第二部 第一章 揺らぐ街道
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第二部第二十六章執筆中。
歩きながら水袋の水を飲んでいたリオンは、急な揺れで水を零してしまった。
立っていられない強い揺れに、三人はその場にしゃがみ込む。
強い揺れはしばらく続いた。
揺れが収まり、リオンは後ろを振り返った。
コリトナーの町影はもう見えない。
「みんな大丈夫かな?」
「うーん。神殿がだいぶ心配だけど、そのために資材を取りに行くんだしね」
同行している商人が感想を述べた。
「あー、冷たい」
服を濡らしたリオンを見て、ふたりは笑った。
見晴らしのいい街道、視界内には他にも旅人の姿が見える。
先程の揺れで足を止めるも、また何事もなかったように皆歩き出している。
三人だけが足を止めていた。
「リオン、水は足りそうか?」
ガレスがリオンの水袋を心配して声をかける。
「こういうこともあるからか、『火と水は覚えとくと便利だ』とは言われるんだけど、どうにも相性が合わなくて」
「ラロクス殿は魔術は全くなので?」
「使えたら格好いいなと思って、猛練習したことがあったんですよ。魔力は人並みなんで、少しは期待してね」
商人ラロクスは、少し恥ずかしそうに答えた。
「ガレス殿は使えるんで?」
ガレスが珍しくばつが悪そうな顔をした。
「運がよければ発動するくらいになら」
「え、そうなの?」
リオンが驚いた声を上げた。
「俺の魔術の腕は当てにするな。本当に切羽詰まった時しか試さんからな」
初めて知った事実に、リオンはもっと質問したかった。しかし、ラロクスがいるのでぐっと我慢する。
「傭兵や頻繁に移動する商人なんかは、使える人もいるんだよね。私はこんな近距離しか移動しないから、使えなくても困らないけど。うちの商会じゃ、使える人はほんの数人かな。それも、飲み水を出すくらいだけど」
リオンはガレスの様子を窺った。ラロクスに聞いてみてもいいのかどうか、判断がつかない。
「商人だと、神殿に寄進して教えを乞うのが多数だと耳にしている。傭兵だと、付いた師匠がよければ、無償で教えてもらえるがな」
リオンの様子を察して、ガレスが教えてくれた。
「えーと、それって、ガレスは教えたことがないってこと?」
「…俺は教えられるほど使えない。行こうか」
ガレスに促されて、三人は再び歩み始めた。
陽が傾きだした頃、隣町に到着した。
「片道の契約だから、うちの商会で残金はお支払いしますね」
ラロクスの言葉にガレスは頷く。
「何回来ても、どの倉庫なのか見分けがつかん。付いていくので、案内をお願いする」
ガレスの言葉通り、道の右にも左にも大きな倉庫が立ち並んでいる。
「まー、ここはコリトナーに店を構える商会の資材置き場だからね。増築した倉庫なんかは離れた場所に建ってることはよくあるし、私たちでもすべては把握してないですよ」
作業小屋と倉庫が何棟も立ち並ぶ一角に、広い家が建っていた。
ラロクスに続いてガレスとリオンも中に入る。
中に入ると小さな机が二つと受付台があった。
ラロクスは受付の店員と少しやり取りして、布袋と書類を二枚持って戻ってきた。傍の机を手で示し、ガレスとリオンに座るように促す。
「お代と契約完了書です。それとうちの保管用の書類。確認とサインをおねがいしますね」
ガレスは、机の上に硬貨を出して確認すると、懐から書類を一枚出して机に並べる。
「こっちにもサインを頼む」
リオンは、ガレスが取り出した書類を覗き見た。「契約完了書」と書かれている。
ラロクスとガレスがそれぞれの書類にサインしたのを確認して、リオンは口を開いた。
「なんで同じ書類が二枚あるの?」
「依頼人と請負人それぞれで証明するんだ。依頼人用と請負人用があるから、同じ書類が二枚あるように見える」
ガレスはそう言って、書類の左下を指さした。
そこには朱書きで「請負人用」と書かれていた。
「なるほど」
リオンとガレスのやり取りを見ていたラロクスが感心したように声を出した。
「ラーソン村は識字率が高いと聞いていたけど、本当なんだね」
「剣術指導は俺が請け負っているが、読み書きを教えてくれる人もいるからな」
ガレスがさらりと応じた。
リオンは、母ニーナに教わっている。興味のある子なら、他の子どもたちにも教えていた。
「ラーソン村って変わってるの?」
「ははは。出身地によって特徴はあるよ。うちじゃ文字がわからなくても数字がわかればいいから。材木の寸法指示がわからないと困るだろう?」
「あれ?ここは木だけど、ラーソン村は石に変わっただけだよね。数字だけで足りそうな気がする」
ラロクスの言葉に、リオンは感じたことを口にした。
「頭のいい子だな。うちに欲しいよ」
関心したようにラロクスはさらに何かを言おうとしたが、ガレスが制した。
「俺の弟子なんで。本人の意志だ」
リオンは二人を交互に見て、ゆっくりと答えた。
「すみません、おれ、商人は考えてなくて」
縮こまって謝罪するリオンを見て、ラロクスは笑った。
「ははは。本当に残念だな。若くて有能な人材は、喉から手が出るほど欲しいんだけどな」
そこに、奥から店員が出てきて、ラロクスに何事か話している。
リオンはガレスにそっと耳打ちした。
「村の外は知らないことだらけだよ。おれが変な事言いそうになったら止めてね」
「勿論だ。だが、疑問に思うのは大切だからな。気になることは聞いていいぞ」
視線の先で、ラロクスの会話は終わったらしい。
「ガレス殿、こちらは作業に中二日ほどかかりそうです。復路の依頼も出しますけど、いかがされますか?」
「すまないが、帰りは人数が増えるだろう。コリトナーの様子も気にかかるし、先に戻ろうと思う」
「わかりました。またご縁があったらよろしくお願いしますね」
ガレスが席を立ったので、リオンも立ち上がった。
机の上を片付けると、ガレスは「ではまた」と一言残して、リオンを伴って店を出た。
ガレスは一旦町の入り口まで戻ると、迷いなく歩き出した。
どこを歩いても水の流れる音がする。
何度も橋を渡った。
「ねえガレス、この町、川が多いの?」
「水路だ。荷を運ぶのに使われている」
「ふうん。ラーソン村の近くの川と繋がってるのかな」
「いや、残念ながら、海まで出ないと繋がらん。この水路は、キルドス王国とアルスター王国を繋ぐ川からコナフト王国に向けて分岐してる」
ガレスの説明を聞いても、リオンの頭の中はぐちゃぐちゃだ。
水路と川の違いもわからない。
「そういうの『地図』に書かれてる?」
ガレスは肯定する。
「神殿か役所、傭兵宿にはあるな。もっとも、百年前の大災害で地形が変わったとかで、正確性は疑わしいが。今の水路は、大災害後に整備したと聞いている」
話しているうちに、傭兵宿に到着した。
ガレスは受付で一泊する手続きをすませた。
そのまま二人、宿で食事をとることにする。
ガレスが壁の一角を指さした。
「リオン、あの壁の端に貼られているのが地図だ」
リオンは首を巡らせ、指さされた方を確認する。
「見てきていい?」
「ああ」
席に着こうとしていたガレスも、リオンについて地図の前まで来た。
なんだかわからない、ぐにゃぐにゃとした線で図が描かれている。幾つか小さな丸も書かれている。
「ここが中央神殿のあるノル。」
ガレスが地図の真ん中の丸を指でつついた。
「…本当に中央にあるんだね」
「そうだ。この丸は大神殿を表している。」
ノルからは三本の線が延びている。
リオンは、『ノル』から延びる線のうち、上に向かっているものを辿った。すぐに『ソラフ』と書かれた丸にぶつかる。
「その線は川だ。ソラフはキルドス王国の首都で、フェム神殿がある」
ガレスの指が、線のないところを通って、更に上の丸で止まった。『ロンデス』と書かれている。
「ここがコナフト王国の首都ロンデス。トヴォ神殿がある」
リオンは教えられた三つの丸を何度も確認する。
「ノルとソラフは近いんだね。他の丸はずっと離れてるのに」
「そうだな。何故なのか、ここは近い。そして、ソラフから延びるこの線の支流がここの水路と繋がっている」
町までは書かれていないので、どの辺りなのかさっぱりわからない。
だが、それよりもリオンは気になることを質問した。
「ねえガレス、『海』ってどこ?」
ガレスは、指で太い線で書かれた大きな形をなぞった。
「これが『大陸』。この外側が『海』だ」
リオンの思考が追いつかない。
陸地はこんなにも広いのに、海はその外側に大きく広がっているという。
「この四角い紙に収まってるってこと?端はどうなってるの?」
「そこまでは誰も知らん」
リオンは急に足元から震えが込み上げてきた。
こんなに大きな地面が揺れるのは、おかしい。
どんな理屈で揺れているのかはわからない。
それでも、簡単に揺れていいものではないと感じる。
こんなに頻繁に揺れるなんて、この世界がどうかしているのではないか、と疑ってしまった。
地図を睨みつけて固まったリオンにガレスは声をかける。
「リオン、夕食にしよう」
だが、リオンは足の震えが治まらず、しばらく立ち尽くしていた。




