30.病み上がり2
「というかゼン、今日はあの子は来ないの?」
ノートパソコンを開きながら、キシが尋ねる。あの子、とはスイのことだろう。
「……来なかったな」
入院前にスイは俺のところを訪れて、一緒に文字を勉強していた。
勉強会をはじめてからモンスターの襲来まであまり日がなかったため、回数こそ少なかったものの、勉強会をしていたことは周知の事実だ。
「お、フラれたのか?」
「フラれてない。というかスイはそんなんじゃないって」
サカイが余計な詮索をする。
フラれるとか、そもそもスイとはそんな関係じゃない。
大前提として、スイはまだ子供である。
あの日——イズミノ陸将が駐屯地の施設長に就任した日。
スイはニュースの画面を見ながら呆然と立ち尽くし、しばらく放心していた。
おとうさん、と短く言ってからは言葉を発さずに、ただ画面を見つめていた。
少し時間が経ってからスイはふらふらと動き出し、床に散ってしまった筆記用具と学習帳をよろよろと拾い集め、何も言わずに病室を出て行ってしまった。
スイの背中を何度か呼び止めたが、まるで聞こえていないみたいに、スイは黙って歩き続けていた。
追いかけたい気持ちはあったものの、ベッドから少し身を乗り出しただけで、背中に鈍い痛みが走った。
ベッド上安静を厳しく言いつけられている身では追いかけることは難しく、そもそも自力ではとても動ける状態ではなかった。
あれが、スイに会った最後だ。
その後の入院生活では、スイの姿を見ることはなかった。
入院中、それがずっと気がかりだった。
今朝、6時に自動で目覚めるように矯正された俺の身体は、アラームよりも早く起きた。
スイがまた文字を勉強しに来るかもしれない、そう思って、そのまま身支度をして寮を出た。
学生たちが活動をはじめるよりも前、朝早い時間に研究室についたものの、時間になってもスイは現れなかった。
スイのことが心配だ。
イズミノ陸将はできた人間であると、カサマツは言った。
あくまで仕事上では、優秀で、人望があり、地位が高い人物。
それでも親子間ではどうだろう。
悪いことばかりを考えても仕方がないとは思うが、娘を無知のままに育て、まだ子供のうちから最前線で戦わせているような人間が、果たしてまともな親なんだろうか。
画面で父の姿をみて放心したスイの表情が思い出されて、自分の中の憶測が、日に日に大きくなっていくのに気づいていた。




