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19 激突、死者の軍団

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


夜の帳が降りようとしている黄昏時。

日が落ちていく時の寒さとは別格な、真冬を思わせる冷気がじわじわと大地を侵食していく。

その冷気の発生源は、鬼火のように揺らめく一体の幽鬼。

生前『氷雪系最強』と称えられたその亡霊は、落ち窪んだ眼窩に闇を湛えながら歩を進める。

そして、その亡霊に付き従うのは凍死体となりながらも命の炎を求めてさ迷うゾンビ達と、凍えてもがく魂達。

物言わぬ死者の群れは新たな犠牲者を欲し、恐ろしく静かに行進していく。


あらゆる物を凍てつかせながら進む死霊の軍団であったが、その進行方向に立ちふさがる三つの人影を確認して歩みが止まった。

少ないながらも命を(すす)れる喜びと、新たな亡者(なかま)になる者達を歓迎して、死者達は冷たい笑い声を漏らす。


『お……おお……』


だが、そんなアンデッドの群れの中、ひときわ感極まった声を漏らす者がいた。

亡者の軍勢を率いる死者の頭領、ゴースト・ヒョウリンマールである。

彼は視線の先にある愛弟子の姿を認め、空洞のようだった瞳に知性ある炎を灯らせた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「こらぁ! なにやってるんですか、バカ師匠!」

アンデッド軍団を前に、突然大きな声で呼び掛けたヒサメに驚き、ユウゴ達がビクリと体を震わす。

急に大声出すなよといった非難を無視し、彼女は亡霊達の主と睨みあう。

『クカカ……久しいな、ヒサメ』

かすれた声を漏らしながら、集団の先頭にいた亡霊がヒサメに返答してきた。

初対面であるユウゴも、この亡霊こそがヒョウリンマールなのだろうと理解し、軽く身構える。

「ええ、半年ぶりくらいでしょうか。しかし、そのお姿はなんです?」

変わり果てた己が格好を指摘され、ヒョウリンマールは再びかすれた笑い声をあげた。

『見ての通りよ。儂は一度、死んでからこうして甦ったのだ』

「……なぜ死んだか聞いても良いですか?」

『クカカカ!何を言っておる。冥界の冷気は地上の物と比べ物にならんと、儂に教えてくれたのはお前ではないか』

理由を聞いて、「お前が原因なの?」といった目を向けてくるユウゴ達にヒサメは慌てて弁解した。


「い、いや! 前に話の流れで現代日本(あっちがわ)での八寒地獄の話をしたけど、まさか本当に死ぬ人がいるなんて思わないでしょう!?」

そんなヒサメにヒョウリンマールは愉快そうに嗤う。

『クカカカカ! お前のような天才を超えるためなら、一度死ぬくらいなんでもないわ!』

師の言葉に、ヒサメが一瞬だけドヤった顔になったのをユウゴ達は見逃さない。

『あの世の冷気は、文字通り骨身に染みたわ。肉体を捨てる事で、ようやく扱う事が出来たがな』

恐るべき執念を見せるヒョウリンマール。

こういう目的の為に手段を選ばぬ人間こそ危険なのだと、本能が警鐘を鳴らす。

ユウゴの脳裏には、過去に彼を殺しかけた人間の影が浮かび上がり、それが目の前の亡霊と被って見えた。


『……そう、お前は儂が生涯をかけて磨き続けてきた氷雪魔法の奥義をあっさり体得するほどの、まさに天才よ……』

ポツリと呟き、ヒョウリンマールの顔が俯きぎみになっていくのと同時に、声のトーンも下がっていく。

「いや、ヒサメは雪女っていう……」

『許せるものかぁっ! 儂が極める事ができなかった、高みにいるお前をなぁ!』

ユウゴの言葉を遮って、ヒョウリンマールは吼えた!

それまでの羨望と嫉妬、悔しさと恨みが混じりあった咆哮である。

『だが、見よっ! 今の儂は冥界の冷気を身に付け、さらに眷族を増やす事で無限に増える力を手に入れたのだ!』

狂気を含んだ笑い声と共に、ヒョウリンマールが呪文を紡ぐ。その詠唱から発動する魔法に気づいたヒサメが、盾となるべくユウゴ達の前に移動した。

そして次の瞬間、ヒョウリンマールの魔法は完成する!


凍土を呼ぶ声(フリージアヴォイス)!』


亡霊の声に合わせて、彼を中心に凄まじい冷気が嵐となって吹き荒れた!

「わぶっ!」

視界が白く染まり、冷たい風がユウゴ達に叩きつけられる!

時間にすれば、わずか数秒にすぎなかっただろう。それでも、まるで真冬の草原に裸で野晒しにされたと錯覚する程の凍気が、奔流となって叩きつけられていた。

ようやくそれらが治まり、視界が戻ってきたユウゴ達の目に写った風景……それは時間が停止したような、真っ白い氷雪の世界だった。


「な、なんだと……」

一瞬で真冬になってしまったかのような周囲の風景に、さすがのユウゴ達も驚きを隠せない。

「ここまでの威力とは……」

師の放った魔法の範囲に、雪女であるヒサメもまた、驚きを隠せないようだった。

ヒョウリンマールの魔法、『凍土を呼ぶ声(フリージアヴォイス)』は冥府の冷気を呼び寄せ、自分を中心とした半径十数メートルを凍りつかせる事で、範囲内のあらゆる生き物を即死させる魔法である。が、今ヒョウリンマールが放ったのは、威力はそのままに有効範囲が半径百メートルにも及びそうな物だった。

もしもヒサメが庇っていなければ、ユウゴ達も凍死体となっていたかもしれない。

そう自覚すると、背筋に冷たい汗が流れる。


『クカカ……どうだ、これぞ冥界の冷気を我が物とした儂の力よ』

手にいれた強大な力を自在に振るう喜びに、ヒョウリンマールのテンションは上がっていく。

『だが、こんなものではない! もっともっと眷族を増やし!力を得て!儂は氷雪魔法の極みへと上り詰めるのだぁ!』

彼の叫びに合わせて、ゾンビやレイスが声無き声で主を讃える!

たが、そんなおぞましい熱狂が渦巻き始める中で、不意に水をさすような嘲笑がこだました。


「フフフ……なるほど、大したものですね、師匠」

ヒョウリンマールの魔法からユウゴ達を庇い、自らはその威力を正面から受けたはずのヒサメが、平然と師を見つめている。

「地獄の冷気を扱えるに至ったのは本当に見事です。ですが、あなたの使っているそれ(・・)は、所詮、深遠の入り口でしかない事を教えてあげましょう……」

そう静かに告げるヒサメの髪が、黒から冷気を孕んだ銀色に変化してゆき、それに合わせて皮膚の色も冷たい白に変わっていく。

『おお……おおお……そ、その姿は……』

「見せてあげますよ……真の地獄の冷気というものを」

驚愕する亡霊に、雪女の正体を現したヒサメが美しくも酷薄な笑みを浮かべた。


「よっしゃ! 俺達も仕事をするぞ!」

「おう、背中は任せよ!」

エルフの頼もしい台詞を背に受けて、牛鬼は新調した二丁のハンドアクスを抜き放ちながら、アンデッドの群れに突撃していく!

(ちぃっ! 五十体くらいなんて言ってたが、倍はいるんじゃねぇのか!?)

ギルドマスターから聞いていた情報よりも、ゾンビの集団の数はかなり多い。

一般人の老若男女から、中には【ギルド】メンバーらしき連中の姿も交えた哀れな死者達は、距離を縮めてくるユウゴを迎え撃つべく剣や盾を構えた。


「ごおぉぉぉぉぉっ!」

牛鬼の妖気を込めた咆哮がビリビリと空気を揺らし、死者であるはずのフロストゾンビですらたじろがせる。

その僅かな隙を突いて肉薄したユウゴがハンドアクスを振りかぶると、生前の経験からそれに反応した数体のゾンビが迎撃のために動き出す!

だが!


「おらぁ!」

ユウゴの一撃は、フロスト・ゾンビの剣を砕き、盾を割り、鎧ごと肉体を両断する!

それだけに止まらず、二丁の斧を振り回しながら敵の中に突っ込むと、竜巻のような勢いでゾンビ達をズタズタに引き裂いていった!

凍る事で防御力を増しているはずのフロストゾンビが成す術なくバラバラにされ、二度目の死を与えられていく。

そんなユウゴに、物理攻撃の通じないアイス・レイス達が、仲間の凍死体達を援護するため上空から襲いかかってきた!


「させるか!」

ユウゴに迫った死霊の一陣が、赤く尾を引く炎の矢に射抜かれて消滅する!

支配者のレベルが高いせいか、僅かながらに意思を感じさせるレイス達の表情が驚きに歪んだ。

「なんじゃ、エルフだからといって炎が使えんと思ったか?」

本来ならエルフが忌避する炎の精霊を、愛用の魔法弓に宿してフェルリアがニヤリと笑う。

「生憎とワシははぐれ(・・・)じゃからな! 使える物は何でも使うぞ!」

『銀狼』の異名を持つ銀毛のエルフが、次々と炎の矢を放つ!

その矢に貫かれ、炎に巻かれた死霊が苦悶の声と表情で逃げ惑っていた。


斬撃の嵐と、炎の暴雨が辺りを蹂躙し、やがてそれが治まった時……凍れる死者の群れは、文字通り消滅し、ある者は天へ、またある者は大地へと還っていったのだった。

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