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(前編)

この物語では、多くの料理に関する描写を行っておりますが、筆者は料理をすることがほとんど無く、適当な空想で描いているので、決して真に受けないで頂きたいと思います。また、現実社会の国家に似せた描写が多く含まれておりますが、一切関係はございません。というより、筆者に現実を批判したりパロディにする能力は元からございません。

【アップルパイ王国おうこく 前編】


第一章だいいっしょう アップルパイ王国おうこく誕生たんじょう


いち


 もともと、そのくににはべつ名前なまえがあったのですが、王様おうさま宣言せんげんしたわけでもなく、だれかが提案ていあんしたわけでもなく、いつのにやら、こうばれていました。「アップルパイ王国おうこく」と――。


 いや、もう王国おうこくなんてつけずに「アップルパイ」でいとおもいます。だれ文句もんくわないでしょう。だって、もはやアップルパイそのものになってしまったのですから。


 それは王様おうさま奥様おくさま、つまり、お妃様きさきさまくなられてからのことです。王様おうさまあたらしいお妃様きさきさまをおもらいになりました。そのおかたほかくにのお姫様ひめさまで、王様おうさまよりもわかくてお綺麗きれいかたで、くわえて、とてもお料理りょうり上手じょうずなのでした。


 お姫様ひめさまなら、おしろのコックに料理りょうりまかせるはずなのですが、自分じぶんこのみにわせてお料理りょうりをしないとまなくなってしまったそうで、とくにスイーツ、つまり、お菓子かしづくりが得意中とくいちゅう得意とくいあたらしいお妃様きさきさまとなっておしろにやってきたそのから、ご挨拶あいさつわりにお料理りょうりうでいました。そしておつくりになったのは「アップルパイ」。王様おうさまあたらしいお妃様きさきさまいたアップルパイを大変たいへんしました。


「いやあ、このアップルパイは素晴すばらしい! パイ生地きじ食感しょっかんとリンゴの甘酸あまずっぱさが絶妙ぜつみょうだ!」

「まあ、そんなによろこんでいただけるなら、いくらでもいてげますわ」


 お妃様きさきさま王様おうさまめられてうれしくなり、さらにもっと沢山たくさんのアップルパイをいて、王様おうさま家来けらいや、厨房ちゅうぼうのコックさんたちにもわれました。王様おうさまはお世辞せじめたのではなく本当ほんとう美味おいしかったので、おしろ人達ひとたちにも大評判だいひょうばん本職ほんしょくのコックさんたち脱帽だつぼうです。


 じつはお妃様きさきさまは、あたらしくたばかりだったので、みんなと仲良なかよ出来できるかどうか、とても心配しんぱいだったのです。まえのお妃様きさきさまくらべられて、わるいところばかりをつけられ、悪口わるぐちばかりわれたりしないかどうかと不安ふあんおもっていました。

 でも、こうしてアップルパイがとても好評こうひょうだったので、だれあたらしいお妃様きさきさまわるひとはいませんでした。おしろ人達ひとたち毎日まいにち、お妃様きさきさま美味おいしいアップルパイをべることが出来できたし、お妃様きさきさま毎日まいにち、みんなから美味おいしいとめてもらえたので、みんなそろってしあわせな日々(ひび)ごしました。


 でも、おしろなか一人ひとりだけ、あまりしあわせではないひとがいました。それはくなられたまえのお妃様きさきさま一人娘ひとりむすめで、あたらしいお妃様きさきさまられるまえからおられた王女様おうじょさまだったのです。


 あたらしいお妃様きさきさまなかわるいわけではありませんでした。いつも笑顔えがお挨拶あいさつわし、たのしそうにおはなしをしています。ですが、おちゃ時間じかんになると、王女様おうじょさま笑顔えがおきつってしまいます。


 じつ王女様おうじょさまあまもの苦手にがてで、おちゃ時間じかんにはすこ塩味しおあじいたクラッカーや、っぱい果物くだものなどをべていたのです。最初さいしょはせっかくお妃様きさきさまいたのだからとべてはみたのですが、やはり苦手にがてなものは苦手にがてでした。


(パイ生地きじはなんだかあまいし、なかにはさらあまいクリーム、おまけにリンゴが最低さいてい! 果物くだものあまいシロップでべるだなんてしんじられないわ! リンゴはそのままシャリシャリべるのが一番いちばん美味おいしいのに!)


 こころなかではそうおもっていても、お妃様きさきさま王様おうさまのご機嫌きげんそこねたくなかったので、とてもくちしてうことが出来できないし、かといって、べるのもいやなので、王女様おうじょさまこまってしまいました。


 どうしようかとなやんでいましたが、お妃様きさきさま大勢おおぜいひとのためにアップルパイをくのがいそがしく、ほかひとはアップルパイを夢中むちゅうべているので、王女様おうじょさまべないことにだれ気付きづかなかったのです。王女様おうじょさまはアップルパイをそっとほかひとしやり、おちゃだけんでせきつことが出来できました。


 でも、王女様おうじょさまはなんだかいや予感よかんがしてなりません。でも、予感よかんだけではどうすることも出来できないし、どうしていやらわからないので、だまってているほかはありませんでした。



 さて、お妃様きさきさまはこれだけでは満足まんぞくなさいませんでした。もっともっと大勢おおぜいひとにアップルパイをべてもらい、みんなしあわせになってしい。そうすれば、自分じぶんはもっともっとめてもらえて、もっともっとしあわせになれるとおもったのです。

 ですが、いまはお妃様きさきさまのアップルパイがべられるのはおしろ人達ひとたちだけ。そこで、お妃様きさきさま計画けいかくてました。そのも「アップルパイ改革かいかく」です。

 さて、それはどんな改革かいかくなのでしょうか。その手始てはじめに、お妃様きさきさま王様おうさまにこんなおねがいをしました。


王様おうさま、おねがいがあります」

「ほほう、おねだりかね? きみのおかげ美味おいしいアップルパイがべられるのだから、そのおれいをしたくてたまらないのだ。なんでもってみなさい」

「アップルパイをもっと美味おいしくつくりたいので、国中くにじゅう農場のうじょう検分けんぶんして、もっと小麦こむぎやリンゴがいか、自分じぶんさがしてみたいのです」

「なんと! これまでのアップルパイよりも、もっと美味おいしくなるというのか! よろしい。使つかいでも兵隊へいたいでも、そしておかねきなだけ使つかってよいから、おもとおりにやりなさい」

「まあ、がとうございます、王様おうさま

「なに、宝石ほうせきやドレスにくらべたらやすものだよ。それにしてもきさき勤勉きんべんひとだなあ。アップルパイは美味おいしいし、わたししあわものだ」


 こうして、お妃様きさきさま国内こくない巡行じゅんこう出発しゅっぱつしました。お妃様きさきさま大勢おおぜい使つかいや兵隊へいたいれて、王国おうこくじゅう農家のうかめぐります。王様おうさまもそのたび参加さんかしました。あたらしいお妃様きさきさまのお披露目ひろめにもなるし、途中とちゅう美味おいしいものべられるかもしれません。なにより、あたらしいお妃様きさきさまをとてもあいしておられましたので、非常ひじょうたのしいたびとなりました。(いまは)この王国おうこく平和へいわであったし、こうして王様おうさま出向でむいてはたらくのはとてもいことなので、おしろ大臣達だいじんたち大賛成だいさんせいです。


 とあるまずしい農家のうかにやってきたときのことです。その農家のうかはあまり品質ひんしつくない(という評価ひょうかけていた)小麦こむぎをちょっぴりそだてているだけでした。でも、お妃様きさきさまはその小麦こむぎ大変たいへんしたのです。農家のうかひとはビックリしました。


「ええ!? うちの小麦こむぎは、自分じぶんうのもなんですが、そんなにものじゃいですぜ」

「いえいえ、このおくにではパイづくりをされなかったから、くないとおもっておいでだったのでしょう。この小麦こむぎでパンをいてもそれほど美味おいしくないのですが、パイ生地きじにすれば、とても美味おいしくなる品種ひんしゅなのです」


 お妃様きさきさまはそのでパイ生地きじいて、みんなで試食ししょくしました。そのあじには王様おうさまもビックリ。


「これは美味おいしい! いままできさきいてくれたパイよりもさら美味おいしいではないか!」

おどろかれるのはまだはやいですよ。さあ、このパイ生地きじ見合みあった美味おいしいリンゴもさがさなくては」


 お妃様きさきさまはその評価ひょうかひくかった小麦こむぎを、最高級さいこうきゅう値段ねだんけ、リンゴの農園のうえんかいました。そうなるとその小麦こむぎは、パイ生地きじづくりの最高級品さいこうきゅうひんということになったのです。

 もうほか小麦こむぎには見向みむきもしません。これまで最高級さいこうきゅう評価ひょうかけていた小麦こむぎ相手あいてにされず、その農家のうか人々(ひとびと)はとてもくやしがりました。


 リンゴの農園のうえんでもおなじようなことがきました。


「いやあ、うちのリンゴはかたくてっぱくて評判ひょうばんわるいんだが」

「いえいえ、パイにするために煮立にたててからべるのなら、これぐらいつよいリンゴでないとダメなんですのよ」

「そうか! うちのリンゴは不味まずいんじゃなくて、つよいのか!」


 何事なにごと不向ふむきがあるというわけです。お妃様きさきさまはそのでリンゴを煮立にたてて、やはりみんなで試食ししょくしました。またしても、そのあじにビックリです。王様おうさまたたえました。


「これは素晴すばらしい! まさに魔法まほうのリンゴとってもいだろう! ああ、きさきよ! はや最高さいこうのアップルパイに仕上しあげてくれないか!」

「あらあら、王様おうさまったらおはやいこと。まだまだ、最高さいこうのバターやクリーム、そしてお砂糖さとうも……」


 そんな具合ぐあいに、お妃様きさきさま王様おうさまたびつづきます。王様おうさま最高さいこうのアップルパイがたのしみでならず、ほかもののことなど、どうでもくなってきました。おきの使つかいや兵隊へいたいたちもお相伴しょうばんさせていただいたので、みんな期待きたいにわくわくとむねふくらませています。材料ざいりょうには専門家せんもんかであるはずの農家のうか人々(ひとびと)になって仕方しかたがありません。


 王様おうさまたちったあと農家のうか人々(ひとびと)は、お妃様きさきさまえらばれた農場のうじょうあつまり、自分達じぶんたちにもおな品種ひんしゅ作物さくもつつくらせてしいとせがみました。お妃様きさきさまえらばれたのなら大変たいへん名誉めいよだし、きっと国中くにじゅうでアップルパイが流行りゅうこうするにまっています。そうなると自分達じぶんたちがこれまでそだてた作物さくもつれなくなり、値段ねだんがってしまうからです。


 そしておしろもどったお妃様きさきさまは、たびそろえた最高さいこう素材そざいで、最高さいこうのアップルパイを仕上しあげたのでした。そのあじは、まさしくてんにものぼるような最高さいこうのアップルパイとなったのです。王様おうさまつい完成かんせいした最高さいこうのアップルパイをべて、最高さいこうにご満悦まんえつです。


きさきよ! これまでべたアップルパイのなかでも、くらべものにならぬほど最高さいこうのアップルパイだ! まさかみささげるお菓子かしだ!」


 王様おうさままさしく最高さいこう讃辞さんじをなさいました。しかし、これで満足まんぞくなさるお妃様きさきさまではなかったのです。「アップルパイ改革かいかく」は、ここからがはじまりなのです。


王様おうさま? 料理りょうり無限むげん、お菓子かしまさ宇宙うちゅうです。そうそうきわくせるものではありません。ここで満足まんぞくしては、物事ものごと衰退すいたいするばかりでございます。もっともっとはるかな高見たかみ目指めざしてこそ、最高さいこうのアップルパイが最高さいこうでいられるのでございます」

きさきよ、これ以上いじょうにどうすればいというのか」

王様おうさま我々(われわれ)のような王家おうけものばかりが最高さいこうとはかぎりません。くさけてこそ、これまでにしたこともないかがやかしい玉石ぎょくせきいだせるというもの」

「ふむ……」


 なんだかお妃様きさきさまはなしむずかしくなってきました。王様おうさま家来けらいたちはそれぞれアップルパイをにしたままポカンとして、なにがなんだかわかっていません。


「では、きさきよ。どうすればいのだ」


 お妃様きさきさまこたえは、ただ一言ひとこと


ちます」

「ええ?」


 このおこたえに王様おうさまたち尚更なおさらいたくちがふさがりませんでした。


 さて、おしろなかただ一人ひとり、この有様ありさま冷静れいせいに、つめたい視線しせん見守みまもっているひとがいます。それはもちろん、アップルパイをべていないただ一人ひとり王女様おうじょさまでした。王女様おうじょさまは、王様おうさまたち様子ようす背筋せすじこおおもいです。もはやおしろ人達ひとたちは、お妃様きさきさまたった一人ひとりわれるがままになっているのです。


 みんながアップルパイに夢中むちゅうなのはどうでもいのですが、仕事しごとほうして、王女様おうじょさまのお世話せわをすることをすっかりわすれてしまっているのは問題もんだいです。王女様おうじょさまにアップルパイをってこないのは(あまいお菓子かしはおきらいですから)かまわないのですが、もはや、おちゃすらもってこようとしません。


 まるで、みんなは「アップルパイびょう」という病気びょうきにかかってしまったみたいです。王女様おうじょさまはご自分じぶんみずをコップについでのどかわきをやしながら、このくにはどうなってしまうのだろうとおもいました。


 ですが、そんな日々(ひび)きゅうわりました。


 あるから、お妃様きさきさまはアップルパイをみんなにご馳走ちそうするのをめてしまいました。王様おうさまべたいとおのぞみになりましたが、「いま研究中けんきゅうちゅうなので」と、王様おうさまのご命令めいれいかるくはねのけました(これだけでもおかしなことです。王様おうさま命令めいれい絶対ぜったいしたがわなくてはならないはずです)。


 これでみんなの「アップルパイびょう」がなおるのではいか、とおもわれました(王女様おうじょさますこしだけそう期待きたいしました)。ですが、結果けっかぎゃくでした。みんなは余計よけいにアップルパイへのおもいがつのり、「アップルパイ、アップルパイ」とあたまなかなにかがささやいているようながしてなりません。風邪かぜをこじらせてしまったかのように、みんなの「アップルパイねつ」はより一層いっそうがっているかにえました。


 王様おうさまのご命令めいれいけ、かわりにおしろのコックさんがいたのですが、おな最高さいこう材料ざいりょう使つかっていても、お妃様きさきさまくのにくらべて、いくぶんあじちています。これではだれ納得なっとく出来できません。


 一方いっぽう、お妃様きさきさま自分じぶんだけのお台所だいどころしつらえて、そのなかもりきりになり、いつもあまかおりをただよわせながら、アップルパイの研究けんきゅうをなさっています。王様おうさまたのんでも、だれたのんでも、「あとたのしみにしてらっしゃい」と、味見あじみすらさせてもらえません。(もはや王様おうさまよりも)お妃様きさきさまおっしゃることは絶対ぜったいなので、だれ無理むりいは出来できないのです。


 国中くにじゅうではお妃様きさきさまのアップルパイのうわさ徐々(じょじょ)ひろまりつつありました。そのアップルパイのために、王様おうさまとも王国中おうこくじゅう農家のうか訪問ほうもんされたのですから、話題わだいにならないほうがおかしいくらいです。べつ国家機密こっかきみつでもなんでもないことなので、おしろ使つかいや兵隊へいたいたちが、まちたび人々(ひとびと)疑問ぎもんこたえようとします。でも、あたらしい最高さいこうのアップルパイをべたひとかずすくないし、おしろからしてけてあげることも出来できません(もっとも、もったいなくて、そんなことをするはずもありません)。


 まちにはおおくのケーキさんにパンさん、お菓子かしさんにレストランがあります。アップルパイのレシピ、つまりつくかただけは、おしろのコックさんから伝授でんじゅされたので、人々(ひとびと)要望ようぼうこたえて、どこでもアップルパイをすようになりました。わざわざたかいおかねはらって、お妃様きさきさまおな材料ざいりょうそろえて、「うわさのアップルパイがあります!」と看板かんばんかかげたおみせもありました。でも、お妃様きさきさま手製てせいでないことはわかりきったことです。国民こくみんたちはアップルパイをべても、むしろうわさたかまり、おもいはむねつのるばかりです。


 いったいどんなあじなのだろう? なにしろ、お妃様きさきさまがおずからかれたアップルパイなのだから、とびきり美味おいしいにちがいない。贅沢ぜいたくらしをしているおしろのグルメたちや、王室おうしつかかえのコックたちをうならせたというじゃないか。ああ、一度いちどいからべてみたい!


 お妃様きさきさまは、なおもアップルパイの研究けんきゅうかさねながら、じっとみみてていました。つづけていたのです。人々(ひとびと)おもいがたかまる最高さいこうときを、国中くにじゅうが「アップルパイびょう」に感染かんせんするのを――そして、ついに決断けつだんしました。


王様おうさま、おたせいたしました」


 お妃様きさきさま王様おうさま御前ごぜんおもむき、いました。


くにげて、アップルパイのコンテストをひらきたいとおもいます」


さん


 みんなはお妃様きさきさま発表はっぴょうにびっくり仰天ぎょうてんです。お妃様きさきさまあたらしいアップルパイが発表はっぴょうされるのかとおもいきや、ほかひとあじきそいたいとおっしゃっているのです。


 お妃様きさきさますべてごぞんじでした。みんなの「アップルパイびょう」がひろまり、まちのおみせでアップルパイが出回でまわはじめることもごぞんじでした。こうなることを予測よそくしておられたのです。すべては「アップルパイ改革かいかく」の計画通けいかくどおりに物事ものごとすすんでいるのでした。お妃様きさきさまおっしゃいます。


自分じぶん一人ひとりちからではどうにもならないことが沢山たくさんあります。おおくのひと意見いけんたたかわせ、あじきそってこそ、よりいものがまれるのです」


 お妃様きさきさまおっしゃったことはじつにかなっています。王様おうさま大臣達だいじんたちおおいに賛成さんせいして、コンテストの開催かいさい許可きょかなさいました。


 さて、国中くにじゅうつぎのように発表はっぴょうされました。


「アップルパイコンテスト!」

ひとつみなおなじリンゴと小麦粉こむぎこ使つかい、おなじカマドでアップルパイをやくこと。

ひとつ使つかいたい調味料ちょうみりょうがあるなら、それをみとめる。

ひとついたアップルパイはおなはこおさめて、だれいたものかをわからないようにすること。

ひとつ参加さんかしゃはコンテストが終了しゅうりょうしたあと自分じぶんのレシピを発表はっぴょうすること。


 以上いじょうとおり、コンテストのまりはじつきびしいもので、これではお妃様きさきさまだからと贔屓ひいきをすることも出来できません。審査しんさ方法ほうほうも、まこと公正こうせい方法ほうほうです。


 まず、審査員しんさいんえらばれたのはまち子供達こどもたちでした。いつも美味おいしいお菓子かしがない子供達こどもたちですから、純粋じゅんすいきびしく、そしてなさ容赦ようしゃなく、美味おいしいお菓子かしえらくことが出来できるのです。グルメの評論家ひょうろんかえらんだ、などといううた文句もんくなど、子供達こどもたちには通用つうようしません。


 コンテストの出場者しゅつじょうしゃは、お妃様きさきさまはもちろんのこと、おしろのコックさんや、まちのパンさんにケーキさん、レストランや喫茶店きっさてんまで、いろんな人々(ひとびと)参加さんかしました。


 さあ、コンテストの開催かいさいです。アップルパイはこまかくけられ、けたパイの姿形すがたかたちだれ作品さくひんなのかもわからなくなっています。すすかたは、すべてのパイを一通ひととおべさせて、「もう一度いちどだけべたいのはどのおさら?」とじつわかりやすい方法ほうほうです。美味おいしいお菓子かしがない子供達こどもたちは、ウンウンなやみながら、美味おいしいものをべたい一心いっしんで、もう一皿ひとさらえらびました。


 さあ、子供達こどもたちえらんだ、もっとも美味おいしいアップルパイは?


 ドロロロロロロロロ……(ドラムロールです)


 ぱんぱかぱーん!

 優勝ゆうしょうは、街角まちかどのレストランに決定けっていしました!


(ええええええっ!?)


 みんなおどろきました。だれもが、お妃様きさきさま優勝ゆうしょうしんじてうたがわなかったのです。アップルパイのつくかたひろめたひとこそお妃様きさきさまなのですから、みんながそうおもっていても不思議ふしぎはありません。ですが、お妃様きさきさまはこうなることまで予想よそうをしていたのです。


 お妃様きさきさまやおしろのコックさんは、ほかひとべてもらえなくても、仕事しごとうしなったりしません(よほどの失敗しっぱいをすれば、おしろからほうされるでしょうけど)。でも、街角まちかどのレストランはお料理りょうり美味おいしくないと、すぐにおきゃくさんがなくなり、みせたたまなければなりません。たかがお料理りょうりでもいのちがけ。むしろ、格調かくちょうたかいおしろのコックさんなんかよりも、ひとけてはなさない美味おいしいものをつくることにくわしいはずです。


 おしろのコックさんたちはプライドがきずつけられ、とてもくやしがりました。ですが、お妃様きさきさま優勝者ゆうしょうしゃであるレストランのコックさんをおおいに祝福しゅくふくし、ほほにキスのプレゼントまでしたのです(これには王様おうさままでくやしがりました)。お妃様きさきさまくやしくないのでしょうか。あれだけアップルパイの研究けんきゅうをしていたのですから。


 じつうと、お妃様きさきさまべつ優勝ゆうしょうする必要ひつようなどかったのです。お妃様きさきさま自分じぶん一番いちばんである必要ひつようなどまったくないのです。お妃様きさきさまねがいはとにかく「美味おいしいアップルパイをきたい」だけだったのです。


 コンテストのまりに、「参加者さんかしゃはレシピを発表はっぴょうしなければならない」とあります。つまり、どうすればアップルパイが美味おいしくなるのかを、コンテストの優勝者ゆうしょうしゃからおしえてもらうことが出来できるのです。ですから、むしろ自分以外じぶんいがいひと優勝ゆうしょうしてしかったぐらいで、そのとおりになったから、お妃様きさきさまくやしがるどころか、うれしくて仕方しかたいのです。


 お妃様きさきさま優勝ゆうしょうした作品さくひんのレシピをかえり、自分じぶんでもおなじパイをいてあじたしかめます。そればかりではなく、ほか参加さんかしゃのレシピも調しらべて、さらなる研究けんきゅうかさねています。もしかしたら、今回こんかい成果せいかすら、お妃様きさきさま満足まんぞくされていないのかもしれません。


 ああ! どこまでアップルパイをあいしておいでなのでしょう!


「よし! 次回じかいはワシも参加さんかするぞ!」


 そうたからかに宣言せんげんされたのは王様おうさまでした。お妃様きさきさま研究熱心けんきゅうねっしん姿すがた影響えいきょうされたのでしょう。人々(ひとびと)おおいに喝采かっさいしますが、流石さすがにそれは無謀むぼうというものです。王様おうさまともなれば、包丁ほうちょうにぎることすらいのです。しかし王様おうさまは「なあに、ワシは毎日まいにち美味おいしいものをべているから、したえているのだ」とおっしゃっておおいにっています。たしかにえているのですけれどね。からだほうは。


 そんなたのしそうな王様おうさまくらべて、おしろのコックさんには深刻しんこく問題もんだいです。おしろ格調かくちょうたかいおかかえコックとして、けたままではゆるされません。ましてや、まちのおみせ死活問題しかつもんだいです。レストランにけたままでは、おきゃくさんをみんなうばわれてしまうでしょう。みんなは口々(くちぐち)さけびました。


つぎこそは!」


 みんなはいよいよ、アップルパイの研究けんきゅう没頭ぼっとうしました。だれもがべるがわから、つくがわへと立場たちばえて、アップルパイにみます。おしろのコックさんをはじめ、大臣だいじん使つかいまで神妙しんみょうかおでアップルパイのあじくらべをしながら、自分じぶんだけのアップルパイをこうと研究けんきゅうしています。まちひとたちも、コンテストで優勝ゆうしょうすれば、有名ゆうめいになっておかねちになれる絶好ぜっこうのチャンスです。農家のうか人々(ひとびと)も、より小麦こむぎやリンゴをそだてるために、実際じっさいにアップルパイをいて品種ひんしゅくらべました。


 もはや国中くにじゅうがアップルパイをいています。国中くにじゅうのどこにっても、パイ生地きじこうばしいかおりと、リンゴの甘酸あまずっぱいかおりで充満じゅうまんしています。国中くにじゅう人々(ひとびと)活気かっきにあふれ、その熱意ねついはまるであかえたカマドのようです。

 そのくにでは、ものすべてアップルパイ、どちらをいてもアップルパイ、空気くうきまでもがアップルパイなので、外国がいこくから旅人たびびとはこうびました――このくにはアップルパイを王位おういかかげた、「アップルパイ王国おうこく」である、と――。


 ――その様子ようすを、じっと観察かんさつしているあやしい人影ひとかげがありました。国中くにじゅうでアップルパイがかれる有様ありさまを、物陰ものかげかくしてひそかに見守みまもっています。王女様おうじょさま?  いいえ、べつ人物じんぶつです。


 そのあやしい人影ひとかげ十分じゅうぶん観察かんさつえると、王国おうこくひがしくにへとってきました。その人影ひとかげかえった情報じょうほうのため、アップルパイ王国おうこくおおいなる危機ききおとずれようとしているのです。


第二章だいにしょう アップルパイ王国おうこく危機きき


いち


 さて、アップルパイ王国おうこくからすこはなれたところに、「サムライ帝国ていこく」というくにがありました。その「サムライ」とはいったいなんでしょうか?


 それはとてもつよ戦士せんしのようなもので、つね大小二本だいしょうにほんかたなこしし、何時いつでもてきあらわれればたおそうと、油断ゆだんなく身構みがまえています。このくにはそんなサムライたちおさめ、戦争せんそうばかりしているくにだったのです。


 さて、今日きょうもサムライ帝国ていこくのおしろでは軍議ぐんぎ軍隊ぐんたい戦争せんそうをするための会議かいぎりゃくして軍議ぐんぎ)がおこなわれています。軍議ぐんぎ中央ちゅうおうで、お殿様とのさま王国おうこく王様おうさまのようなかた)が腕組うでぐみをして、家来けらいである武将ぶしょう軍隊ぐんたい司令官しれいかん)の意見いけんをしかめつらいています。さぞ、いさましい戦争せんそう計画けいかくてているのだろう――とおもいきや、なんだか、会議かいぎくもきはくないご様子ようすです。


となりのカンフー帝国ていこくはとてもおおきく、つよ兵隊へいたい沢山たくさんいます。いつ何時なんどき、このくにめかかってくるかわかりませんぞ」

「それにくらべて、このサムライ帝国ていこくはとてもちいさい。戦争せんそうをすれば絶対ぜったいけてしまうだろう」

「そんなことがあるか。このくにのサムライだってとてもつよいのだ」

つよいのかもしれないが、今年ことしのおこめ収穫しゅうかくすくない。兵士へいしのサムライたちも、民百姓たみひゃくしょうも、うやわずでこまっているのだ」

「ダメだ。おなかいてはたたかえない。まずは、食糧しょくりょう確保かくほしないと」

「しかし、どうするのだ。くにちいさいから、れるおこめだってすくないのだ」


 会議かいぎ堂々(どうどう)めぐりです。すくなくとも、きで戦争せんそうをしたいわけではないようですが……おとなり同士どうしくになんだから、もうちょっとなか出来できないものでしょうかね、やれやれ。


 この軍議ぐんぎなか一番いちばんえらいのはお殿様とのさまですが、もうすこちいさなお殿様とのさまがおられます。それは、わかいお殿様とのさまなので「若殿様わかとのさま」とばれ、お殿様とのさま息子むすこで、王国おうこくなら王子おうじさまみたいなものです。わかいうちから軍議ぐんぎにも参加さんかして、本当ほんとうのお殿様とのさまになるためのお勉強べんきょうをしているのです。若殿様わかとのさま父親ちちおやであるお殿様とのさまうしろにひかえ、ブツブツとひとごといながら、なにかをかんがんでいます。


爺様じいさまっていた――『満腹まんぷく獅子ししむしころさぬ』と。カンフー帝国ていこくはとてもゆたかなんだから、戦争せんそうなんて面倒めんどうくさいことするもんか)


 でも、若殿様わかとのさまはあえて意見いけんべたりはしませんでした。カンフー帝国ていこくめてこないとわかっていても、つよくにちかくにれば警戒けいかいしないと仕方しかたがないし、そうした事情じじょう理解りかいできるからです。大人おとな事情じじょうというわけですね。


 その若殿様わかとのさまひとごとこえたのでしょう。その若殿様わかとのさまななうしろでひかえていた、おなじくらいわかいサムライがこえをかけました。


わかなにおっしゃられましたか」

「いや、なんでもない」


 と、若殿様わかとのさまこたえたきりで、もうなにおっしゃいません。


(ちなみに、お殿様とのさま若殿様わかとのさまをおびするさい、いちいち「さま」をけたりしません。みじかく「殿との」とんだり、「わか」とんだりします。そっけないですが、効率的こうりつてきいですね)


 さて、軍議ぐんぎ意見いけん出尽でつくして、なに提案ていあんないままにわりそうでした。みんな腕組うでぐみをしてウンウンとなやんだままなので、お殿様とのさま仕方しかたなく、軍議ぐんぎえて解散かいさんしようとした丁度ちょうどそのときのことです。


 シュタッ……とくろい「かげ」がお殿様とのさまそばりたのです。


 ほか武将ぶしょうたちはビックリしてこしかたなをかけ、「くせもの!」とさけびながらがりました。お殿様とのさまおそわれては大変たいへんです。

 ですが、その「かげ」はお殿様とのさまやとっている「ニンジャ」という、いわば、てき様子ようすさぐるためのスパイだったのです。お殿様とのさまは、心配しんぱいいらないとみんなをしずめます。

 そう、このニンジャは「アップルパイ王国おうこく」で情報じょうほうたずさえてもどってきたのです。


 ニンジャはお殿様とのさまみみくちせ、なにやらボソボソとつたえました。それをいたお殿様とのさまはニヤリとわらいました。余程よほど情報じょうほういたのでしょう。お殿様とのさまはみんなにいました。


みなもの西にしくにでは『あっぷるぱい』というお菓子かし流行りゅうこうして、王様おうさまから召使めしつかいまでいてはべ、べてはいてのかえし。兵隊へいたいはすっかりふとり、たたかいの練習れんしゅうもおろそかにしているという始末しまつじゃ。農場のうじょうは『あっぷるぱい』をくための作物さくもつ豊作ほうさくで、倉庫そうこあふれかえっているというではないか。そのくに占領せんりょうすれば、くに食糧難しょくりょうなん一気いっき解決かいけつするじゃろう」


 武将ぶしょうたちおおいに活気かっきづきました。そんなに兵隊へいたいえているなら、たたかえばらくてそうです。


殿との! いそいでその王国おうこくめ込みましょう! でないと、ほかくにさきされてしまいますぞ!」

「おう!」


 お殿様とのさま景気けいきけにこしかたないて、みんなに号令ごうれいしました。


「さあ、いくさじゃ! えいえいおーっ!」

「えいえいおーっ!」


 武将ぶしょうたちいくさ準備じゅんびりかかるため、家来けらいのサムライたちもとへと散開さんかいしました。お殿様とのさまかたなこしおさめながら、息子むすこである若殿様わかとのさまげました。


「おぬしいてまいれ」


 これも勉強べんきょうというわけです。若殿様わかとのさまは「はっ」とみじかこたえて、とくなにおっしゃいませんでした。


 さあ、いよいよいくさです。お殿様とのさま大勢おおぜい武将ぶしょう兵隊へいたいであるサムライたちれて、王国おうこく国境こっきょう沿いに辿たどいたときのこと、ここで若殿様わかとのさまはじめて意見いけんべました。


父上ちちうえ――いや、殿との。よろしいでしょうか」

「おお、なんでもうてみよ」

殿との王国おうこくなかはいってたたかってしまっては、農作物のうさくもつらされ、収穫しゅうかくってしまいます」

「ふむ、それはもったいないはなしじゃな」

「ですので、相手あいて挑戦状ちょうせんじょうおくり、ここにてきて正々堂々(せいせいどうどう)対決たいけつしようともうむのはいかがでしょう」


 お殿様とのさまは、息子むすこう「正々堂々(せいせいどうどう)」というところがいさましいので、大変たいへんしたようです。お殿様とのさまおおきくうなずき、ふですみ用意よういさせ、いさましい挑戦状ちょうせんじょうげると、部下ぶかのサムライの一人ひとりたせて、王国おうこくのおしろへととどけさせました。


 さて、その返事へんじかえってくるまでに、たたかいの準備じゅんびをしなければなりません。もし、相手あいてたたかいにてきて、わなくなったら大変たいへんです。武将ぶしょう号令ごうれいわせて、サムライたちはキチンと整列せいれつし、どこからおそいかかってきてもいようにじんぞなえをしています。お殿様とのさまいかめしい鎧兜よろいかぶとなおして準備万端じゅんびばんたん完成かんせいしたじんぞなえのまえちました。


 さあ、いくさはじまります。つまり、おそろしいころいがはじまるのです。サムライたちおそれさせてはいけません。お殿様とのさまかたないて、みんなの勇気ゆうきふるたせるために大声おおごえさけびました。


みなもの! ちにったいくさはじまるぞ! 手柄てがらてて、げる好機到来こうきとうらいじゃ! お主達ぬしたちつよい! おぬしたち世界最強せかいさいきょうのサムライなのじゃ!」


 サムライたちかがやかせ、おなじようにかたないて「おおっ!!」とさけび、ときこえげました。元気げんきいっぱい、勇気ゆうきいっぱい、まこといさましいかぎりです。このサムライたちときこえけば、どんなくに兵隊達へいたいたちふるがることでしょう。


 武将達ぶしょうたちやサムライたち活気かっきづいてときこえげるなかで、あの若殿様わかとのさまましたかおはらっていました。若殿様わかとのさま周囲しゅういしたがうサムライたちはその様子ようすになり、「どうかしましたか?」とたずねましたが、やはりましがおでこういいます。


「なあに、いくさにはならんよ。かしことらえるだけで、たたかわずにてき蹴散けちらすものだと、爺様じいさまっていたのだ」


 それをいたサムライたちなにがなんだかわからず、くびかしげました。一方いっぽう、アップルパイ王国おうこくのおしろでは――。



だれだ! こんなとんでもないアップルパイをつくったのは!」


 こちらでもいさましいさけごえこえてきますが、どうにも、いくさのためではないようです。

 王様おうさまはじめ、大臣達だいじんたち兵隊へいたいまでもが、何枚なんまいものアップルパイをかかえてあじくらべっこをしています。とてつもなくおおきなパイや、ひらおさまるほどのちいさなパイまで、おおきさも様々(さまざま)なら、つくかた様々(さまざま)

 リンゴをパイ生地きじつつんだ普通ふつうのパイや、パイ生地きじだけいてからリンゴをせたり――なかには、まるまる一個いっこのリンゴをパイ生地きじまるめたものもあって、さすがの王様おうさまもびっくり仰天ぎょうてん。それで、あのようにさけんでいたのでしょう。


大臣だいじん、さてはおまえだな!」

「はあ、いけませんでしたでしょうか」

「ばかもん! リンゴはって煮立にたててからでいとダメなのだろうが!」

「はあ……で、おあじほうは?」

「このばかもん! まず自分じぶん味見あじみをしたらどうだ!」


 王様おうさまおっしゃることもまことにごもっともなのですが、リンゴまるごとでも美味おいしいかもしれませんね。きリンゴという、べつのお料理りょうりがあるくらいですから。それをパイ生地きじつつめば、美味おいしい果汁かじゅうをこぼさずにむのかも――おっとっと、はなしがそれてしまいました。


 もっとも、もどすおはなしはアップルパイのことではありません。おしろぐちから兵士達へいしたち血相けっそうえて、王様おうさま御前ごぜんはしんできました。アップルパイでふとったからだすりながらドスドスと……。


王様おうさま! 王様おうさま! 大変たいへんです! 大変たいへんでございます!!」


 王様おうさまは、なおもアップルパイをモシャモシャと頬張ほおばりながら、さも面倒めんどうくさそうに返事へんじをします。


「なんだ、騒々(そうぞう)しい。そんなに大騒おおさわぎをされては、パイのあじわからなくなるではないか」

「パ、パイどころのはなしではございません! かのサムライ帝国ていこくのサムライが、挑戦状ちょうせんじょうってきたのです! 戦争せんそうをしようとってきたのです!」

「な、なんだと!」


 そこに、鎧甲よろいかぶとかためた如何いかにもつよそうなサムライが、はらってやってきました。

 たった一人ひとりです。お殿様とのさまいた挑戦状ちょうせんじょうに、お使つかいとしてやってきたのです。お使つかいといっても、てきのおしろなか一人ひとりむのですから、こんなおそろしいお使つかいはありません。

 でも、そのサムライはおそれもせず、「お前達まえたちなんかこわくないぞ」とまわりの兵士達へいしたちにらみつけながら、堂々(どうどう)王様おうさままえすすてきました。そして、おおきなこえ挑戦状ちょうせんじょうげます。


挑戦状ちょうせんじょう! がサムライ帝国ていこくはおぬし王国おうこく宣戦布告せんせんふこくする! 国境沿こっきょうぞいでたがいの領土りょうどをかけてたたかおうではないか! さもなくば、おぬしらの農場のうじょうまちらし、しろまでんで皆殺みなごろしだ! 返事へんじわりに国王こくおう兵士へいしれてるのだ!」


宣戦布告せんせんふこくというのは、相手あいてくに戦争せんそうをするぞと宣言せんげんすることなのですが、普通ふつうは、こんなひど宣戦布告せんせんふこくはありません。おまえくにわるいという理由りゆうもなく、ころいをして領土りょうどもらうぞと宣言せんげんしているのです。まるで、ならずもの強盗ごうとうのようですね)


 そして、お使つかいのサムライはげた挑戦状ちょうせんじょうを、王様おうさまきつけます。王様おうさまふるえながらり、「ど、どうしよう、どうしよう」とうろたえるばかりで、そのにいる大臣達だいじんたちもまごついているだけで、なんのやくにもちません。みんな、アップルパイのべすぎで、からだだけでなくこころふとりすぎてしまったのでしょうか。


 そんなおおさわぎのなか一人ひとり女性じょせいあらわれていました。「降伏こうふくしましょう」と。


 それはお妃様きさきさまでした。「アップルパイの張本人ちょうほんにん」であるにもかかわらず、すっかりふとってしまった王様達おうさまたちちがってからだはスラリとしたままで、ご婚礼こんれいられたときとわらず、お綺麗きれいなままでした。お妃様きさきさまかさねて王様おうさまもうげます。


王様おうさま降伏こうふくしましょう。この王国おうこくではくにげてアップルパイをくことに専念せんねんしているので、もはや戦争せんそうをするちからはありません。サムライ帝国ていこく皆様みなさま降伏こうふく宣言せんげんするほかはないでしょう」


 まったく、お妃様きさきさまとおりなので、王様おうさまなにえずにうなずほかはありません。でも、相手あいておそろしいサムライ帝国ていこく降伏こうふくしたらどんなうのだろう? 王様おうさまおそろしくて、やはりからだふるわせるばかり――まったく、一国いっこくあずかる王様おうさまとして、こんなことでいのでしょうか。

 でも、そんなたよりない王様おうさまに、お妃様きさきさまやさしくもたのもしくおっしゃられます。


王様おうさま心配しんぱいございませんわ。私達わたしたちにはアップルパイがついていますから」

「……アップルパイ?」

「そうです。さあ、おサムライさまをおしろにおまねきして、とびきり美味おいしいアップルパイをご馳走ちそういたしましょう」


さん


 さて、お使つかいのサムライがお殿様とのさまもとに(無事ぶじに)もどってまいりました。


(こういうお使つかいは無事ぶじではまないこともあるのです。戦争せんそうおうじるあかしとして、返事へんじのかわりにお使つかいのくびとして、くびだけにしてかえすこともあります。なんともおそろしいはなしです)


 そして、相手あいて降伏こうふく宣言せんげんしたことをくと、お殿様とのさまをはじめ、武将ぶしょうたちやサムライたちはみんながっかりしました。せっかくいくさのために準備じゅんびをしていたのに、これではすべてが台無だいなしです。


 でも、あたまげる相手あいてりかかるわけにもいきません。如何いかにサムライはつよくとも(あんなひどい宣戦布告せんせんふこくをしてはいますが)けっしてわるひとではないのです。本当ほんとう目的もくてきは「アップルパイ王国おうこく」の食糧しょくりょうをぶんどることだったので(やっぱりひどいはなしですが)これでしとお殿様とのさまうなずきました。


 さて、いさましくも猛々(たけだけ)しいサムライたちはキッチリと整列せいれつして、王国おうこくのおしろまで行進こうしんします。農家のうかむらまち人々(ひとびと)は、ふるがって建物たてものなかかくれました。しかし、戦争せんそうにはならずに相手あいて降伏こうふくしてしまったので、サムライたち農家のうかまちらしたり乱暴らんぼうしたりはしません。

 ただし、むらまちらさないのは、農家のうか収穫しゅうかくらしたくないだけかもしれませんが。


よん


 おしろ到着とうちゃくすると王様おうさまとお妃様きさきさま出迎でむかえました。そして、両国りょうこく会談かいだんをするためにえらばれたおおきな食堂しょくどう案内あんないされ、王様おうさま大臣達だいじんたち食事しょくじをするためのながいテーブルにすわりました。かいわせで王国おうこく王様おうさまと、サムライ帝国ていこくのお殿様とのさますわります。さあ、これからくに同士どうし会談かいだんをして、降伏こうふくした王様おうさまはお殿様とのさまうことにしたがわなくてはならないのです。


 若殿様わかとのさま会談かいだん参加さんかしましたが、まだまだとしわかく、お勉強べんきょうをしなければならないうえです。今回こんかいはテーブルのはしほうでおはなしくだけとなりました。お殿様とのさま息子むすことはいえ、お殿様とのさま年輩ねんぱい武将ぶしょうたちいて、意見いけんべることはできません。


 ふと、若殿様わかとのさまとなりにいるいのサムライが、「わか?」と、ぼそりとささやきました。若殿様わかとのさまおなじようにささやかえします。


「……なんだ?」

「このくにひとはみんなふとってるけど、なかにはせてて綺麗きれい女性じょせいもいますね」

「ああ、国王こくおうのおきさきのことかな……んん?」


 若殿様わかとのさまいのうことにくびかしげました。お妃様きさきさまのことだけなら、女性じょせいわずに、お妃様きさきさまえばいはずです。

 このときになってはじめて、若殿様わかとのさまはもう一人ひとり女性じょせいがいることにがつきました。


 会談かいだんおこなわれる広間ひろまのすみっこに、一人ひとりおんなっていました。そのおんな召使めしつかいの格好かっこうをしているのですが、やせほそっているためか、そのふくはぶかぶかでっていません。しかも、腕組うでぐみをしながらじっとみんなの様子ようすうかがっていて、なんだかえらそうな態度たいどです。しかも、ほか召使めしつかいのように給仕きゅうじ仕事しごとをしないので、不審ふしんおもいました。

 ですが、いま会談かいだん大事だいじです。あやしいにしても、とりあえずほうっておくしかありません。


 さあ、会談かいだんはじまりますが――と、そのまえに、お妃様きさきさまがりいました。


皆様みなさま、さぞおつかれでございましょう。くに自慢じまん王国謹製おうこくきんせいのアップルパイをがっていただきましょう」


 そして召使めしつかたちきあがったばかりのアップルパイをお殿様とのさま武将ぶしょうたちまえきました。くわえて、王様おうさまはじめ、王国おうこくがわ人達ひとたちにもお相伴しょうばんのためにならべられます。

 もともと、お殿様とのさまはアップルパイのことをいていたので興味津々(きょうみしんしん)です。王国おうこく流行りゅうこうし、国中くにじゅう魅了みりょうしたほどのお菓子かしはどんなあじがするのだろうと、ここまでたび途中とちゅうでも、いくさ準備じゅんびをしている最中さいちゅうでも、になって仕方しかたがなかったのです。


 ですが、すぐにすわけにはいきません。ここはてき王国おうこくなのです。たかがものでも、どくはいっているのでは? などと、なにかと警戒けいかいしなければならないのです。


 お殿様とのさまは「おい」と物陰ものかげかってたずねます。するとはしらかげから黒装束くろしょうぞくおとこが、ぬうっと姿すがたあらわして、無言むごんでお殿様とのさまうなずきます。べても問題もんだいはないとの返答へんとうです。

 その黒装束くろしょうぞくおとこはもちろん、スパイであるニンジャです。てき秘密ひみつさぐるばかりではなく、こうしてお殿様とのさままわりをまも役目やくめもあるようです。

 そのニンジャの返答へんとうけて、お殿様とのさまはアップルパイをぱくり。


「う、うまい!」


 お殿様とのさまはそのあじにびっくりしました。おそらく、パイという種類しゅるいのお菓子かしべるのは、これがはじめてだったのでしょう。サムライ帝国ていこくのお菓子かしえば、おこめをついて、モチモチとしたおもちにして、アンコをいれてお饅頭まんじゅうにしたり、あるいは、そのおもちかたいてお煎餅せんべいにするなど、おこめ使つかったものがほとんど。

 そうなるとめずらしさが手伝てつだって、よりいっそう美味おいしいとかんじたにちがいありません。


 お殿様とのさまはじめ、ならんですわっている武将ぶしょうたち夢中むちゅうになってアップルパイをべましたが、若殿様わかとのさまだけはけようとしませんでした。

 さら若殿様わかとのさまは、自分じぶんまわりにわかいサムライたちにだけ、こうささやきました。


べるな。これはべちゃダメだ」


 美味おいしそうなお菓子かしまえにして、こんな「おあずけ」を命令めいれいされるのはつらいことでしょう。でも、若殿様わかとのさま周囲しゅういにいるわかいサムライたちは、「ははあ、さてはなにかあるな?」とかんづいて、おたがいにかお見合みあわせながら、パイをおさらもどしました。


 お妃様きさきさまざとくその様子ようすていましたが、とくなんともおっしゃいませんでした。

 


「あー、エヘンエヘン」


 若殿様わかとのさまおおきなこえでわざとらしいせきばらいをしました。すると、お殿様とのさま武将ぶしょうたちは、だい大人おとなである自分達じぶんたちが、お菓子かし夢中むちゅうべていることにずかしくなったのでしょう。お殿様とのさまたちはパイをおさらもどして、「ごほんごほん、えーっと……」と若殿様わかとのさまおなじく、わざとらしいせきをしながらただしました。

 お殿様とのさますこしどもりながらも、会談かいだんすすめます。


「と、とにかく、あー、会談かいだんはじめるとしよう。そちらが降伏こうふくしたのだから、がサムライ帝国ていこくしたがってもらうぞ。ただし……」


 と、自分じぶん勝利者しょうりしゃであることを念押ねんおししましたが、よほどアップルパイが美味おいしかったのでしょうか。なんだか気持きもちがおおらかになっている様子ようすです。いったんおさらもどしたアップルパイをながめて、ごくんとつばみながら、お殿様とのさまはなつづけます。


「このくにまるごといただくような無残むざん真似まねはしない。ワシらの要求ようきゅうは、かのカンフー帝国ていこくとのいくさそなえて、食糧しょくりょう確保かくほせねばならんのじゃ。そちらもカンフー帝国ていこくめられてはこまるじゃろう」


 そうわれては、まことにごもっとも。王様おうさまも「なるほど、なるほど」とうなずきます。上手うまはなしわせれば乱暴らんぼうわずにむかもれません。これもアップルパイのご利益りやくでしょうか。

 ですが、お殿様とのさま地図ちずひろげておっしゃるには、


「このくにのここからここまでを、がサムライ帝国ていこくいただくだけでいことにしよう」


 それをいた王様おうさまは「ちょ、ちょっと待ってください!」と大慌おおあわて。


「そこでれる小麦こむぎまるごとってかれては、うちはもうアップルパイをくことが出来できなくなります」

「ならば、ここからここまでではどうじゃ」

「いやいや、肝心かんじんのリンゴがければどうにも」

「ならば、ここを」

「そこの牧場ぼくじょうのバターやクリームが……」


 アップルパイの御利益ごりやくはここまででした。ついにあたまにきたお殿様とのさま、テーブルをドンッとつよたたいて、怒鳴どならしました。


「こら! どこまで図々(ずうずう)しいんだ貴様きさま! 貴様きさまはワシに降伏こうふくしたのをわすれたか! このうえは、貴様きさまくびをちょんぎって、このくにまるごと――」

「まあまあまあ、これは失礼しつれいもうげました、お殿様とのさま


 なにやら、お殿様とのさまおそろしいことをけたのですが、それをやわらかくしとどめたのはお妃様きさきさま。お妃様きさきさま王様おうさまとお殿様とのさまあいだって、うつくしい笑顔えがおでお殿様とのさままるみます。


「お殿様とのさまのご都合つごうかんがえず、勝手かってなことをもうげました。ですが、おさっしくださいまし。くにのアップルパイはくにげての国家こっか事業じぎょう。いずれの土地とちけても、たなくなってしまうのです。つい事業じぎょうねつれるあまり、ご無理むりもうげてしまい、まこともうわけございません」


 立石たていしみずごとしとは、まさにこのこと。流石さすがのお殿様とのさまも、言葉ことばかえすきあたりません。

 お妃様きさきさまは、さらたたんでしまいました。


「でも、あの強大きょうだいなカンフー帝国ていこくとのいくさひかえたご事情じじょうですから、くに精一杯せいいっぱいのお手伝てつだいをさせていただきましょう。このくにまるごと、お殿様とのさまげましょう」


 お妃様きさきさまのこのお言葉ことばに、お殿様とのさま勿論もちろん王国おうこく王様おうさま大臣達だいじんたちはびっくり仰天ぎょうてんです。くにまるごとゆずわたすなんてことを、王様おうさまいてお妃様きさきさまっていことなのでしょうか。もちろん、お妃様きさきさまはそつなく王様おうさままるんでしまいます。


「ねえ、あなた? 私達わたしたちはアップルパイさえあれば、それでいのです。このくにすべてがアップルパイ。アップルパイをいて、べることが出来できるなら、それでいではありませんか」

「……え、あー、そう、そうだな、そのとおりだ、うん」

「なら、私達わたしたち王国おうこくはお殿様とのさまのサムライ帝国ていこく一部いちぶとなって、おサムライさまのために一生懸命いっしょうけんめい、アップルパイをかせていただきましょう」


 これでいのでしょうか。もしかしたら、くにとして成立せいりつしなくなったこの王国おうこくまかせてしまうのも、それはそれでいことかもしれませんが、本当ほんとうにこれでいのでしょうか。


あやしい。なんだか、あやしいぞ。あのおきさきはとんだ雌狐めぎつねなのかもしれないぞ)


 そんなふうにお妃様きさきさまにらんでいるのは、テーブルのはしっこにすわっている若殿様わかとのさまです。


 ちなみに雌狐めぎつねとは、きつねのように(といっては本物ほんものきつね失礼しつれいですが)ずるがしこいことをかんがえているおんなひとのこと。お殿様とのさま従順じゅうじゅんしたがっているようにせかけて、あとでとんでもない仕返しかえしをたくらんでいるのかもしれません。


 お殿様とのさまもそれほどおろかではないようで、なんだか納得なっとくのいかないかおつきです。このままお妃様きさきさまうことをまるごと鵜呑うのみには出来できないようです。そこで、こうくわえました。


わかった。そちらがそうもうるというなら、このくにまるごといただくとしよう。それにくわえて、この王国おうこく兵隊へいたいすべて、くに兵隊へいたいとしてしたがってもらうぞ。そして、兵隊へいたいではないわかおとこもみんなれてく」


 この王国おうこく戦力せんりょくすべうばってしまおうというかんがえですね。なかなかの用心ようじんぶかさですが、こんな一方的いっぽうてき提案ていあんおうじるくにいでしょう。しかし、お妃様きさきさま笑顔えがおくずさず、


すべて、お殿様とのさまのよろしいように」


 と、ぺこりとあたまげました。


(おい)


 と、わかいサムライたちささやいたのは若殿様わかとのさまです。


(その『あっぷるぱい』とやらをかえれ。べるなよ)


 そうって、若殿様わかとのさまはパイを風呂敷ふろしきつつませてがりました。


第三章だいさんしょう アップルパイ王国おうこく陰謀いんぼう


いち


 さて、お殿様とのさま王様おうさま会談かいだん無事ぶじ終了しゅうりょうとなりました。実際じっさいにはもっとこまかいことをめなくてはならないのですが、もう王国おうこくはサムライ帝国ていこく支配しはいされることになったので、あとはお殿様とのさまとその武将ぶしょうたちおもいのままです。

 そうとまればいそがしくなるでしょう。お殿様とのさまたちはさっそくせきとうとしましたが、


「さあ、会談かいだん無事ぶじんだことですし、このまま祝杯しゅくはいまいりましょう」


 またしてもお妃様きさきさまです。祝杯しゅくはいっても勿論もちろん、アップルパイをべるだけ。お殿様とのさまたちなに都合つごうをつけてせきとうとしましたが、あらたにはこまれたアップルパイのかおりにつつまれてはたまりません。一度いちどかせたこしを、戸惑とまどいながらもろしてしまいました。ああ、もはやすべてお妃様きさきさまうちおどらされているようながして仕方しかたいのですが……。

 そんなお殿様とのさま背後はいごから、若殿様わかとのさまこえをかけました。


殿との

「お、おう、なんじゃ。おぬしわんのか」

「いえ、もういただきましたので――おねがいがございます」

「なんじゃ」

「この王国おうこく様子ようすまわりたいので、用心ようじんのためにニンジャを一人ひとり、おりしたいのですが」

「おう、そうか。おい」


 お殿様とのさまはアップルパイを頬張ほおばりながら、うしろをいてびかけます。するとまた物陰ものかげから、ぬうっとニンジャが姿すがたあらわしました。そして、さらにそのニンジャがゆびをパチンとならすと、今度こんど天井裏てんじょううらからべつのニンジャが、すとんとりたのです。

 そのニンジャはおなじように黒装束くろしょうぞくなのですが、とてもからだつきがちいさく、まだ子供こどもなのかもれません。そして、若殿様わかとのさまにぴょこんとお辞儀じぎをしました。若殿様わかとのさまわせて、わか弟子でしてたのでしょうか。若殿様わかとのさまは、お殿様とのさまにおれいをしました。


殿との、ありがとうございます。それでは、これにて」

「おう、をつけてな――むむ、これはうまい。この甘酸あまずっぱさがなんとも……」


 お殿様とのさまはもう若殿様わかとのさまかまわず、アップルパイに夢中むちゅうのご様子ようす若殿様わかとのさまはなんだか不安ふあんになってきましたが、この仕方しかたがありません。わかいサムライたちれてりました。



 若殿様わかとのさまはじめて王国おうこくのおしろ見回みまわりながらあるいています。その若殿様わかとのさま背後はいごには、何人なんにんかのわかいサムライがっていますが、かれわかいサムライは、若殿様わかとのさま一人ひとりつかえしている若殿様わかとのさま専用せんよう家来けらいで、若殿様わかとのさままもったりお世話せわをしたり、あるいは、ともにけん修行しゅぎょう勉強べんきょうをする仲間なかまでもあります。将来しょうらい若殿様わかとのさま本物ほんもののお殿様とのさまになったときには、あらたな家臣かしんとなっておつかえすることになるのかもしれません。とりあえず、若殿様わかとのさまわせてかれらのことはわかサムライとでもぶといたしましょう。

 わかサムライたち大小様々(だいしょうさまざま)からだつきのおおきいもの若殿様わかとのさまおなじくらい、あるいは、まだ子供こどもといってもよいサムライもじっています。そんなわかサムライが三人さんにんほど若殿様わかとのさまうしろをあるいて、油断ゆだんなく周囲しゅうい見渡みわたしながら、若殿様わかとのさまをおまもりしてあるいていました。

 そこに、ちっちゃなニンジャがあらたにくわわり、はしら天井てんじょうなどかげからかげへ、ぴょいぴょいとうつりながら、若殿様わかとのさま見守みまもっています。若殿様わかとのさまにおつかえすることになって、とてもっているようですね。


 若殿様わかとのさまあるきながらなにやらかんがんでいます。あのお妃様きさきさまについてかんがえているのでしょうか。あるいは、このきについてでしょうか。


 無血開城むけつかいじょう、というむずかしい言葉ことばがあります。ながさずにしろひらく、つまり、ながたたかいをしないで、てきしろ占領せんりょうしてしまうという、まったく戦死者せんししゃさない素晴すばらしい勝利しょうりなのです。それをサムライ帝国ていこくはやってのけたのですから、結果けっか上々(じょうじょう)はずです。

 若殿様わかとのさまのすぐそばわかサムライは、そのことについてたずねました。


わか。もしかして、はじめからいくさにはならないとわかっていて、殿との挑戦状ちょうせんじょうをおすすめしたですか」


 若殿様わかとのさまなにべつのことをかんがえていたのでしょうか。そうたずねられて、あわててわれかえりました。


「ええ? ああ、いや、わかっていたわけじゃないよ。こうなったらいな、ぐらいはかんがえていたさ」

わかいくさがおきじゃないのですか。サムライがたたかうのをいやがっていては、家臣かしんにしめしがつきませんぞ」

「いやいや、この王国おうこくふとった兵隊へいたいどもとたたかったってたのしくはないし、相手あいてにやるければ、ただの虐殺ぎゃくさつになってしまうよ。カンフー帝国ていこくとのたたかいにそなえて、ちからたくわえておかないとね」


 若殿様わかとのさまは、そう「ごまかし」ました。じつ本当ほんとういくさきらいなのかもしれませんね。たずねていたわかサムライは「はあ、そんなもんですか」とこたえましたが不満顔ふまんがお――このわかサムライはなにかと若殿様わかとのさま意見いけんするのが役目やくめのようです。参謀さんぼうとでも名付なづけてしまいましょう。


 若殿様わかとのさま参謀さんぼう返事へんじをするわりに、手近てじかにあるすりをスッとゆびでなぞりました。すると、若殿様わかとのさまゆびにはほこりがべっとり。それをこしはらいながらいました。


爺様じいさまっていた。掃除そうじ出来できていないいえにはがるなと」

「それはお爺様じいさまというより、おしゅうとさんのすることですよ」


 と、参謀さんぼう言葉ことばかえすと、それをいていたちっちゃいわかサムライがいきおいづいててます。


「そうだ! サムライは剣術けんじゅつ大事だいじだ! 掃除そうじ出来できてないくらい、サムライにはどうでもいいじゃないか!」


 このちっちゃいチビすけ、たとえちっちゃくても気持きもちは立派りっぱなサムライのつもりで、こし二本にほんのちっちゃいかたなしているだけじゃきたらず、背中せなかにも大人おとなようわらないおおきなかたな背負せおっています。相手あいてがお殿様とのさま息子むすこだからって、うことに容赦ようしゃがありません。

 そんなチビすけ若殿様わかとのさまおこったりしませんが、苦笑にがわらいでこたえます。


「いやいや、掃除そうじ出来できないひとは、いい加減かげん生活せいかつをしているからうなと、爺様じいさまっていたのさ。サムライたるもの、キチンと整理整頓せいりせいとんしないとな」


 いくるめられたチビすけはらむしおさまらないのか、うしろからのっそりといてきているデッカいわかサムライに「おまえなんとかえよ」といながら、こうずねばします。

 そのデッカいデカすけは、ただ一言ひとこと


「あの『あっぷるぱい』たべたかったなぁ」


 そのけたデカすけ言葉ことばに、どっとしらけるわかサムライたち若殿様わかとのさまはカラカラとわらって、


「いやあ、それはすまなかったな。わりに、ぼく饅頭まんじゅう羊羹ようかんけてやるから――」


 そんなことをはなしていた若殿様わかとのさまですが、ふと、なにやらおかしな光景こうけいまりました。

 若殿様わかとのさま視線しせんさきはおしろ中庭なかにわだったのですが、綺麗きれいなおはなほこっている優雅ゆうがなおしろ庭園ていえんに、何着なんちゃくかの洗濯物せんたくもの物干ものほ竿ざおにひっかけてされているのです。おしろ庭園ていえんには不釣ふついな、まるでまずしい民家みんかのような光景こうけいです。よくるとその洗濯物せんたくもの召使めしつかいがふくで、使つかっている物干ものほ竿ざお兵隊へいたい装備そうびしているするどやりでした。

 そして、そのすぐそば一人ひとりおんなが、されているものおな召使めしつかいのふくすわっていました。なんだかつかれたかおをして、いまにも溜息ためいきこえてきそうです。


 若殿様わかとのさまには見覚みおぼえがありました。あの会談かいだん腕組うでぐみをしてっていたあのおんな間違まちがいありません。若殿様わかとのさまは、「この召使めしつかいはなんでこんなところで洗濯物せんたくものしているのだろう」とおもったのですが、もしかしたら、召使めしつかいではないのかもしれないとかんがなおしました。

 それをさっしたのか、あのちっちゃいニンジャが若殿様わかとのさまそばりて、みみなにかをささやきました。それをいた若殿様わかとのさまはとてもおどろきました。


「ええ? あのがここの王女様おうじょさまだって!?」


さん


 王女様おうじょさまはようやくれないつきで、ようまねで洗濯せんたくえて、一休ひとやすみしていたところでした。この様子ようすだと、もうだれ王女様おうじょさまのお世話せわをしていないようです。王女様おうじょさまはついにふくがなくなってしまい、召使めしつかいのふくして、自分じぶん洗濯せんたくをしながら着替きがえているのでしょう。王女様おうじょさまるようなドレスでは、もったいなくて洗濯せんたくなんて出来できなかったにちがいありません。

 食事しょくじはどうしているのでしょう。可哀想かわいそうに、すっかりほそったからだつきをれば、あくまでもアップルパイをべていないにちがいありません。では、そのかわりになにべているのでしょうか?

 そのこたえはすぐにわかりました。アップルパイの材料ざいりょうである、アップルパイ専用せんようのリンゴをふところからして、ガリガリとかじはじめたのです。王女様おうじょさまべられるものといえば、それしかありません。そして、はあ……とおおきく溜息ためいきをつきながら、王女様おうじょさまかんがえます。


(ああ、ハンバーグやおさかなのフライがべたいなあ。一緒いっしょに、しろいパンにバターをたっぷりって、パリパリのレタスとキュウリと完熟かんじゅくトマトのサラダをえて、そして熱々(あつあつ)のコンソメスープとか、コショウがピリッといたポテトのポタージュスープでもいいな。ああ!)


 そんなふうおもっていても、まれたときからおしろ王女おうじょとしてそだったのです。べたいものがあったら召使めしつかいがなんでも用意よういしてくれるご身分みぶんだったので、自分じぶん一人ひとりではどうしていいやらわかりません。そんなご身分みぶんで、お洗濯せんたく自分じぶんでしているだけでも、本当ほんとうたいしたものなのです。


 そんな光景こうけい若殿様わかとのさまながめていたのですが、となり参謀さんぼういました。


わか掃除そうじはともかく、ちゃんと洗濯せんたく出来できているおにわならがらせていただきましょうよ」


 参謀さんぼう先程さきほど若殿様わかとのさまのセリフにっかけて、そうったのでしょう。つまり、さっさとあのこえをかけろと催促さいそくをしているのです。それもそのとおり、ここは素通すどおりなんて出来できません。

 若殿様わかとのさまなりをただして、挨拶あいさつしようとしましたが――。


失礼しつれい拙者せっしゃは……」

名乗なのらないで。わたし名乗なのりたくないから」


 と、王女様おうじょさまはツンとかおらしてしまいます。名乗なのるなとわれたら、なんのはなし出来できないし、しまもありません。しかし若殿様わかとのさまは、ほうってはけないとりすがります。


「なら、名乗なのらずともいが、大丈夫だいじょうぶでござるか? あなたは顔色かおいろが」

「ご想像そうぞうとおりよ。このおしろ人達ひとたちれば事情じじょうわかるでしょ? さよなら」


 そうって、王女様おうじょさまがり、さっと庭園ていえんからってしまいました。今度こんどは、若殿様わかとのさま溜息ためいきをつくばんです。すくなくとも、この王国おうこく事情じじょうじつ深刻しんこく状態じょうたいであることがわかりました。


「やれやれ、これはやっかいなくにかかわってしまったみたいだな」

わか、どうなさいます? これは殿とのにご相談そうだんされたほうが」

父上ちちうえはこの王国おうこく占領せんりょうだ。ちゃんとなに問題もんだいなのか調しらべてからでないと、相談そうだんなんて出来できないよ――おい」


 若殿様わかとのさまは、お殿様とのさまがやっていたようにうしろをいてこえをかけます。そこに、ストンとちっちゃなニンジャがりました。


「ここのアップルパイについて調しらなおしてくれ。どんなことでもいから」


よん


 さあ、若殿様わかとのさまたち問題もんだいのアップルパイにりかかります。若殿様わかとのさまはおしろ一部屋ひとへやけ、そこでかえったアップルパイをひろげました。デカすけがヨダレをらしながらながめていますが、それをチビすけが「すなよ。このくに連中れんちゅうみたいに掃除そうじ出来できなくなっちまうぞ」と小突こづきます。


 しかし、こうしてながめていてもなにわからないでしょう。それは、本当ほんとう普通ふつうのアップルパイだからです。そりゃもちろん、どくでもはいっているかもれませんが、問題もんだいないことはすでにお殿様とのさまのニンジャが調査ちょうさみ。参謀さんぼうは「どうします? とりあえず、べてみますか?」といますが、若殿様わかとのさまは「うーん」と腕組うでぐみをしてかんがむだけです。


 そこに、すとんとちっちゃいニンジャがもどってきました。そして、一枚いちまい紙切かみきれを若殿様わかとのさまわたして、ひらりと、また何処どこかにってきます。どうやら、途中経過とちゅうけいかのご報告ほうこくだったようですね。その紙切かみきれには、こんなことがかれていました。


「アップルパイコンテスト 結果けっか発表はっぴょう! 優勝ゆうしょうは『街角まちかどレストラン』! さあ、そのレシピは……」


 そして、そこにはアップルパイのつくかた詳細しょうさいまでかれていました。


 それを若殿様わかとのさまよこからのぞした参謀さんぼうは「なんだ、りですか」といました。「り」とはサムライ帝国ていこくでは新聞しんぶんのようなものをそうんでいるのです。

 りをにする若殿様わかとのさままわりにわかサムライはあつまり、議論ぎろんわします。


「ふーん、つくかた秘伝ひでんじゃないのか。かくさずに公表こうひょうするんだな」

わかつくってみます? それなら、べても問題もんだいいでしょう」

材料ざいりょうはどうするんだ。材料ざいりょうそのものが問題もんだいなら意味いみいぞ」

「それに、あのおきさきつくったものじゃなければ意味いみいでしょうね」

「でも、それはべちゃ駄目だめだろ?」

「もうなんでもいからべようよ」

「なにってんだこのデカすけ!」


 ですが、若殿様わかとのさまはデカすけ提案ていあん採用さいようしました。


「よし、メシにしよう。ぼくはアジの干物ひものくから、チビすけこめいてくれ」


 案外あんがい若殿様わかとのさまはデカすけがおりのようですね。サムライたるもの、はらってはいくさ出来できません。一同いちどうはらごしらえをしながら、あのちっちゃいニンジャが調しらべてくるのをつことにしました。


「あれれ、ものかったかなあ」

「これはどうです。うまいですよ」

「ああ、それはキムチ王国おうこくったヤツじゃないか。それ、からいんだよな……」



 さて、あのちっちゃいニンジャです。ニンジャはひょいひょいと物陰ものかげから物陰ものかげうつり、問題もんだい核心かくしんである、お妃様きさきさま台所だいどころへとしのりました。

 もしお妃様きさきさまが「なにかをたくらあく親玉おやだま!」であるのなら、こんな危険きけん任務にんむはないでしょう。ちっちゃいニンジャは慎重しんちょう潜入せんにゅう開始かいしします。さいわい、とびらすこひらいていたので、するりともぐむことが出来できました。

 そこでは、お妃様きさきさま懸命けんめいにアップルパイをいています。お妃様きさきさまだけではありません。すくなくとも、アップルパイにかんしては仕事熱心しごとねっしんなようで、何人なんにんかの召使めしつかいがいそがしく出入でいりして、かれたアップルパイが次々(つぎつぎ)され、はこばれていきます。

 ふと、ちっちゃいニンジャはづきました。


 二種類にしゅるいのパイ生地きじ

 二種類にしゅるいのリンゴのおなべ

 二種類にしゅるいのクリームのボウル。

 そして、二種類にしゅるいきあがったアップルパイ。


 アップルパイは二種類にしゅるいけてつくられていました。アップルパイの模様もようれば、区別くべつくようになっています。ただし、材料ざいりょうおなじです。


 はて? と、ちっちゃいニンジャはくびかしげました。どういう理由りゆう二種類にしゅるいなのだろう。まさか、どくりとつくけているのでは!? とかんがえましたが、それはありません。何故なぜなら、すでに仲間なかまのニンジャが調査ちょうさみで、べても問題もんだいいはずですし、材料ざいりょうはまったくおなじです。ならば……ためしにべてみる?


 ちっちゃいニンジャはうずうずしてきました。この台所だいどころあまかおりが充満じゅうまんしていて、ちっちゃいニンジャはすこしクラクラしてきたようです。べちゃいけないと若殿様わかとのさまっていたけれど――一口ひとくちぐらいならダイジョウブですよね。ね?


 ちっちゃいニンジャは、ニンジャとういてアップルパイをほんのすこって、ぱくり……。


ろく


「ええ!? アップルパイが二種類にしゅるいつくけられているって?」


 ちっちゃいニンジャの報告ほうこくいた若殿様わかとのさまはびっくり。無論むろん、ちっちゃいニンジャが味見あじみしたのがバレて、「どうなってもしらないぞ」と若殿様わかとのさまけたのですが、


べてみれば、ちがいはわかる? うーん……」


 そういては、しかるにしかれないところ。こうなると、味見あじみをしてみなければわかるものではありません。ちっちゃいニンジャがかえった(すこけた)二種類にしゅるいのアップルパイがテーブルのうえならべられました。

 若殿様わかとのさまたちかえったものとくらべてみると、模様もようですぐに区別くべつがつきました。片方かたほうがサムライけのアップルパイ。ということは、もう片方かたほうがこのくに王様達おうさまたちべている王国おうこくけのアップルパイ、ということになるでしょう。


 それをしばらくながめていた若殿様わかとのさまは、ついに決断けつだんしました。


「よし、みんなでくらべてみよう。みんな、一口ひとくちだけだぞ」


 そうって、あのチビすけに「先生せんせい、おねがいします」といました。チビすけは「かしこまった!」と背中せなか大刀だいとうをやおらいて、「ヤッ!!」と見事みごとにアップルパイを細切こまぎれにしてしまいました。流石さすが、「サムライは剣術けんじゅつ」と普段ふだんから高言こうげんするだけのことはあります。その剣裁けんさばきにみんなは拍手喝采はくしゅかっさい――と、余興よきょうはここまで。さっさとべてみましょうと、参謀さんぼう神妙しんみょうかおをしてみんなをうながしました。


「えーっと、こちらが我々(われわれ)されたのとおなじですね」

「で、こっちがこのくに連中れんちゅうべているほうだな」

「こら、デカすけ一口ひとくちだけだぞ」

「アハハ、さきはらごしらえしておいてよかったな」

「いや、あまものならいくらでも……」

「だめだめ。さっき饅頭まんじゅうったんだから……んん?」


 ちがいは明瞭めいりょう意見いけん一致いっちしました。


王国おうこくけのほうあまい」


 これはなに意味いみしているのでしょう。ますますわかりません。若殿様わかとのさま尚更なおさらなやんでしまいました。そうとて、さきほどの「り」をしめしながら参謀さんぼういました。


わか、この『街角まちかどレストラン』にってみましょう」

「どうするんだ?」

専門家せんもんか意見いけんくんですよ。『もち餅屋もちや』ってお爺様じいさまおっしゃいませんでしたか?」

「もっともだ。よし、そのパイをって――ああいや、まるまる一枚いちまいづつ、あたらしいのをれてくれないかな」


 そうニンジャにめいじながら、若殿様わかとのさまがりました。


なな


 さて、おしろまちくとなると、そう簡単かんたんにはきません。如何いかにサムライ帝国ていこく占領せんりょうして支配しはいしているとはいえ、なにひと危険きけんいとはいえないでしょう。ましてや、若殿様わかとのさまのご身分みぶんけっしてひくくはないのです。おそわれたり誘拐ゆうかいされたりしないように、護衛ごえい兵隊達へいたいたちれてかなければなりません。そうしたことは、お殿様とのさま許可きょか必要ひつようとなるでしょう。


殿との、おねがいしたいことが……」


 若殿様わかとのさまがお殿様とのさまもとおもむいてこえをかけようとしたのですが、そのお殿様とのさま様子ようす言葉ことばうしないました。自分達じぶんたち問題もんだいにしているアップルパイを片手かたてに、モリモリとつづけているのですから。なんだかてはいけないようなものをてしまったがして、若殿様わかとのさまおもわずかおをしかめました。


 若殿様わかとのさまがお殿様とのさま居場所いばしょをみつけたそのさき閲兵場えっぺいじょう兵隊へいたいたちあつまって整列せいれつをするための運動場うんどうじょうのような場所ばしょ)で、サムライたち王国おうこく兵隊へいたいたち一緒いっしょ行動こうどうするための手順てじゅんを、ああでもない、こうでもない、と思案しあんしているところでした。

 それはいのですが、サムライたちめいじる合間あいまに、お殿様とのさまはこの王国おうこく王様おうさま一緒いっしょならんでアップルパイを片手かたてに、「これはうまいな(もぐもぐ)うん、それもうまそうだ(もぐもぐ)」と、もぐもぐつづけているのです。べているのか、サムライたち指揮しきしているのか、いったいなにをしているのかまるでわかりません。


「おお、息子むすこよ(もぐもぐ)方針ほうしんまったぞ」


 お殿様とのさま様子ようすあきれているすきに、若殿様わかとのさまはうっかり先手せんてられました。でも、お殿様とのさまはすべき仕事しごとはしているようです。

 若殿様わかとのさまになったので、一応いちおう、「その方針ほうしんというのは」とたずねましたが、あきれたことに、その説明せつめいをする合間あいまにも、けっしてアップルパイをべるのをめようとしないのです。


「うむ(もぐもぐ)この王国おうこく兵隊へいたいぐんむつもりじゃったが、どうにも兵士へいしにぶっておるようじゃし(もぐもぐ)がサムライたちおなたたかかたをするのは無理むりじゃ。ならば、いっそ食糧しょくりょう供給きょうきゅう運搬うんぱん専門せんもんならどうじゃろうとおもってな(もぐもぐ)簡単かんたんえば、アップルパイがかりというわけじゃ」

「と、殿との……それは……」

「ここの食糧しょくりょう調達ちょうたつするのはよいが、どうにもすべての食糧しょくりょうすべてアップルパイ専門せんもんというからのう(もぐもぐ)だったら、このくにものすべてをまかせたほうはなしはやいというわけじゃ」

「しかし、食糧しょくりょう大事だいじ命綱いのちづな、それを他国たこくまかせきりというのは」

「ああ、わかっておるわい(もぐもぐ)じゃから、すべてとっても監視かんし徹底てっていさせるし、アップルパイのかたをサムライたち伝授でんじゅさせようとしておるのじゃ(もぐもぐ)最後さいごにはだれもが自分じぶんでアップルパイをけるようにな」

「……」

「サムライのための食糧しょくりょうはこのくにから頂戴ちょうだいして(もぐもぐ)民百姓たみひゃくしょうからの年貢ねんぐ自分じぶんわせる。如何いか不作ふさく現状げんじょうでも年貢ねんぐかるくなれば(もぐもぐ)民百姓たみひゃくしょう大喜おおよろこびじゃろう(もぐもぐ)この王国おうこく大豊作だいほうさくつづいておるようだし、これで万事ばんじ上手うまくいく(もぐもぐ)われながら素晴すばらしい采配さいはいじゃ!(もぐもぐ)うん、うまうまい(もぐもぐ)」


 お殿様とのさまのご機嫌きげんうるわしくてまこと結構けっこうなことですが、若殿様わかとのさまさおになりました。もうなに問題もんだいがあっても、もはや手遅ておくれではないでしょうか。

 しかし、自分達じぶんたちがやるとめたことすすめなければなりません。あおくなってる場合ばあいではないと、よこから参謀さんぼうわきつつかれました。若殿様わかとのさまはどうにかなおして、「あの、おねがいがあるのですが」とした、そのときです。


殿との! 一大事いちだいじでございます! 殿との!」


 と、べつのサムライがべつ方角ほうがくからあわてふためいてんできました。お殿様とのさまは(やっぱりアップルパイを頬張ほおばりなら)うっとうしそうに返事へんじをします。


「なんじゃ(もぐもぐ)騒々(そうぞう)しい」

殿との! 本国ほんごうからの早馬はやうまらせで、ピストル合衆国がっしゅうこく大統領だいとうりょうがやってきたとのことです! みなと軍艦ぐんかんならべて、大砲たいほうなららしていると!」

「……で(もぐもぐ)なんじゃというのじゃ(もぐもぐ)しろくずされたのか」

「い、いえ、その、大砲たいほうすべ殿とのすための砲弾ほうだん空砲くうほうで、とにかく、自分じぶんくに武器ぶきえと……」

「またか。仕方しかたないのう(もぐもぐ)息子むすこよ(もぐもぐ)おまえもどってことわってこい」


 若殿様わかとのさま今度こんどこそお殿様とのさまあきれました。たとえ空砲くうほうとはいえ、自分じぶんくにけて大砲たいほうたれては、戦争せんそうになってもおかしくない事態じたいです。このお殿様とのさま無関心むかんしんさには、いたくちがふさがらないところですが――。


「……心得こころえました」


 サムライのつとめはきびしいもので、たとじつ息子むすことはえ、主君しゅくん命令めいれいには絶対ぜったいしたがわなくてはならないのです。流石さすがに、うしろにしたがわかサムライたちなにいたそうでしたが、


仕方しかたない。全力ぜんりょくくにもどるぞ」


 と、若殿様わかとのさまわれては仕方しかたがありません。わかサムライたちは、心中しんちゅうさっしします、と無言むごん表情ひょうじょうかべていました。


 若殿様わかとのさまたち背後はいごから、お殿様とのさまの「アップルパイ軍団ぐんだん」が完成かんせいしつつある様子ようすこえてきます。


「どうじゃ(もぐもぐ)上手うまけたか?(もぐもぐ)どれ、味見あじみをしてやろう(もぐもぐ)おお、これはなかなかの美味びみ……」


(後編に続く)



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