『9』
倉庫の内部はやはり軍用で使われていたためか、大分広い。おそらく、学校のアリーナドームよりもスペースはあるだろう。
壁には所々、ガラス製の窓があるが全てが割られていて、そこから陽光が差し込んでいる。
「夜にでも来たら肝試しにでも使えそうだ」
そんなことを呟きながら、辺りを見回す。
しかし、誰もいない。
(リリス。魔力の気配は感じるか?)
『少し待つのじゃ我が主。今調べる』
リリスが返したあと、暫く沈黙が続く。
悪魔は人よりも魔力の探知能力に優れている。それゆえ、例え魔法を使い隠れていたとしても場所を特定することができる。
とその時どこからともなく破裂音が耳に響いた。
『我が主! 後ろじゃ!』
リリスの声が聞こえると、すぐに横っ飛びをする。
背中の方から通りすぎたのは紅く光る火の玉。なんとかギリギリでかわすことができたみたいだ。
「お前さん。意外と反応がいいんだな」
いつの間にか前方には黒いローブを着た人の姿。さっきと同様、フードを深く被っているため素顔がわからない。そこから発せられる声は若い男性のものだ。
「不意打ちとは随分と失礼だな」
「いやいや、殺し合いに礼儀とかいらんでしょ。それともお前さんは喧嘩はサシでって言うタイプの人かい?」
嘲笑するような話し方で語るローブ男。
普通にムカつくな。
「王女様はどこだ?」
「そう焦んなさんなって、お前さん。お姫様はちゃんと生きてるよ」
ローブ男がパンッ! と両手を合わせる。すると、一瞬で黒いローブを着た集団が、俺とローブ男の周りを取り囲んでいた。
最初の時より明らかに多い。四十人程度だろうか。
その中の一人が王女様を抱きかかえている。どうやらまだ気絶しているようだ。
「ほらね」
表情は見えないが、さぞ楽しそうな顔をしていることだろう。
こいつは人の慌てる様子を、高みの見物で笑うタイプの人間だ。絶対そうに違いない。
「じゃあその王女様を返してもらおうか」
「ハッ、お前さん。それはできない話ですわ。それとも力づくで取り返します?」
周りのローブどもが一斉に構える。いつでも詠唱を唱えられるようにしているのだろう。
「でも驚きましたわ。あのメイドが言っていたことが本当に当たるなんて」
身動きが出来ない俺に、ローブ男が話す。
「っ! おいそれはどういうことだ!」
その刹那、足元に火の玉が撃たれる。最初に放たれた魔法と同じものだ。
「あんまり声を荒げないでくれます? 僕、うるさいのは苦手なんで」
ローブ男の雰囲気が変わった。
肌がヒリつくほどの殺気。
何人もの人間を殺したことがある証拠だ。
だが、なぜこいつの口からメイドが出てくる。やはりあいつはローブ男の仲間だったのか。
「……お前らの目的はなんだ?」
「目的? さあ? 僕にはわからないけど、上の人がこの姫様連れてこいって言ってるからね。僕はそれに従うだけさ」
それにローブ男は、「もうすぐ死ぬ、お前さんには関係ないけどね」と付け加える。
こいつらは誰かの命令で王女様を攫おうとしているのか。そうなるとやはりテロリストの類だろうな。
「さて、じゃあそろそろ君を殺そうか」
そう言うなり、ローブ男はこちらに近寄ってくる。
「僕はね、殺す相手には必ず顔と名前を明かすことにしているんだ。僕に殺される人に覚えてもらうためにね」
イカれた趣味を口にしたあと、ローブ男はフードを下ろした。
露わになったのは、欧州風の顔立ちに銀髪の男。なかなかにイケメンだ。
「ネスタ・イエール。君を殺す男の名だ」
そう宣すると、ネスタは詠唱を唱える。
「我が魔の力を以て、この悪なる者に、血の刃を食らえ給え――《血刃》」
俺とローブ男の間に魔法時が出現。
それが赤く輝くと同時に、幾つもの短剣が現れる。刀身は魔法陣の光と同色だ。
「死ね」
ネスタの言葉と共に、全ての刃が放たれる。
至近距離で発射されたそれは、俺の身体を貫き、傷口からは大量の血飛沫があがった。
「やっと終わった」
動かなくなった俺の姿を見て、一人呟くネスタ。
「さて帰りましょうか」
そう言ってネスタが背を向けると、彼は目を見開かせた。
今しがたまで周りを囲んでいたネスタの仲間が全員倒れていた。
それも皆、身体から血を流し絶命している。
「これは……一体……」
ネスタは目の前の光景に唖然としている。
「どうした? そんな顔をして」
声を掛けると、ネスタは再度後ろへ振り返る。
彼の視界に映ったのは、今ほど死んだはずの俺の姿。
「……お前さん、なんで生きてるんだ」
「なんでって、お前こそ何か勘違いしてるみたいだな。そこを見てみろよ」
ネスタが視線を移すと、そこには血を吹き出している俺の身体。
すると数秒後、それは光粒となって一瞬で消失した。
「……身代わり、だと」
「ご名答」
魔力というものは変幻自在に形を変えてそれを具現化することができる。
今はその魔力の性質を使って、俺の精巧な偽物を作ったのだ。
「だがそんな高度な技が使えるのは、魔導士の中でもトップレベルだけ。お前さん、一体何者だ?」
「買いかぶるなよ。俺はどうしようもない魔導士候補生だ。だが、優秀なのはこいつだ」
目の前に魔法陣が露わになると、激しい閃光を放ち、出現したのは一体の悪魔。
『妾の名はリリス。我が主の悪魔じゃ』
リリスは不敵な笑みを浮かべると、隻眼を鋭く光らせた。




