71 【団長視点 → フィッツジェラルド公爵視点】生意気なだけの小娘にやられただと?!
……くぅ。
大音響の中、何とか踏ん張っている馬たちも、熊の像から逃げ出してきた馬を見て自制できなくなっている。
私も手綱を握る手がちぎれそうだ。
ざっと見るに、半数の騎士たちが落馬している。
それでも歩ける者は前進している。いいぞ。日頃の訓練の成果が出ている。
このまま数で押し切る!
――そう決意した刹那、轟音と共に世界が光で覆われた。
見てはいけない光を見てしまったような……。
目が痛くて開けていられない。
耳もおかしい。何も聞こえない。
ああ、それにふらつく。
この衝撃ななんだ? まさか落馬したのか? 地面に落ちたのか? ああ――だが立てない。体を制御できない。
何なのだ――何が起こったのだ?
しばらく経つと、瞼を開けることができた。
音が戻ってきた。激しい耳鳴りがして、体の外と中の両方から音が聞こえる。
見れば、大勢が地面に横たわっている。意識があるのか不明だ。
だが、それでも数人は壁に近づいているようだが、誰かが進むたびに激しい音と光に襲われる。
目と耳を塞いでも耐えられそうにない。
音が止んだ合間に目を開けると黒い兎が飛び跳ねているのが見えた。
そんな馬鹿な。頭が混乱しているのか?
二メートルを超える黒兎?
そんなものに蹴られたら――馬の比ではないぞ。
黒兎を避けて更に壁に近づいた者が一人いる!
だがまたしても巨大な猫が動いた。
そして一瞬の光と共に最後の騎士が地面に突っ伏すのが見えた。
……何ということだ。
目の前の光景が現実とは思えない。とても受け入れられない。
地面に横たわる大勢の騎士たち。
落馬しただけの者はむしろ軽傷だ。
馬や巨像に蹴られたり踏まれたりした者たちはかなりの重症だ。
怪我人を回復させるためのポーションは最低限の数しか携行していない。
そんなことが起こるなど誰が予測できた?
「てっ、撤退だ! 撤退せよ! 動ける者は負傷者を後方に運べ!」
……信じられない。信じたくない。何というザマだ。
フィッツジェラルド公爵家の騎士団が全滅――だと?!
◇◇◇ ◇◇◇
「閣下。騎士団が戻りましてございます。団長より至急報告すべきことがあるとのことで、訓練場で待つよう申し伝えましたがいかがいたしましょうか」
執事はいつから自分の仕事を私に回すようになったのだ。それくらいの判断は自分でできるはずだが――。
私に確認するまでもなく、「日を改めよ」と言うべきだろうに。
こちらの都合も確認せず、ましてや泥に塗れたままで面会を希望するとは、本当に我が公爵家の騎士団長か?
叱責の意を込めて睨みつけたが、執事はどうやら私が報告を聞くべきだと考えて、あえて尋ねているようだ。
「コホン。大変差し出がましいとは存じますが、団長があまりにも疲弊しておりまして――。いえ、彼だけでなく騎士たち全員が、戦地から這々の体で逃げ帰ったかのような顔をしております。団長によれば、半数の者が重傷を負ったため、途中の町に残し治療を受けさせているとのことでございます。団長自身も満身創痍でまさに息も絶え絶えのご様子なのです」
「は? 道のりは遠かったかもしれんが、小さな村に押し入って小娘を脅してきただけのことだろう?」
「……はい。そのはずなのですが」
「ははあ。さてはゲルツ伯爵めが何か言ってきたのだな。此度の目的とは違う問題が生じたのであろう。私に無断でやり合ったのか? ふん。まあよい。だが急いで報告を聞くほどのことではあるまい。午後に時間を取るので身を清めて参るよう、しかと伝えよ」
「かしこまりました」
◇◇◇ ◇◇◇
昼食をとって一息ついたところで執事に団長を呼びに行かせた。
彼は執務室に入ると片膝をついた。
「フィッツジェラルド公爵閣下。先ほどはご無礼を申しました。誠に申し訳ございません。お時間をお取りくださり感謝いたします」
団長はいつも通りの清潔な身なりをしている。見慣れた騎士服はシミひとつない。
だが確かに顔は傷だらけだし、膝をつく時も体をぎこちなく曲げていた。
「簡潔に申せ」
「はっ。まずはお詫びしなければなりません」
「ん? アレのことなら、別に連れて帰れとは命じておらんぞ? アレが大事に保管しておいた野菜を持ち出すだけで十分こたえるだろうからな」
どうせ大した収穫量ではないだろう。
あの村に住む人間が少ないから余っただけのことだ。
それを自分の手柄と勘違いして見せびらかすように売りに行くなど、聞いたこちらが恥ずかしくなる。
「……閣下。実は――」
「持ち帰った野菜は家令に処分を任せればよい。余っているとはいえ馬車一台がいいところだろう」
「あの閣下――」
「ああ、アレが癇癪を起こして少々暴れたかもしれんな。お前たちにしてみれば不本意な任務だっただろう。許せ」
「その閣下――」
「……ん?」
団長は先程からゴニョゴニョと言いづらそうに目を伏せたり逸らしたりしているが、どうしたというのだ。
まるで言いにくい報告をする時の家令のようだ。
「他になければ下がってよいぞ?」
「閣下。実は――私どもはお嬢様にお会いすることができませんでした」
団長が歯を食いしばるように吐き出したので、何かと思えばそんなことか。
「そうか。自室に閉じこもったか。呆れた奴だな」
「いえ。そうではなく。我々は村に入ることができなかったのです」
「……は?」
どういう意味だ?
「北へ続く道は一つのはずだが?」
「はい。村には到着しました。いえ、正確には、村を視認することはできました」
「視認? 何だ? どういうことだ? 村の場所を確認しろと言ったのではないぞ! どうして村に入らなかったのだ!」
「入ることが――かないませんでした。お嬢様は我々がというか、何者かが村に来ることを想定されていたようで、対処されておりました」
対処?
「何を言っておるのだ?」
「最初に見えたのは高く聳え立つ黒い塀でした。土塀でも石塀でもない見たことのない壁で、禍々しく黒く光っておりました」
「何だと?! 壁? 開拓村に壁だと?!」
ああ、アレは八歳の誕生日を迎えたのだったな。
そうか。教会に行ったのか。
「壁ということは、アレは土属性だったのか……」
「土――なのでしょうか。私には土壁とは違うものに見えましたが」
アレは馬鹿なのか?
魔法が使えるのが嬉しくなって、ずっと壁を作っていたのか?
聞いて呆れるわ!
「アレの馬鹿げた行為を止める者がおらぬからな。開拓村に壁を作るなど――はあ、頭が痛い。アレはまだフィッツジェラルドなのだぞ! なんだ貴様ら! 壁があったくらいでそのまま戻って来おったのか!」
「いいえ! 閣下。その――壁はともかくとして。もっと恐ろしい物がございまして――」
「恐ろしい物?」
「はい。お嬢様は何か特別なスキルをお持ちなのでしょうか? 壁に辿り着く前に巨大な像に行く手を阻まれたのです」
団長はその時のことを思い出したのか唇を噛んで苦悶の表情を浮かべた。
「よく分からぬ。巨大な像とは何だ?」
「はっ。熊や猫といった一見するとぬいぐるみを模したような石像なのですが、一体が二メートルを超えるような大きさでして――」
塀だけでは飽き足らず巨大な石像だと?
開拓もせずに大きな石像を作って遊んでいたのか?
「アレはそんな酔狂な遊びをしておったのか。ぬいぐるみが手に入らぬから土魔法で作ったのか? それにしてもアレはドレスや宝石は欲しがったが、ぬいぐるみを欲したことがあったか……?」
「あの、閣下。ただの石像ではございません。奇怪な魔法を発動する石像でした」
「は? 石像が奇怪な魔法を? そんなことがあるか。土を固めただけの像であろうが」
「ですが、我が騎士団はその石像の攻撃を受けて撤退を余儀なくされました。死者こそ出ませんでしたが、全員が負傷しました。壁に辿りつくことさえできず、お預かりした命令書はお嬢様に渡せませんでした」
「……‼︎ それは真か? たかが子どもが作った像に騎士団がやられただと?!」
「はい。面目ございません」
団長の項垂れた様子から嘘を言っていないことは分かるが。
石像が魔法を使うとはどういうことなのだ。
くそっ。見張り役を一人付けておくべきだった。
だが嫌な予感がする。
アレは魔力だけは多かったからな。
成長すれば更に増大するはずだ。よからぬ方に使えばどうなることか。
「報告を聞けてよかった。アレが国王陛下から下された命令に背き、開拓もせず村の周辺に邪魔な石像を作って遊んでおったとはな。これは罷り間違えば反逆罪に問われかねない程の重大な失態だ。陛下に報告する前に正式に籍を抜いておかねば私にも塁が及ぶ。このことは他言無用だ」
「――かしこまりました」
団長が不服そうなのは騎士としてのプライドのせいか。
だが、まあ。
アレはよく分からぬ魔法かスキルで騎士を攻撃したのだから、それ相応の責任を取らせねばなるまい。




