第七話 それは不運か幸運か
ユノを除いた街の人たち全員が流れ星だと間違えるほどに、アンリは超高速で北へと移動していた。
「さーてと、死神さんはどれだけ強いんだか」
おちゃらけた調子で呟きながら、ユノから聞いた依頼の注意事項を思い出していた。
一つ、討伐依頼とあるが、討伐できなくとも追放するだけで構わないということ。
二つ目に、危険だと判断したらすぐに引き返すこと。
一つ目の注意事項は依頼者からのものだ。どうやら、悪魔グリム・リーパーによる人的被害は今の所確認されていないらしい。しかし村の近くに悪魔がいるという事実は、それだけで恐怖であることに変わりはないだろう。だからこその『討伐』ではなく『追放』。
二つ目の注意事項はユノからのものである。そしてユノは、引き返す時のために、アンリに小指の大きさ程の小瓶を渡していた。
それは、リリアの作った魔道具。小瓶を砕くことにより、砕いた本人に対しアクスベリーへの転送魔法を行使するという優れものである。
小瓶の中には、アクスベリーの各地に流れている透明な水が閉じ込められている。
ちなみにリリアの名付けたこの魔道具の名は、『オカエリ・アクスベリー』。名付けた時、そばにいた黒猫に笑われたことは言うまでもない。
アンリは服の上から小瓶を掴み、依頼された場所の上空にやって来たことを確認すると、静かに北の大地に降り立った。
「んー……とりあえずあれか、村長さんに話つけておいた方がいいよな」
と言っても、まず村が見当たらない。しかし歩いていれば見つかるだろうとアンリは判断し、ゆっくりと歩き出した。
アクスベリーは最南の街と呼ばれている。それに照らすならば、ここは最北の街と言ってもいいだろう。辺りは一面が銀世界であるが、アンリはさほど気にしていないようだった。
この程度の環境の変化は、世界中を渡り歩いた彼女にとっては慣れたものなのだろう。まるで普段から歩き慣れていると言わんばかりにスムーズにに歩いていると、アンリの目の前に黒いフードを被った背の高い青年と、三つ編みの年端のいかない少女が現れた。
「おや、こんなところに珍しい。君も迷子かい? お嬢さん」
青年がアンリに話しかける。
「は? 迷子?」
「ん、違ったか。これは失礼したね。いやなに、この女の子が迷子でさ、今から一緒に村に戻る予定だったんだ。それで君も迷子かと思ってしまってね」
「ああ……」
アンリは得心がいって、女の子の顔を見る。先ほどまで泣いていたのか目元が腫れていた。確かにこんなところに一人でいれば心細くもなるだろう。
「それならアタシも案内してもらっていいか? まあ、迷子みたいなもんでさ」
「なるほど、それなら僕たちと一緒に行こうか」
「助かるよ」
そう言ってアンリは青年の後をついて行くことにした。しばらくの間誰もは話さず沈黙が続いていたのだが、
「それで君は……」
と、青年がアンリに話しかけた。
「なんでこんな最北の地まで来たんだい? 多分ここの人じゃないだろ?」
「ああ、アタシはアクスベリーってとこから来たんだ。グリム・リーパーって悪魔を追い払うためにな」
「……なるほど」
アンリの言葉に青年は小さく頷くと、また黙ってしまった。
それからしばらくすると、ポツポツと民家が現れてきた。村の入り口付近に入ったということなのだろう。
「さて、ここまで来れば大丈夫かな?」
青年は少女を見下ろして尋ねる。
「うん。ありがとうお兄ちゃん」
そう言って、少女は三つ編みを大きく揺らしながら村の中へと進んでいった。
「じゃあアタシも行こうかな、村長さんとこ」
そう言ってアンリも村の中に進もうとした時だった。
「ちょっと待ってくれるかな」
という、青年の声に呼び止められた。アンリは振り向き、ポンと手を打った。
「ん? ああ、そうだな、何か礼をしなくちゃな」
「いやいや、お礼なんていいんだよ。ただ君と話しておきたいことがあってね」
「話しておきたいこと?」
「ああ」
青年は頷き、近くにあった木でできたベンチに座った。そしてアンリを手で招き、アンリもそれに応じて青年の隣に座った。
「それで話しておきたいことって?」
「君はグリム・リーパーを倒しに来たと、そう言ったよね」
「倒しにというか、追い払う、かな。アタシ一人で倒せるかわからないし」
「そうか」
青年はアンリの言葉に応じながら小さく笑った。
「だけどきっと、君なら倒せてしまうだろうね」
「そうか? そんなことわからないだろ」
「わかるさ。グリム・リーパーは僕だからね」
「そうは言っても……は?」
アンリは目を見張り青年を見る。
「何を冗談言ってるんだ?」
「冗談でこんなこと言うと思うかい?」
青年のその言葉のあと、沈黙が続く。先ほどとは違う、緊張の沈黙。その時だった。
突然二人を突風が襲った。それに続いて地響きが辺りを包む。
「なんだ!?」
アンリは立ち上がり辺りを見回すと、村から離れたところに大きな影が見えた。
「あれは……ドラゴンかな?」
青年が呟く。そう、その影は、間違いなくドラゴンのそれだった。つまりアンリは、悪魔と戦うために来た北の地で、ドラゴンと遭遇したのである。
今しがた空から降りてきたのだろう。先ほどの突風と地響きはドラゴンの着地によって起きたものだ。
そしてそのドラゴンは、
「ノヴァ・ウィスプ……」
アンリが手を出せなかった、あのドラゴンであった。
グリム・リーパーにノヴァ・ウィスプ。追っていたターゲットに同時に出会うという幸運を見事に掴み取ったアンリは、右手に小瓶『オカエリ・アクスベリー』を掴んでいた。
いくらなんでもドラゴンと悪魔を同時に相手取ることは出来ない。惜しいがここは引いて体制を立て直すしかない。そう考えアンリが小瓶を砕こうとしたその瞬間。
アンリの目の前の空間が突然光り、ノヴァ・ウィスプが爆発した。
『リリアとユノの魔道具大辞典』
魔道具No.3 ノーメン
「なんだかすごい展開になってるわね。まるで異世界ファンタジーしてるみたい」
「むっ、私だってしっかりファンタジーしていますよ」
「そうかしら……それで今回の魔道具は、その怖い顔のお面?」
「はい、名前をノーメンと言います。これはですね、付けた人が周りから見えなくなってしまうという道具です」
「透明人間?」
「とはちょっと違います。限りなく存在感を薄くさせて認識しづらくさせる、といった方が正しいです」
「なるほど、使い道としては遭遇したくない魔物に会った時とか便利そうね」
「その通りです。ただ認識しづらくさせるのは姿だけで音などは丸聞こえなので注意です」
「へえ……。あっ、周りからいなくなるからノー・メンか」
「へ?」
「……いや、なんでもないわ。意図してなかったのね」




