604.大勝負
「う……おおおおおっ!?」
ニルスは今、非常に焦っていた。
完全に油断してしまった。この戦闘機の機動力と戦闘力の高さで一気にドラゴンたちを駆逐できると思っていたのだが、今の状況ではそれもままならない。
なぜなら、ルギーレたちを仕留めるべくイークヴェスの背後に回り込もうとしたところでフェイントをかけられてしまい、戦闘機の細い機体をイークヴェスの前脚に鷲掴みにされてしまう。
『ぬん!!』
「ぐ、ぐぐ……!!」
更に後ろの脚でガッチリと鷲掴みにされた上に、脚を曲げて体重をかければ戦闘機に黒いドラゴンが覆い被さる形になった。
これでは魔力を噴射して拘束から抜け出そうにも抜け出せず、そのまま地上に叩きつけられるのを待つばかりになってしまったニルスは非常に焦っていた。
(くっ、このままでは……!!)
何とか魔術を使って窓を壊して脱出しようとするものの、窓も簡単に破壊されないように魔術への耐性がある、ということがその脱出行動を妨げる仇となってしまった。
では魔術を使わずに、腰に下げていたロングソードを操縦のために操縦席の横に固定しておいたことを思い出し、その柄を使って窓を叩き割ろうと奮闘するニルス。
ここで自分が死んでしまったら師匠に合わせる顔が物理的になくなってしまうので、何としてでもこの鳥かご状態から脱出しなければと足掻くニルスだが、そんな彼の元にキラリと何か光るものが見えたのはその時だった。
(あ、あれはーーー!?)
その光は黒く一本の線となって、明らかにこちらに向かってくる。
何が起こっているのかを考えるよりも先に、ニルスはとっさに自分に対して最大限の魔力を込めた魔術防壁を展開する。
それと同時にふわりと身体が浮くのを感覚で感じたところで、魔術防壁に包まれたままの彼は黒い線の直撃を受けた。
そしてその頭上では、一匹の黒いドラゴンと聖剣に選ばれた人間が激しい衝撃に巻き込まれていた。
「うおあっ!?」
『ぐぅっ……!!』
いくら自分の魔力だとはいえ、最大限までその魔力を溜め込んだ魔力砲の最大出力の直撃を受ければ、戦闘機ごと吹っ飛ばされてしまうのはイークヴェスもわかっていた。
だからこそ、その魔力のエネルギーを絶対に戦闘機とニルスに当てるべくギリギリまで粘ってから、戦闘機を放して自分たちだけ離脱する作戦だったのだが、予想以上の魔力砲の威力にイークヴェスも魔力エネルギー砲に巻き込まれて吹っ飛ばされてしまったのだ。
ただし彼の場合は自分の魔力を自分で受ける形になるため、自分では致命傷になるほどの傷を負うことはなく、単純に自分の魔力がまた体内に戻ってくるということだった。
だが、背中に乗っていたルギーレはイークヴェスが吹っ飛ばされるだけの衝撃を受け、さすがに耐え切れずにイークヴェスの背中から吹っ飛ばされてしまった。
「う……わああああっ!?」
『待ってろ!!』
百階建ての屋上から空中へと飛び出したルギーレの唯一の足場は、それこそイークヴェスの背中の上だけだった。
それが今は何もなくなってしまい、地面へと引っ張られる力に沿って落ちて行ってしまうだけである。
せめて空中で自分の体勢だけは維持しようと、慌てる気持ちを懸命に抑え込みながら自分が今どこを向いているのかを確かめようとしたルギーレの視界に、とある光景が目に入った。
(あ、あれは……!!)
ルギーレの視線の先には、これまたイークヴェスとともに吹っ飛ばされて破壊されてしまった戦闘機の残骸と、破壊されたことによって結果的に操縦席から脱出することができたニルスの姿だった。
せめて……せめてあの男だけはここで仕留めなければならない。
ルギーレは体勢を立て直しながら、だんだんと下に迫ってくるニルスに向かって二振りのロングソードを両手で握りしめ、大きく振りかぶった。
そして落下しながら自分に迫り来るルギーレの影が自分に覆いかぶさったことに気が付いたニルスも、慌てて身体の向きを変えながら右手にエネルギーボールを振りかぶる。
「どこまでも私を追うつもりか!! 私はまだ死にはしない!!」
「あんたさえいなければ……あんたさえ!!」
戦闘機が破壊された時に、愛用のロングソードまでも一緒に吹き飛ばされてしまったニルスのエネルギーボールと、大きく振りかぶって叩きつけられるルギーレの二振りのロングソードがぶつかり合ったその瞬間、二つの力が共鳴しあって空中で大爆発が起こった。
「る……ルギーレ!?」
「いやああああああああああっ、ルギーレ!!」
「ルギーレ……そんな……」
セバクター、ルディア、エリアスの三人を始めとした地上部隊には、その爆発がしっかりと見えていた。
爆発に巻き込まれて見えなくなってしまった、二振りのロングソードとドラゴンたちに認められし元勇者パーティーのメンバーだった男の光景を……。




