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第十話 ヒロイット家の人々

 



 お父様の執務室へと続く飾り気のない廊下を歩くたびに昔の嫌な記憶が呼び覚まされる。



『昔はこの廊下には曽祖父様が趣味で集めていた調度品が飾られていて我が家の自慢だったんだ。あの頃が今でも懐かしいよ』



 家の財政難からやむなくアカデミーを中退し帰ってきた日にお父様が私に言った言葉。

 もちろんこの言葉に悪意など微塵も含まれていない事は分かっています。


 当時の同級生達からアカデミー中退という後ろ指を刺され、気落ちしていた私を励ますつもりで何か明るい話題はと必死に考えた結果があの言葉だったのでしょう。


 ……ですが、財政難になり娘の学費も払えなくなるほど困窮していたのに何故過去の栄光を懐かしむ暇があるのでしょうか?


 私ですら困窮の影響を受けていたのです。

 であれば当時の領民達はもっと困窮していたはず。


 実際に後から知りましたが、あの当時は家族揃っての飢え死にが領内で三件も発生していたと聞いています。

 今となっては償う事すら出来ない、裁かれる事なきヒロイットの罪を私は生涯忘れないでしょう。


 そんな逼迫している状況で過去を懐かしむ?

 領民全てに責任を持つべき領主が今現在を見る事もなく過去を見てどうするのですか!


 お父様は確かに善性であって悪を良しとしない人ではありますが、裏を返せば善人なだけの人。


 領主としての責任と覚悟が全くもって足りないお飾りの貴族。


 このままではヒロイット領は将来的に滅ぶ。

 私がどうにかするしかこのヒロイット領に未来は無い。


 幸い、苦肉の策である冒険者ギルドの招致が今のところは機能している。

 治安維持の為にかなり無茶をしましたが、無茶をしただけの結果は得られた。

 後はこの猶予期間の内に領民と冒険者が本当の意味での融和を実現させればなんとか領地再興のメドが立つ。


 そして領地再興の為の次なる策も草案が出来上がった。

 後はこれをお父様に承認して頂ければ領民の皆様にも目先だけの利益だけでなく将来的な利益も約束出来る。



 その為だからこそ、私はこの嫌な思い出がある廊下を一人胸を張って歩けるのですから。



「お父様、ヨルムです。少し政策についてのお話があるのですが今、お時間宜しいでしょうか?」



 お父様の執務室に来てみれば案の定いつもの光景が目に入る。



「あ〜ヨルムお姉様! 見て見て! お庭の花で王冠を作ってお父様にプレゼントしたの! 凄いでしょ!」



 七つ下の妹、アサナシアが不敬にも王冠を作ったなどと言ってハシャいでいる。

 今年で十二歳になるのだからその辺りの常識と教養をもう少し学んで欲しい。


 それにお父様も娘からのプレゼントを嬉しがるだけでなく、しっかりと駄目なものは駄目だと諭しもしない……



「まーた僕達になんの相談もなく一人で勝手に何かやるつもりなのかな姉さん?」



 四つ下の弟であるヒルトが次期領主である自分を無視されたと思い込んで私に嫌味を言ってくる。

 そんな嫌味を言う暇があるなら領地に関する資料の一つでも読めば良い。

 そうすればどれだけこの領地が逼迫しているかがよく分かるでしょう。


 お父様と一緒にいるだけのお飾りの貴族に政策の話をするだけ時間の無駄です。



「やあ、ヨルム。お前にはいつも苦労をかけるね。それにしてもちゃんと寝てるのかい? お前が身体を壊しては領民も悲しむだろう、自愛も貴族としての大切な義務だよ?」


「……労いのお言葉痛み入ります」



 私の身体を気遣うなら少しは私の業務を手伝って欲しい。

 お父様はハンコを押す以外の執務を全て家令のダーシムに任せきりで時間なら有り余っているでしょ?


 ……こんな感じで今日もヒロイット領主家は今が崖っぷちだと気付かず無自覚に踊っているのだった。




 …………………

 ……………



「はぁ、まさか説明だけにこんなにも時間が掛かるだなんて」



 森の伐採と木材としての加工、それに下調べで発見された資源の確保。

 そしてそれらの販路を領地の外へ広げようと言うだけの事に何故これ程の時間が必要なのか私には理解できません……



 ……落ち着きなさいヨルム・ヒロイット。

 私が挫けていても何も始まらない。

 むしろ終わりが近付いて来るだけよ。


 草案をなんとか通したとはいえ、まだまだ詰めなければならない事は山積み。

 今日も一人で頑張るしかない。


 とは言え、少しは休む時間も必要。

 厨房に寄ってお茶の準備をして貰おう。



「あの、お茶を飲みたいので準備が出来たら部屋まで持ってきて貰えるかしら?」


「……はぁ、分かりましたっと」



 厨房でお喋りをしていた侍女達にお茶を頼むとこんな態度を取られる様になったのは最近の話。

 侍女達が露骨に私への態度を悪くしているのは私がこの家で疎まれているからなのでしょう。


 確かに私はいずれどこかの貴族へと嫁ぐ為にこの屋敷を出て行くし、今も個人的な専属侍女としてトトを勝手に雇っているから彼女達には面白く無いだろうけど、流石に露骨すぎる。


 もしかしたらいずれヒルトが領主になった時の為に、今の内から自分達がヒルトの派閥だと証明する為のアピールなのかも。



「はぁ、いくら冒険者ギルドの管理の為とはいえトトが側に居ないのは寂しいですね……」



 今が一番大事な時なのでトトには変装してギルドへ潜入して貰っている。

 ある程度落ち着いたら帰って来るけど、それまで針のむしろだと思うと気が滅入ってしまう……


 色々と疲れる事ばかりですが、それでも歩みを止める訳にはいかないと己を奮起させ自室の前まで戻って来ると、もう一つ疲れる事案が発生した。



「これはこれはヨルムお嬢様。たとえお屋敷内といえども騎士である私を置き去りにして部屋を出られては困りますよ?」


「ハハハ……なにぶんガッテン卿も忙しい様でしたから、お父様の執務室迄の行き来なら問題ないかと……」



 置き去りにするなと文句を言うなら屋敷の侍女のお尻を追いかけてばかりいないでちゃんと職務を全うして欲しい。



「以後はちゃんとお声がけ致します。それでは……」


「確か今はトト殿が居ないのでしたね。それではその間は私が身の回りのお世話を致しましょう」


「いえいえ、たとえ私の騎士といえども淑女の部屋へとお招きする訳には……お気持ちだけ受け取らせて頂きます。それでは!」



 ガッテン卿から逃げる為に急いで自室に逃げ込む。

 ……信じられない。

 私しか居ない部屋に男性を招く訳がない。


 そんなふしだらな事を私が許すとでも思っているのかしら!


 ……いえ、そんな事はどうでも良いのでしょう。


 私の騎士とは言ってもガッテン卿はヒロイット領主に忠誠を誓う騎士なのですから当然ヒルトの派閥なのでしょう。


 最悪の場合は私を侍女の様に手篭めにしてもヒルトならお咎め無しにしてくれると踏んでの強引に手を出そうとしている可能性は十分にあり得る。


 ……専属の護衛をもう一人増やす必要がありそうですね。



 ただ、トトの様に信頼のおける専属護衛となるとかなりハードルが高すぎて見つかる気がしませんが……




 ああ、トト!

 早く帰ってきて!

 そして願わくば信頼のおける護衛も見つけてきて下さい!!





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