第三十二話 深夜のお茶会 前半の部
必要最低限の灯りで仄かに照らされる室内で始まった茶会に相応しく視覚が限られた中で香りと味を愉しめる工夫がされた奥深い茶だった。
恐らく有名な銘柄などではなく、数種のハーブを混ぜたオリジナルブレンドなのだろう。
貴族の茶会といえば所詮見栄を張る為の社交場だと思っていたが、こんな茶が飲めるならたまには良いかもな。
「フフフ、イクノスさんもこのお茶を気に入って貰えた様でなによりです」
「ああ、決して華やかではないが生命の力強さみたいな印象を受ける良い茶だな」
「おお〜、意外にもまともな評価でトトもビックリ!」
いつの間にか自分も座って茶会を楽しんでいるが、お前は護衛兼メイドじゃないのか?
「トトは私の侍女であると同時に良き友人ですから大目に見てやって下さい」
俺の視線だけで考えを読まれたのか?
この暗がりで細かい表情など見えないだろうに中々鋭いな。
「まぁ、この部屋の主人は……お嬢様なんだから俺がとやかく言う筋合いは無いな」
「あら? 私の事はヨルムとお呼び下さい。それと出来ましたら親しみを込めて気軽に呼んで貰えますと嬉しいですね」
「……善処する」
「へいへい、イクノスさ〜ん? な〜に柄にも無く照れてるんですかぁ? 今朝方なんて『ヨルム・ヒロイット』なんて事務的に名前を呼んでたくせに〜」
「その呼び方はとても寂しいです。シクシク……」
今が茶会じゃ無かったら昼間の狙撃手みたいに空の旅へ案内してやったんだが……命拾いしたなアライア。
それにしてもあの戦場で出会った時、俺がやらかして発生した被災地区で出会った時、そして先程まで会議をしていた時の顔。
そのどれとも違う穏やかで優しい顔をするヨルム・ヒロイットを見れただけでもこの茶会に来た甲斐があった。
今もわざと泣き真似をして戯ける姿は見ているだけで此方も楽しくなってくるから不思議だ。
「……その話をする前に改めて済まなかったと謝罪しておく。本当ならもっとスマートに解決出来ればよかったんだがな」
実際に途中まではいい感じだったんだ。
何処でどう間違ったのかは結局未だに分かっていないがな。
「そうですね。結果的には概ね私に有利な状況になりましたが、初めて状況を把握した時には目の前が真っ暗になりました」
「やらかした俺が言うのもなんだが、よくあの状況から今日の取り決めにまで持っていけたと感心した」
騎士団長のおっさんは長期療養扱い。
残された騎士団はアーベントをトップにして組織改革とヨルム・ヒロイットへの支持を表明。
冒険者ギルドとは今まで以上の協力関係を構築。
今後のヒロイット領発展の為に必要な議題を話し合う場を定期的に開催し、その取りまとめ役にヨルム・ヒロイットが就任。
これだけの事をあの惨状から僅か半日で纏め上げたのだから、流石の有能ぶりだった。
「多少は強引な部分もありましたが、それでも此処まで話を進められたのは貴方が力尽くでアーベント卿達の目を覚まさせなければ実現しなかったと私は思います。……それと、ラウンド騎士団長が離脱した事でお父様がアッサリ前言撤回されたのも大きいですね」
……確かに。
俺の事は置いておくとして、ポリオス・ヒロイットがああも素直にヨルム・ヒロイットへある程度の裁量権を譲渡したのは驚きだった。
『ラウンド卿も長年の疲れがあったのかもしれないね。彼の主人としてそこまで追い詰めてしまっていた事には大いに反省するよ。そこで、同じ過ちを繰り返さない為にも僕だけが全てを決めるのでは無くヨルムにも手伝って貰うとしよう』
口ではああ言っていたが、自分の意思を体現する騎士団長のおっさんが不在になった途端に強気に出る事を辞めて逃げただけだと思うのは俺だけか?
「……あ、そういえば、あの騎士もどきはどうしたんだ? 名前は忘れたが、訓練場にも居なかったしその後の場でも見かけなかったぞ?」
「ああ、ガッテン卿ですか? あの方は事件当時に屋敷の侍女とお出かけしてまして……それと以前から問題行動が目立っていましたので騎士団を退団して頂き、元々本家からの出向だった事もあって彼方の領地へ送還いたしました」
俺がやらかした事を事件と言われるのは不本意だが、話の腰をおるのもな……
それにしても……そうか、アイツはもう居ないのか。
出来ればショボい殺気を向けてきた事へのお礼がしたかったんだが仕方ない。
「本家組にそこまで強気な姿勢を取っても大丈夫なのか?」
「……イクノスさんは本家との関係も何故か詳しそうなので説明は省きますが、それでも強気に出れるだけの事をしでかしたのがガッテン卿ですから。それとアーベント卿が臨時の騎士団長になったのも理由の一つですね」
「アーベントが?」
アイツか……ん? どんな顔だったか思い出せん。
騎士団は回復要員と狙撃手を除いて全員ボコボコにしたから元の顔を忘れた。
微かな記憶では如何にも騎士っぽい雰囲気だったような……
「アーベント卿は元々実直な方でしたからガッテン卿の様なうわついた方とはソリが合わずラウンド騎士団長も最初は手を焼いて居たんですよ。まぁ、そのせいで私が貧乏くじを引く羽目になったのですが……と、そういった理由ですね」
「アンタ……いや、ヨルムもアイツには苦労したんだな。……やっぱり一発ぐらいぶん殴っとくべきだったか?」
何やら珍しく不快感を示すヨ、……ヨルムを見て、あの馬鹿面を殴っておくべきだったと後悔してしまう。
「それは駄目ですよ? イクノスさんが殴って変にガッテン卿が刺激を受けても困りますからね」
「別にアイツ程度なら俺の脅威にはならないぞ?」
あの程度なら間違いなく瞬殺出来る。
「いえいえ、私が言う刺激とはアーベント卿や騎士団の方達が受けた良い刺激の事です。……こう言っては何ですが、イクノスさんが今回の件で実質お咎めなしになったのはアーベント卿の御尽力あってのものなんですよ。あの方がイクノスさんを味方にした方がヒロイット領にとって有益だと騎士団全員を根気強く説得して下さったんですから」
「へぇ……それはまた随分と買い被られたもんだな」
つまり俺のやらかした事は決して無駄では無かったと?
むしろ結果オーライどころか正攻法だった可能性まであるな!
「…………おほんっ!」
……なんて思ったら大間違いだと言うのは、俺の表情から思考を読んだヨルムが視線で厳しく訴えて来るので、十分理解しているし反省もしている……




