598.ニルスの焦り
「うおおっ、おっ!?」
『る、ルギーレ!?』
「どうしたんです?」
ルギーレとエルヴェダーの大声に反応したルディアだったが、どうやらそれは明らかにただ事ではないということが、彼ら二人の元に駆けつけてみて判明した。
なぜなら、その破壊しにかかっていた魔法陣から現れた新たな敵はルディアの偽者ではなく……。
「えっ、あれはもしかして……」
『ルギーレ……の偽者!?』
「お、俺がもう一人いる……?」
何と、今回現れたのはもう一人のルギーレ。
しかし自分たちの方には本者のルギーレがいるのだから、すぐに偽物だと気がつくもまさかの光景に驚きを隠せない一行。
だが、考えてみればすでにルディアの偽者たちと嫌になるぐらい遭遇しているためにそこまでの驚きはなかった。
そして先ほどルディアが目にした奇妙な形の足跡は、どうやらこの魔法陣から現れた偽者のルギーレが複数、先ほど発見した昇降機に向かって進んでいっていた時についたものなのだろうと結論が出た。
『むん!!』
「おー、一撃……」
エルヴェダーの発した炎のエネルギーボールによって、業火に焼かれて溶けていくルギーレの偽者。
しかもこのルギーレの偽者は、本者のルギーレと違ってかなり弱いらしいので少しの攻撃で倒せてしまうようであった。
とはいえ、足跡や昇降機を使った形跡から考えるとどうやら大量に生み出したルギーレの偽者たちを昇降機でどこかへと送り届けているようである。
「ここから上の階層にはルギーレの偽者たちはいなかった。ということは下に向かって移動していったってことか」
『そうなると……もしかして地下に向かっているはずのセバクターたちの方を狙うために送り出したってことか!?』
「その可能性は高いですね。ひとまず連絡を入れてみましょうか」
ルギーレとエルヴェダーの考察を聞いたルディアが、魔術通信で現在地下にいるであろうセバクターたちに連絡を取ろうとする。
しかし、いくら待っても呼び出し音が鳴るだけで向こうが応答してくれないので、連絡は諦めた。
「応答がありませんね。どうやら向こうでは戦いの真っ最中みたいです」
「向こうも心配だがこちらも魔法陣を潰さなければならないな。それからタリヴァルかシュヴィリス、この昇降機の止め方を教えてくれ」
しかし、そう指示を出したルギーレに対してタリヴァルは首を横に振った。
どうやらここでは止めることができない理由があるようだ。
『あー、それなんだが地下に行かないと無理だ』
「地下?」
『そうだ。こういうものをいろいろと制御するための設備は、地下にある部屋にまとめているからな』
「だとしたら……向こうが何とかこの状況に気がついて止めに行ってくれていることを願うしかなさそうだ」
実は今まさに地下でその昇降機を止めに行ってくれているメンバーがいるのだが、ルギーレたちにとっては連絡が取れない以上、焦りの気持ちしか浮かんでこない。
しかし、そんな焦りの気持ちが浮かんでいるのは再び魔法陣を破壊することに集中し始めたルギーレたちのみならず、この九十階と地下での出来事を見守りながら自分のできることを進めているあの男もそうだった。
(バカな……私の生み出したルギーレとルディアの偽者たちが次々と撃破されていくだと!?)
ニルスはルギーレとルディアの戦いの記録を世界各地から集めておき、それによって本者と同じ能力を持っている何体もの偽者を生み出し、一気に撃破する予定だった。
しかし、そのどちらの偽者も片っ端からやられてしまっているだけでなく、偽者たちを生み出している魔法陣まで破壊されかかっている。
彼はルギーレたちの実力を見誤っていただけではなく、この世界の看視者である伝説のドラゴンたちを敵に回してしまったことを、今こうしてジワジワと実感し始めていた。
このままでは向こうの世界……エンヴィルーク・アンフェレイアを征服しようとしている師匠にも顔向けできずにやられてしまうかもしれないと、いつになく弱気になり始めるニルス。
こんな時、自分と同じく黒髪で紫を基調としている衣服に身を包んでいる自分の師匠であったらどうするのだろうか?
もしかしたら、自分が直にルギーレやルディアたちと対峙してその強大な魔力から生み出される絶大な威力を誇る魔術で、その全員を蹴散らしてしまうのだろうか?
(かといって、私がのこのこと出て行ったところでやられる可能性しか残っていない!!)
そもそも、ルギーレという無魔力生物がいる時点で師匠にも勝ち目はない……などと失礼なことを自分の師匠に考えてしまうニルス。
こうなったらあの連中が突破してくるのを頭の中に入れた上で、最後の「あれ」を使って全員を蹴散らすしかないだろう。
それは例えレイグラードだろうがドラゴンだろうが、エターナルソードに認められた人間だろうが変わらない。
そうと決まれば早速準備をすることに決め、頭を抱え始めていたニルスは水晶を見るのをやめて屋上へと駆け出していった。




