吐いて、立ち上がる。
「トイレ?」
「いや、ちょっと、外の空気を……」
キシの質問に短く答えて、研究室を出た。
気を使われているのも、居心地が悪い。
長い廊下を歩く。廊下の角を曲がったそのとき、突然背後から腕を掴まれた。
「!」
「騒ぐな、ゼン」
とっさに、後ろを振り返る。そこに居たのはカサマツだった。
カサマツは聞いたことのない低い声、真剣な声色で、俺を拘束している。
「え、おい、何?」
状況が読めずに、頭が混乱する。
どうしてカサマツが工学部の校舎に?用事があるならラインしてくればいいのに、急にどうして。
カサマツは長いため息をついた。
「ゼンお前、一体何やらかしたんや……上層部のほうから、お前を捕らえるように命令が出た」
「命令……?」
「決まりやから、お前を捕らえなあかん。騒がんといてくれると助かるわ」
腕を掴んだままカサマツは言う。
上層部、捕らえる、命令。心当たりのない物騒な単語の並びにうろたえる。
「いや、なんでだよ。何もしてないぞ、俺」
「詳しくは知らんけど、立ち入り禁止の内部に入ったんやろ?はぁ……何してんねん」
カサマツはもう一度ため息をつく。
何をしたと言われても、本当に何も分からない。
「いやいやマジで知らな、」
「ゼン」
俺の言葉を、カサマツは短く切った。
そして真剣な表情のまま、真っすぐ俺を見る。
「ええから来い。俺は、お前を殴りたくない」
「……」
抵抗するのなら、暴力もいとわないということか。
捕らえられる理由は何も分からないが、話を聞いてもらえないことだけは理解した。
そこにいたのは友人ではなく、一人の軍人だった。




