第三十三話 深夜のお茶会 後半の部
やらかした事は大いに反省するとして、俺は平気だか普通の奴がこんな夜遅くまで起きているのも辛いだろうし、そろそろ本題に入ってやるか。
「まぁ、今度アーベントに会ったら礼の一つでもしておく。……それで? 何故こんな深夜にも関わらず無理矢理茶会と称して俺を呼んだんだ?」
今後の話や事の経緯はある程度話しているし、聞き忘れた事があるならそれこそ別の日で十分だった筈だ。
「……先ずはトトの無茶な願いを聞いて下さり有り難う御座いました。選んだ手段に多少の思うところは有りますが、それでも結果だけを見ればほぼ理想的なものだと思います。そしてトトの願いである私への御尽力の件も改めて深く感謝いたします」
居住まいを正したヨルムがその場で深く頭を下げ礼を言ってくるが、俺は自分の目の為にその願いとやらを利用しただけだ。
「……『別に礼を言われる程の事じゃないぜ』みたいな顔をしてますけど、それでもヨルムお嬢様からの礼を受け取って下さい。そしてトトからも感謝を。冷静に考えればあんな無茶を言って何考えてんだって話ですけどね」
「……まぁ、俺も色々と都合が良かったからな。……まぁ、その、なんだ。……礼はありがたく受け取っておく………」
俺は考えてる事が表情に出やすいらしいな。
そして今はどんな顔をすれば良いのかよく分からん。
喜べば良いのか、弱みを見せない様にすれば良いのか、この場合はどうするべきなんだろうな?
「そうしてテレてらっしゃるお顔も自然で良いと思いますよ?」
「……だから表情から思考を読むな」
「フフフ、……それと私はもう一つイクノスさんに御礼を言わなければなりません。むしろお茶会の本題はコチラなのですが……あの時は助けて下さり誠に有難う御座います。貴方があの時助けて下さらなければ今のヒロイット領はありませんでした」
「……確かに今回は結果的に助ける形にはなったが、流石に領地の事までとなると褒め過ぎだな」
「いえ、貴方があの戦場で私の命を救って下さらなければ冒険者ギルドを招致する事も出来ず、ヒロイット領はそう遠くない未来で破綻していたと思います」
………………
「アンタの感謝は確かに受け取ったが、謂れのない事にまで無理矢理結び付けて感謝をされると面映いを通り越して不快なんだが?」
「ヨルムお嬢様、踏み込み過ぎかとトトは思います……」
今は残念メイドでも、暗殺ギルド出身なだけあって俺から僅かに漏れた警戒心を感じ取ったみたいだな。
「いいえ、受けた恩への感謝を無かった事にする道理はありません。こうして落ち着いた中でイクノスさんの眼を見て私は確信しました。貴方はあの戦場で出会った覆面の方ですよね?」
「……おい、アライア。俺はお前の頼みを聞く際に、条件として何も聞くなと言った筈だが、それをヨルム・ヒロイットに伝えてないのか?もしそうなら今回だけは眼を瞑ってやるから今すぐ伝えろ」
「トトを責めないでやって下さい。イクノスさんが提示された条件については今回の報告を聞く際に最初にかなり強く念を押されて聞いています」
条件を知った上で踏み込んで来たのか?
「アンタはもう少し要領が良いと思ってたんだかな……俺には未だに何の話か分からないが、相手の提示した条件を平気で反故にする奴は交渉には向いてないぞ?」
「それでも、どうしても、例え私に対する貴方の心象が悪くなろうとも、私は貴方に直接会ってあの時の御礼を言いたかった。私はあの時の事を一日たりとも忘れず感謝していると、例え切っ掛けがどうであれ私は間違いなく貴方に救われ、そのお陰でこの領地の為に頑張る事が出来ていますと報告したかった」
……思いのほか強情だな。
騎士団といい、このヨルム・ヒロイットといい、この領地の奴等は頑固者ばかりで面倒だ。
「……あ、あのぅ……トトが口出しするのも何ですが……今だけはヨルムお嬢様のお話に付き合っては頂けませんか? ヨルムお嬢様はあの時の大きな傷が一生残ると分かった時でもそれすら繋がりだと仰って受け入れる程に特別な想いを抱いておられたのです」
……そうか、あの時の傷は一生残るのか。
いくらバンディットの秘匿された回復薬でもあの致命傷では命を繋ぎ止めるのが限界だったらしい……
「……悪いが心当たりの無い事で感謝されても迷惑だ」
「そうですか……そう……ですよね。で、でも!……いえ、突然訳の分からない事を一方的に押し付けてしまい申し訳ありませんでした。……ご不快にさせてしまった事はお詫び致します。それでは御気分も悪いでしょうからトトに宿屋まで送らせましょう」
「ヨルムお嬢様……」
「……だが、まぁ、女の肌に傷を残すなんて酷い奴も居たもんだな。ヨルムも災難だったろ? 俺には何の話か未だに見当も付かないが、それでも多少は事情を知ってしまったし、犯人に代わって謝っておくのも悪くはない……か」
「……え?」
「……あの時の事は本当に感謝される様な事じゃ無い。むしろ俺が謝るべき事だ。そしてあの時の事を忘れていないのは俺も同じだ。あの時があればこそ今の俺がある。助かってくれてありがとう。そして一生残る傷を負わせてしまって済まない」
「…………そ、それではやはり!」
「……と、その時の犯人は思ってるんじゃないか?」
「ふぇ?」
この辺が俺に出来る最大限の譲歩だな。
何故俺だとバレたのかは分からんがヨルムは確信している。
彼女等が情報を漏らすとは考えにくいが、今でも結構目立ち過ぎているのにこれ以上俺の正体に繋がる情報が漏れればオーロアン教国はまだ何とかなるとして、バンディットにまでバレるのは何としても避けたい。
俺だけが終わるならまだマシだが、このヒロイット領まで巻き添えになる可能性があるのなら俺の正体は極力伏せるべきだろう。
「……トトは未だかつてこんなにも回りくどい人を見た事が無いのです」
「フフフ、そうですか。……あの時の方はそう思って下さっているかもしれないと? イクノスさんの言われる通りだとすれば、それはとても嬉しいです」
あんな事があったにも関わらず、そうやって笑えるとは本当に大した中身の女だと改めて思う。
「……まぁ、実際に犯人がどう思っているかなんて分からないが、気休めになった様で何よりだ」
今回の件では少々派手にやり過ぎたし、ヨルムにも色々とバレてしまったが、この笑い顔を見れたならその程度のリスクは安いものだったな……
と、思わなくもない深夜の茶会だった。