闘気
レオンが訓練を始めて半月ほどが経った頃。ヴィクトルとレオンは訓練場で手を繋いでいた。
「なんかあれだな。早く終わらせるぞ」
「……はい」
誰かに見られているわけでもないのに、妙にむず痒い感覚に襲われている。ヴィクトルに言われるがままに手をつないだが、さっさと終わらせようと頷いた。
「まずは感じる所からだ。流すぞ」
「はい」
今日の訓練は闘気――戦う上で必須らしい力を使えるようになることだ。闘気は魔法と違って誰でも使えるらしく、聞いた時は一安心だった。
「どうだ?」
「あ、来ました。なんだかポカポカしますね」
「そうか?」
ヴィクトルは首をかしげているが、腕から流れてくる熱は、確実に体を流れている。腕から足へ、胴体を循環しながら頭へ。そしてまた腕に。
体中を駆け巡る闘気を感じることができた。
「よし、離すぞ」
「あれ? まだ体にありますけど」
「それはお前のだよ。一回誰かの闘気が流れると自分の闘気を感じるようになるんだ」
「へぇ」
レオンは頷きながら、目を閉じる。
体に意識を集中すれば、心臓あたりに闘気が集まっているのが分かる。それを徐々に体中に廻していけば、体がポカポカした。
「まず闘気を体中に廻せるようになるまでが第一段階だ。個人差はあるが、大体二、三日で――」
「できました」
「え、まじで? ちょ、確認させろ」
手を差し出して、こちらも手を出すよう促すヴィクトル。再び手を繋ぐと――
「まじかよ。できてる」
驚いた表情でこちらを見てきた。
その表情を見れたのが少しだけ嬉しかった。
ヴィクトルはぎりぎり聞き取れるような声で「負けた」と呟きながら、レオンをジト目で見る。
「次だ次。次はそう簡単にはいかねぇぞ」
「次はどうすればいいんですか?」
「ちょっと待ってろ」
ヴィクトルは倉庫の方に走っていった。
「え?」
ヴィクトルが持ってきたのは、見るからに重そうな木の……武器だろうか。棒の先端には槍の穂先があって、その途中に大きな斧頭がある。長さもレオンの身長の倍ほどはある代物だ。
……なんでこんなの置いてあるんだ。誰かが使うわけでもないだろうに。
レオンの脳内の声など知る由もないヴィクトルは、意気揚々と説明を始めた。
「第二段階は闘気をもっと増やすことだ。今はまだ巡らせているだけで、体の強化には程遠い。だから流れる闘気の量を増やして、より密度の高い流れを作り出していくわけだ」
そう言って、ヴィクトルは明らかに体格に合ってない大きな木の武器を片手で上下に動かしている。
「これを振れるようになったら合格だ。置いとくから、できたら言いに来い」
ヴィクトルはにやりと笑ってその場に武器を置くと、訓練場を後にした。
「これ、どうしよう」
大きな置物を前に、レオンは頭を掻いた。レオンの村の半分くらいの広さがある訓練場とはいえ、この長さの置物は普通に邪魔だ。
まさか、それを見越しておいていったのではなかろうか。
「まさかね」
ヴィクトルと暮らしてきて、子供っぽい所はいっぱい見た。でも、まさか――
ヴィクトルのカッコよさが色あせることなく脳に残るレオンは、首を振って否定する。
「――よし」
両手で頬を叩いて、気合を入れなおす。
やればいいのだ。
「ふん――あれ?」
闘気は胸の内側から出てきている。ならば、もっと鼓動を速めればいいのではないかと思い、走ってからやってみたが失敗した。
「ふん!――」
次は息を止めてみた。
微妙に増えたかな?……気のせいな気がする。
結局その日はできず、武器を運ぶのは周りの人に手伝ってもらった。
――次の日。
レオンはヴィクトルと訓練場で向かい合っていた。
「そんな簡単にできるようになるわけないだろ」
「そうですか……」
木の武器――ポールアックスというらしいを振るどころか、持ち上げることもできていない。昨日ついた自信は木っ端に砕け散っていた。
レオンが目を伏せているとヴィクトルはため息をつきながら「あのなぁ」と言い、
「普通闘気を体に巡らせるのだって二、三日かかるのに、その次のやつが早々にできるわけねぇだろ」
「確かに……何かコツとかないんですか?」
「ん? ああ……気合?」
腕を組んで斜め上の方を見るヴィクトルに、レオンは目を細めた。それを見たヴィクトルは手を振りながら――
「違うぞ? 別に俺より早いからとかじゃないぞ? 俺は気合でやったし、他の奴らも気合っていうからな? 多分……」
目をそらしながら言うヴィクトルに、レオンは更に目を細めたが、一旦は信じることにした。
だが、信じるとするならレオンは気合が足りないことになる。そもそも、気合とは何なのだろうか。やる気なら満ち溢れているのに――
「闘気ってのはな、そもそもがよく分かってねぇんだ。人によっちゃあ感じることすらできないやつもいるし、昨日みたいにわざわざ他の奴の手を借りずとも、感じることができるやつもいる」
「じゃあ、俺がどうしたらできるようになるのかも分からないってことですか?」
「まあそうだな。人によりけりなんだよ」
レオンの思考を打ち消すように放たれた言葉は、結局のところ自分次第だということだった。
そういうことなら、ヴィクトルが言い淀むのは理解できた。
「じゃあ俺の感覚を聞いてもらってもいいですか?」
レオンの中で一区切りつけたところで、ヴィクトルに昨日のことを話した。
自分よりも多くを知っているであろうヴィクトルは頭を掻きながら、
「ああ、そういうのは関係ねぇよ。もっと感覚的なもんのはずだ。まあ、聞いたことないだけで、そういうのもあるかもしれないけどな」
「そうですか……」
どうやら走るだの、息を止めるだのは誰からも聞いたことがないらしい。闘気の特性ゆえに可能性がないわけではないのだろうが、昨日の感覚からして違うのだと思う。
ではどうするのがいいのだろうか。
あやふやすぎて、鍛えようにもやり方が思いつかない。
「ヴィクトルさんはどうやってるんですか」
「俺は普通に増やそうと思ったら増やせた」
「ああ……」
「なんだその顔は。まあ、そのうちできるようになるだろ」
励ましてくれるヴィクトルの気持ちは嬉しい。だが、それではだめだ。
早くもっと強くならないと、いつその時が来るか分からないのだ。もしかすれば、明日には来るかもしれないのだから。
「満足できないって顔だな」
「え、そんなことないですよ」
「それならいいけどな。まあ、最初のができたなら何もできないわけじゃねぇんだ。ちょっと手を貸せ」
「? はい」
「じゃあ、やってみ」
言われるがままに昨日教わった時のように、闘気を体に巡らせた。
「まだまだだな、これじゃ遅すぎる。よし、一旦俺のを見てろ」
「――早っ」
思わず口から零れるほどに、流れは速かった。それに、流れてくる量も桁違いだ。
自分の闘気の流れを普通の川の流れとするなら、ヴィクトルのは大雨が降った後で氾濫している川くらいの差がある。
「どうだ、すごいだろ」
「すごいです」
「ふふん」
胸を張るヴィクトルに、レオンはふと疑問が湧いた。
「そういえば段階に分けてましたけど、どこまであるんですか?」
「ああ、この次で最後だ。ついでに見せるか」
ヴィクトルはそう言うと、レオンの手を放して距離をとった。
「先に言っとくが、これができるやつはこの国でも一握りしかいねぇから、できなくてもめそめそすんなよ」
「めそめそなんて――」
言いかけた言葉が、目の前の光景に気を取られて出てこなかった。
ヴィクトルがその場で飛び上がる。普通じゃまず届かない高さまで飛んで――そのまま宙にとどまった。
レオンは信じられない光景に口を開け固まる。ヴィクトルはしてやったりと得意げな顔で、空中を階段を降りるようにして地面に立つと、
「これが最終段階。纏いだ」




