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7.青年の想い

たっぷり時間がとれたので、久々の投稿です!




 紗枝が赤ちゃんのころ、まだ元気だった祖父がよく紗枝を抱いて柳の木の側まで連れてきていた。青年が、泣かないようにそっと頭を撫でると、赤ちゃんのころの紗枝は初め不思議そうに青年を見て、それからすぐに天使のように可愛く笑った。

 紗枝が保育園に通うようになると、青年と一緒に遊ぶ時間が格段に減った。紗枝は毎朝泣きながら青年と離れることを嫌がっていた。彼は一緒に保育園に行ってあげたかったけれど、柳の木から離れることができないためそれは叶わなかった。

 年が過ぎるにつれ、紗枝はどこか陰のある女の子に成長していった。彼女が苛められていることを知り、その原因が他の誰でもない青年であると知ったときには、彼は自分の存在を悔やんだ。

 彼女のように成長してからも青年を見ることができる人間はそれまでに誰一人としていなかったから、見えない者の中で生活するとはどういうことか、前例がないためによく分かっていなかったのだ。

 紗枝のことを考え、青年は彼女から姿を隠すことにした。

 すると、大人しい彼女が初めて大声で彼を呼び、泣きじゃくって辺りを探し回った。その姿を見ると、彼女のためとはいえ胸がひどく痛んだ。


 数ヶ月が経ったころ、紗枝はもう青年を探そうとはしなかった。それどころか、柳の木に寄り付こうともしない。青年はとても寂しかった。けれど自分のことを忘れてくれた方が彼女のためにいいのだと思って耐えた。

 そんなある日、数人の子供たちが彼の隠れている庭でかくれんぼを始めた。彼が姿を隠している間に、彼女はいつの間にか人間の友達を作っていたのだ。

 

 (イヤだ)


 子供たちの輪の中に紗枝がいる光景。それは青年の望んだことであるはずなのに、紗枝が楽しそうにはしゃいでいるのを見ると、胸が締め付けられる思いがした。こんなのは嫌だと思った。

 だから彼は、とんでもないことをしてしまった。

 あのとき、青年は、友達と楽しそうに遊んでいる紗枝の前に忽然として姿を現した。

 彼を見た紗枝は驚いた表情をした。そうして、みんなの前であるにも拘らず、久々の再会のため嬉々として話しかけ始めたのだ。

 しかし一緒に遊んでいた子供たちは紗枝の頭がおかしいと言って騒ぎ、気味悪がって離れていった。

 それでも、紗枝は青年を責めたことは一度もなかった。


 青年は、長い年月の間ずっと、友達がほしかった。紗枝が、やっと現れた彼を見ることのできる人間だった。だから、彼女を手放すことができなかった。

 けれど、それも彼の長い人生の本のつかの間の気持ち。その後すぐに、青年の気持ちに変化が生じた。

 紗枝が成長し、青年に寄り添って静かに語りかける時間が。その微笑みが。視線が――。

 いつの日か、友人のつもりが、紗枝に恋心を募らせている自分に気づいた。

 紗枝がどこにもいかないように。誰かのものにならないように――。

 どうしようもない気持ちが沸き起こる。紗枝のことを考えると、このままでいいはずがないのに。彼女を縛り付けていることに、当の彼女は気づいていない。ただ純粋に、彼のことを慕っている。


 苦しい。

 

 どうか、こんな汚い気持ちから助けて……



 ***


 病室は奇妙なほど静かだった。

「大丈夫、彼らは目を覚まさない。僕は、紗枝の夢の中に会いに来たんだから」

「私の夢の中に……?」

 紗枝が不思議そうに顔を上げる。かわいい唇。僕は彼女にキスをした。ずっとこうしたいと思っていた。ずっとその気持ちを抑えてきた。なぜならそうすることが、彼女をもっと苦しめると分かっていたからだ。それなのに、ずっと張り詰めてきたその緊張の糸が、プツンと切れてしまったのは、もうこれが最期だとわかっているからか。

 紗枝が熱い吐息を漏らした。ゆっくりと顔を離し、彼女を見つめる。

 手放したくない。嫌だ、もう手放したくはない。きっと彼女は、僕がいなくなったら子供のころのようにまたすぐに僕を忘れてしまう。

「紗枝」

 彼女の名前を喉の奥から絞り出すように呼ぶ。紗枝、紗枝、紗枝――! 僕は最期に、彼女の名前を噛み締める。

 再び彼女の華奢な体を抱き寄せる。僕は最期に、彼女の全てを噛み締めたいんだ。もっと、もっと、彼女が欲しいんだ。

 すると今度は紗枝が、僕をきつく抱きしめ返した。

 どうやら紗枝も僕と同じ気持ちのようだ。僕らは、お互いを必要とし合っている。愛し合っている。きっと僕が死んでしまっても、彼女は僕を忘れたりしない。


 だが、それで彼女は幸せか?


 僕ははっとする。

 この愛しい人を、僕は不幸にしたいのか? 違う、僕は紗枝を幸せにしたいんだ。それはできれば、僕の力で……。でもそれが叶わないのなら、側に僕がいなくてもいい。僕のせいで不幸にならないのなら、僕が幸せにできなくてもいい。


 僕が死ぬ間際、彼女は意志の強い目で言った。

『私は、あなたの傍にいられて、今までずっと幸せだったわ』

 

 そうだ。

 

 きみはこれまでも、これからも、自分の力で幸せになれる。



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