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I were わたしは私たちです  作者: 菊池一心
12/23

12.

12

 「おーい、朝だぞ。いい加減二人とも起きろ」

 軽くドアをノックする。返事がない。

朝6時、日が上がってきた頃合い。

 俺は、二人を起こすために妹の部屋を訪れていた。訪れていたなんて言っても、隣の部屋。徒歩にして2歩。

 「もうそろそろ起きないと、準備終わんねーぞ。特にカナ」

 再度ノックをするが、反応がない。

朝早くから自主的な朝練をしているカナにとっては、この時間に起きないと支度が終わらないだろう。

 「おい、入るぞ。良いか?」

 無反応という音のない返事が返ってきたので、そのまま部屋に入る。

 妹の部屋は、なんというか殺風景だ。何か傾倒しているものもないので、物が少ない。

 机に漫画が開きっぱなしで置かれているし、ベッドの足元には、脱ぎ捨てられたジャージが裏表逆のまま放置されている。アリスの荷物も少し増えていたが、それでも物が少ないのは相変わらずなのか、しっかりと床が見えている。

 床の見えていない俺の部屋の方が問題あるか……。

 ドアの対角線上に当たる場所にあるベッドには、眠り姫が二人おられた。随分と仲良く寝ている。

 「いや、これはどっちかというとタコに巻き取られた魚だな」

 アリスが魚で、妹がタコ。

 アリスはカナに後ろから抱き着かれて身動きができないままになっていた。

 「おーい、いい加減に起きろ」

 アリスの背中にへばりついている妹を揺らすが一切の反応がない。それどころか、抱き着いていた腕は、離れないように力がより入っている。

 その腕は正しくタコ。吸盤が付いたようにアリスの体から離れない。

 「いい加減に起きる。もう朝だぞ」

 より力を込めて揺らすと、むず痒いのか身じろぎする。

もう少しか。

「へブッ」

 そう思った瞬間に右頬に強烈な一撃を喰った。

 顔が、はじけ飛んだような錯覚に陥る。

 「うお、いっつ……」

 どうやら抱きしめていた右腕が裏拳の形で俺の頬に入ったようだ。

 「ん? あれ? お兄、どうしたの?」

 頬を抑えたまま、うずくまる俺に対して、寝ぼけまなこの妹はきょとんと首を傾げた。






 「それは、朝から災難だったな」

 「ああ、本当にそうだ」

 まだ、ひりひりと痛む頬を抑えながら、ぶっきらぼうにそう言う。

 軽く赤くなる程度で済んだが、それを見たアリスはウギャーと耳をつんざくような声を上げ、それにびっくりした母親が、部屋まで怒鳴り込んでくる。

 まるで、お笑い番組のコントのような一幕があった今朝。

 それを隣で講義を受けている宮本に話したところ、またここでも大笑いされた。

 「それで朝っぱらから頬に拳跡が付いてるのか、いやーほんと災難だったな」

 「同じことを何度も言わんでよろしい」

 「それにしても、裏拳で拳状の痕か……ぷっ」

 どうやら、拳状に赤く跡が残っていることがどうやら面白いようだ。

 「まあ、紅葉なんかよりはいいじゃないか、」

 「拳と紅葉、どちらがよりよかったとかないだろ。出来れば痕自体要らなかったわ」

 学校来るまでの間も、俺の顔を見た人がぎょっとした顔をしていたのはこの痕のせいだったか。

 人によっては、二度、三度見直されたりしてたな。

 席を挟んで隣に座っている子も俺の顔を見るなり、「えっ?」って顔をしてたっけ。

 「そんなに目立つのか、これ」

 「まあ、ちょっとばかし目立つな。けど、そんなに赤いのに何ともないんだろう?」

 「赤い割には、痛みも引いたし、腫れあがってるわけでもないからな」

 ただただ、赤いだけ。

 「ふーん、まあそれなら時機に痕も無くなるだろ」

 「そうだといいんだがね」

 どうでもいい話をしながら、講義の時間が過ぎていくの待つ。






 「それで、昨日言ったことはいつ実行すんの?」

 午前の講義も終わり、いつものように食堂で飯を選んでいるところで、宮本に言われる。

 「何が?」

 と、とぼけてみる。

 「……本気で言ってんのか」

 「いや、悪い。誤魔化した」

 宮本にすごまれて、あっさり誤魔化しを返上する。

 昨日の内容くらい覚えているし、それが、なんというか触れたくないことだから、余計に覚えている。

 「今ならあいつ図書館とか、研究室じゃないか。多分一人でいるぞ」

 「誰情報だよ、それ」

 「ふふ、情報屋宮本からしてみれば、これくらい朝飯前、いや、昼飯前か」

 得意げにそんな風に言う。こいつが得意げだとなんとなく、からかってやりたくなる。

 「ストーカーは立派な犯罪なのでやめましょうね。ほら警察、警察」

 「違うわ! 研究室の女子から聞いたんだよ。櫻井はまだ一人で行動してることが多いってな」

 まだ……

 その言葉が、どうにも居心地が悪かった。彼女自身に何となく苛立った。

 そして自分自身に苛立った。

 あれからなのか?

 あれからずっとなのか?

 ずっとそうし続けるのか?

 

 あの日からあいつの中の時間は止まっているのか。

 いや、気が付いていながら、気まずさから避けていた。

 

「ねえ? 何で」

 その言葉が櫻井の声と姿でまたリフレインした。

 

 ああ、どうしようもない奴だって知っていたけど、ここまでとは。分かっていたけど。

 「悪い、次の講義の場所取っておいてくれ。……もしかしたら行けなくなるかも」

 「そん時はノートくらい取っておいてやるよ」

 「すまん、頼むわ」

 そう言って駆け出す。




 ようやく踏ん切りがついたのか、そいつは一目散に駆け出して行った。

 なぜこのタイミングであいつに踏ん切りがついたのか。そんなことは分からない。

 俺はあいつじゃないからあいつがここ最近何か心変わりするようなことがあったのかも分からない。

 それでも。

 それでも駆け出して行ったあいつの後姿をようやく見れたことにどこか安心した。

 思えば長かった。

 長すぎた。

 長すぎて、長すぎて、考えるよりも行動を信条とする俺としたことが考え過ぎて気が付けば、雁字搦めになっていた。

 あいつも、櫻井も頭の中で考えて答えを出すやつだ。それでも長すぎる思考は、考え過ぎは答えを見落とさせる。あいつらはそういうタイプの人間だ。

だから、あの頃は考えるよりも行動派の俺たちがあいつらの手を引っ張った。だけど、引っ張る手は一つに減っちまった。

 俺の両手で二人を引っ張れれば良かったかもしれない。だけど、俺にそんな器用なことはできなかった。

 引っ張れるやつは一人だけ。

 だから、俺は親友を選んだ。

 それを後悔するつもりはない。

 するとすれば、櫻井も一緒に引っ張ってこれなかったことを反省するだけ。

 瑠璃ちゃんならもっと上手くやったのになと思って、仕方がなかった。だけど、俺は俺でしかなかった。

 ほんと、瑠璃ちゃんに顔向け出来ないのは俺自身だ。

 あいつらのことを本気でどうにかしようとしてこなかった俺自身だ。


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