48.希死
16年前。スイがこの世に生まれた日に、大量のモンスターが穂積市を襲った。
収穫間際の稲は踏み荒らされ、古い城下町と城砦跡は破壊され、多数のけが人が出た。
5万5千いた穂積市民は農地や住宅を放棄し、全員市外に避難した。
モンスターはスイの体を食べようと、駐屯地に向かって一斉に突き進む。
それを軍が食い止めて、スイは生存した。
やがてモンスターの体内からHETが発見され、人類はモンスターをエネルギー源として活用するようになる。
日本はたちまちエネルギー大国に成り上がり、人々が直面していたさまざまな社会問題を過去のものとした。
スイの体は、1億3000万の日本国民に捧げられた供物なのだ。
震える声のまま、スイに尋ねる。
「……子供時代を、ここで一人で過ごしたのか」
「ううん。おかあさんが、そばにいてくれた。……昔の話、だけど」
スイの声は静かで落ち着いていた。
まるでこれが、なんでもないことのように。
「ここから出られないことが、嫌じゃなかったのか。学校とか、友達とか」
「嫌っていうか……外とか、知らないし……」
ほかの子供が当然与えられているものを、何も与えられずに。
初めて話したとき、会話が苦手な、内気な子だと思った。
当然だ。スイにとって「外」も「他者」も、はじめから存在しなかったのだから。
「きみは……何かの治療の一環で、機械化手術を受けたのか?」
「うーん……」
違うと思いながら、それでも尋ねる。
ひとつずつ、確認しなければならない。
スイは少し迷って、続けた。
「モンスターを引き寄せるのを、病気ってよぶなら、そうかも」
体質のせいで、外の世界を知ることのなかったはずの少女が、機械の身体を手に入れた。
でも、それは決して搾取からの解放ではない。
現にスイは最前線で戦うことを強要されている。
エネルギーを生産するシステムの中に、より強固に組み込まれただけだ。
「このことは、きみのほかに、誰が知っているんだ?」
「……おとうさん。……だけだと、思う。たぶん」
おとうさん。スイの父親。
HETシステム全体の最高責任者、イズミノ陸将。
スイは一歩、また一歩と、自身の生身の体に歩み寄っていく。
「ゼンは前に、わたしがしたいことを一緒に探そうって、言ってくれたよね」
あの日。
大学がモンスターに襲撃されたあの日、俺が怪我を負ったことに責任を感じたスイは、顔をゆがめて泣いていた。
俺はそれを止めたくて、スイと約束したのだ。
液晶の光で逆光になっている。
スイの影が、ベッドに横たわる自身の体に、ゆっくりと触れた。
「あれから考えたの。考えるの、あんまり得意じゃないけど、一生懸命考えたの。……ゼン、わたしね、」
スイはうつむいたまま、胸元のあたり——彼女の心臓の上で、機械の拳をにぎる。
「死にたいの」
生身の心臓が動き続ける限り。スイは囚われ続ける。




