20 極寒の師弟対決
「思ったよりはあっさり片付いたのぅ」
魔法弓に炎を宿らせつつ、一息ついたフェルリアが周囲を見回す。
「数は多かったが、所詮はゾンビとレイスだからな。俺達にかかれば大した事はねぇさ」
俺達というユウゴの言葉に背を向けたフェルリアは、彼に見えないようにふにゃりとした笑みの形に相貌を崩す。
「だが、この程度の敵に【ギルド】も他の組織も手を引くとは思えねぇ……」
「つまり……こやつらを率いていたヒョウリンマールが規格外に強い……そういう事か?」
「ああ、おそらくな……」
キリッとした表情に戻ったフェルリアの質問に、ユウゴは頷いて答えた。
「組織も手を引く亡霊……そんな物を相手にして、ヒサメは一人で大丈夫じゃろうか」
「信じてやろうじゃねぇか、仲間の言葉ってやつをよ」
「フッ……そうじゃな」
腕組みしながら見守るユウゴにならって、フェルリアも師弟対決の決着を静かに待つことにする。
「……ガチでヒサメがヤバくなったら、後ろからあのジジイ殴りにいこうぜ」
「そうじゃな」
……静かに待つつもりは無いらしい。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『クカカ、せっかく集めた儂の眷族が、あっという間に全滅か。お主同様、あちらの奴等も化け物のようじゃな』
「エルフの方はこの世界の住人ですけど、男の方は私と同じ化け物ですよ」
『それは結構。殺して眷族にすれば、雑魚を集めるより儂の力も大幅に増すじゃろう』
雪女の正体を現したヒサメに対し、ヒョウリンマールは一瞬だけ驚いたものの、すでに冷静さを取り戻している。
これが氷雪魔法の対決であり、アンデッドの苦手とする魔法をヒサメが使わない事を知っている以上、すでに死んでいるというアドバンテージが、彼に余裕をもたらしているのだろう。
『お互い小細工は意味がないじゃろう?ここはひとつ、各々の最大魔法で決着をつけぬか?』
「いいですね。勝負の決着はシンプルな方がいい……」
師の出した提案に、弟子が乗る。
では……と互いに見合いながら後方へジャンプして、同時に呪文の詠唱へと突入した!
(かかりよった!)
詠唱しながら、ヒョウリンマールは内心、勝利を確信する。
ヒサメが発動させようとしている魔法、それは先程彼が使用した『凍土を呼ぶ声』だと、詠唱内容から知れた。
だが、あの魔法は生者に対して有効な魔法であって、死者であるヒョウリンマールにはあまり効果はない。
(愚か者め、最大魔法という儂の言葉に踊らされよったわ!)
確かにヒサメ、ヒョウリンマール両者共に『凍土を呼ぶ声』が最大魔法ではある。が、それは彼が生きていた時の話。
(儂は冥界でアレを超える魔法を身に付けた! 妖精だろうと魔族であろうと、これを食らって生きていられる道理はない!)
ほくそ笑み、眼前の勝利をもぎ取るべく、ヒョウリンマールは詠唱を加速させる!
そして……ソレは完成した。
『凍れる死の世界樹!』
魔法が発動した瞬間、世界から音が消え、時間が凍りついた。
静寂の中、ヒョウリンマールの突き出した両手から放たれた光線は、狙い違わずヒサメの胸を撃つ!
「……かっ」
零れ落ちた彼女の声すら飲み込むように、穿たれた胸元から氷の大樹が瞬きよりも早く成長していく!
バキバキと周囲の空気すら凍てつかせ、ヒサメを養分として育っていく巨大な樹氷は、静寂の世界にまるで墓標のように雄々しくそそり立っていった。
「ヒサメェ!」
フェルリアの悲痛な声が響く。
そんな彼女に向き直りながら、ヒョウリンマールは愉快そうに笑った。
『クカカ……お前がただの人間であったなら、この魔法を使うまでもなかったがのぅ』
ペタリと樹氷の表面を撫でて、笑みを浮かべたまま感慨深げに亡霊は呟く。
そんなヒョウリンマールに、フェルリアがテルミステアを構え、銃身に炎を宿らせて照準を当てる。
だが、死霊にとっては最大の弱点であるはずの炎を突きつけられても、ヒョウリンマールの余裕は崩れる事はなかった。
『心配するな、やがてこの樹に実がなり、儂の忠実なレイスかゾンビとなったヒサメと再会できよう……クカカ、そして儂は更に強くなろう』
弟子を殺した事に欠片も後悔の心情を見せる事はなく、新たな眷族を向かいれ、己の力が増す事の喜びにヒョウリンマールは震えている。
『仲間なのだろう、お主らもすぐにヒサメと同じようにしてやろう』
そしてユウゴ達に狙いをつけ、死霊は一歩踏み出した。
「くっ……」
ヒサメがやられ、身構えるフェルリア。だが、その肩をポンと軽く叩く者があった。
振り返ってみれば、彼女を見下ろすユウゴの姿があり、その表情からは大丈夫だと言わんばかりの余裕が満ち溢れている。
「ユウゴ?」
「心配すんな、アレを見ろ」
ユウゴがヒサメを閉じ込めた樹氷を指差す。
『…………?』
それに釣られて、ヒョウリンマールまでもが樹氷へと目を向けた。
「……………なんじゃ、この音は?」
樹氷の方へ意識をやると、ピシッピシッと細かい音が響いて来るのが感じられた。
まるで、なにかが細かく砕けるようなその音に、フェルリアの顔が「まさか!」といった風に驚きと歓喜に彩られる。
「ただの雪女だったら、あれで殺られていたかもしれねぇ。だがな、あいつは雪女という存在の集大成みたいたな物だ」
ユウゴが話す間にも、砕ける音は徐々に大きくなっていく。
「そんなあいつが、あれしきの魔法でどうにかできるかよ!」
断言するユウゴの言葉に合わせるかのように、一際大きな亀裂が大樹に走った!
そして次の瞬間、内側からの圧力に耐えかねた巨大な樹氷は、轟音を立てて崩れ落ちる!
『は……あぁ……』
死んでまで身に付けた、絶対の魔法。それが眼前で破られて、ヒョウリンマールは呆然としながら言葉にならない声を漏らす。
そんな師の目の前で、砕けた樹氷の欠片を花吹雪のごとく纏い、一枚の絵画を思わせる美しさを秘めた美貌の雪女は妖艶に微笑んでいた。
『ば、馬鹿な……』
この世界において、死の世界まで赴いて力を得た人物は彼くらいしかいない。
そうしてまで極めたはずの、氷雪魔法の頂点が通じていないという事実に、ヒョウリンマールの亡霊はその存在が希薄になるほどのショックを受けていた。
『なぜだ……なぜ、儂の冷気が通用しない……』
頭を抱えて悶える師の亡霊に、ヒサメは静かに語りかけた。
「いいえ、師匠の魔法は確かに素晴らしい物でした。ですが、この世界の冥界では、私を超えるには力不足です」
やんわりと諭され、ヒョウリンマールはヒサメに目を向ける。
『足りぬのか……冥界の冷気では』
「ええ。恐らく八寒地獄の第二層、刺部陀地獄と同等と言った所でしょうか」
『異世界の……地獄』
弟子の語る、別の世界に広がる冥府の深さに、ヒョウリンマールは愕然としていた。
「私達の世界の地獄は深く、そして冷たい。せっかくですから、師匠も味わって下さい」
ヒサメはゆっくりと師に向かって手を翳す。
「八寒地獄の最下層……これが『摩訶鉢特摩地獄』の冷気です!」
雪女の背後から、空間を抉り取ったような漆黒の球体が現れる!
それは呆然とする師であった亡霊へと向かい、彼を飲み込んだ! そして……。
魂が引き裂かれるような、苦痛に満ちた悲鳴が辺りへと響き渡った。
『……………!』
すでに声になっていないというのに、ヒョウリンマールは叫ぶ。叫ばずにはいられない。
彼を飲み込んだ球体のような空間内では、ヒョウリンマールの想像を絶する冷気が渦巻いてた。
魂だけの存在であるはずの死霊の皮膚が裂け、噴き出した血が固まって真っ赤な花を咲かせたようになる。
「その空間の中は摩可鉢特摩地獄を再現しています。別名は大紅蓮地獄といいまして、皮膚が裂け、体が捻れて紅く染まる事から着いた異名ですよ」
ヒサメの説明にも反応を示さず、極寒の中で身動きひとつできずに引き裂かれていくヒョウリンマール。
「魂すら引き裂かれる地獄の冷気、堪能していただけましたか?」
尋ねながら、ヒサメは師を包む球体を解除した。
解放されたヒョウリンマールは、四肢が千切れ皮一枚でぶら下がっているだけな悲惨な状態であり、そのまま大地にゆっくりと崩れ落ちる。
噴き出した血で真っ赤に染まった死霊は、ただピクピクと痙攣していた。




