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友人


 入院14日目。


 背中の抜糸が無事に終わり、ついに絶対安静が解かれた。

 院内の売店や自販機コーナーくらいであれば、一人で行ってもいいらしい。


 点滴はすべて外され、代わりに飲み薬が増えている。

 体をひねるとちりちりと皮膚が引きつれるが、恐れていたほどの痛みはなかった。


 娯楽に飢えているため、売店に並ぶ商品を眺めているだけでも少し楽しかった。

 今日だけで何度も、意味もなく売店まで歩いている。

 それを咎める人はおらず、むしろリハビリを兼ねてたくさん動いた方がいいらしい。



 そんな中、カサマツが病室を訪ねてきた。


「大学の復旧作業がようやくひと段落ついたから、やっと来れたわ」


 カサマツはふう、と息を吐き、ベッドサイドの丸椅子にドカッと座る。


「思ったより元気そうで良かったわ。なに、もう歩いてんの?」


「そうだ。今日から解禁された」


「リハビリも兼ねてって感じか。退院見えてきたん?」


「ああ。とりあえず様子見て、問題なかったら1週間後に退院」


「おお。よかったやん」


 カサマツもカサマツで、この2週間は大変だったらしい。


 不祥事を起こしてしまった軍の中はバタバタしていて、一時は指揮系統が混乱していたそうだ。


 狩場や大学内の破壊された箇所の片付け、修繕。

 それに加えて普段通りのモンスター処理の仕事もあるのだというから、軍内の阿鼻叫喚っぷりは想像できる。

 


「そういえばカサマツ。新しく施設長になった、イズミノ陸将ってどんな人なんだ?」


 俺の質問に、カサマツはうーん、と少し考えるそぶりをした。


「俺はあんまり関わりないけど、評判はめちゃくちゃええよ。なんか、俺らの待遇改善してくれるらしい。訓練所のトイレ、あそこめっちゃ古かったんやけど、施設長がイズミノ陸将になってから、改修工事が速攻で決まったしな。噂やけど、来年度から給料も上がるらしいし」


 まあ俺、トイレ使わんのやけど。そう言ってカサマツはカラカラ笑う。

 機械化人間ジョークか、反応しにくい。


「今回の復旧作業も、現場入って直接指揮とってるわ。偉い人やのに、下っ端の俺らにも声かけてくれるし。この間、名前呼ばれてビビったわ…あの人、一緒に仕事する奴の顔と名前、全員分覚えてんちゃうかな」


「…それは、凄いな」


「まあ、天下りの役人よりはよっぽどええわ。前の施設長は東京から指示出すだけで、現場のこと何も知らんかったし。前が悪すぎたのもあって、今俺らの中でイズミノ陸将を悪く言ってる奴はおらんよ」


 天下りの役人。テレビで見た、深々と頭を下げる白髪の男が思い出される。

 彼に比べて、イズミノ陸将は好意的に受け取られているらしい。


「…そうか、分かった」


「まあ、ちゃんとしてる人やと思うから。今回のお前への補償も、ちゃんとあるやろ。元気出せ、な」


 カサマツの金属の手のひらが、俺の二の腕をぽんと叩いた。

 別にそのことを心配していたわけではないのだが。


 まあ、カサマツの言う通り、今回の件では、入院費とお見舞金が軍のほうから出るらしい。

 あのときは病室を訪ねてきた軍の弁護士に心底びびったが、俺にとって悪いようにはならなかった。


 カサマツはイズミノ陸将を、ちゃんとしている人だと評した。

 率先して現場に立っている、頼れる上司という感じか。

 スイのあの怯えた顔とは、どうもイメージが合致しない。

 それに、自分の娘に全く教育を与えず、そればかりか最前線に送り込んでいることも。



「…あと、気になったんだが。人工皮膚って、ふつう顔だけに貼るものなのか?」


「え、なんで?」


「いや、なんとなく」


 カサマツの首から上には、肌色の人工皮膚が貼りつけられている。

 それに対して、服に覆われていない、手や足首の部位は、金属がむき出しのままだ。


 スイは全身、指先に至るまで精巧な人工皮膚に覆われていた。

 カサマツの顔に貼りつけられているような、よく見るとシリコンの質感が目立つものではなく、まるで本物の皮膚と見まがうほどのものだ。


 それに、血色の再現までされていた。スイの桃色の指先が、三角鉛筆を強く握ったときに白く変色した光景を、覚えている。


「いや、まあ。俺の場合、金かけられへんし。人工皮膚がないと表情作れんらしいから、首から上のやつは治療の一環で、保険でつけられるんや。でもそれ以外、首から下は保険適用外。全身貼ろうと思ったら自費やし、えぐい金かかるで」


 カサマツは着ているTシャツを肘までまくり上げて、肘関節の接合部を見せてくれた。


 円柱のパーツを軸に、三本の長い金属が滑らかに動いている。

 生身で言うところの、上腕骨、尺骨、橈骨にあたる部品だろう。


「まあ金ある奴で、手先に貼ってる奴もおるけどな。リハビリ中に一回だけ見たわ。おっちゃんやけど、どっかの社長らしいわ。『肘から先にシリコン貼るだけで50万かかったわー』って笑っとったけど」


 シリコンの皮膚でも、肘から先だけで50万。仮に全身を覆うとすると、数百万は簡単にかかるだろう。


「それに人工皮膚にもいろいろランクがあるし、そもそもボディ自体、種類がめちゃくちゃあるからな。保険きかんようなハイクラスのやつもあるけど、正直キリないわ。オプション付けまくったら、普通に億いくんちゃうかな。」


 億、という言葉に絶句する。普通の人間は、一生かかっても払えないだろう。

 とんでもない金持ちならあり得る話だが、決して一般的なものではないらしい。


「俺は全部、保険適用内。ベーシックタイプのオプションなし。17のときやったから、タダでできたしな」


 この国では、子供にかかる医療費は基本的に無料になる。

 不況にあえいでいた頃は自己負担額を増やすような議論もあったと記憶しているが、HETにより好景気に転じた結果、手厚い福祉を受けられるようになっている。


「結構気に入ってるんやで、この身体。かっこええやろ、普通に」


 カサマツは精密な機械の手を、グーパーと開いたり閉じたりしている。

 鈍い光を放つ金属に白い蛍光灯が反射して、いろいろな角度で輝いていた。


「…それは正直、思ってた」


「やっぱり?お前も分かるか、この少年心をくすぐる造形」


「ああ。正直、めちゃくちゃかっこいい」


 精巧な金属が奇跡的なまでに嚙み合って、滑らかな関節運動を呈している。

 金属同士とは思えない摩擦の少なさだ。テクノロジーの結晶そのもの。

 そこには技術とロマンが詰まっている。


 カサマツは満面の笑みで、しばらく腕を動かして見せてくれた。


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