エピローグ【蛇足的結末は魔王の望みである】
暗黒物質は神殿長に語る。
『女神は聖女を孤独にする事を望まず』
カンナとリンカが召喚されたのは、聖女を必要としない世界だった。
誰も聖女を必要もしなければ呼ぶ筈もないこの世界で、彼女達を召喚する存在があるとしたら……。
神殿長を始めとした神殿は沈黙する。
女神達の手により元の世界から救済された聖人、聖女達は等しく神々の愛し子であった。
そしてまた、転生者も。
あの騒動の半年後、聖女様と第四王子殿下の結婚式は予定通り行われました。
私とシルヴィスは聖女様の友人枠での参加となり、他の参加者のご厚意もあって前列に座らせて頂きました。
ただし、周囲は全て格上過ぎる身分の方々という縛り付きです。
天上に住まう令嬢とご家族の方々は相変わらずお優しくも、他の国の賓客の方々の席もほど近く、かつてない緊張感で式の最中に何度か目を回しかけながら、私は何度も「今日が最後」と心の中で何度も繰り返しました。
「これまでの人生は終わり、これからは新しい人生を歩んで生きなさい」
闇など一切隠しきった神殿長の言葉で、半年前の騒動が嘘のように何事も起きる事なく、結婚式は無事に終了しました。
とても幸せそうな聖女様と第四王子殿下の姿に、私達は惜しみない拍手を送りました。
他の王子殿下の結婚式も知っているシルヴィスが言うには、今回は王族の結婚式としてはパレードも夜会の予定もなく、かなり小規模なものだそうです。少なからず第四王子殿下の母親の立場が影響している事は想像に難くありません。
「国王様達や配偶者にも愛されて、第四王子殿下が幸せな結婚をした事を見せつければ宜しいのに」
夫の愛を独り占めしたいあまりに子供を愛せなかった元側妃様には、あの夫婦の幸せな姿などこれ以上ない復讐になったでしょうに、とても残念な事です。
式の終了後、アステリア伯爵家へ私を送る馬車の中でシルヴィスが、
「パレードの中止については仕方ない事だ。第4王子殿下の母君の事もあるが、殿下の美貌で平民に失神者が続出するのを懸念されたらしい」
「そっちの理由だったの……」
それはそれで息子よりも美貌で劣っている結果を見せつけられたのに、かなり残念な事です。
「聖女様と第四王子殿下は仲が良いだけじゃなく、心から信頼し合っているようで良かったわ。けど……あの二人、そこはかとなく生活不能者の空気があるのよね。大丈夫かしら?」
第四王子殿下は当然として、私が聖女様達と仲良くさせて頂いて見えてきたのは、リンカ様の方が聖女様より遙かにしっかりしていると言う事実です。誰も彼もがないものばかり見ていて、大事な事には気付かない。
「王城や神殿からも人はつけるし、最悪の事態にはならないと思うが、神殿長は君に適度に見に行って欲しいと仰っていたな」
「心配だから数日に一度は見に行くケースじゃない……」
あの騒動以降、リンカ様と聖女様は良い意味で距離を置かれました。
それぞれが違う人生を歩んでいく自覚を持ったからだそうで、リンカ様は姉と自分を比べるのを止めたと、すっきりした顔で言っておられました。その隣にいるのは光の殿下で。
「……リンカ様も出席されれば良かったのだが」
「これがリンカ様の幸せなのでしょう。何をしてもどう過ごしていても姉と比べる人が溢れている王都なんて、一刻も早く離れるのが一番の正解でしょう」
どうせ自分も結婚を強要される事になるからと、リンカ様はカンナの結婚式を待たずして、地方の神殿を回る長い長い旅に向かわれました。王都に戻ってくるのは何年後、或いは数十年後でしょうか。
前世の世界の女性にとって、この世界の旅は非常に過酷なものです。それでも漫然と聖女の妹として暮らすより、自分が出来る事をしたいと、志を同じくする神官達と共にリンカ様は旅立っていきました。
王族の身分を捨て去った光の殿下(他に呼びようがない)と、坊ちゃん神官達も、リンカ様と共に。
「次に会えるのは、フロスティアとシルヴィスの間に生まれた子供が大きくなった頃かもしれないね」
そう言い残して旅立っていったリンカ様は、恋仲になった光の殿下とは結婚しないと仰っていました。
……正直、元王太子妃が太鼓判を押す程に光の殿下の中身は別人ですからね。
あれで良いのかどうか悩みましたが、まあ……相談の結果、元に戻す方法がないという事で……。
「フロスティア」
「ん? どうしたの?」
私ももうすぐシルヴィスと結婚します
疎遠すぎたソリウスとの婚約が解消された後、一生結婚しないと思っていたのですから、現状にはたまに不思議な気分になります。
今世は勿論前世でも……。
うーん、やっぱり思い出せませんが、いなかったような? いや、でも、あの日、私は約束があって……。
考え事に没頭する前にシルヴィスの手が私の手に重ねられました。
「私達ももうすぐ結婚式だ。先程の聖女様達のような、親しい人に祝福される結婚式になると良いな」
「……ええ! 補習に追われているエウリシアも参加出来ると良いわね」
「卒業出来るのか? 先日、向こうの神殿付きの聖騎士達を吹っ飛ばしたと来ているが」
「知らなかったわ……。そんな事してたら無理じゃないかしら」
シルヴィスとの結婚式のサプライズの話し合いに夢中になった私は、隣を過ぎていく馬車があった事に気付きませんでした。
この馬車が通る時間を知っていたシルヴィスが私の注意を逸らした事も、当然の如く知りませんでした。
全ては予定通り。
フロスティア達が乗る馬車の横を通り過ぎた騎士団の頑丈なだけの馬車には、問題を起こして懲罰対象となった騎士達が詰め込まれていた。
全てから見放されたソリウスは、馬車の中でじっと膝を抱えて俯くだけだった。
他の誰もソリウスには声をかけなかった。
婚約に関するソリウスの一連の行為は、辺境に向かう騎士達の間では周知の事実となっていた。普段は懲罰を受けた若手に失敗など誰にでもあると慰める馬車の外の騎士達も、ソリウスの非常識さにはいっそ嫌悪感を持ち、目を合わせる事さえ避けていた。
「勝手に私と婚約したフロスティアが悪かったのに……」
相変わらずソリウスは何が悪かったのか分かっていなかった。それどころか、自分が悪くなかったように話を変えていた。
ソリウスの話をまともに聞く人など最早いないのだが。
この後も誰かを責めるだけで学ぼうとする事もなかったソリウスは、辺境地でも亡くなるまでずっと人から避け続けられる事になる。
辺境に向かう馬車を見送る者はいなかった。
家族であったソリウスの兄の一家は最後まで反省する様子もなかったソリウスを疎み、馬車の時間を確認する事はなかった。婚約を決めた元コルデーン伯爵と元アステリア伯爵も、辺境に左遷と聞いて以降はソリウスの名前も出さなくなった。
かつて婚約者だったフロスティアはソリウスとすれ違った事さえ気付かず、二度と会う事はなかった。
女神の愛し子と結ばれるチャンスが二度もあった希有な男だったのに、楽と無知を選んだソリウスは誰からの庇護も加護も失って、辺境の記録に一行だけ残される実に地味な末路を迎える事になる。
蛇足を好む暗黒物質は、更に語る。
神殿の何処とは言えない場所で、神殿長はその話に耳を傾けている。
『女神は補助の力を持ちし者、その安寧破る事を望まず』
聖女達の力の源が、本来異世界にあるべきものを引き込んだ『ズレ』だとは誰も知らない。
ラーデン国の悲劇すらその『ズレ』が修復出来なくなった結果である事も、無論誰にも教えられていない。
それらの『ズレ』を修復する力を授けられた者がいる事は、地上では神殿長と暗黒物質しか知らない。
「今日はカンナもフロスティアも楽しそうだったな」
『リンカもいつか』
女神達に救済された者達は、この世界で前の世界とは全く違う人生を歩みながら、前世の傷をゆっくりと癒やす。
まあ、傷付いた魂を癒やせば上の神々への心証が上がるというだけの理由にしても、それでこの世界の誰かが損をしているという話でもなく、女神達の過分な寵も誰の得にもなっていない。
「満足か、『絶望』?」
暗黒物質は答えず、闇の中に溶けて消えて行った。
前世のフロスティアに何があったのか神殿長は知る由もない。ただ、女神が転生時に分離させた前世のフロスティアの絶望はここで完全に消えた事だけが分かった。
いつものように残りの闇を食べて消そうとしていた神殿長は、静かに空になった容器を見て微笑んだ。
「幸せに」
この世界の魔王は神々と戦わない。
かつて辛い目に会って闇に落ちて同類となった者達は、この世界で楽しく暮らせば良い。
暗黒を飲み続ける神殿長はわざわざ魔王を名乗る事はなく、これからも聖女達と転生者を見守り続ける。
この物語はこれにて完結です。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。




