過保護な兄と。
「リリス、お帰り」
家に戻ると、ちょうどお兄様が出かけるところにかちあった。ただいま帰りました、と挨拶をすれば、そっと私の頬に手を当てる。
「顔色は良くなったようだね。新しい環境に慣れるまでは無理はしないように」
と優しく言い、最後に頭をポンポンと撫でていく。
「もう!子どもじゃありませんのに!」
私の抗議を笑って受け流しながら、家を出て行かれる。
先ほどのお兄様の顔には、安堵の表情がみてとれた。昨日はひどい顔色で帰った上、朝も寝不足のボロボロな顔だったから……。
今会ったのも偶然ではなく、戻るのを待ってくれていたのかもしれない。
私が落ち込んでいると、夕食が私の好物になったり、好きな花が部屋に飾られていたりと、言葉だけではなく行動でも示してくれるお兄様。「リリスは無理しているのに大丈夫って答えるからな。聞くより自分の感じたもので動くほうが良い」と、私の変化に敏感に気が付き、気をまわしてくださる。
前の生でも父と共に私の処遇についてシリル様に何度も抗議をし、その結果閑職に回されてしまった。それなのに私を恨むどころか「リリスの待遇改善をできずにすまない」と頭を下げて下さった。私への予算がどんどん削られた時も、「ギュンター様よりリリスティア様の環境を整える資金を潤沢に頂いております。食べたいもの、欲しいなどがあればすぐに仰って下さいね」とアンリに言われたときにはお兄様からの愛情に泣いてしまった。
前の生では迷惑と心配をかけるばかりで何もできなかったけれど、今回こそは幸せになってお兄様を安心させたい。私のことばかりだったお兄様にもかわいい奥様ができたら嬉しいし、家族が増えていくのは素敵なことだ。両親も子煩悩だから、孫が出来たらメロメロになりそう!
シリル様のことに関しても、好意的に接してもらえるのはマイナスではない。
行動次第では、皆が幸せになれるかもしれないと考えると、ワクワクしてきた。今日は兄とたくさん話そう。今から晩餐の時間が待ち遠しくなった。
兄との晩餐は非常に和やかに進んだ。
シリル様との話をすると「仲が良いようでなによりだ」と安心したようだ。でもこれが2か月後変わるかもしれないので、布石を打っておかないと。
「とはいえ、社交が中心である以上、シリル様も他に惹かれる方がでてくるかもしれません。その時は潔く身を引こうと思います」
言った瞬間、部屋の温度があからさまに下がった上に緊張感がはしる。隣にいたメイドを見上げると、真っ青な顔で下を向いている。まるで正面を見てはいけないかのような……
「リリス」
理解。
正面にヤバイのが、いえ笑顔なのに目が死んでいるお兄様がいらっしゃった。
「そうなりそうな態度をシリル殿下がとっているのかい?さっきの仲のよさそうな報告も私への遠慮とか?」
「いえ、あくまで可能性の話です!」
お兄様の声に色がついていたらきっとどす黒いだろう。怖い、夢に出てきそう。
「交友関係が広がり、別の人に心を移される可能性があるというだけです」
「政略結婚である以上、立場はわきまえていると思うが。それに、リリス以上に可愛いくて性格のいい女性はいないから、そんなことは起こらないだろう。起きたならシリル殿下の目は節穴だ」
それが起こったんですよお兄様ー!!
もう。ほんっとうにお兄さまは私の評価が甘い。
なかなか子どもが生まれなかった両親が親戚筋から迎えた養子ではあるが、私からすると産まれた時から兄としてずっといるので全く違和感はない。
これが巷のロマンス小説とかなら「血のつながらないお兄様と……」という展開もあるかもしれないが、異性というより、兄を越えて父なのである。
特に今は両親が領地にいて、本邸には私達だけというのも兄の責任感を強くしている所以だろう。
普段は冷静沈着でクールなのに私に関すると無表情なのに言動がぶっ飛ぶので、初めて見る人は兄を二度見する。ご友人がたでも遠い目をするので、慣れるというより見ないふりをしたくなるほど違和感があるようだ。
「交流のために、次の登校までに一度シリル様を訪ねたいのですが、先触れを出してもよろしいでしょうか?シリル様からの誘いですので問題なく通るとは思うのですが」
「もちろんだ。有意義なものにしておくれ。この前母上が下さった茶葉を手土産に持っていくか?かなり出来が良かったが」
「そうさせていただきますね。では、お手紙を書いて参ります」
「リリス」
退出する直前、お兄様から声がかかる。
……いつものだ。
「門限は?」
「3時です」
普通の貴族子女なら日没だ。
「扉は?」
「全開で」
未婚の男女が話すときは少し扉を開けるが、どんなに大きくても半開きだ。
「座る場所は?」
「隣ではなく向かいの席で」
「近い。2mは開けなさい」
できるかっ!