592.消滅
『ぐううっ……』
「……」
相変わらず何も喋らないまま、ルギーレはじわじわとセルフォンを追い詰めていく。
その様子を怪我を負っている状態のセバクターが横目で見ながら、セルフォンやルディアほどではないにしろ自分で出来るだけ自分に回復魔術をかけて回復していく。
それと同時に、自分が戦っていたルギーレに対して妙な違和感を覚えているのも事実だった。
(さっきからあのルギーレは何も喋らない……妙だな……?)
もともとルギーレは快活な性格であり、いろいろとコミュニケーションを取るために喋ってくれるのは、自分を含めたメンバー全員がわかっているセバクター。
しかしただ喋らないだけならまだわかるのだが、そういえば現在手に持っているレイグラードを振るう時などにも掛け声が一切出てこないのは不思議な話だ。
(何なんだ、この違和感は? セルフォンと今こうして戦っているのは間違いなくルギーレなのに……)
何なのかはわからないが、どうしても目の前で戦っているルギーレからは違和感が拭いきれないセバクター。
そもそもルギーレは自分たちとは違い、現在は上に向かって進んでいるはずなのだからここにいるはずがない。となるとまさか、自分たちを裏切ってニルスやディルクたちの側についてしまったのだろうか?
レイグラードの力を持ってすれば、確かに伝説のドラゴンたちでさえも討伐できてしまいそうなものだが、だからといってルギーレが自分たちを裏切る理由が見当たらない。
そして必死になってルギーレと戦っているセルフォンもまた、目の前に対峙しているルギーレの雰囲気を異常なものだと考えていた。
【この男は普通じゃない……いや、そもそも人間じゃないように感じる。こいつは化け物だ!!】
だからといっても、今の自分ができるのはセルフォンとともに戦うことである。
回復魔術によってじわじわと受けた傷も回復しているわけだし、ここから一気に巻き返して二人でこのルギーレを撃破するしかない。
例え相手が顔見知りの仲間だとしても、例え相手が聖剣を持っていようとも簡単に負けられないのだ。
「……ふっ!!」
「……」
相変わらずの無言を貫くルギーレだが、それでも固くて手のひらに収まる大きさの四角い金属部品が今しがた自分に向かって当てられたことによって、投げつけてきたセバクターの方を向いて近づいてこようとする。
しかし、それはセルフォンが許すはずもなかった。
『おっと、某も忘れるなよ!!』
「……」
ガキィン、とロングソードが激しい音を立ててルギーレのレイグラードを捉える。
そのまま鍔迫り合いに持ち込み、一気に壁に向かって押さえ込もうとするセルフォンを見て、セバクターも回復しきってはいないものの立ち上がってロングソードを片手にルギーレに向かって接近。
そのまま彼が黄色いコートの下に着込んでいる、鎧の装甲が薄くなっている脇腹を狙って、的確に愛用のロングソードを突き刺した。
しかし……。
(……ん!?)
今の一撃を上手く防御されたわけでもなく、避けられてしまったわけでもない。
むしろ非常に手応えのある高速突きだったのだが、次の瞬間セバクターとセルフォンはありえない光景を目にすることとなる。
『な……!?』
「えっ!?」
二人は同じような反応を見せる。
それもそのはずで、目の中に光を宿していない不気味な状態のルギーレはそのままガクリと壁にもたれかかったのだが、何とセバクターが突き刺したロングソードの部分からシュウウ……とこれまた不気味な音を立てながらまるで霧のように消えてしまったのだ。
空中に吸い込まれるかのようにスーッと姿がなくなってしまい、刺さって安定していたはずのロングソードが急激に軽くなった。
『おおっ……とと……』
「え、おい……今見たか!?」
『ああ、しっかりと見た。消えてしまったな……』
人間がまるで霧のように消えてしまうなんて光景は、二人とも今まで生きてきた中で初めて見るものだった。
何がどうなっているのかさっぱりわからず呆然とするセルフォンと、そのセルフォンに支えられながら何とか冷静な気持ちを取り戻そうとするセバクター。
とにかく今まで起こっていたことを下のメンバーや上に向かっていったルギーレたちの部隊に報告しなければならないが、問題はこのルギーレのことをどう説明するかだった。
「人間が消えた……といっても信じてくれるのかな?」
『話半分に思われるのがやっとというところじゃないか? 某だってこうして実際にルギーレと戦っていなかったら、頭のおかしいことを言い出したと軽蔑の目で見てしまうからな』
とりあえず今ハッキリしていることは、自分たちが戦っていたルギーレはどうやら偽者だったらしい。
魔物の類なのかそれとも幻覚か。
詳しくは下にいるメンバーにまず報告してから……と考えていたのだが、そのルギーレが消えてしまった光景を見ていたのはどうやらこの当事者二人だけではなかったようである。




