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21 地獄を望む亡霊の願い

「エグいな、異世界の地獄とやらは……」

虫の息(死んではいるが)となっているヒョウリンマールの姿に、さすがのフェルリアも眉をひそめる。

「まぁな。でもあれだぞ、もうひとつある灼熱の苦行が続く八大地獄もかなりエグいぞ」

知り合いの牛頭鬼から聞いた話をしてやると、フェルリアは怯えるよりも呆れ返ったようだった。

「なんでそんなにバリエーションがあるんじゃ?」

「……なんでだろうな」

八大地獄に八寒地獄。

確かに、初めてこれらの地獄の話を聞けば、フェルリアのような疑問を持つだろう。

しかし、残念ながらユウゴには、その問いに答えられる知恵も知恵も無かった。

「ちなみに、異世界(こっち)の死後の世界事情はどうなってるんだ?」

「さあな。ワシは死んだことが無いからわからぬ。ただ、死んだ後に善き者は明るく安らかな神の身元へ、悪しき者は暗く冷たい府に落ちると言われておる」

どこでもあの世の描写は大して変わらないなと、ユウゴとフェルリアは顔を見合わせて笑った。


「むっ!?」

大勢が決し、弛緩した空気が流れる中、僅かに動き出したヒョウリンマールに、ユウゴが警戒の声をあげる!

「気を付けろ、ヒサメ! 奴はまだ動いてるぞ!」

「……ああ、わかっているよ」

モゾモゾと地を這う師の姿を見下ろしながら、ヒサメは油断なく答えた。

ゴースト系のモンスターとなったヒョウリンマールは、力を使い果たせば消滅する。

すでにその霊体(からだ)は引き裂かれ、あとは消えるのを待つのみなのだが、ヒョウリンマールは何かに手を伸ばすようにジリジリとヒサメに近づいていった。


『ヒサメェ……あれが……今、儂が体感したのが、そうなのか(・・・・・)!?』

ギラギラとした目付きに、か細くも熱のこもった問いを、ヒョウリンマールはヒサメに投げ掛ける。

「その通りです。あれが私のいた世界でもっとも冷たい、地獄の凍気ですよ」

『おお……おおお……』

ぶわっと亡霊の目から涙が流れ落ちた。苦痛や悔恨ではない、歓喜の表情からなる嬉びの涙である。


『素晴らしい……儂が身に付けた冥界の凍気など比べ物にならぬ……魂を引き裂く程の冷気を体感できるなど、こんな幸せがあるだろうか』

まるで祈るように手を組んだ亡霊は、素晴らしいと連呼しながら嗚咽を漏らした。

「ですが、先程のアレ(・・)は、摩可鉢特摩地獄のほんの一部を味わってもらっただけに過ぎませんけどね」

感動に震える師に、ヒサメはほくそ笑みながら自慢気に語る。

それを聞いたヒョウリンマールが、ガバッと頭をあげた!


『頼むヒサメ! 儂をお主らの世界に連れていってくれ!』

「…………は?」

唐突なヒョウリンマールの懇願に、ヒサメはおろかユウゴ達まで間抜けな声をあげてしまった。

『こんな……こんな極限の凍気を知って、なんで行かずにいられようか! 頼む、儂をその『マカハドマジゴク』へ導いてくれぇ!』

「え? えっ?」

異世界に行くならまだしも、地獄に落としてほしいと懇願される事態に、ヒサメは完全に狼狽える。

助けを求めて仲間の方に目をやれば、フェルリアはもとより、ユウゴもブンブンと首を横に振っていた。


「あ、あの師匠……さすがに、幽霊の体では召還魔法に耐えきれないかと……」

『嫌じゃあぁぁぁっ!』

それらしい理由でやんわり断ろうとしたが、ヒョウリンマールはヒサメの足にすがり付いて慟哭する!

『ヒサメ、お主は凍気の極みの世界に行ったことがあるんじゃろう! お主だけずるいではないか!』

「いえ、ずるいと言われましても……」

『儂も行きたい、儂も行きたいぃ!』

ガチモードの駄々っ子を思わせるムーヴで、イヤイヤとごねる老人の亡霊。

ここまで形振り構わぬ師の姿を見せられたヒサメは、ある決断を下す。


──リーダー(ユウゴ)にぶん投げよう。


そう決めた雪女は、魅力的かつ無責任な微笑みを湛えて、師に語りかけた。


「師匠……実は私にこのチームの決定権は無いんです。リーダーである、彼に頼んでください」

「おいこら、ヒサメェ!」

無茶振りされたユウゴが非難の声をあげる!

「お前、いきなり何言ってんだ!?」

「んん~、フェルリアを私達の世界に連れて行くことを決定したのは、ユウゴだよね? それじゃあ、私の師匠についても決めてもらわないと」

「ぬっ!?」

それを言われては迂闊に反論もできない。


ユウゴとヒサメのやり取りを交互に見回し、どうやらユウゴに決定権があると判断したらしいヒョウリンマールは、すがり付く相手を彼に変更した。

『若僧! 儂をお主らの世界に連れて行け!』

「なんで弟子には『お願い』で、俺には『命令』なんだよ! あと俺はじいさんより歳上だからな!」

『なんと! それはすごいな! だったら、儂を異世界に連れて行くなど造作もなかろう』

「それとこれとは話が別だっつーの!」

ぎゃあぎゃあと言い合う二人の間に、呆れたフェルリアが割って入った。


「二人ともその辺にしておけ。大体、ワシらとて自在に世界間を行き来できる訳では無いのだからな」

『なに……?』

はぐれエルフの言葉に、亡霊は初めて耳を傾ける。

「ユウゴ、ワシらの事情を話してやるとよい。多分、それが一番てっとり早いじゃろう」

促されたユウゴは、仕方がないなと面倒そうにしながらも、今の彼等の現状とこれからの目的を語った。


『魔王に召喚された……か』

いつしか全員座り込んでおり、ユウゴの話を聞き終えたヒョウリンマールは、ふむうと一言唸ってみせる。

さっきまで死霊の軍団を交えて戦っていたのに、なんだこの状況はと思いつつも、ユウゴは話を続けた。

「ああ。そんな訳で、俺達は元の世界に帰る為に、この世界に多大な迷惑をかけようとしてるってこった」

『…………』

何か考え込んでいた亡霊は、フェルリアの方を見る。

『エルフの娘、お主は彼等の話に賛同しておるのか?』

「無論よ、あとワシの方がオヌシより歳上じゃからな」

一応、そう注意しながら、彼女は失われた左腕の傷口を撫でた。

「エルフも人間もくそったれよ。魔族が台頭してヤツラがどうなろうと知ったことではないわ」

ククク……と暗い火を宿しながら笑うフェルリア。

「あ、あとはまぁ……」

直後に言い澱んで、チラチラとユウゴの方を盗み見る。

その顔は、一瞬前とはうって変わって小娘のような初々しさを湛えていた。


『まぁ、お主らの懸念がそれだけというなら、儂の答えは変わらん。やはり儂もそちらの世界に連れて行け』

全く躊躇の無い亡霊の物言いに、またもユウゴ達はハァ? と、声をあげてしまう。

『何を驚く、儂が死霊(このからだ)になってから何をしたか知っておるじゃろうに』

確かに、彼はユウゴ達と敵対していたことは言うに及ばず、数々の村や町を襲い害を成してきた。

『儂は『究極の氷雪魔法』を身に付けるという目的の為だけに、今もこうしておる。そのためならば、捨てる世界(・・・・・)がどうなろうと構わん!』

かつて世界最強の氷雪魔法術師と言われ、万人から称えられた男の、あまりに利己的な発言。

死者となり、世間という楔から解き放たれたからこその真実の響きがそこにはあった。


ハァー、とユウゴは大きなため息を吐く。

それは、自ら亡霊となるようなるような強い執着を持ったヒョウリンマールを説得するのは不可能だと悟った、降参の証。

(つーか、霊浄化魔法(ターンアンデッド)だので成仏させても、こいつはすぐに戻ってきそうだ……)

実際、そうなりそうで嫌だし、断っても永遠に付きまとわれそうでそれも嫌だ。

(そうさ、それに考えようによっちゃ戦力の大幅なアップに繋がる)

確かに、ヒョウリンマールの力は、これから『神人類』という天敵と戦う際には、大きな助けとなるだろう。

メリットとデメリットをまた天秤にかけ、ユウゴが出した答えは……。


「わかった、ヒョウリンマール(あんた)を仲間に加えよう」

『おお! よくぞ決断してくれた!』

「って、ちょっと待った!」

男達の決断に、フェルリアが再び割って入る!

「いったいコヤツをどういう扱いにするつもりじゃ」

「そりゃあ、戦力として……」

「確かにギルドマスターとの約束はある。が、さすがに死霊(これ)はチームに入れられぬじゃろ!」

ヒョウリンマールを指差す、彼女の言い分はもっともだ。

亡霊の説得が面倒すぎて、肝心な点を棚に上げっぱなしにしていた事に、ユウゴは今更ながら気がついた。

『いや、なんなら生きてる振りとかするが……』

「透けておるんじゃよ、体がっ!」

フェルリアにつっこまれて、今度は亡霊はハッとなる。というか、最初から誤魔化せる問題ではないのだが。

どうしたものかと腕組みをする皆を前に、ヒサメが仕方がないか……と、小さく呟いた。


「師匠……実を言えば、一つ手があります」

そう言ったヒサメの方に、全員が顔を向ける。

『な、なんじゃと。では……』

希望が見えて、明るい声を出すヒョウリンマールに、ヒサメは手を(かざ)して、言葉を遮った。

「方法は確かに有ります。ですが、それはある意味、完全に人間をやめると言うこと。さらに、師匠という人格の一部が欠損する可能性すら有ります」

ヒサメの口調は固い。つまりは、それだけ危険も伴うという事なのだろう。

真面目な顔つきになった師の亡霊に、もう一度ヒサメは問いかける。

「師匠……それでもあなたは、私の提案を受け入れますか?」

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