591.機材室の異変
『セバクター、いつまでかかっているんだ?』
「そういえば戻ってこないね、セバクター……」
そのセバクターが現在とんでもない事態になっているとは知る由もない他のメンバーたちの中で、最初にセバクターが全然戻ってこないことに気がついたのはセルフォンとエリアスだった。
それを作業しながら横で聞いていたグラルバルトが、セバクターに対して部品を取ってくるように指示をしていたアサドールに事の成り行きを聞いてみる。
『なあアサドール、君はそんなに大きな物とか、数の多い部品を持ってくるようにセバクターに頼んだのか?』
『まさか。吾輩が頼んだのはこれぐらいの小さな部品を五つだぞ。機材室には空き箱とかもたくさんあるから、それを使えばすぐに運べるはずなんだがな』
成人男性の両手にスッポリ収まるぐらいの大きさの金属部品で、それも人間が持てないほど重くはないので、こんなに時間がかかるはずがない。
だとすると考えられるのはこの広い地下で道に迷ってしまったか、もしくは何かがあって足止めをされているということだった。
「えー……でも道に迷うってのは考えにくいんだけどねえ」
『私もそう思う。だって、機材室って地下二階にあるあそこだろう? 地図だってこの地下の至る所に貼ってあるんだし、迷わないようにできてるはずだし』
『ああ。某たちのように長年生きていてここのことを知り尽くしているというならまだしも、ここに住んでいた人間たちだってこの地下を利用していたんだから、迷わないようにするのは当たり前だ』
エリアスとグラルバルトの疑問にタリヴァルが答えるのを見ていたアサドールが、だったら手っ取り早い方法があるじゃないかとセルフォンに指示を出す。
『セルフォン、すまないが上に行って様子を見てきてくれないか』
『ああ、わかった』
アサドールに指示を出されたセルフォンは、いつまでモタモタやっているんだとブツブツ呟きながら地下二階へと上がっていく。
地下の敵は全て殲滅したはずなのだが、何かあっては困るのでとりあえず武器は常時携帯している。それはセルフォンのみならず、このニルスとディルクに占拠されている状態の大木城にいるだけあって、突入した全員がそうである。
そしてそのことが、機材室へと向かって現状を確認するに至ったセルフォンがすぐに行動を取ることができた状況へと繋がるのだった。
『おーいセバクター、一体いつま……で?』
横に広い地下を抜けて、ようやく機材室にたどり着いたセルフォンはまず血の臭いがすることに違和感を覚える。
そして次に目に飛び込んできたのは、床に点々と続いている血の跡だった。
前にここに来た時にはこんな血痕はなかったはずなので、すぐにこの機材室の中で何か異常事態が起こっていることはすぐに予想がついたセルフォンは、腰のロングソードの柄に左手だけを添えながら血痕を辿っていく。
そしてその先からは、ギィン、ガキンと金属がぶつかり合う音が聞こえてきていた。
(まさか……!!)
ここに部品を取りに来たセバクターは、まだこの地下のどこかに隠れていたりなどで倒しきれていなかった敵の残党と戦っているに違いない。
そう考えたセルフォンは自然とその金属音が響き渡っている方へと向かうが、そこで見えた光景にさらに驚きを隠せない状況となっていることに気がついた。
『……なっ!?』
「くうっ……!!」
「……」
機材室の一番奥にある開けた場所。
そこにはその戦いで散乱したのであろう多数の部品や荷物が入った箱が散乱しているだけでなく、仮にも一国の騎士団員であるセバクターが明らかに追い詰められている状況があった。
そしてそのセバクターを追い詰めているのは、淡い光を放っているロングソードを持っており、茶色い髪の毛を無造作に切っている……ここにいるはずのない男だったのだ。
セルフォンはその男の名前を呼びつつ、腰のロングソードを引き抜いて一気に斬りかかる。
『おいっ、何をしているルギーレ!!』
「……」
しかし、黙ったままのルギーレは無言でその斬撃を防御してきた。
セルフォンもすぐに後ろへと大きく下がるものの、その一瞬でルギーレのとある異変に気がついた。
【ルギーレ……まるで死んだ生き物みたいな目つきになっている!?】
ルギーレの瞳の中には光がなかった。
レイグラードに精神が乗っ取られてしまったのだろうかなどと突拍子もないことを考えてしまうセルフォンだが、ルギーレはそんな彼の戸惑いなど知る由もなくお構いなしに斬りかかってくる。
これはただごとではないと判断し、セルフォンは全力でルギーレに立ち向かい始めた。




