第八話
蒼天の下、一面に広がる耕作地の合間を縫って、赤く焼き固められた煉瓦の道が彼方まで続いていた。
赤煉瓦の街道には、二騎の騎兵が、頑丈そうな四頭立ての馬車を先導していた。
騎兵は帝国の正規兵だろうか、板金の胸当てが厳しい印象を与える。兜は付けていないようで、一方は色素の薄い長髪を風に靡かせ、一方は禿頭に太陽を反射させていた。
二騎は会話もせずに、粛々と馬車を先導していた。だが、馬車のほうは、彼らとは違って少し賑やかな様子だった。
四頭立ての馬車だけあって、御者台は広く作られていたが、そこに三人の男が少し窮屈そうに、横並びに座っていた。
正面左から、アシュロン、御者のジュドー、ガルである。
そして、アシュロンの体格がその窮屈さの原因の大部分を占めていたのは言うまでもない。
「な~んで、お前みたいなひよっこが選ばれたんだ?」
ガルが面白がるようにジュドーをからかった。
「えへへ、なんででしょう?でも、あの子達を帝都まで送れるなんて運がよかったです。」
ジュドーがはにかんだ笑顔を見せた。
「てめえ、あのかわいこちゃん目当てで立候補したんだろ?」
ガルの言葉にジュドーが慌てて否定する。
「ち、違いますよ。純粋に、仕事です、仕事。僕も辺境への出向が終わったんです。それに御者の采配は上の人が決めることなんで、僕なんかに口は出せませんよ」
ガルがへー、とかほーんといった気のない返事を返した。それを聞いて、ジュドーは目に見えて顔を赤くした。
「ま、見知らん奴よりは知った仲のお前でよかったよ」
ガルはジュドーの肩を軽く叩いた。
アシュロンとガルの二人は、ニフィムとナーニェを帝都まで護送する依頼で、まさか、ジュドーと道行きを共にするとは思っていなかった。
馬車や御者も軍が一括で用意するものと思っていたためだ。もちろん、理由如何によっては、軍はこういった雑事もこなす。しかし、今回はユーリ副指令の意向から、陸運商会への依頼が出されたようだった。
北部辺境軍管区においても、司令のストリガンと副指令のユーリでは考えが異なるらしく、ストリガンは何やら腹に一物抱えているようで、ユーリは純粋にニフィムとナーニェを帝都に送り届けたいようだった。
そんな辺境での確執をよそに旅が続く。
アシュロンはガルとジュドーのじゃれ合いを、微笑ましそうに眺めながら、乾煎りした木の実を食べていた。布袋にタップリ入れてきたはずのそれは、ヘンペイを離れて一日も過ぎていないのに、既に心もとない量しか残っていなかった。
ガルは木の実の残量を知ってか知らずか、再三アシュロンから分けてもらうと、親指で弾きながら器用に食べていた。稀に、軌道を外れた木の実がジュドーの頭にこつりと当り、ジュドーが笑いながら「やめてくださいよ」などと声を挙げた。
三人が賑やかに旅程を楽しんでいると、御者台の後ろ、布の仕切りが静かに開いた。そこからひょこりと顔を覗かせたのは陸運商会のメナドだった。
「仕事中なので、あまり騒がないようにしてくださいね」
メナドはそれほど腹を立てているという訳ではなく、窘める程度に注意をした。見れば、右手の袖がインクで黒ずんでおり、かすかに揺れる馬車の中ですら、事務仕事をしていたようだ。
「それにこの子も勉強中なんで、まあ適度にね」
メナドが布の隙間を広げると、ナーニェがニフィムに帝国の公用語を教えている様子だった。アシュロンにとっても懐かしい、幼年学校で使う読み書き用の教材が広げられていた。
時折聞こえるニフィムの発音は、訛りがきつく、お世辞にも上手とはいえないが、挨拶のフレーズを繰り返しているのが微笑ましい。
ニフィムは勉強するのが楽しいらしく、終始熱心な様子でナーニェから教えを受けていた。そして、御者台にいる三人の視線に気づくと、笑顔を見せ、公用語で挨拶をした。
それに対する返事は三者三様で、ガルは背を向けて右手を陽気に振り、アシュロンは生真面目に返事を返し、ジュドーはニフィムの声が聞こえてないのだろうか、ナーニェを見つめていた。
「おら、前見ろ前」
ガルがジュドーを小突くと、ジュドーは慌てたように前に向き直った。
「それじゃ、そういうことで。お願いしますね」
メナドは仕切り布を元に戻した。
穏やかな旅。その先行きを示すかのように、晴れ渡る空には雲ひとつ浮かんでいなかった。