外伝17‐3話 乱されぬ祈り
リフィアスは立ったまま、右手にロザリオと左手に書物を持っている。
リフィアス「……どうかお声を聞かせて下さい。我らに授けられた光の柱」
ロザリオを胸の前に持ち、祈りを捧げながらずっと何かを言っていた。
神の樹木。ぬくもりをもたらす光珠に我らは思いを捧げます、と言葉は続いていく。
リーヴェはこの内容を知っている。これはセフィラス教の経典に記されているものだ。
自分自身もよく知っている内容に自然と祈りの想いが沸き起こった。静かに心を鎮め、祈りの思いに身を任せる。
脳裏には熟読し、暗記した経典の言葉が浮かぶ。今目の前で発せられている部分だ。
遥か古の神々。天より舞い降りし神。
我らを造り、導き、教えを授けて下さった神よ。
何処かへと行かれてしまわれた御神よ。我らは永劫にお慕いします。
どうか、お守り下さい。どうか、お心に留め下さい。どうか、勇気をお授け下さい。
我らは神の末裔。天の意志により命を託されし子孫。
いつまでもお慕い致します。お戻りになられた時は、どうかお声を聞かせて下さい。
我らに授けられた光の柱。神の樹木。
ぬくもりをもたらす光珠に我らは思いを捧げます。
清き約束は永劫なり。与えられし使命は不滅なり。
祈りし魂に光を与えます。彼の者に朝を。
祈りし魂に闇を与えます。彼の者に夜を。
我らの祈り、輝きをもたらしマナを授け給う。
マナは命の源、失うべからず。我らはマナの為に祈ります。
ああ神よ。我らに祈りし心を授けて下さり感謝致します。
神が我らに託された教え。我らが使命。
祈りを絶やしてはならない。天の御子を支えよ。
慈愛を絶やしてはならない。諍う心を鎮めよ。
信仰を絶やしてはならない。己が使命を忘れるべからず。
清き約束は永劫なり。与えられし使命は不滅なり。
清き約束は永劫なり。与えられし使命は不滅なり。
祈りの時に唱える言葉がすべて言い終わった。
ようやく姿勢を戻し、互いに顔を見合わせた時。ラソンが起きてきてこちらに歩いてくる。
ラソン「へぇ、とっくに終了してる筈の教練を今も続けてるんだ」
リーヴェ「教練って?」
別に祈りを捧げる行為に教練も何もない筈だ。個人の事情って事もある。
けれどラソンはそうは思っていないようだった。その事に疑問を覚えて問い返す。すると彼は「ああそっか」と納得したように口を開く。
ラソン「ムートリーフ王国の騎士には、身につけねばならない教練が幾つか定められてて……」
ひとつひとつ丁寧に説明する。
王国の騎士には必須の教練項目があった。その中に「経典」という科目がある。国家騎士、近衛騎士のどちらでも必要な科目だ。
経典は騎士になってからで、騎士になった者はまず1~2年余り教会や神殿に所属する義務が発生。そこで魔法に関する知識や精神鍛錬を含めた内容を学ぶ。
リフィアス「そうそう。別に魔法が使える訳じゃないんだけど、妖精の力をより引き出すのにも役立つ」
フラル「リフィアス様は私のお祈りにつき合って下さるんです」
リフィアス「つき合うなんてそんな。こっちがお願いしてるんだよ、勉強になるし」
他の世界の経典にも興味があったのだと言う。2人はとても仲睦まじそうだった。
その様子を見てラソンがチラッとリーヴェに視線を向ける。地上人と天空人のカップル。彼らはそうなんだろうか。わからないけど、親密そうなのは確かに感じた。今も2人は楽しそうに会話している。
そこにアルラートまで歩み寄ってきた。皆に挨拶してくる。
アルラート「随分と楽しそうだね」
リフィアス「はい。ああ、コレありがとうございます」
そう言って携帯している荷物の中から一冊の魔導書を取り出して手渡す。
ラソン「あっ、それやっぱりアルラートさんのだったんだ」
リーヴェ「なんで彼がルー兄のを持って……」
リフィアス「昨日の夜借りたんだよ。夜番の合間に読ませて貰ってね」
ラソン「で、オレは交代の時に見たって訳さ」
リーヴェ「へぇ」
参考になったかと尋ねるアルラートに彼は頷く。実物を見聞きできる機会は嬉しいと言って。身近に魔法が使える人がいると勉強が捗るみたいだ。
ついで「また機会があれば読ませて欲しい」と頼んでいた。まだ全部を読んでいないようだ。この言葉に「構わない」と一言返す。
フラル「本当に勉強熱心ですよね」
リフィアス「いいや。地上界にある資料だけではなかなか……君のおかげだよ」
フラル「まあ」
話しながら野営地に戻り、先に朝食の準備をしていたシャムスを手伝う。
その間も騎士についての話をした。さっきの教練の話で興味が湧き聞いてみたいと思ったからだ。
ムートリーフ王国の騎士には、一般人でもなれる国家騎士と貴族だけがなれる近衛騎士がいる。
共通するものも含め、教練は幾つかあるが近衛騎士のほうが科目が多い。要人や国賓を警護する事が多いからだろう。武術や武器知識とは別に礼儀作法と芸術工芸の科目がある。
幼い時からの教育も含め、近衛騎士は何かと期間やお金がかかるから貴族しかなれない。
ラソン「最近になって騎乗鍛錬の項目が増えたんだよな。近衛のほうだけだけど」
シャムス「オーグラシアのほうでも最近導入されたんですよね。軍馬の育成も牧場と連携して始めているとか」
ラソン「ああ、あっちは任意みたいだけどな」
この教練追加は天空界の人々と少なからず交流は生まれたからだ。だけど、まだ始まったばかりで圧倒的に馬が足りない。
だから王国では近衛騎士から導入する方針になった。これにも資金が関わっている。一方でアズガルブ帝国ではそういった議題は出ていない。
話しながら「この話は口外無用」だと釘を刺し合うのを忘れない。
別に調べはついているかもしれないが、だからと言ってベラベラと話していい訳でもないからだ。そこは皆がちゃんとわきまえていた。
リフィアス「いいなぁ。僕もね、少しは乗れるんだよ」
ラソン「えっ、馬に?」
リフィアス「うん。仲間の修行につき合ってね」
ラソン(それってアルマさんの事か)
朝から楽し気な会話が繰り広げられる。そうやって準備を整えた一行は歩き出す。
引き続き森の中を進み、目的の山はもう目前。いよいよ新種の魔物が多数確認されている地へ足を踏み入れる。この先にどんな敵が待ち構えているのか。
リーヴェ達は緊張感をもち、慎重に足をし済めていく。
山に入ってから不審な気配を感じていた。まだ魔物に一度も遭遇してない。
それがまた不気味で仕方なかった。新種の魔物がいると聞いていたが、いったいどんな奴だろうか。そんな不安が拭えないまま歩いていくと前方で何か動いた。
警戒を強め身構える。ゴツゴツとした岩の多い山中の僅かな緑。その茂みから複数の影が飛び出す。
魔物「――――ッ」
リーヴェ「魔物っ。しかしこれは!?」
ラソン「なんか知ってる奴に似てるな。親戚か?」
現れた魔物は未知の魔物そっくりだった。
その身を取り巻くバリアが一瞬光って存在を主張してくる。
リフィアス「やはり此処にもいたか」
リーヴェ「まさかこの時代にもっ」
アルラート「皆、来るよ」
堕天の使者「ファウダーピクシー」×4と「ファウダーイビル」×3が出現。
名前の通り、妖精に似た奴と悪魔っぽい見た目の邪悪な化身だ。神々しさと禍々しい気配を放っている。身体も小人サイズだった。
意地の悪そうな目つきでこちらを睨みつけてくる魔物。外見だけは可愛い系なので強そうには見えないのだが侮ってはならない。
リフィアス「可愛い見た目してるけど気をつけて。こいつらの魔法は強力で厄介だよ」
フラル「それに攻撃を無力化させる結界を張ってます」
リーヴェ「大丈夫。任せろ」
ラソン「バリアの破壊は頼むぜ」
この魔物相手では、さすがのフラルも攻撃に参加すると言った。
もとから攻撃する事が苦手な彼女。でも、今回の相手は魔物だ。容赦する必要はない。心の内で「神樹の導きよ。水の印とともに力をお貸しください」と祈りを捧げる。
そして、全身全霊を込めて言霊を紡ぐ。
フラル「‐聖なる氷の裁き、悪しき者の意思を挫け‐ アイスダスト!」
魔物「――ッ」
敵単体を輝く氷の粒で包み込む。攻撃と同時に聖なる力が敵の強化を取り除く。今回はあまり後者の効果は意味がなかったが、戦況によっては大きな助けとなるだろう。
そして、特定の条件を満たているので聖なるバリアまでもを破壊した。この力を発揮するために必要な水の印と神託のロザリオをちゃんと身に着けている。
ラソン「そこだっ」
リフィアス「はあっ」
バリアを失い、態勢を崩した敵に2人の攻撃が炸裂。
上手くタイミングが嚙み合って1体目を倒す。続いて2人は分散し、それぞれ残りの敵に向かう。そこへアルラートの魔法とシャムスの支援が入った。
敵も魔法で応戦してくる。中でも妖精は複数の状態異常やデバフを行使してきた。前衛の2人が集中攻撃を受けてしまう。
リーヴェ「不味い、回復しないと。しかし……」
状態異常だけでなく、傷の治療もしたほうがいい。
仲間の状態を確認して唇を噛んだ。詠唱が発生するため1人では無理だ。なんとか分担しないと。
フラル「私が解毒と弱体化を治します!」
リーヴェ「わかった。頼む」
2人はほぼ同時に詠唱体勢に入った。
その様子を認め、仲間達も援護するように動く。今回はリーヴェ側の時間がかかる。敵も素早いから互いの位置関係を注意しないといけないか。
フラル「‐浄化と調和の加護よ、狂いし流れを整える癒しとならん‐」
リーヴェ「‐天恵の光よ。我に宿り……」
フラル「アコーピュリケ。まだ、もう一度……くっ」
リフィアス「こいつ!!」
魔物「キキッ!?」
いち早く魔法を発動させたフラルが次に移った。
今使っているのは1人の状態異常とデバフを解除できる。呪いも解除できる優れものだ。
しかし、壁役をすり抜けてきた1体が彼女を攻撃。一瞬痛みで顔が歪んだがなんとか堪える。並々ならぬ精神力と集中力だ。神官としてのプライドが治癒魔法への妨害を跳ねのけた。
さすがに何度も食らったら一溜まりもないが、一度や二度の攻撃で詠唱が乱れる事はない。
アルラート(頼もしいレディだ)
自分も負けてられないと上空から魔法を放つ。
そこにシャムスが敵を放り込んで複数体をまとめて撃破した。別方面でもリフィアスが1体仕留める。残りは3体だ。
リーヴェ「リザレイクション! よし、攻撃に移る」
ラソン「こっち手伝ってくれ」
リーヴェ「わかった」
残りの敵を引きつけていたラソンのもとに仲間の加勢が向かう。
そうしてこの戦いは間もなく決着した。当然だがこちらの勝利である。
安全を確認して武器を収め、互いに顔を合わせて微笑む。皆無事だという事に安堵した。
リフィアス「君達のおかげで助かったよ。ありがとう」
リーヴェ「いいや。まだ礼を言うのは早いだろ」
ラソン「そうだぜ。協力するって言ったのはこっちなんだし」
アルラート「あの手の敵なら私達も慣れてます。力になれて嬉しい限りだよ」
フラル「…………」
互いに賞賛し合う。本当に頼もしいなと思える。
そんな中でただ1人、フラルだけが複雑な表情を浮かべていた。




