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(後編)

【アップルパイ王国おうこく 後編】


第四章だいよんしょう アップルパイ王国おうこくはなれて


いち


 若殿様わかとのさまうまにまたがり、いそいで本国ほんごくへともどります。本当ほんとうはお殿様とのさま武将ぶしょうたち、サムライたちすえ心配しんぱいでならないのですが、むをません。こちらはこちらで大変たいへん事態じたいなのです。ようやく本国ほんごくちかづきつつあるとき、おしろえるよりもはやく、


 どぉぉぉぉおおおん……。

 どぉぉぉぉおおおん……。

 どぉぉぉぉおおおん……。


 という大砲たいほうおとこえてきました。余程よほどおおきな大砲たいほうらしているにちがいありません。


畜生ちくしょう! あいつらナメやがって! おれたたってやる!」


 鼻息はないきあらく、そう意気いきんでいるのは、こし二本にほん背中せなか大刀だいとうしているちっちゃな剣豪けんごう、チビすけです。それはとてもいさましいのですが、あんなおおきな大砲たいほう相手あいてに、かたなてるわけがありません。きっとまともなたたかいにならないでしょう。ましてや、お殿様とのさまおおくの武将ぶしょうたちがあの王国おうこく出向でむいているのです。若殿様わかとのさまは「短慮たんりょはいかんぞ」とチビすけをたしなめます。


 もっとも、チビすけ気持きもちがわかるし、すべてのサムライたちおな気持きもちでしょう。あんな大砲たいほうくに鼻先はなさきたせておいてだまっているなど、サムライとしては面目丸潰めんもくまるつぶれです。若殿様わかとのさまはとことん文句もんくってやらねばと、意気込いきごんでおしろもどりました。しかし――。


 おしろっていたのは、あの大砲たいほうけないくらいのおおきなからだをした、ピストル合衆国がっしゅうこくのピストル大統領だいとうりょうでした。

 サムライが二本にほんかたなしているなら、大統領だいとうりょう二丁にちょうおおきな拳銃けんじゅうこしつるし、チビすけおおきなかたな背中せなかしているのとおなじく、ながくておおきなライフルを背中せなかにしょっていました。おなじような完全装備かんぜんそうびで、からだおおきな護衛達ごえいたち大統領だいとうりょうまわりをかこんで、まもりをかためています。そのかれらだけでも、このおしろほろぼしてしまうにちがいありません。

 大統領だいとうりょうは(自分じぶんくらべて)ちいさなからだ若殿様わかとのさま見下みおろしながらいました。


「ヘイ、ボーイ! このしろのキングはどこだい?」


 相手あいて巨大きょだいからだ重厚じゅうこう装備そうびに、若殿様わかとのさまおもわずからだをすくませてしまいました。しかし、けているわけにはいきません。その若殿様わかとのさまかおを、すぐそばにいた参謀さんぼう心配しんぱいそうにのぞきみましたが、大丈夫だいじょうぶだと若殿様わかとのさまうなずきました。


拙者せっしゃ代理だいりだ! いま殿との不在ふざいだ! そもそも、あの大砲たいほうはなんだ! あんなふうにらすなど、くにたいして失敬しっけいではないか!」


 その言葉ことばいて、大統領だいとうりょう意外いがい素直すなおあやまります。


「オー、ソーリー、ソーリー。あれはデモンストレーションなのさ! くにから武器ぶきえば、あんな大砲たいほうはいるのさ!」

「いらぬ! 殿とのすべことわれとおおせだ!」

「ヘイヘーイ、ユーたちはそうもってられませんヨ? いずれ、どのくにもあれぐらいの大砲たいほうつようになるのですヨ?」

「そ、それは……」


 たしかに、そうなれば大変たいへんなことです。武器ぶき威力いりょくちがえば、どんなにサムライが頑張がんばったっていくさてるはずがありません。

 それをうしろでいていたチビすけがついにあたまたようです。背中せなか大刀だいとうだけでなく、こしかたなはらい、両手りょうてかたなまわして大統領だいとうりょういどみかかろうとしているではありませんか。


貴様きさま! サムライを愚弄ぐろうするとたたるぞ! そんなに俺達おれたちよわいというならためしてろ!」


 若殿様わかとのさまこまがおで「デカすけ、ちょっとチビをめてくれ」とたのみました。外国がいこくとの謁見えっけんかたなくなど、それだけでも事件じけんってもいのですが、なにせちいさなチビすけがしたことです。大統領だいとうりょう子供こども癇癪かんしゃくこしたようにえたので、わるくした様子ようすもなく「オー、ソーリー、ソーリー」とニコニコわらってあやまります。

 チビすけ癇癪かんしゃくのおかげか、若殿様わかとのさまあたまえてきたようです。若殿様わかとのさまいてはなしました。


大統領だいとうりょう、あなたのくに武器ぶきたしかに強力きょうりょくですが、くにはとてもまずしく、うことなど出来できないのです。ゆえに、主君しゅくんすべことわれとのおおせです。そでれません。どうかおりを」


 ですが、大統領だいとうりょうなお武器ぶきみます。かれらにもニンジャのようなスパイがいるのでしょうか。大統領だいとうりょうなんでもっていました。


「でも、ユーたち戦争せんそう勝利しょうりしたネ? アーンド、カンフー帝国ていこくともたたかうつもりネ?」

「そ、それは……」

戦争せんそうったのなら、ずいぶんもうかってるはずネ? そのおかね大砲たいほうえば、カンフー帝国ていこくたたかわずにホールドアップするヨ! あのくににはまだ大砲たいほういヨ! どうだい?」

「……」

「HAHAHA! ユーたち本当ほんとう戦争せんそうきネ! みーんな、どこのくにもそうおもってるヨ! その戦争せんそう大好だいすきなくに大砲たいほうってなくちゃ、みんなにつぶされちゃうんじゃないかナー?」


 若殿様わかとのさまはもうなにえなくなってしまいました。とくに、戦争せんそうきとおもわれているのがショックでした。でも、仕方しかたがないのです。くにおさめているのは、たたかうのが専門せんもんこしかたなしているサムライと武将ぶしょうばかりで、戦争せんそうきとおもわれても仕方しかたがありません。

 そんなだまんでしまった若殿様わかとのさまに、参謀さんぼうはそっとささやきます。


わか、ここはりあえず、殿とのいそがしいので相談そうだんしてから返事へんじをするともうげては?)


 たしかにそうするのが一番いちばんでしょう。若殿様わかとのさまはそのように返答へんとうしようとしたところ――。


わか! 大変たいへんです! 大変たいへんでございます!」


 と、べつのサムライがべつ方角ほうがくからんできました。今度こんどなんだというのでしょうか。



わか! くに漁船ぎょせんが、キムチ王国おうこく軍艦ぐんかんかこまれています!」

「な、なんだって!」


 たしかに、これは大変たいへん事態じたいです。なにしろ、軍艦ぐんかん相手あいてですから、うっかりすれば戦争せんそうになりかねません。


 しかし、いまはお殿様とのさまをはじめ、おおくの武将ぶしょうたち王国おうこくんだままのため、くにのこ留守番るすばん武将ぶしょうとサムライはすこししかいません。

 参謀さんぼうたずねます。


わか、どうしましょう」

「とにかく、現場げんばこう。こちらは漁船ぎょせんだし、かこまれているだけならたたかいにはならないかもしれない。そうなるまえに、その解決かいけつできるかもしれない」

わかりました。では、出港しゅっこう準備じゅんびを」


 ピストル合衆国がっしゅうこく対応たいおう適当てきとうかたづけ、今度こんどはキムチ王国おうこく対応たいおうはしします。

 参謀さんぼうほかのサムライに軍艦ぐんかん準備じゅんびたのもうとしましたが、若殿様わかとのさまは、


「いや、小舟こぶねほうい。こちらも軍艦ぐんかんしたら、いやでもいくさになってしまうぞ。僕達ぼくたちだけで現場げんばこう」


 えーっ! というこえが、チビすけほかのサムライたちからあがりました。もし、たたかいになってしまったら、なにも抵抗ていこうできずにしずめられるだけです。しかし、若殿様わかとのさまいます。


喧嘩けんか意気いき投合とうごう爺様じいさまっていた。やるのない相手あいてではいくさになんてならないよ。ほら、あの王国おうこくおな立場たちばてばいいのさ」


 ほど参謀さんぼううなずきましたが、チビすけはまだしぶがお。デカすけなになんだかわかっていません。

 そのデカすけ若殿様わかとのさまは、


いそぐからたのむよ、デカすけ! ほら、おにぎりみっつ!」


 そういながら小袋こぶくろげてよこします。このときばかりは機敏きびんなデカすけ。しっかとふくろめ、「わかりもうした!」と合点がってん承知しょうち。ドスドスと巨体きょたいらして、若殿様わかとのさまについてみなとへといそぎました。


 そして一同いちどう小舟こぶねむがはやいか、デカすけ両手りょうてかい(ボートでうオール)をにぎりしめ、「ふんッ!」と気合きあ一発いっぱつ! 小舟こぶねそらさんばかりに、みなとはしけからものすごいいきおいですすはじめます!


「ふんッ! ふんッ! ふんッ! ふんッ!」


 そのままのいきおいで、どんどん小舟こぶねすすみます。すすむのはいのですが、そのいきおいは猪突ちょとつ猛進もうしん。「おいて! みぎだ! もっとみぎ!」と若殿様わかとのさま指示しじをしなければ、どこまでおきすすむかわかったものではありません。そんなすったもんだをしながら、あっという現場げんば到着とうちゃく。サムライ帝国ていこく漁船ぎょせんをぐるりとかこんだ、キムチ王国おうこく艦隊かんたいえてきました。

 さあ、ここからが出番でばんだとチビすけ気合きあい十分じゅうぶん、やおら、こし背中せなかかたないて――。


参謀さんぼう、デカすけわってゆっくりいでくれ。デカすけ、チビすけ肩車かたぐるまだ。なにもさせるんじゃないぞ」


 と、若殿様わかとのさまはデカすけ食後しょくご饅頭まんじゅうわたしながら、そうめいじました。さあ、なんか文句もんくつづけるチビすけほうっておいて、キムチ王国おうこく軍艦ぐんかんをかきわけ、現場げんば若殿様わかとのさまです。


御免ごめん! 一同いちどう、そのままでたれよ! サムライ帝国ていこくものである!」


 大声おおごえでそのせいしました。さいわい、あらそいごとにはなっていないようです。まず、若殿様わかとのさま漁船ぎょせんっている漁師りょうしほうかいました。


漁師りょうしども、いったいこれはどういうことだ」

「おお、おサムライさま、おたすけくだせぇ!」

たすける。たすけるからわけはなせ」

べつにあっしら、わるいことはしてないんでやんす。普通ふつうにいつものりょうをいつもの領海りょうかい国々(くにぐに)うみでの領地りょうち)でやっていただけでやんす」


 若殿様わかとのさま周囲しゅうい見渡みわたします。そして、みょうなことをしました。自分じぶんゆびてて、周囲しゅうい島々(しまじま)おおきさがどうえるかはかっているのです。参謀さんぼうおどろいてたずねました。


わかるのですか?」

「ああ、たしかにここはウチの領海りょうかいだ。もうすでに、キムチ王国おうこく連中れんちゅうはウチの領海りょうかいはいっている」

くわしいですね」

「まあな――で、あの軍艦ぐんかんものはなんてってきたんだ」


 と、漁師りょうしたずねなおすと、


「へえ、連中れんちゅう俺達おれたちったさかなを、とンがらしけにするってきかねぇんでやんすよ。おたすけください! おサムライさま!」

「なんだって! そんなことをしたら、さかなをお刺身さしみにも塩焼しおやきにも出来できなくなってしまうではないか!」


 それはサムライたちにとって大変たいへんなことです。若殿様わかとのさまはキムチ王国おうこく軍艦ぐんかんかって大声おおごえ怒鳴どなりました。


はなしいたぞ! どういうことだ! 何故なぜ、うちのさかなをとンがらしけにするんだ!」


 すると、キムチ王国おうこく軍艦ぐんかんから艦長かんちょう姿すがたあらわし、こたえました。


「それは、とンがらしが素晴すばらしい香辛料こうしんりょうであるからだ。すべてのものはとンがらしけにされるべきなのだ」

何故なぜだ! ここはがサムライ帝国ていこく領海りょうかいだ! この領海りょうかいれたさかな我々(われわれ)のものだぞ!」

「ああ、っている。ここはあなたがた領海りょうかいだ。その領海りょうかいれたさかなはあなたがたのものだ。ただ、われらの素晴すばらしいとンがらしで、より美味おいしくしようとしているだけだ」

「――えっと」


 ここで、若殿様わかとのさま言葉ことばまらせました。

 若殿様わかとのさまは、とンがらしけが素晴すばらしいとは、それほどおもっていないのですが、素晴すばらしいとおもっている相手あいて否定ひていすると、それこそあらそいごとになってしまいます。間違まちがえては大変たいへんです。

 若殿様わかとのさま言葉ことばまよっているとみえたので、参謀さんぼうわり、はなしつづけました。


「あなた方が、ったさかなをそのでとンがらしけにする習慣しゅうかんっている。たしかにそれはうまいだろうが、我々(われわれ)にはべつかたがある。くに魚屋さかなやは、とンがらしけにしていないさかなとどくのをっているのだ」


 若殿様わかとのさまは、なんでそんなことをっているんだと参謀さんぼうかえりましたが、上手うまはなしすすみそうです。一歩いっぽがって、参謀さんぼう交渉こうしょうまかせることにしました。

 参謀さんぼうさらはなしつづけます。


「そちらが領海りょうかい侵入しんにゅうしている。そちらの目的もくてきくにへの友好ゆうこうであるなら、まずはこのいてもらいたい。でなければ、我々(われわれ)はあなたがたに、侵入しんにゅうつみわなければならないぞ」


 キムチ王国おうこく艦長かんちょうはうなずいて、侵入しんにゅうしたことにおびしました。



了解りょうかいである。我々(われわれ)性急せいきゅうすぎたようだ。しかし、是非ぜひとも我々(われわれ)のとンがらしけしたさかなあじ進呈しんていしたいのだ。そちらに大変たいへん危機ききせまっているからな」

「――その大変たいへん危機ききとはなんだ」


 そう、参謀さんぼうたずかえすと、艦長かんちょうすこおどろいた様子ようすでした。


「いや、そちらがらないはずはないだろう。あのカンフー帝国ていこくとのいくさをするなら是非ぜひとも、とンがらしけで精力せいりょく活力かつりょくをつけていただきたいと、こうして出張でばってきたのだがな」


 おもわず、若殿様わかとのさま溜息ためいきをつきました。どうやら、サムライ帝国ていこくがカンフー帝国ていこくとのいくさそなえていることを、どこのくにっているようです。

 ともかく、このおさめてしまおうと、若殿様わかとのさま姿勢しせいただして、艦長かんちょうわかれの挨拶あいさつげました。


「あー、ともかく、そちらの友好ゆうこうには感謝かんしゃしよう。まだまだ、いくさそなえにいそぐのでこれで失礼しつれいさせていただきたい」

「そうか、たしかにいそがれたほういな。もう、カンフー帝国ていこく兵隊へいたい出発しゅっぱつした頃合ころあいだろうから」

「え……?」


 若殿様わかとのさま一同いちどうは、かおさおになりました。


さん


(……もしや?)


 若殿様わかとのさまがようやく事情じじょうさっしたようです。

 いくさ準備じゅんびは、あくまでも、いくさになるかも? と不安ふあんおもったための「用心ようじん」でしかなかったのです。

 いまはなし本当ほんとうなら、「用心ようじん」する程度ていどはなしではなく、すでにカンフー帝国ていこくいくさはじめようとしていることになります。

 若殿様わかとのさまたずかえします。


「おい! いまはなしまことか!」

「おやおや、そちらがらないとはおどろいたな。これまで、あなたがたとの戦争せんそうけたおおくの国々(くにぐに)から要請ようせいけて、カンフー帝国ていこくはあなたがたほろぼそうと決意けついしたのだ」

「……な、なんだって」

「ああ、そうか。それはむしろ、あなたがた連絡れんらくないのかもしれないな。くにには協力きょうりょくしてあなたがためるよう、要請ようせいたのだ。しかし、我々(われわれ)とサムライ帝国ていこくとの友情ゆうじょうは……」


 そのときです。とおくのほうからなみうえをぴょいぴょいねるものがやってきました。うおよりも素早すばやなみうえまわるのは、あのちっちゃいニンジャです。サムライ帝国ていこくのおしろからいそいでらせをってやってきたのでした。

 そのらせはまったくおなはなしでした。カンフー帝国ていこく兵隊へいたいがサムライ帝国ていこくけて出発しゅっぱつしたということです。

 若殿様わかとのさまはニンジャにたずねました。


「それで、殿とのはなんと?」


 ところが、ちっちゃいニンジャはくびよこり、なに指示しじいといました。この一大事いちだいじ総大将そうだいしょうであるお殿様とのさま指示しじいというのは、どういうことなのでしょう。

 いろいろかんがえられるのですが、まだ、若殿様わかとのさま命令めいれいをすることが、いまはまだいだけかもしれません。若殿様わかとのさまよりも重要じゅうよう責任せきにんっている武将ぶしょうたち沢山たくさんいるのですから。

 でも、なんだか不安ふあんかんじて仕方しかたがありません。そうかんじたのか、若殿様わかとのさま参謀さんぼうかお見合みあわせました。


「これは……どういうことなんだろう」

わかりません。とにかく、いそいでもどりましょう」

「よし、いそぐぞデカすけ! おにぎり十個じゅっこ!」

合点がってんッ!」


 ピストル合衆国がっしゅうこくときただ空砲くうほうでしたが、今度こんどこそてきめてくる大変たいへん事態じたいです。友情ゆうじょうあついキムチ王国おうこく艦長かんちょうはもうほったらかしで、若殿様達わかとのさまたち血眼ちまなこはしします。


 デカすけふたたかい両手りょうてに、ものすごいきおいでなみをかきまわします。それも、るときとはくらべものにならないいきおいで、今度こんどこそそらさんばかりです。わかサムライ一同いちどうなみにさらわれそうになりながら、必死ひっし小舟こぶねつかまります。


 そのおおさわぎのなかで、参謀さんぼうたずねました。


しろもどって、たたか準備じゅんびを?」

「……いや、僕達ぼくたちもどったって、たいしたしにはならない。それになんだか、ものすごいや予感よかんがするぞ」

「それは、どういうことですか」

すべては、殿との次第しだいだ――先回さきまわりして、うま用意よういをしてくれ。僕達ぼくたち殿とののところにかおう」


 ちっちゃいニンジャはそうめいじられ、小舟こぶねからしてすごいきおいでなみうえけていきます。

 若殿様わかとのさまはその様子ようす見送みおくりながら、かえしました。


「とにかくすべては、殿との次第しだいだ」


第五章だいごしょう アップルパイ王国おうこく魔王まおう


いち


 おしろ王女様おうじょさまは、ぐったりとベッドでよこになっていました。いまだに、リンゴしかべていないのでしょう。そんな食事しょくじでは、元気げんきはずがありません。からだつくるおにくや、体調たいちょうととのえるお野菜やさい、エネルギーとなるパンやおこめのような炭水化物たんすいかぶつもしっかりべなくては、からだつはずがいのです。


(もうダメ……もうんじゃう……)


 流石さすが王女様おうじょさまも、もう限界げんかいのようです。とはいえ、こんな状態じょうたいになるまでアップルパイをべようとされないのは、王女様おうじょさまゆえのプライドがかたくなにこばんでいるためでしょうか。あるいは、それほどまでに、あまものがおきらいなのでしょうか。

 しかし、人間にんげんですからえにはてないものです。


(もうなんでもい……べよう……パイでもなんでもい……でないと……)


 王女様おうじょさま覚悟かくごめて、いずるようにしてベッドからりて、部屋へやました。


「ひいっ……」


 部屋へや王女様おうじょさまはあたりの光景こうけいおどろきました。

 もう、そこはすでに「地獄じごく」――おしろなかは、アップルパイ地獄じごくへと姿すがたえていました。


 見渡みわたかぎりアップルパイです。ゆかも、かべも、どっちをいてもアップルパイです。おしろでは何処どこでも、何処どこだれもがアップルパイをいています。

 アップルパイをいて、アップルパイをいて、アップルパイをいて、そしてアップルパイをべて、いて、いて、いて、べて、いて、いて、いて……。


 あきらかにアップルパイをべるよりも、ほう上回うわまわっています。兵隊へいたいも、召使めしつかいも、だれもがアップルパイを無我夢中むがむちゅういているのです。だれかが、大声おおごえげました。


『アップルパイをくのだ! すべてはくにを救うため! くにきていくため! くにはアップルパイをつづけるしかないのだ! 我々(われわれ)こそがアップルパイなのだ!』


 サムライ帝国ていこく征服せいふくされ、アップルパイをつづけるしか、きるすべがなくなってしまったのです。アップルパイをかなければ無惨むざんころされてしまうとおそれているのです。だれもがしろふくしろ帽子ぼうしのコックとなって、ひたすらパイ生地きじばし、リンゴのかわをむき、クリームを泡立あわだてて、ひたすらパイをつづけているのです。


 ダメだ。もうダメだ。ここにてはダメだ。


 王女様おうじょさまは、「なんでもいからべよう」という決心けっしんくつがえしました。おしろさまて、空腹くうふくんでしまうような、とてつもない恐怖きょうふかんじたのかもしれません。あるいは、身震みぶるいするほどの嫌悪感けんおかんだったのかもしれません。


 王女様おうじょさまは、自分じぶんえていることもわすれ、ふらふらとはししました。あっちでもない、こっちでもないと、アップルパイの迷宮めいきゅう彷徨さまよいました。

 すぐばせばものとどくのに、それさえべればきていけるのに、もはやアップルパイは、たんなる自分じぶんきらいなあまいものでもない、もはやものですらない、おそろしいものでしかくなっていました。王女様おうじょさまは、とにかくこわい、おそろしい、絶対ぜったいにここにいてはいけない、はやくここからはなれるんだと、必死ひっしまわりました。

 そして、その地獄じごくから脱出だっしゅつするのとはぎゃくに、自分じぶんにとってもっともおそろしい場所ばしょへとやってきてしまったのです。


 そこは、お妃様きさきさまのお台所だいどころでした。その部屋へやこそ、アップルパイの根元こんげん本拠地ほんきょち中心地ちゅうしんちでした。そこでいまなお、お妃様きさきさまはアップルパイをつづけているのです。きあがったアップルパイをげ、それをさら部屋へやからして、さらげては、つづけているのです。


 そして、王女様おうじょさまました。何処どこまでもうつくしく華麗かれいにアップルパイをつづけるお妃様きさきさまの、そのおそろしいお姿すがたを。


「……ここでお砂糖さとうれて、おしおもほんのすこし、おさけ少々(しょうしょう)……あら、においね。さあ、もっともっとあまくなあれ……美味おいしくなあれ……」


 そうしてリンゴのおなべをかきぜているお妃様きさきさまのお姿すがたは、まるでおそろしいのろいのどくやく煮立いたてている魔女まじょのようでした。おそらく、実際じっさい煮立にたててているのはただのリンゴで、のろいがかかっているはずもなく、毒薬どくやくのようなわるものなにはいっていないのでしょう。

 しかし、そのお姿すがたこそおそろしく、まるで何者なにものかにのろわれたようでした。もしかしたら、本当ほんとうのろわれているのかもしれません。見入みいられてしまったのかもしれません。アップルパイそのものに。


 王女様おうじょさまはそれまででした。もはや気力きりょくうしない、ふらりとそのたおれてしまいました。



 若殿様わかとのさまは、王国おうこく出向でむいているお殿様とのさまたちのところにもどるため、いそいでうまはしらせました。一応いちおう、サムライ帝国ていこくのおしろり、まもりをかためるようにのこっているサムライたちめいじました。

 じつのところ、若殿様わかとのさま文字もじどおわかいので、めいじるというほどのことも出来できません。ですので、のこっている武将ぶしょう現状げんじょう確認かくにんと、とりあえずの方針ほうしん――城門じょうもんざして、てきてもいっさいおうじず、いざとなったらげようということだけ、めた程度ていどです。実際じっさい、それ以上いじょうのことは出来できないでしょう。

 カンフー帝国ていこくたいし、下手へた手向てむかいをしなければ、すくなくとも民百姓たみひゃくしょうには乱暴らんぼうなことはしないでしょう。これもまた、キムチ王国おうこく軍艦ぐんかんのもとに小舟こぶねかったのとおなじく、そして、アップルパイ王国おうこくがサムライ帝国ていこく全面ぜんめん降伏こうふくしたのとおな対応たいおうというわけです。

 無論むろん残酷ざんこく乱暴らんぼう強盗ごうとうのような相手あいてでなければ、のはなしです。そうでなくても、降伏こうふくあとは、かなり不利ふり立場たちばいやられるでしょう。アップルパイ帝国ていこくおなじように。


(だからこそ、サムライ帝国ていこくつよくなければならなかった。いくさつよくにでなければならなかった)


 うまり、お殿様とのさまもとへといそぎながら、若殿様わかとのさまかんがえていました。


くにくにとはてき同士どうしいくさてなければ、自分達じぶんたちくにくなってしまう。ほかくにしたがわなければならなくなる。そうなってはきていくことすら、ままならない)


(だから、サムライ帝国ていこくいくさともきてきた。いくさ言葉ことばだ。くにくにかた会話かいわのようなものだ。だから、サムライ帝国ていこくはサムライが支配しはいするくにだったのだ)


(それがくにだと、おもっていた)


わか!」


 突然とつぜん若殿様わかとのさま参謀さんぼうこえをかけられ、われかえります。


わか! 一度いちどうまえないと!」

「――おう!」


 若殿様わかとのさま自分達じぶんたちっているうまだけではなく、ようの「空馬からうま」を用意よういしていました。おなじようにはしるにしても、ひとせてばかりいてはくたびれてしまうため、空馬からうまえなければならないのです。


 若殿様わかとのさまうまめ、ついでに、すこしだけ休憩きゅうけいをとり、おにぎりを頬張ほおばって食事しょくじをしました。そうしながらも、若殿様わかとのさまふかかんがえにしずみます。


いくさくに言葉ことば……それがくにというものだとおもっていた。しかし、こうしてみると、いろいろなくにがあるものだ。いくさばかりがくに言葉ことばではないのだ)


(ピストル合衆国がっしゅうこくいくさきるくにえて、じつちがう。ピストル合衆国がっしゅうこく強力きょうりょく武器ぶきつくり、それをることを商売しょうばいとしている商人しょうにんくにだ。いくさこりそうなにおいがしたら、そこにけつけて武器ぶきりつける。てき味方みかた両方りょうほうに――)


(キムチ王国おうこくは、国王こくおうから民衆みんしゅうまでからもの大好だいすきで、軍艦ぐんかんまでものからくすることに夢中むちゅうだ。しかも、それが素晴すばらしいことで、それをほかくにすすめることがとてもいことだと、本気ほんきしんじている。ことなる味覚みかく外国がいこくにとって、最悪さいあくだ)


我々(われわれ)占領せんりょうしたあの王国おうこく――いまはアップルパイとやらに夢中むちゅうだが、はて? 以前いぜんたしちが特徴とくちょうがあったのだが、もはや、その名残なごりすらない)


 おにぎりをえ、竹筒たけづつみずをゴクゴクとしてから、若殿様わかとのさまうまりました。ほかのサムライたちもそれにならいます。そしてなにうこともなく、さきいそぎます。若殿様わかとのさま表情ひょうじょうなおく、なお黙々(もくもく)かんがんでいます。


(なぜ、そうなったんだろう。そこまで、くに個性こせい風土ふうどえるほどに、あのアップルパイというお菓子かし魔力まりょくがあるのだろうか)


(キムチ王国おうこくからものりは、たいしてひろまりはしないのに)


(もしかしたら――)


 ようやく、若殿様わかとのさまたち到着とうちゃくしました。不安ふあんこころくもらせながら。


(もしかしたら、僕達ぼくたちれてはいけないものに、んでしまったのだろうか)


 しかし、若殿様わかとのさまたちふたたびやってきたのです。れてはならなかったアップルパイ王国おうこくに、ふたたび、まなくてはならないのです。


さん


 若殿様わかとのさま王国おうこくはいりました。若殿様わかとのさま王国おうこくしろの、その城下街じょうかまちぐちっているのですが、そこからうごこうとしません。何故なぜでしょうか。


 なんだか、王国おうこくしずかでした。しずかすぎます。なぜ、しずかなのか、しばらくわかりませんでした。あたりを見渡みわたしていた参謀さんぼうたずねました。


わか見張みはりがいませんね」


 そう、まちぐちっているべき、見張みはりや門番もんばんがいないのです。

 その理由りゆうわかるはずもなく、若殿様わかとのさまは「うん」とだけ返答へんとうしました。


 いざ、まちはいってみると、しずかにえたまちみから、わずかですが、人々(ひとびと)活動かつどうしているのをかんることが出来できました。


 しずかだとかんじたのは、だれおもてあるいておらず、ひと気配けはいかんじられないためだったのです。

 じつまち活発かっぱつうごいているのです。


 まち建物たてもの煙突えんとつからけむりがモクモクとち、なか人々(ひとびと)活動かつどうしていることは想像そうぞうがつきます。よくいてみると、ひとある足音あしおと食器しょっきかさねるおと荷物にもつろすおとなどがこえてくるのです。


 では、そのなかなにをしているのでしょうか。無論むろん若殿様わかとのさまにはわかっています。いのわかサムライたちにも想像そうぞうがついているでしょう。

 ああ、デカすけはちょっとあやしいですが。


 無論むろん人々(ひとびと)建物たてものなか一生懸命いっしょうけんめいにアップルパイをいているのでしょう。しかし、こうしてひと姿すがたえないと、じつ建物たてものなかにも、ひと一人ひとりだれないのではないか、とおもってしまいそうです。

 だれでもなく、だれかんがえでもなく、もはや、なん目的もくてきもなく、アップルパイがかれていく、アップルパイだけのまち――。

 実際じっさい本当ほんとうにそうなりつつあるのかもしれません。ひとめられたいため、有名ゆうめいになりたいため、あるいは、たん商売しょうばいのため、自分じぶんべるため――そうした目的もくてきをもってアップルパイをいているひとが、本当ほんとうのこっているのでしょうか。


 参謀さんぼうは、若殿様わかとのさままち異様いようさに圧倒あっとうされていることを気遣きづかって、無闇むやみにせかしたりはせず、そっとうながそうとします。


わかまいりましょう。殿とののところに」

「いや」


 若殿様わかとのさま否定ひていしました。そして、いました。


あわててもたいしてわらないだろう。まず、りたいところがある」

「ああ――『街角まちかどレストラン』ですね」

「そうだ。まず、アップルパイがなんなのか、それを理解りかいしていこうじゃないか」


よん


「アップルパイはただのお菓子かしです。みんながいて、みんながべているのは、間違ちがいなく普通ふつうのお菓子かしでしかありません」


 そうこたえたのはしろ帽子ぼうししろふくしろずくめの衣装いしょうにつけた、「もと街角まちかどレストランのコックさんです。「もと」とけたのは、もうそこはレストランでなくなったからです。そこはもう、ただひたすらアップルパイをくだけの工場こうじょうとなっていました。

 もはや、コックさんもくるったようにアップルパイをつづけているのかとおもいきや、意外いがいいて、若殿様わかとのさま質問しつもんこたえてくれました。


わたしがコンテストで優勝ゆうしょうした理由りゆうわかりますか? ほかひとのパイにくらべて、もっともあまかったからですよ。審査しんさしたのは子供達こどもたちなんですが、子供こどもあまいのがきでしょう? そりゃわたしのをえらぶにまってるんです。じつ大人おとなだってけないくらいあまいのがきなんです。塩加減しおかげんも、じつあまさをてるためだったりします」


「こちとら、商売しょうばいですからね。普通ふつうのご家庭かていでお料理りょうりするよりも、ぐっと味付あじつけをく、よりあまかんじるようにつくるんです。お料理りょうりによって、そして、相手あいてにもよりますが」


「あなた方はサムライ帝国ていこくひとですね。ってますよ? あなたがたのお刺身さしみだって、お醤油しょうゆをつけてべますけど、お醤油しょうゆはお刺身さしみあまみをてるためで、脂身あぶらみおおいほど高級こうきゅうなのは、脂身あぶらみあまさがきだからです。無論むろん、お国柄くにがらもありますがね」


「え? お妃様きさきさまが、あまさのちがうアップルパイをおしした? そりゃ、いきなりあますぎるものをおししちゃ、きられてしまうからじゃないですかね? 相手あいてによってあじけをえるのも、我々(われわれ)コックの常套手段じょうとうしゅだん、つまり、よく使つかわざひとつなんですよ」


「なんでこんなにみんな夢中むちゅうなのか? うーん……わかりませんね。お妃様きさきさまいているんだから、かもしれませんが。でも、子供こどもだけじゃなく大人おとなだってあまいのがきですから、あまいお菓子かしいてべてさえいればそれでいってわれりゃ、だれだってめたくないじゃないですかね」


「さて、わたしからえるのはこれぐらいですかね。では、仕事しごともどらせていただきますよ。さあ、そろそろけたかな……」


 若殿様わかとのさまたち仕事しごとちゅうめて、はなしてくれたことにれいべてがりました。参謀さんぼうなんだかよくわからないかおをしていましたが、若殿様わかとのさましずかなおももちでかんがんでいます。

 参謀さんぼうあたまをかきながら、若殿様わかとのさまたずねました。


わかには、なにわかりましたか? 拙者せっしゃにはなんとも……」

「うん。ごく自然しぜんきでこうなった、とえばいいのかな」

「そんな、おかしいじゃないですか。自然しぜんきで、この王国おうこくをこんな姿すがたわってしまうことなどありうるんでしょうか」

「そうだなあ……」


 若殿様わかとのさまはすぐにはこたえず、夜空よぞら見上みあげました――いまはもうよるでした。夜空よぞらにはほしまたたき、つめたい夜風よかぜがさわやかにけていきます。まち相変あいかわらず、パイをあまにおいが充満じゅうまんしていたのですが、ほんの一瞬いっしゅんだけ、夜風よかぜがそのにおいをしてくれました。


ちいさな小石こいし広大こうだい水面みなもすべてをるがす――と、爺様じいさまっていた。数多あまたさかなきているからこそ、うみけっしてしずまることがないのだ、とも」

「では、あの王国おうこくきさき小石こいしであったのだと?」


 若殿様わかとのさますこ苦笑にがわらいしながら、あたまをかきました。


「たとえばなしはほどほどにしないとな。ぼくは、爺様じいさまう『満腹まんぷく獅子ししむしころさぬ』という言葉ことばしんじて、けっしてカンフー帝国ていこくめてこないとおもっていた」

「そうですね。カンフー帝国ていこくただ獅子ししとはちがいますからね」

「あのおきさき小石こいしだとしても、れているのは水面みなもだ。水底みなそこしずんだ小石こいしはもううごかず、水面みなもゆるるがすことはないが、波紋はもん水面みなもすべてにつたわる。そして――」

「そして?」


 若殿様わかとのさまけっしたようにあるはじめました。


「もしかしたら、殿とのふた小石こいしだったのかもしれないぞ」

「……え?」

「さあ、こう。殿とののところへ」



 若殿様わかとのさまはお殿様とのさま最後さいごわかれた閲兵場えっぺいじょうにやってきました。そこでチビすけが、「あれ? あれれ? あれれれれ?」とさわはじめました。


「うちのサムライたちはどこにいったんだ? いや、だれがうちのサムライたちなんだよ!?」


 騒然そうぜんとするチビすけ呆然ぼうぜんとするデカすけ唖然あぜんとする参謀さんぼう、そして、愕然がくぜんとする若殿様わかとのさま――。


(まさか――多少たしょう想像そうぞうはしていたけど、これほどまで我々(われわれ)サムライがわってしまうなんて)


 そこでは、何千人なんぜんにんものコックがアップルパイをいていました。それは、あの「街角まちかどレストラン」で出会であったようなコックが、無限むげん増殖ぞうしょくしたかのような光景こうけいでした。

 そのかれらはもちろん、人数にんずうからて、このくに兵隊達へいたいたちと、サムライ帝国ていこくのサムライに間違まちがいありませんでした。

 しかも、だれもがうつろなつきで、まえ若殿様わかとのさまがやってきたにもかかわらず、必死ひっしでアップルパイをいていました。こえをかけても、だれなにおうじません。

 ごうやしたチビすけが、その一人ひとりかたをかけて「おい、めろ! めろとってるだろ!」と怒鳴どならしましたが、そのはらいのけて、なおもパイをめようとしないのです。

 そのサムライたちわりようは、若殿様わかとのさま想像そうぞうえていました。

 もはや、だれがサムライで、だれがこの王国おうこく兵隊へいたいなのか区別くべつがつきません。しかし、それぞれがじっているのは明白めいはくです。閲兵場えっぺいじょうかたわらには、王国おうこくよろいてられていたのですが、それにくわえて、サムライが鎧甲よろいかぶともまた、じっていたのですから。

 たいだいでパイ生地きじばし、野外用やがいようのカマドでリンゴを煮立にたててて、パイをいて、きあがったパイをべて、いて、べて、いて、べて、いて、べて……。


あまいか」

「うむ、あまい」

「いや、まだあまくない」

「もっとあまくか」

「もっとあまくしよう」

「どんどんあまくしよう」

あまあまく」

あまあまい」

「まだまだあまく」


 そんなことばかりを念仏ねんぶつようとなえながら、サムライたち必死ひっしでアップルパイをいているのです。いてはべ、べてはいて、自分達じぶんたちいたアップルパイが、すこしでも王国おうこくあじちかづけるように頑張がんばっているのです――そう、頑張がんばっているのです。

 かれら、サムライたち頑張がんばっているのです。巨大きょだいなカンフー帝国ていこくたたかうため、あらたな生命線せいめいせんとなるあたらしい食糧しょくりょう、アップルパイをけるようになるために、必死ひっしたたかっているのです。

 このくに兵隊へいたいたち必死ひっしおしえているのです。サムライ帝国ていこく占領せんりょうされ、この王国おうこくつづけるために、必死ひっし頑張がんばっているのです。たたかっているのです。


 若殿様わかとのさまくにもどって、ふたたかえってくるまで、それほど日数にっすうがかかっていないでしょう。そのみじか日数にっすうで、これほどサムライをえてしまうものでしょうか。


 ふと、参謀さんぼうててあったよろいりました。自分達じぶんたちのサムライの鎧甲よろいかぶとと、そしてこの王国おうこくかぶと――それは、銀色ぎんいろかがやうつくしい騎士きしよろいでした。


 ナイト王国おうこく――それが、このくに元々(もともと)名前なまえでした。銀色ぎんいろかがやよろいにつけた、ほこたか騎士きしまもる、気高けだか気品きひんちあふれた王国おうこくだったのです。それゆえに、つよ猛々(たけだけ)しいサムライ帝国ていこくも、これまではせなかったのです。


「お、おまえたち……サムライのいのちかたなまで粗末そまつにしやがって……」


 ふたたび、チビすけさわはじめています。よろいほかにも、こししていたかたなまでもが閲兵場えっぺいじょうかたわらにりにされていました。あわせて、王国おうこく騎士きしたち使つか強力きょうりょくやりも。


「あ……」


 若殿様わかとのさまおもしました。やりえば、あの王女様おうじょさま物干ものほ竿ざお使つかっていた、あのやりおなじです。参謀さんぼういました。


「あの王女おうじょ心配しんぱいだ。無事ぶじだろうか」

我々(われわれ)心配しんぱいすべきは我々(われわれ)主君しゅくん殿との行方ゆくえではないんですか」

「いや、殿とのたたかってわけじゃないんだ。でも、あの王女おうじょにしてしまうかもしれないぞ」

「いや、これだけものかこまれているのですよ。流石さすがあきらめてべるのでは……?」

「あの王女おうじょこそ、ほこたかきこの王国おうこく末裔まっしょうなんだ。自分じぶん主義しゅぎつらぬくためなら、いのちだってしまないはずだ」

「では、いそぎましょう。殿とのにせよ、王女おうじょにせよ、きっとおしろでしょう」

「ああ、めていこう」


 若殿様わかとのさまはそういながら、デカすけくに飴玉あめだまほうみながらいました。デカすけはもうすこしでアップルパイにばすところでした。


ろく


 しろはいると、そこはアップルパイでした。

 なにってるのかわからないって? いや、これが一番いちばんわかりやすい説明せつめいなのです。見渡みわたかぎり、アップルパイのやま、アップルパイのはしら、アップルパイのかべまどければアップルパイ、とびらければアップルパイ……。


わか、やはりデカすけそとたせたほうが……」


 参謀さんぼうがそううのも無理むりはありません。しろはいれば、いきなりアップルパイなのです。みぎてもひだりいても、アップルパイがげられているのです。自分達じぶんたちだって、どこまで我慢がまん出来できるか不安ふあんでしょう。ましてや、いしんぼうのデカすけけないはずはありません。ですが、若殿様わかとのさまいます。


「いや、とどくところにないとダメだ。チビすけ、デカすけかたれ。しっかり見張みはってろよ」

合点がってん!」

「さあ、王女おうじょたしか――どっちだったかな」


 若殿様わかとのさまたちにとって、このおしろにはまえたことがあるといっても、まだ二回目にかいめです。不慣ふなれなうえに、あたりはアップルパイで充満じゅうまんしているのですから、まようのはたりまえ。そこをなんとか、参謀さんぼうあたまめぐらせます。


まえに、中庭なかにわ洗濯物せんたくものしていましたね」

「では、しろ中心ちゅうしんか」

いそぎましょう――デカすけでなくても、このにおいじゃ我々(われわれ)だってちませんよ」



 一同いちどう、アップルパイをかきけておしろ中心ちゅうしん目指めざします。途中とちゅう、おしろ人々(ひとびと)にすれちがうことはありましたが、だれ若殿様わかとのさまたちかまってやしません。夢中むちゅうでアップルパイの材料ざいりょうはこみ、アップルパイをげ、アップルパイをいて、アップルパイをげて、アップルパイをはこしています。多少たしょうなりとも役割分担やくわりぶんたんがあるようですが、だれもがアップルパイのことしか眼中がんちゅうにないようです。

 そこに、だれかのこえひびきわたりました。


『アップルパイ! アップルパイ! アップルパイ! アップルパイ! アップルパイ!! すべてはアップルパイのために! すべてはアップルパイ! すべてがアップルパイなのだ! このすべてアップルパイだ! すべてがアップルパイなのだ! 我々(われわれ)こそがアップルパイなのだ!』


 これをいた若殿様わかとのさまさおになりました。もはや、くるっているとってもいでしょう。人々(ひとびと)みずからアップルパイにくるい、なおもほか人々(ひとびと)をアップルパイでくるわせているのです。こんなところにたら、本当ほんとう自分達じぶんたちもアップルパイにくるわされてしまいそうです。参謀さんぼう若殿様わかとのさまかします。


わかまってはダメです――わか?」

「このこえ……アップルパイをさけつづける、あのこえは……アップルパイ……アップルパイと……」


 大変たいへん! 若殿様わかとのさまがうつろになってきました! しかし、そこは参謀さんぼう


「えい!」


 と、若殿様わかとのさまくちなにかをほうみました。


「か、からい!」

「よくくでしょう? ニンニクのとンがらしけです。あのキムチ王国おうこくでも最高さいこう際物きわものですよ」

「た、たのむ、みずを」

「ダメです! おみずすべてがわってから!」

きびしいなあ……うう、からい……くさい……」

「さあ、はしった! はしった!」


 若殿様わかとのさま余計よけい足元あしもとがフラフラしてますが、参謀さんぼうてられて、どうにかはししました。本当ほんとうに、若殿様わかとのさま家来けらいったものですね。後々(のちのち)安泰あんたいでしょう。


なな


 どうにか中庭なかにわ到着とうちゃくしました。洗濯物せんたくものけられたままで、そこはだれもいません。

 おもえば、その洗濯物せんたくものけられている物干ものほ竿ざおこそが、この王国おうこく騎士きしたち使つかやりでした。サムライにとってはたましいうべきかたなと、おなようなものでしょう。若殿様わかとのさますこかなしい気持きもちになりましたが、そうもっていられません。


ないな……」

「このへん小部屋こべや寝床ねどこではなかったですか」

「あった! ここが王女おうじょ寝床ねどこだ!」


 そうさけんだのは、デカすけかたうえからあやつるチビすけです。指示しじけるのをたずに、デカすけ操縦そうじゅうしながら方々(ほうぼう)部屋へやさがまわってました。


「で、王女おうじょたか?」

「いえ、寝床ねどこはもぬけのからで」

「うーん……」


 こうしているあいだにも、まるできりもやどくガスや放射能ほうしゃのう、あるいは、魔物まものはな瘴気しょうきのように、アップルパイがくなっていきます――それって、どんな状態じょうたいかって? 説明せつめいできませんよ。そんなこと、想像そうぞうしたくもありません。わたしだって、今日きょう明日あしたも、美味おいしくアップルパイをべたいのですから。


 ともあれ、どんどん危険きけん状態じょうたいになりつつあります。参謀さんぼうこえをしかめていました。


「これ以上いじょう本当ほんとう我々(われわれ)ちませんよ。もうって、安全あんぜん確保かくほしないと」

「いや、出来できれば殿とのにもっておきたいし、このしろ要所ようしょだけはめぐってこう」

「……そうですか。では、もう一つ、アレをべていただきましょう」

「アレって――アレ?」


 参謀さんぼうはコクリとうなずき、今度こんど全員ぜんいんくちに「アレ」をほうみました。


「ぐはぁ! からい!」

「くさい!」

「ひぃー!」


 もちろん、アレとはとンがらしのニンニクけ……じゃなかった、ニンニクのとンがらしけでした。いやまあ、どっちでもたいしてちがいはありませんね。

 若殿様わかとのさまはかえって意識いしきうしないそうになりましたが、そこはなんとかって、さきすすもうとしましたが――どっちへ?


「よし、あっちだ」

「いや、こっちじゃないですか」

「よくろよ、そっちだ」

「えー、どっちだよ」


 あし迷走めいそう朦朧もうろうとして、あたま妄想もうそう、ニンニクのとンがらしけが流石さすがぎたようです――いや、まだ、若殿様わかとのさまにはとっておきのたすぶねがありました。


 すとん――と、何者なにものかが若殿様わかとのさまかたりました。そう、あのちっちゃいニンジャが若殿様わかとのさまいついたのです。そして、あっちです! と、アップルパイのかべゆびさしました。

 チビすけ若殿様わかとのさま指示しじたずに、


「デカすけ、やれ!」

「どっせーい!」


 どどーん!


 デカすけはその巨体きょたいまかせ、見事みごとにアップルパイのかべばします。


「よいしょー! どすこーい!」


 どどーん!

 どかーん!


 あの王女様おうじょさまがグルグルとまよっていたアップルパイの迷宮めいきゅうを、一直線いっちょくせんっていきます。はやはやい、あっという到達とうたつしました。アップルパイの中枢ちゅうすう、お妃様きさきさまのお台所だいどころに――。


はち


 王女様おうじょさまはそこにいました。王女様おうじょさまたおれていました。たおした王女様おうじょさまのそのさきに、お妃様きさきさまけてっていました。そして、なおもアップルパイをつくつづけていました。


 王女様おうじょさまたおれたままでした。お妃様きさきさま王女様おうじょさまかまってはいません。無言むごんで、パイ生地きじながなが麺棒めんぼうばしています。うすく、うすく、ばされた生地きじりたたみ、さらばして、パイ生地きじ何層なんそうにもかさねていくのです。そんな緻密ちみつ作業さぎょうて、ようやくパイ生地きじ仕上しあがっていくのです。


 若殿様わかとのさまは、その光景こうけいをジッとながめながら、ゆっくりと王女様おうじょさまと、そして、お妃様きさきさまちかづいていきました。流石さすが参謀さんぼうなにいません。流石さすがのチビすけも、いさってかたないたりしません。デカすけは……なにわかってないのかもしれませんが、なにどうじず、なにべたいともいません。一同いちどう身動みうごきができないほど、おそろしい光景こうけいでした。


 たしかにそれは、とてもおそろしい光景こうけいでした。パイをくためのカマドはえさかり、パイ生地きじばすお妃様きさきさまあかあからしてます。ひとたおれているというのに、ましてや、そのひと王女様おうじょさまであるというのにいっさいかまわず、パイ生地きじばして、クリームをり、リンゴを煮立にたてて、アップルパイをつづけているのです。その作業さぎょう夢中むちゅう王女様おうじょさまのことにづいていないのでしょうか。


 いえ、そうではありませんでした。すでづいていました。王女様おうじょさまはともかく、若殿様わかとのさまが、ここにやってきたことに。


「そのこしかたなで、わたし成敗せいばいしにきたのですか――ちいさなお殿様とのさま?」


 と、おっしゃいました。


 若殿様わかとのさますでに、こしかたなをかけていました。いつでも、かたなけるように。


「それは、あなた次第しだいです」


 若殿様わかとのさまは、そうこたえました。


きゅう


「ならば、こころしておこたえしなくてはいけませんね。なにをおきになりたいのですか?」


 そういながらも、お妃様きさきさまはパイ生地きじづくりをめようとしません。かず、ひたすら麺棒めんぼうるって、生地きじばしつづけます。

 若殿様わかとのさまは、たとわかくとも立派りっぱなサムライです。おなじくわかくとも、たのもしい家来けらいたちひきいています。そのサムライたち相手あいてにまったくおびえることなく、けたまま、パイ生地きじづくりをめようとしません。その姿すがたに、威厳いげん風格ふうかく気品きひんすらかんじます。

 しかし、若殿様わかとのさまべつなことをかんじました。それは自分じぶん母上ははうえさまのこと――台所だいどころって炊事すいじをしている母親ははおやうし姿すがたに、「ただいま」といにたような、そんなおだやかであたたかい光景こうけいおもかべていたのでした。


案外あんがいわるひとではないのかもしれない)


 一瞬いっしゅん若殿様わかとのさまはそうかんじたのですが――王女様おうじょさまたおれたままで、それはほったらかしなのです。

 お妃様きさきさまは、機先きせんせいして、たずねられるまえ自分じぶんからおっしゃいました。


「やはり、王女様おうじょさま本当ほんとうほこたかいおかたなのですね。あくまでも、わたしのアップルパイはおがりにならないのです」


 それをいた若殿様わかとのさまたずねました。


「ならば、何故なぜたないのです。たすけようとしないのです。そもそも――」


 若殿様わかとのさまかおめ、そしてきびしくいかけます。


「どうして、この王国おうこくをこんなふうにしてしまったのですか。もう、くにとしてたっていないし、おかげで、がサムライ帝国ていこくも――」

「こんなふうに?」


 お妃様きさきさまはようやくいて、若殿様わかとのさまさえぎりました。


「このくに元々(もともと)ほこたかく、高貴こうきなお国柄くにがらでしたが――ごぞんじないですか? わたしまえの、まえのお妃様きさきさまは、そのほこたかゆえくなられたことを。そのほこたかきお国柄くにがらが、かえってわざわいであったことを」


「え……?」

「そして、あなたがたのおくには、周囲しゅうい国々(くにぐに)にとてもおそれられているのです。なく戦争せんそうつづけるおそろしいくにだと」

「……」


 それをわれると若殿様わかとのさまなんともえなくなってしまいました。父親ちちおやであるお殿様とのさまならなにかをかえしたかもしれませんが、若殿様わかとのさまいくさがそれほどきなわけではないのです。

 お妃様きさきさまはなしつづけます。


「かつて、この王国おうこくとも戦争せんそうをしたこともあったとか。両国りょうこく疲弊ひへいして、大勢おおぜいひと戦死せんしして、それでも、どちらかのくにゆたかになったわけでもなく、なにくならなかった」

「……」

いさましいあなたがたなら、いまさまくないことかもしれませんね。でも、だれかがぬわけでもなく、みんなでなかく、そして可愛かわいらしくあまいお菓子かしつくっているいまほうが、わたしきです」

「……そうかもしれない。でも、この王女様おうじょさまのことは? どうしても、あなたをれられない相手あいては……王女様おうじょさまてきなんですか。そうして、たおれていることがいことだとおおもいですか」


 お妃様きさきさまはすぐにはこたえず、たおれている王女様おうじょさまをジッとながめていました。その様子ようすは、なんとこたえていのか、まよっているようでした。

 それでも、お妃様きさきさまうなずいて、こたえました。


てきえば、そうですね――そのとおり。王女様おうじょさまてきです。王女様おうじょさまなかにある、ほこたか気品きひんくだいてしまいたかった」


 お妃様きさきさま王女様おうじょさまそばり、ひざまづいて、王女様おうじょさまたすこしました。まだ、うしなったままの王女様おうじょさまかみをそっとととのえながら。


わたし意地悪いじわる気持きもちで、たおれる王女様おうじょさま姿すがたていました。それでも――こうなってまでも、わたしのアップルパイをべないのかと。わたしは――」


 お妃様きさきさま苦笑にがわらいで、かなしげにいました。


わたしは、わるいお妃様きさきさまですね。あなたに成敗せいばいされても仕方しかたない……あたらしい母親ははおやになりそこねた、わる継母ままははです」


 若殿様わかとのさまなにわず、ジッとはなしいていました。すでかたなからはなしており、もちろん、成敗せいばいするなどという素振そぶりはありませんでした。


 お妃様きさきさまはしばらく、王女様おうじょさまかみでていましたが、あらためて若殿様わかとのさまなおり、いました。


「この王女様おうじょさまのこと、おねがいできないでしょうか。わたしはもう、おきさきにも、あたらしい母親ははおやにもなれない、アップルパイをつづけるだけのおんなです」


 若殿様わかとのさまはしばらくかんがえていましたが、こころめて、うなずきました。


わかりました。王女様おうじょさまいやだとおっしゃらなければ、拙者せっしゃがおあずかりいたします」

「ありがとうございます、お殿様とのさま

「……ええっと」


 若殿様わかとのさまかえり、わかサムライたちたのんで王女様おうじょさまはこばせようとかんがえますが、どうしたものか。相手あいてなにしろ王女様おうじょさまだし、どんなかつかたをすればいいのか、ひと思案しあん必要ひつようです。力仕事ちからしごとなら、デカすけ一人ひとり十分じゅうぶんですが、王女様おうじょさまほどのかたをおんぶさせたり、かたかつがせるのもどうかなぁ、などとなやむところですが――。


 ぴぃっ!


 かんだか指笛ゆびぶえひびきました。それはニンジャが使つかごえでした。

 すると、若殿様わかとのさまつかえるちっちゃいほうではなく、お殿様とのさまつかえていた大人おとなのニンジャたちが、ひょいひょいと姿すがたあらわしたのです。六名ろくめいたでしょうか。若殿様わかとのさまやちっちゃいニンジャがなにわずとも事情じじょうわかっているみたいで、ながぬのひろげて、いわゆるタンカを用意よういしました。そして、王女様おうじょさまからだ二人ふたりかりでそっとせようとした――丁度ちょうど、そのとき


『さあみんな! このはアップルパイだ!』


 また、あのこえです。そこからひびくようなそのこえおどろき、一同いちどうはビクリと身体からだふるわせました。とはいえ、おどろいたのは若殿様わかとのさまたちだけです。もうお妃様きさきさまやニンジャたちれっこでしょう。


『さあ、アップルパイだ! 今日きょうもアップルパイ! 明日あしたもアップルパイ! いつでもアップルパイ! すべてがアップルパイなのだ! さあ、もうけたか! まだけないか! いたらけ! けたらべろ! べたらまた……』


 このこえぬしはいったいだれなのでしょう――若殿様わかとのさますで気付きづいていました。そのこえぬしだれなのか。


 お妃様きさきさまこたえました。


「お父上ちちうえは、玉座ぎょくざです。ご案内あんないいたしましょう」


じゅう


『アップルパイ! アップルパイ! アップルパイ! アップルパイ! アップルパぁーーーい!!』


 そんなふうさけんでいたのは、なんと、若殿様わかとのさまのお父上ちちうえ、お殿様とのさまだったのです。サムライたちひきいていた手腕しゅわんで、今度こんどはアップルパイの陣頭指揮じんとうしきっているのです。このくにいくさをしかけたのはなんのためだったのか、もう絶対ぜったいわすれています。


 そこは玉座ぎょくざでした。そこはおしろでもっともおおきなところで、学校がっこうえば体育館たいいくかんぐらいはあるでしょうか。普段ふだんは、おく玉座ぎょくざ王様おうさますわり、それにかってあかくてなが絨毯じゅうたんかれています。その両側りょうがわ大勢おおぜい家臣かしん騎士きし居並いならび、王様おうさま客人きゃくじんむかえて謁見えっけんする、おしろでもっとも格調かくちょうたか場所ばしょなのです――そう、普段ふだんなら。


 いまでは、アップルパイの材料ざいりょうたかみあがり、アップルパイをつくるための道具どうぐ散乱さんらんし、アップルパイをため即席そくせきのカマドまでかれて、もうもうとけむりがっています。もう、王国おうこく格式かくしきなんて欠片かけらのこっていません。そしてなによりも、うずたかく、やまのようにげられたアップルパイ……もうなんだか、とてもものにはえないのですが。


 その玉座ぎょくざではおおくのサムライ(だったひと)や、王国おうこく騎士きし(だったひと)がじり、一生懸命いっしょうけんめいにアップルパイをいています。そう、一生懸命いっしょうけんめいにです。

 さらに、その玉座ぎょくざ中心ちゅうしんでは、サムライたち忠誠ちゅうせいつくくすべき、若殿様わかとのさま父親ちちおやであるお殿様とのさま姿すがたがそこにありました。


 そのお殿様とのさま姿すがたは、もうとても、お殿様とのさまなどとはべない有様ありさまでした。鎧甲よろいかぶとは(当然とうぜんながら)てて、コックとおなしろふくしろくてたか帽子ぼうしをかぶり、周囲しゅうい武将ぶしょうやサムライたちと、この王国おうこく大臣だいじん召使めしつかいなどもひっくるめて、アップルパイを陣頭指揮じんとうしきっているのです。周囲しゅういきあがったアップルパイをたかげ、さけんではべ、べてはさけつづけているのです。


 その自分じぶん父親ちちおや姿すがたに、若殿様わかとのさま唖然あぜんとしました。背後はいご参謀さんぼうはじめ、わかサムライたちおなじです。ぽかんとくちけたままふさがりません。お殿様とのさまは、もう完全かんぜんにおかしくなってしまったのでしょうか。

 そのとき、そのお殿様とのさまのすぐわきほうこえがしました。「もういい加減かげんだまらんか。騒々(そうぞう)しい」と――それは、この王国おうこく王様おうさまでした。

 王様おうさまもまた、しろいコックの格好かっこうつつみ、みずからのでアップルパイをつくつづけているのでした。お殿様とのさまかおにしてかえします。


騒々(そうぞう)しいだと? 何事なにごと気合きあいだ! 気合きあそこなって、アップルパイがけるものか!」

「では、あんたはアップルパイのなにっているというのだ? まったく――ほれ、けたぞ。今度こんどこそ完璧かんぺきだ」

「むむ、げておるではないか」

「その具合ぐあいいのだ」

「なんだと――(もぐもぐ)――やっぱりげてるだけではないか。ほれ、自分じぶんってろ」

「なにい? そんなはずは――」


 まったくひど有様ありさまです。大声おおごえげてみんなを叱咤しったするところは、おおくのサムライたち指揮しきしていたお殿様とのさま健在けんざいぶりを物語ものがたっているとってもいかもしれません。しかし、その大声おおごえ気合きあいをアップルパイにけられてはたまりません。もうすで夢中むちゅうだった両国りょうこく家来達けらいたちは、尚更なおさら無我夢中むがむちゅうでアップルパイをつづけ、もはやめることも、やすむこともゆるされなくなってしまいました。

 いてはべ、べたらいて、たおれたらねむり、きたらべて、いて、べて、いて、べて、いてべていてべていてべていてべていてべて……。


 唖然あぜんとしてみている若殿様わかとのさまに、お妃様きさきさまいました。


ひど有様ありさまかもれません。おサムライさまにとっては」

たしかにそうです。ですが――」


 若殿様わかとのさまは、ためらいながらも、みとめました。


「これなら、いくさにもならないし、ころうこともない。両国りょうこくころうこともなく、ひとつのことに夢中むちゅうになっている」


 無論むろん若殿様わかとのさま不満ふまんいわけではありません。まさ不幸ふこうく、両国りょうこくあらそいがむのならば、本当ほんとう仕方しかたいことなのでしょうか。


 サムライのほこりは? 騎士きしのプライドは?


(ただ、ころうだけの伝統でんとうなら、そこなわれてもいのではいか?)


 そう、若殿様わかとのさまかんがはじめた、そのときです。いままでだまっていた参謀さんぼうが、まえすすました。

 そして、お妃様きさきさまかい、いました。


失礼しつれい、あなたはカンフー帝国ていこく姫君ひめぎみでしたね?」


第六章だいろくしょう アップルパイ王国おうこく崩壊ほうかい


いち


 かえします。参謀さんぼうはお妃様きさきさまかい、いました。


失礼しつれい、あなたはカンフー帝国ていこく姫君ひめぎみでしたね。あの帝国ていこくから、あたらしいおきさきとして嫁入よめいりしたのは有名ゆうめいだ。ただ、になるのは――」


 お妃様きさきさまは、だまって、参謀さんぼううことをいていました。参謀さんぼうかまわず、いつめます。


「あなたは、アップルパイをべていませんね? そのわらぬうつくしさが物語ものがたっている。とても、アップルパイに夢中むちゅうとはおもえない」


 お妃様きさきさまいて、「うつくしいとめていただいて恐縮きょうしゅくですが」と前置まえおきしてから、言葉ことばかえします。


わたしはただ、べるよりほうおおいだけ。もうげたはずです。わたしはこのほこたか王国おうこく上手うまくやっていくため、夢中むちゅうでアップルパイをくしかなかったのだと」

「では、あなたはなにべてきている?」


 いよいよ、参謀さんぼうつよ口調くちょういつめます。


「あなたはそちらの王女様おうじょさまちがって、いたって健康けんこうだ。ろ! 主君しゅくん顔色かおいろを! あなたがた国王こくおうからだつきを! すで異常いじょう出始ではじめていることがわからないか! お菓子かしだけをべて、ひときていけるはずがない!」

「……」

「あなたは意図的いとてきにみんなをアップルパイにくるわせたのだ! パイをべていない王女様おうじょさまつづいて、あなたの王国おうこく人々(ひとびと)も、たとえすぐににはしなくとも、いずれはやまいたおれていくだろう。ひとは、にく野菜やさいべずして健康けんこうたもてないからだなのだ。みんなが夢中むちゅうになっているのを見下みくだしながら、自分じぶんだけは健康けんこう食生活しょくせいかつたもちつつ、王国おうこく破滅はめついやっていたのだろう――ちがうか!」


 そういつめられ、お妃様きさきさまなにえなくなりました。いよいよ、参謀さんぼうは『王手おうて』を仕掛しかけました。


すべてはあなたがた、カンフー帝国ていこく陰謀いんぼうだ! あなたをおくんで、この王国おうこく我々(われわれ)のサムライ帝国ていこく双方そうほう骨抜ほねぬきにする計画けいかくだ! すでにカンフー帝国ていこくへいが、がサムライ帝国ていこくもうとしていることはっている。すべてはそのお膳立ぜんだてだったのだ」

「それは……」

「さあ、こたえなさい。アップルパイに夢中むちゅうになっているといながら、たった一人ひとりだけ、なお健康けんこううつくしさをたもっているあなたは、いったいなにべてきているのだ!」


「ワシからの仕送しおくりじゃよ」


 お妃様きさきさまこたえるよりさきに、べつこえ背後はいごからこえてきました。それは年老としおいた老人ろうじんこえでした。


「おはつにおにかかる。ワシはカンフー帝国ていこく皇帝こうてい――つまり、おまえさんがた宿敵しゅくてきの、その親玉おやだまじゃよ」


 そう、名乗なのりをげました。



 若殿様わかとのさまたちはすっかりかこまれていました。若殿様わかとのさまたちはなしをしているすきに、大勢おおぜいのカンフー帝国ていこく兵士へいしたち侵入しんにゅうして、若殿様わかとのさまたちだけでなく、サムライや騎士きし、お殿様とのさま王様達おうさまたちを、ぐるりとかこんでいたのです。こちらはだれ武器ぶきっておらず、パイ生地きじばす麺棒めんぼうや、リンゴのかわくナイフではたたかいようもありません。サムライや騎士達きしたちたたかうこともできず、両手りょうてげて降参こうさんするほかはありませんでした。


(サムライ帝国ていこくめ込もうとしていたはずでは?)


 若殿様わかとのさまは、そう疑問ぎもんおもったのですが、その疑問ぎもん解消かいしょうする余地よちはありません。てきかこまれている大変たいへん事態じたいです。


 勝利者しょうりしゃ余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)皇帝こうてい名乗なのった老人ろうじんは、「ちょっとすわらせてもらうよ。どっこいしょ」とって、王様おうさますわるはずの玉座ぎょくざに、悠々(ゆうゆう)すわんでしまいました。

 そして若殿様わかとのさま家来けらいである、参謀さんぼうかっていました。


「おまえさんの見方みかたただしい。じゃが、『王手おうて』をかける相手あいてちがったな。そのおきさきであるワシの孫娘まごむすめは、ワシの『手駒てごま』にすぎん。『手駒てごま』にとって、計略けいりゃく陰謀いんぼうなどったこっちゃいよ。しかも――」


 皇帝こうていは、王様おうさまとお殿様とのさまて、ニヤリとわらいました。


「もうすでに、ワシので『み』が完成かんせいしておる。ときすでおそしじゃ。ふふっ……あっはっはっはっは」


 さらに、皇帝こうてい陛下へいか大笑おおわらいしたのですが――、


「なんちゃってな。そんなわけがなかろう」


 と、したをぺろり。若殿様わかとのさまは「え?」とくびかしげました。


(ちなみに、『王手おうて』や『手駒てごま』、『み』というのは、将棋しょうぎ使つかわれている言葉ことばです。ここでは解説かいせつはしませんが、ごぞんじないかたは、是非ぜひともルールをおぼえてあそんでみてください)


さん


 若殿様わかとのさまたずねました。


はじめから、この王国おうこくがサムライ帝国ていこく征服せいふくするつもりではなかったとうのですか」

「ああ、そのとおりだとも。ワシの孫娘まごむすめをこの王国おうこくよめしたのも、その孫娘まごむすめがお菓子かしきだったのも、なんかんがえもたくらみもなかったのじゃ」


 皇帝こうてい手招てまねきをします。そのそばにお妃様きさきさまちかづき、「おひさしぶりです、お爺様じいさま」とお辞儀じぎをしました。皇帝こうていはなしつづけます。


孫娘まごむすめなやんでおってな。この王国おうこく上手うまくやっていくにはどうすればいだろう、とな」

「それが、アップルパイであったと?」

「そうじゃ。とくたくらんでいたわけではないよ。かんがえてみよ、普通ふつうのお菓子かし普通ふつうつくって、それがここまでくにくるわせるなどと、だれおもう? おそらく、ひと意識いしき渦巻うずまいて、怒濤どとうのようにながれてしまうのも、歴史上れきしじょうめずらしいことではない。民衆みんしゅうこす『革命かくめい』や、おまえさんところでいう『百姓一揆ひゃくしょういっき』も、そういうものじゃろう」

「はあ……そういうものですか」

無論むろん流行はやららせようという意識いしきは、孫娘まごむすめにあったのじゃろう。少々(しょうしょう)、やりぎたとおもうがな。革命かくめい扇動せんどうとき人々(ひとびと)からうたがわれ、懸念けねんけられるが、お菓子かしなら警戒けいかいされない」

「……ほど

「そして、この王国おうこくくるいだし、そこに、おぬしらのくにいついた。おぬしらさえ、このくに手出てだしをしなかったら、こんなさまにはならなかっただろうよ」

「どうして、そうおもうのです?」

如何いかにアップルパイというものがうまいお菓子かしだとしても、いずれはだれだってきるし、そっちのわかいのがったとおり、健康けんこうがいして、もっとまともな食事しょくじをしなければならなくなる。こんなものは、一時的いちじてき流行りゅうこうにすぎん」


 それをいた参謀さんぼうは、自分じぶん意見いけんひろわれたことによろこぶわけでもないのですが、腕組うでぐみをしてうなずいています。意見いけん一致いっちしているといった様子ようすです。

 そして、参謀さんぼうくちはさみました。


「では、一時的いちじてき現象げんしょうで、いずれは収束しゅうそくするはずであったと?」

「ああ、そのとおりだとも。がカンフー帝国ていこくふる歴史れきしなかでもたようなことがあったし、意図的いとてきこすことも可能かのうで、その手法しゅほう孫娘まごむすめ使つかっただけじゃ。そして、その効果こうかはいずれえていくはずじゃった――しかし」

「しかし?」

「おぬしらがいついて、そうさせなかったのじゃ。しかもくに存亡そんぼうという大層たいそうはなしにしてしまったために、尚更なおさらこのくにくるわせ、おぬしらのくにをもらいくしてしまったのじゃよ――まあ、おかげでワシらは、たいした苦労くろうもせずに両国りょうこくまとめて征服せいふくできたのじゃがな」


「やはり……父上ちちうえふた小石こいしであったのか」


 ぼそりと、若殿様わかとのさまつぶやきました。すこかたとしながら。

 かたわるいのですが、「自分じぶんで、自分じぶん墓穴ぼけつった」とえなくもない結果けっかです。しかも、若殿様わかとのさままえからその予感よかんをしていただけに、くやしくて仕方しかたがないようです。


 そんな若殿様わかとのさま皇帝陛下こうていへいかはなだめました。


ひところすのは刃物はものではなく、刃物はものったもの仕業しわざじゃ。征服せいふくしたのは、このワシじゃよ――もっとも、このアップルパイさわぎを利用りようしたのはワシじゃが、ワシがたくらんだわけではない。こんなふうになればいとはおもってはいたがな」

「――え?」


 「そんなふうになればいな」というのは、以前いぜん若殿様わかとのさま自身じしん使つかったまわしです。この王国おうこくまえ挑戦状ちょうせんじょうすすめたときにも、そんなふうかんがえていました。


(この皇帝こうていは、うちの爺様じいさまている。ぼくはこのじいさんをきになれるかもれない)


 てきであるはずの相手あいてでしたが、若殿様わかとのさまはそんなふうおもいました。

 しかし、油断ゆだんはできません。この現場げんば自分達じぶんたち将来しょうらいやサムライ帝国ていこくすえがかかっているかもしれないのです。

 ただし、もうときおそすぎました。


 さて、考察こうさつはここまで。皇帝こうていあらためて、実質的じっしつてきはなしはじめました。


「さて、この王国おうこくはもうワシの支配下しはいかにある。といって、国民こくみん兵士へいしたちのほとんどはづいておらんかもしれんがな。おまえさんのサムライ帝国ていこくおなじじゃよ。もうすっかり征服せいふくしておる」


 若殿様わかとのさま一瞬いっしゅんかおあおくなりました。本国ほんごくしろのこっている留守番組るすばんぐみ武将ぶしょうやサムライたちはどうなったのかと――皇帝こうていはすぐにさっして、いました。


「おまえさんがたしろいくらかのサムライども頑張がんばっているがな。たたかいにはなっておらぬし、ワシの兵隊へいたいどもにも、抵抗ていこうがなければすなとってある。ただし――」

「ただし?」


 ここではじめて、皇帝こうてい皇帝こうていらしい、きびしいかおつきをしました。若殿様わかとのさまをギラリとにらみつけます。


「そこから、げることだけはゆるす。たたかうというのなら容赦ようしゃはせぬぞ」

「ぐっ……」


 若殿様わかとのさまこぶしにぎり、おもわずかおをしかめました。しかし、こうなっては是非ぜひもありません。皇帝こうていきびしくいます。


しろわたせ。ワシがこの王国おうこく一緒いっしょにまとめて面倒めんどうてやる――面倒めんどうといえば、本当ほんとう面倒めんどうくさいことじゃ」

面倒めんどうくさい?」

「ああ、面倒めんどうじゃし、がカンフー帝国ていこくには余計よけい出費しゅっぴじゃよ。おまえさんがた征服せいふくしたら、おまえさんがためしわせて面倒めんどうてやらねばならんからのう」

「ああ、ほど

「しかし、とがった性格せいかくのサムライどもが、うやわずであたりの国々(くにぐに)んでおるとなれば――帝国ていこくはどうってことはないが、ほかちいさい国々(くにぐに)からきつかれては、ほうっておけなくなってのう」

「……」


 『カンフー帝国ていこくめてこない』という若殿様わかとのさま予測よそくとおからずあたたっていたわけですが、もうすこひろ情勢じょうせいるべきでした。そんなふうに、若殿様わかとのさまかんがえていました。

 そんな若殿様わかとのさまをなだめるように、皇帝こうてい陛下へいかは、すこやさしい口調くちょうになっていました。


「なあに、帝国ていこくおおきい。おまえさんがたくにうやわずでこまっておったのじゃろう? おまけにサムライどもは、ひとたよればよわみをつかまれると、こう意地いじってきかない」

「……そうですね。サムライの、どうしようもないところです」

「ふむ――それでは、この王国おうこくとおまえさんのくには、がカンフー帝国ていこく支配しはいする。もう、両国りょうこくとも、このからくなったのじゃ」



 ふたたび、皇帝こうていはギラリとひかり、若殿様わかとのさまにらみつけました。さあ、結論けつろんさなくてはなりません。


「おまえさんはどうする? 降伏こうふくか、たたかうか。それとも、げるか」


よん


 降伏こうふくするか、たたかうか、それとも、げるか。


 しばらく、若殿様わかとのさまをおきましたが、まよく、こたえました。


げます。げて――そして、再起さいきはかります」


 そう力強ちからづよこたえました。背後はいごわかサムライたちつよくうなづいて、そうだ! とにぎこぶしかためます。


 まだわかくとも立派りっぱなサムライたちです。ここにつよ結束けっそくしました。

 その様子ようすに、皇帝こうてい微笑ほほえんで、


「よかろう。おまえさんたちすでに、どうしようもない立派りっぱなサムライたちというわけじゃ。よきかな、よきかな」


 そして、このままわかれることとなりました。このくにから退散てったいしますが、本国ほんごくであるサムライ帝国ていこくもどることもできません。しかし、立派りっぱ家来けらいたちることですから、なにおそれることはありません。何事なにごとおそれず、将来しょうらいけてすすまなくてはなりません。


 かこんでいたカンフー帝国ていこく兵士へいしたちは、若殿様わかとのさまたちためみちをあけました。そして、若殿様わかとのさまれば、ざされるのでしょう。そして父親ちちおやである、お殿様とのさまらえられたまま。


 お殿様とのさま夢中むちゅうになっていたアップルパイをげられ、かこまれて、なになんだかわからなくなったようで、ぼんやりとしていました。


 息子むすことして、若殿様わかとのさまこえをかけるべきでしょうが、あのお殿様とのさま様子ようすでは、なんだかこえをかけづらくなってしまいました。これまで、力強ちからづよくに統治とうちしていた父親ちちおやがあんなさまなのです。きっと、お殿様とのさまわせるかおいでしょう――正気しょうきかえれば、ですが。


そして皇帝こうていからも、お殿様とのさまちかづくことはゆるされませんでした。「うしろに未練みれんのこすな。さっさとけ」と、つようながされながら。


 ただ、最後さいごに、あのお妃様きさきさまからめられました。


王女様おうじょさまのこと、よろしくおねがいします。それから――これを」


 と、なにやらふくろはいったものを手渡てわたされました。若殿様わかとのさまが、なんでしょう、とくびかしげると、お妃様きさきさまこたえました。


わたしがアップルパイをきながらべていたものです。お菓子かしだいきだけど、どうしてもかすことが出来できなかった故郷こきょうあじ――それは、ギョーザです。おにくやお野菜やさいつつんだお料理りょうりで、とっても美味おいしいですよ」


最終章さいしゅうしょう あらたな王国おうこく


いち


(だめよ……だめ……)


(だめよ……わたしは……わたしは……)


わたしは……あまもの苦手にがてなのよ……っ!)


(いやああああああ……っ!!)


「はっ」


 王女様おうじょさまましました。そして、あたりを見渡みわたそうとします。でも、からだうことをかず、きることもままなりません。

 見上みあげた天井てんじょう見慣みなれないつくりで、あたりには、たけんだザルや素焼すやきのつぼなど、粗末そまつ生活品せいかつひん充満じゅうまんしています。そして、自分じぶんよこたわっているのはベッドではなく、つぎはぎだらけのうすいお布団ふとんでした。

 さらに、自分じぶん見慣みなれないふくていることにがつきました。綺麗きれいはなやかな色合いろあいの布地ぬのじで、それをおびめた、キモノというサムライ帝国ていこく衣装いしょうでした。


 ふと、一人ひとりちいさなおんなかおのぞまれていることにがつきました。そのおんなは、おなようなキモノをていました。


 王女様おうじょさまましたことがうれしいのか、ニコニコしながら王女様おうじょさまたすこしました。どうやら、ずっと看病かんびょうしてくれていたようで、かたわらにみずはいったおけしぼった手拭てぬぐいがいてあります。そして、おちゃれた湯飲ゆの茶碗じゃわんを、王女様おうじょさま手渡てわたしました。


 おどろいたのは、つぎ瞬間しゅんかんです。おんなは、ぴゅっとね、どこかにえてしまったのです。


「……?」


 王女様おうじょさまくびかしげげながら、おちゃ一口ひとくち美味おいしいおちゃでしたが――。


「か、からい!」



「からいか」

「うむ、からい」

「いや、からくない」

「まだ、からくないぞ」

「よし、とンがらしを」

「もっと、とンがらしを」


 そんなことをいながら、若者わかものたちがとンがらしけをけているのです。いったい、なにけているのでしょう。白菜はくさいでしょうか。大根だいこんでしょうか。それとも……ニンニク?


 そのよこを、ちっちゃなおんなはぴゅーっとけていきました。やがて、こえてきました。ざざん……ざざん……というなみおとが。

 そこは、キムチ王国おうこく漁村ぎょそんでした。そして、そのおんな黒装束くろしょうぞくいだ、あのちっちゃいニンジャだったのです。


 そして目指めざすはあたらしい主君しゅくん若殿様わかとのさまもとへ――。


さん


「では、わか爺様じいさまというのは漁師りょうしだったのですか」

「そうなんだ。ぼく母上ははうえ元々(もともと)漁師りょうしむすめで、サムライの家系かけいじゃなかったんだよ。たまたま、父上ちちうえ漁村ぎょそん視察しさつたときに見初みそめられてね」


 そんなことをはなしているのは、沖合おきあいまで小舟こぶねして海釣うみづりをしている若殿様わかとのさま参謀さんぼうでした。


「それで、わかうみにおくわしいのですね」

「よく、母上ははうえれられて里帰さとがえりしていたからね。爺様じいさまとこうして、おなじようにりをしながら、いろんなことをおそわったものだよ」

「へええ……でも、漁師りょうしのお爺様じいさまいくさのことまで、よくおわかりですね」

「ああ、物事ものごとなんでもおなじだと、それはそれでお説教せっきょうされたよ」

「はあ、そういうものですか」

かされるうちはうんざりしていたけどね。だんだん大人おとなになってくると、意外いがいやくつことがおおくて……おお!」


 若殿様わかとのさま竿ざおがぐいぐいいています。これはおおきい! 二人ふたりはすったもんだのすえに、


「やった! わか、やりましたね! たいじゃないですか!」

「よおーし、これは幸先さいさきがいいぞ!」

わか、どうします? 塩焼しおやきですか?」

「いやあ、ったばかりのたいは、すぐにお刺身さしみにしたほうが」


 と、たのしい議論ぎろん最中さなかに、とおくの海岸かいがんから、なみうえをぴょいぴょいとねてくるものます。そうです、あのちっちゃいニンジャです。


わか、どうやら王女様おうじょさまがお目覚めざめのようですね」

「ああ、さっそくこのたいわせてやろう。おかゆ刺身さしみをいれたら、生煮なまにえになってうまいんだ」


よん


わたしのお母様かあさまは、病気びょうきんだの」


 王女様おうじょさまはゆっくりとはなはじめました。若殿様わかとのさまつくってくれた、たいりのおかゆ何杯なんばいかおかわりして、おなかたされて気持きもちもほぐれてきたのでしょう。


「どんな病気びょうきだかよくらないけど……お母様かあさまたすからなかった。なぜだかわかる? お医者様いしゃさませるのがいやだったの。とても気位きぐらいたかひとだったから、身分みぶんひく医者いしゃなんかにからだふれられたくないって。それでは、お医者様いしゃさまもどんな病気びょうきだかわからず、どんなおくすり用意よういしてよいかもわからなくて」

「ああ、まえのお妃様きさきさまのことは、すこはなしいてはいたが――ちょ、ちょっとばあさん。もう、とンがらしはれないでくれ。僕達ぼくたちには十分じゅうぶんからいから」


 若殿様わかとのさまは、おばあさんがとンがらしで山盛やまもりになっているかごかかえて、おなべながもうとしているのをあわててめました。おばあさんは、からさがりないんじゃないかと不安ふあん仕方しかたがないようです。いや、ひとなんですよ? お客様きゃくさまを、とても気遣きづかってのことなんです。

 ここはキムチ王国おうこく片隅かたすみ漁村ぎょそんで、若殿様わかとのさまたちはそこでご厄介やっかいになっていました。ちなみに、あの漁船ぎょせんかこまれていた事件じけんときの、軍艦ぐんかん艦長かんちょう紹介しょうかいでした。「いやあ、大変たいへんなことになりましたなあ」と心配しんぱいし、若殿様わかとのさまったのもひとつのえんと、なにかと手助てだすけをもうてくれたのです。


 王女様おうじょさまはそのおばあさんの様子ようす微笑ほほえましくおもいながら、はなしつづけました。



わたしはそうでもないとおもっていたの。お父様とうさまわりとおおざっぱなひとだから――でも、あくまでもアップルパイをべなかった自分じぶんのことをおもかえすと、ああ、やっぱりお母様かあさまむすめなんだなって」

わからないさ。ひとわるものだと――」

「また、爺様じいさまですか?」


 と、ここで参謀さんぼうくちはさみましたが、今度こんどちがったようです。若殿様わかとのさま苦笑にがわらいでくびり、


「いや、ぼくだよ。戦一本槍いくさいっぽんやりぼく父上ちちうえがあんなふうになるなんて、だれ想像そうぞうしただろう」

「まったくです――お、かえってきましたよ」

「おーい、いまもどったぞー!」


 と、元気げんきイッパイにやってきたのは、チビすけにデカすけです。といっても、デカすけほう相変あいかわらず呆然ぼうぜんとしてますが。

 若殿様わかとのさまがり、出迎でむかえました。


「やあ、成果せいかはどうだい?」

豚肉ぶたにく鶏肉とりにく野菜やさい白菜はくさい人参にんじん椎茸しいたけ、えのきだけ、おねぎ生姜しょうが――わかほうは?」

「おう、ぼくもたくさんったし、あの艦長かんちょうがずいぶんけてくれたよ。よーし、今日きょうなべだな」


 うしろでいていた王女様おうじょさまは、沢山たくさん食材しょくざいみみにして、はやくもむねおどらせましたが――はて、なべってなんだろうと、小首こくびかしげています。

 若殿様わかとのさまわらってこたえました。


おおきなおなべなんでもかんでも煮込にこんで、きなものきなだけべるなべ料理りょうりだよ――そうだ、僕達ぼくたちなべこう。いろんなかおをした僕達ぼくたちだけど、ひとつのなべでグツグツ煮込にこめば、かなら上手うまくやっていけるさ」


 若殿様わかとのさまたからかに宣言せんげんしました。


「さあ、なべ王国おうこく誕生たんじょうだ!」



 さっそく、みんなは建国けんこくりかかりました。


 若殿様わかとのさまおおきなさかなちいさなさかなも、そして参謀さんぼう鶏肉とりにく豚肉ぶたにく上手じょうずさばいていきます。そのとなりで、(今度こんどかたなから包丁ほうちょうえて)白菜はくさい人参にんじん、お野菜やさいばかりをサクサクときざみます。デカすけおおきなおおきなおなべをガシガシとたわしであらっています――そう、おなべちいさくてはいません。


 やがて、大勢おおぜいのサムライたち到着とうちゃくしたのです。ナイト王国おうこくとも崩壊ほうかいしてしまったサムライ帝国ていこく留守番組るすばんぐみです。大勢おおぜいといっても、サムライ全体ぜんたいからればほんの一部いちぶですが、あらたに若殿様わかとのさまつかえる決意けついもとあつまりました。

 じつのところ、あの王国おうこくでのお殿様とのさま顛末てんまつについて、みんなはらなかったので、説明せつめい大変たいへんでした。とはいえ、お殿様とのさまやサムライたち大半たいはんつかまり、カンフー帝国ていこく大軍たいぐんかこまれたとあっては是非ぜひもありません。


 そして、あのニンジャたちあつまりました。ニンジャについては一悶着ひともんちゃくがありました。

 それは、「どうして、お殿様とのさまそばについていながら、サムライらしからぬ醜態しゅうたいちるのを――つまり、アップルパイに夢中むちゅうになってしまうのを、だまってていたのか」ということです。

 そこで、普段ふだん無口むくちなニンジャははじめてくちひらき、若殿様わかとのさま説明せつめいしました――そう、ニンジャたちけっして自分じぶん意見いけんわず、報告ほうこくする以外いがいくちひらかないのです。


われらニンジャはかげきるもの主君しゅくん御意ぎょいのまま、めいじるままにしたがうのみ」

「では、殿とのがサムライらしからぬいをしても、それでも、だまってるべきだとおもったのか?」

われらはニンジャ……おサムライのなさること、そのすべてが、サムライらしさとほかはござらぬ。すべて、主君しゅくんおぼしのままでございます」

「そうか。では、これからも殿との――父上ちちうえつかえるか?」

「いえ、われらがつかえるのは、サムライ帝国ていこくぬしとなるおかた。しかし、もはやそのくにはなく、わかあらたなはたかかげられるなら、その旗印はたじるしにこそ、われらはしたがいまする」

もとのサムライ帝国ていこくとはかぎらんぞ。まだ、サムライがすこあつまっただけだ。しばらく、まわるだけの生活せいかつになるかもしれん」


 それをいたニンジャはニヤリとわらいました。


「ならば、それこそわれらニンジャの本領ほんりょうにございますぞ。ニンジュツの本領ほんりょう遁法とんぽう――つまりはかくしてげるための秘術ひじゅつげてげてげのびて、たたかいてくためのわざわか、どうかわれらを自在じざいにお使つかいくだされ」

わかった――僕達ぼくたち大事だいじ門出かどでだ。お前達まえたち宴会えんかい参加さんかしてくれ」

「はっ……」


 わかった、とはったものの、お殿様とのさまのことがやまれてなりません。自分じぶん主君しゅくんであり、父親ちちおやでもあるのです。



ろく


 すこさきのおはなしになるかもしれませんが、お殿様とのさま王様おうさま、そしてサムライ帝国ていこくとアップルパイ王国おうこく、もとい、ナイト王国おうこく先行さきゆきについて、おはなししておきましょう。

 両国りょうこく完全かんぜんにカンフー帝国ていこくまれてしまいました。それぞれの兵隊達へいたいたちすべらえられ、今度こんどはカンフー帝国ていこく兵隊達へいたいたち民衆みんしゅう支配しはいされています。とはいえ、乱暴らんぼうなことにはならなかったようです。なぜなら、まずはナイト王国おうこくといえば完全かんぜんにアップルパイに夢中むちゅうになっていたので、支配者しはいしゃわったところでどうでもよかったし、サムライ帝国ていこくえば作物さくもつ不作ふさくうやわずでこまっていたので、そこにカンフー帝国ていこく膨大ぼうだい支援しえんをしたので、むしろ大喜おおよろこびだったのです。

 お殿様とのさま王様達おうさまたちはカンフー帝国ていこく本国ほんごく護送ごそうされました。そして、アップルパイでつちかったお料理りょうりうでかされ、ギョウザやシュウマイなど小麦粉こむぎこ使つかったお料理りょうりつく仕事しごと従事じゅうじすることになりました。やがては、くに統治とうちたたかうこともすっかりわすれてしまうでしょう。


父上ちちうえやみんながあのアップルパイというお菓子かし夢中むちゅうになったか、なんだかわかったようながするんだ」


 と、若殿様わかとのさま参謀さんぼういました。


「……どういうことです?」

おそらくだが……本当ほんとうのところは、サムライでることがつらかったんじゃないだろうか。実際じっさいつらいだなんてサムライ同士どうしえることじゃないし、そうかんがえるだけでもサムライとして言語道断ごんごどうだん不謹慎ふきんしんってもいくらいだ」

「でも、お菓子かしとは関係かんけいないでしょう。饅頭まんじゅうってもサムライでることにはわりない」

「たまにくちにするのとはわけちがうよ。王国おうこく占領せんりょうして、国策こくさくとしてお菓子作かしづくりをはじめてしまったんだ。そりゃあ、たのしいだろう。みんな本当ほんとうあまもの大好だいすきなんだ。ほら、あのコックもたようなことをってただろう?」

「ふむ……」

はじめはくにのため、きるためにお菓子かしをつけちゃって、そこからズルズルと素直すなお欲求よっきゅうまかせてしまい――こうってはなんだが、サムライや、あの王国おうこく騎士達きしたち重荷おもにてることが出来できて、しあわせになれるのかもしれない」

「では、わかはこれでかったとおおもいですか。サムライはるべきだと?」

「いや――」


 そして、若殿様わかとのさま感慨深かんがいぶかげにそら見上みあげ、いました。


「――サムライはいくさぬべし。これは爺様じいさまじゃなくて、父上ちちうえからいた言葉ことばで、それは何代なんだいにもわたってがれたんだ。でも、そうしてくにまもってきたんだ。家族かぞくまもってきたんだ」

「そうですよね。このたたかい、弱肉強食じゃくにくきょうしょく世界せかいです。どんなわけをしたって、なにかをらってきていくほかはない。サムライがなくなったら、だれもがサムライにならなければきていけません」

「それもひとつの手段しゅだんとしてわるくはないが――まあ、つづきはなべをつつきながらかんがえよう。こんな議論ぎろんきそうもないな」

「まったくです」



 べることこそ、弱肉強食じゃくにくきょうしょく象徴しょうちょう沢山たくさんのいろんな素材そざいべるおなべですから、それをべながらかんがえることとしては、とても有意義ゆういぎなのかもしれませんね。


なな


 さあ、大宴会だいえんかいです。みんなでおなべをつついておおいにべ、おさけおおいにみました。

 若殿様わかとのさまはもっぱら鍋奉行なべぶぎょう、「それはまだはやい」「そろそろ野菜やさいそう」などと、陣頭指揮じんとうしき奮戦ふんせんします。チビすけちいさなからだわりにはおにく確保かくほ奔走ほんそうし、そのかたわらで参謀さんぼうはシャクシャクと白菜はくさいやおねぎべています。デカすけえば、おおきな茶碗ちゃわんにごはん大盛おおもりにして、それと一緒いっしょにガツガツなんでもべています。


 いろいろな材料ざいりょうくわえて、あのお妃様きさきさまからいただいたギョーザもおなべれました。それをおなべ煮込にこむと小麦こむぎかわがつるんとして、なか具材ぐざいあじ絶妙ぜつみょう

 やっぱりカンフー帝国ていこくたいしてむしおさまらない気分きぶんではあったのですが、「ものつみうらみもい」と、みんなは美味おいしくべました。


 みなそれぞれに、それぞれのかたおおいにお鍋料理なべりょうりたのしみました。そこにあつまった大勢おおぜいのサムライたち――「サムライ」と一括ひとくくりにしても、ひとつとしておなかおはありません。それでも、おなじおなべなかべています。


 そして王女様おうじょさまは、(もうすっかり専属せんぞく侍女じじょのようにおつかえしている)ちっちゃいニンジャにしろいお豆腐とうふいでもらい、おさじですくってゆっくりとべていました。

 それは不思議ふしぎなおあじでした。最初さいしょあわ大豆だいずあじだけでしたが、二杯目にはいめ三杯目さんばいめとなると、ほかのいろんな具材ぐざいあじんでいき、とても美味おいしくなっていくのです。


 そうか、これがおなべなんだ――王女様おうじょさまは、そうおもいました。


 そんな王女様おうじょさまに「どうだい、べてる?」とこえをかけてきたのは若殿様わかとのさまです。みんなにおさけをついだり、なべ具合ぐあいながら、今度こんど王女様おうじょさまのところにもまわってきました。


「あんまりべてないね。よーし、とっておきのを王女様おうじょさま献上けんじょうしちゃおう」


 そうっておなべなかからげたのは、見事みごとっかにであがった、おおきなおおきなかにでした。それを大皿おおざらせて、でーんと王女様おうじょさままえいたのです。

 王女様おうじょさままるくして、呆然あぜんとしてしまいました。熱々(あつあつ)で、しかもかた甲羅こうらおおわれていて、どうしていやらわかりません。


「ああ、ってな。ちゃんとべられるようにするから」


 そういって若殿様わかとのさまは、やっとこ(ペンチのようなもの)を片手かたてに、器用きようにバキバキと甲羅こうらって、べやすいようにして王女様おうじょさましました。

 王女様おうじょさまはおっかなびっくりで、熱々(あつあつ)かにくちにして――。


「お……お……おいしいっ!」


 王女様おうじょさまはそのかに美味おいしさに、おもわず笑顔えがおかおをほころばせました。すっかりせてほおがこけてはいましたが、それはそれはとても可愛かわいらしい笑顔えがおでした。


 若殿様わかとのさまもニッコリ微笑ほほえんで、自分じぶん一緒いっしょおなかにべていたら……サムライたちがそんな二人ふたりをニヤニヤとながめながら、口々(くちぐち)やかします。


「おやおや、かにもご両人りょうにん熱々(あつあつ)うまそうですねぇ」

「ご婚礼こんれい儀式ぎしき二人ふたりひとつのかにってわけですか」

「こりゃまた、いしんぼうなご夫婦ふうふだこと」


 王女様おうじょさま若殿様わかとのさまのおかおは、かにけじとっかにであがりましたとさ――めでたし、めでたし?


 なんて、そんなめの文句もんくなどされないのが現実げんじつ

 そのとなりを、もっとあかいものが横切よこぎりました。それは、お世話せわになっているおばあさんがかかえた、やまのようなっかの「とンがらし」――。


「お、おい! そのばあさんをめろ!」

ばあさん、ってくれ! 俺達おれたちはそんなにからいものはべられない――ああああっ!!」


 さあ、このあとのおなべ大変たいへん我慢比がまんくら大会たいかいとなりました。勝利者しょうりしゃ参謀さんぼうです。

 では、勝利者しょうりしゃインタビューを。


じつわたしは、幼少ようしょうころにキムチ王国おうこくそだったので」

「やっぱり……そんなことだとおもった」

「さあ、めの雑炊ぞうすいつくりますか」

「えーっ、この激辛鍋げきからなべで!?」

「ひいいっ!! もう勘弁かんべんしてくれーっ!!」


(おしまい)

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