隣国の門にて。
随分と歩いた。
具体的には2回太陽が沈む間。
国の周りはこんなにも荒野が広がっていたのかと驚いてしまった。
でも魔法でテントを貼ったり体の汚れを落としたり、そんな魔法は貴族ばかりの学校では教えてくれなかったが、試しにチャレンジしてみたら簡単に出来たので、意外と生活には困らなかった。
寝てるあいだは結界で周囲を覆っていたので、魔物に襲われるなどの心配もなく、魔法万歳であった。
そんな2日を経て、今日ようやく人間に出会ったのだった。
昨日のうちにどこまでも続いていくような長い長い塀にぶつかり、それを辿っていた。
そして今日大きな門にたどり着いたのだった。
巨大な塀に囲まれた大きな国の入口だろうと思われるその門は、その1面赤に塗られた鮮やかな色彩も綺麗だが、所々金で縁取られていたりして、何故門がこんなに立派なのか疑問に思ってしまうほど芸術的だった。
そして何よりも、開け放たれた巨大な扉から中に見える多くの人々の賑やかさは随分と心躍るものであった。
「す、凄いわ」
女性も男性も済ましたように上品に振舞っていた私の知るこの世界の街中と比較しても、それは全然違う光景だった。
花が、何故か一面舞っていた。
門から入ってすぐの所に、ズラッと店が並んでいて、それぞれ大声で客引きを行っている。
そしてそれらの店を楽しそうに見ている客も、無礼講というように、様々な見た目をしている。
普通の私が元いた国でよく見る格好をしている人も多かったが、
上半身裸の男性、大きくスリットの入ったドレスをきた女性等には目の置きどころが悩むほど大胆な人もいて、中には犬の着ぐるみらしきものを着て歩いている人も割と多くいた。流行っているのだろうか。
「お祭り、かしら! 随分と楽しそう」
美味しそうな食べ物の匂いがして、ウキウキとした気分で門の中へと踏み込もうとする。
が、しかし。
「待て待て、お嬢さん、どこから来たの」
門番の兵士らしいおじさんに声をかけられてしまう。
大きく開け放たれた門は、すんなり入れるものだと思っていたので少し驚いた。
「え、えっと、アスリムという国からですわ」
「アスリムかーあの上品ぶった国ねえ。 君1人? 何で来たの」
「1人です。何でも何も歩いて来たんですが」
「は、徒歩?! あ、いや。
隣国とはいえ、徒歩だと相当距離あるぞ。凶悪な魔物も多いし君みたいな女の子が1人じゃ無理だ。本当は何で来たの?」
兵士は驚いたように声を上げて、本当の事を言えと言う。
嘘を言っているように思われたらしい。
「本当も何も嘘はいいませんわ。
魔物など、魔法で倒せます」
そう言ってもまだ何か言いたそうな兵士達に証明できるように、空へ向かって火炎弾を放ってみる。
嘘を疑われた事で少しイライラしていたのか力が入ってしまう。
慌てて上空に放った火炎弾を霧散させると花火のよう散って割と綺麗だった。
国内ではあまり使わなかった魔法だったが、こういう使い方もあるのかと自分で思ってしまった。
それを見た兵士達があんぐりと口を開けてもう何も無い空を見続けていた。
「……あ!?」
「かなり上級の魔法じゃねえか……何で、こんな若い子が……」
「言っておきますが、私これでもアスリムの魔法学園では実技の成績は断トツトップでしたわ。ええ、特に攻撃魔法は負けた事がありません」
攻撃魔法は散々褒められて育ってきたので自信があった。
どうだ、と兵士達を見ると、驚いたような困惑したような微妙な顔をしていた。
「アスリムの魔法は、年々強化されてるらしいからなあ……こんな子がこんな魔法を使えるなんて末恐ろしい」
「……? ヒソヒソと何ですか?
それよりもこの門の先に入れては下さいませんか? お腹が、空いてしまって」
「そうは言ってもなあ、お嬢さん身分証は持っているかい?」
「身分証……?」
兵士の言葉に固まってしまう。
身一つで追い出された私は、そんなものは持っていなかった。
(知識としては知っているわ……身分証。パスポートみたいなもので、国を出る時に発行して貰う世界共通の自己証明出来る証……。
これが無いと国外にも出られないし、他の国に入れて貰えるかも怪しくなるのよね……)
「まさか、持っていないのかい?」
「へっあ! いや、えっと……」
身一つで国外追放された事を、この場で言ってしまってもいいのだろうか? こんな塀で覆われた国だ。罪人だと知られたらどのみちこの門の先には入れてもらえない気がした。
(ええっと、どうしたらいいのかしら……。二日も歩いてようやく見つけた人里だもの。どうにかして入りたい……。水は魔法で何とかなってるけど、食べ物は何食べていいか分からなくて、お腹は酷く減っているし、ここを離れたらまたいつ次の国やらが見つかる事か……)
考え巡らせたが、空腹もあり頭が働かないソフィアは、そのまま俯いて黙ってしまう。
「なるほど、これは事情がありそうだ」
「家出か……? あの気取った国で魔法学園にいたくらいじゃ、相当いい所のお嬢さんだろうに」
「何か辛いことが……よく見たら相当綺麗なお嬢さんだし、男関係か?」
「馬鹿野郎、それが図星だったらどうすんだよ」
「でもなあ。いくら魔法がつかえようが、わざわざ、こんな遠い隣国まで徒歩で来るなんて、相当な事情だろ……?」
兵士達が口々に、私の事情の推測をしていってる。
家出だと思われているようだ。
罪人だと知られるくらいなら都合がいいが、家に戻るよう諭されても困るし、どうしたらいいのだろうか。
……お腹、減ったな。
目の前に市場があって食べ物がある。
ここに辿り着くまでは、緊張からか空腹をそこまで感じなかったのだが、2日も何も食べていないのだからそろそろ限界は近かった。
何だか簡単には門の先に行けない事態に一気に疲れてしまい、兵士達がこちらを見て何かを言っているのをぼーっとみていると、兵士達の後ろから新たな足音が聞こえた。
新たな人の気配にほぼ反射的にそちらを確認した。
そこには1人の軍服の青年が立っていた。
「ひっ、あ、お疲れ様です!」
「今日もわざわざこんな所まで来られたのですか?!」
兵士達が敬語で頭を下げているその人物は、きっと兵士の中でも偉い人なのだろう。
だけど、出世してる人物であろう割に若く見える。
20代くらいであろう。
黒い髪に赤い瞳、整った目鼻立ちでその人形じみた造形は、無表情でいるだけで彼から威圧感を感じさせた。
黒い軍服のような服を来ている事も原因だろう。
こちらを見る目には睨んでいるわけでもないのに、その存在感からか強い威圧感があり、本能的に恐怖を感じる。
(ああ、でも。怖いけど。
……少し綺麗な目かも。赤い目なんて初めて見た)
ぼーっとする頭で自然にそう思った。
「これは……?」
「あ、この子はアスリムの子らしくて……」
軍服の人が私について何かを質問しているようだ。
私はそれを眺めて、いたのだか。
何故か目の前が真っ暗になった。