三話:虚無の音
「あれ?お前学校どうした?」
朝食の支度をしていると後から声を掛けられる。全く、気配を消すのが上手いやつである。
その主に対して俺は言う。
「開校記念日ってやつだよ。学年だよりくらいちゃんと見てくれ。琉鈴さん」
この人の名前は大塚 琉鈴。事務職をしている。
色々と縁があり、今は家賃等を肩代りしてもらったりしてくれている。
「今日は休みなのか、ところで料理してくれてるとこ何だが、お前の階から音がするんだが」
「さぁなクソデカいネズミでもいんじゃねーか?」
そう言うと壁に顔面をぶつけながら何かが階段から降りてくる。
「おい、こいつ誰だ。お前…まさか──」
琉鈴はドン引きした顔でその答えに辿り着いた。
「誘拐…したのか…下心で」
「下心じゃねーよ!!」
とはいえ、まあ半分合ってたりはするのだが。
「合ってるってことはやっぱ下心か」
「下心じゃねェっつってんだろうが!!人の心読むなァ!!」
「うぇ〜おはよーハルぅー」
そう言い寝ぼけた櫻が琉鈴にそう言う。
「四十センチ差あるだろうが!お前はどこをどう見てそいつを余空 遥だと思ったんだよ!早く顔洗ってこい!」
せっかくの休みであるのに既に学校にいた時よりも疲弊してしまった。
櫻は洗面所に向かい、そして最中のドアに顔面を思いっ切りぶつけるのであった。
_______________
ギリギリちゃぶ台に三人分の朝食を置けた。櫻の「いただきまーーす!!」に合わせて俺と琉鈴も敬意を払い、挨拶する。
「そういえばこの家はテレビなかったんだったな。買ってやろうか?」
「いつもは大人扱いだってのに、どんな冗談だ?うちにはカラーテレビを買うお金も、あんたにこれ以上恩を売ることもしやしねーよ。…そういやお前ら自己紹介したか?」
「おっと、そうだな。今しないとタイミングを忘れてしまう。私は大塚 琉鈴だ。主に事務職をしている。基本的には遥とは別居だな。よろしくな」
「え!ハルとは違うおうちに住んでるの!?」
「あぁそうだな。まあコイツは『あの人』に育てられたから、色々普通を逸脱してるんだよ」
「その人って……」
「さて、次はお前の番だぞ」
「え、えーと……わ、私の名前はさ、櫻って言います!!!」
「すげぇ大声だな。こいつの場合そこまで畏まらなくてもいいぞ。こいつ、こう見えてクッソ適当で服のセンス全くねーから」
そう言うと足で蹴られてしまった。飯の最中だと言うのに礼儀のない奴である。
「さて、本題なんだが…」
「え、は、はい…」
櫻は少し肩を強張らせた。
「あいつに襲われたりとかしなかったか?勿論性的な意味で」
「せいてき?」
「だから下心も何もねぇって言ってんだろ。しつこいすぎてそろそろ俺も慣れてきたぞ」
「いやなぁ、あいつああ見えても精神的にはそこら辺の大人と大して変わらないんだぞ。あいつがロリコンだって説もあるだろ」
「ねぇよ!!」
「えっとね…何が言いたいのかは分からないんだけど…まず、会ったとき運ばれた後に激しい動きされて…」
「サクラさん?」
「それから…泊まる場所無いって言ったら俺んち来いって言われて…楽しいこと色々してやるって言ってくれたの!」
「サクラさん?」
史実、史実なんだけど!こう言われると性加害目的の誘拐犯にしか見えない。
「おい、性加害者。まず、箸を止めろ」
「うん、性加害者辞めて?結構ライン超えの悪口だから。後、お前は何でそんなピンポイントに危ない表現ばっか出てくんだよ。恋愛漫画で良く起こるそれじゃねーか」
「それで今の話は本当なのか?」
「アンタが考えることとは全く別だが…一応事実だ」
「──お前…私が思っている以上のことを……」
「くたばれ」
──数十分後
「んで、こっちの本題なんだが。サクラ、お前の施設の件はどうするつもりだ?」
「────」
「今すぐ考える議題じゃないのは分かってる。だが、俺は今日までここに泊めてやるとお前に言った。お前が帰りたくないってんならもう少し泊めてやっても──」
「戻る」
櫻は即答する。ハルは一瞬戸惑ったが、即座に元に戻った。
「やっぱり私のわがままで迷惑かけたくないもん」
「そうか、それじゃあ遅くなんのもあれだし早めに出るか。水とか飲んどけよー」
櫻は「うん!ハルもねー」と言いハルの部屋へと階段を登っていった。その後ろ姿が少し震えていたことにハルは気づくことはなかった。
「あいつ結構元気だったな、何か悲しくなるんだが」
「鈍感な奴だな。嫉妬してんのか?」
「してねぇーよ。──そういや琉鈴さんは今日仕事だったりすんのか?」
「あぁ仕事だな。それにしても珍しいなお前が私に仕事あるか聞いてくるとは珍しいな」
そうか?と思いつつハルは支度を進めた。
_______________
「なあ。サクラ」
施設へと向かっている最中、ハルは口を開いた。
「お前は結局なにを思って抜けてきたんだ?」
「─なにって?」
「んー、俺は昨日お前の施設での出来事を少ないながらも聞いた。自身と境遇の似ている友や先生、皆から慕われている園長。それらをほったらかしてお前が外に出る理由は──」
「ハル!ここが施設だよ!それじゃあさっき話した通りでいこ!!」
早口で遮られてしまった。まあこれは俺が知りたかったことだから遮ったってことは伝えにくい理由なのだろう。そう思いハルは全貌を見ていく。
見た目は幼稚園にかなり近しい…いや、当たり前か。遊具も整っており、ブランコやすべり台等のもある。
名前は、
「豊穣母児園…」
「行こ!ハル!」
という訳で櫻に袖を引っ張られ連れて行かれるハルであった。
「ようこそ〜。どのようなご要件で──って櫻ちゃん!!」
その少女を見るなりその女性は走って思いっ切り抱き締めた。
その大きい声から何事かと他の職員の方たちもやってくる。そして一人の人物がハルを見て驚愕する。
「貴方は!!川沿いのところであった男の子!」
「あいあい、俺の名前は──」
いや、本名は後々問題が起きた時に困るか…そう思いハルは、
「──大塚 季節って言います」
一旦偽名を使うことにした。嘘をつくのは慣れている。とりあえずこれで──
「ちがうよ!!あの人の名前はヨゾラ ハ──」
「あぁー!兄さんのことですね!!一緒に見つけたので!!最近婿入りしたんですよ!名前はヨゾラ ハダルって言うんですけど──」
[あっっぶねぇー!!]
ハルは心中でそう叫ぶ。
あいつの単純さもここまで来るとただの足枷だなとそう思うハルであった。
とりあえず施設内を見学させてもらうことになった。まあこれが狙いだった訳だが。
理由は単純明快!施設とはどんなとこなのか一度見てみたかったからだ。機会なんて多分これっきりだろうからな。
そんな事を考えながらハルは『みんなのけいじばん!』と書かれた氏名掲示板を見つめる。
[──櫻ってこんなムズい漢字だったんだな…]
その様に呆気に取られていると、
「おいおい!外でサッカーしようぜえ!」
「えーードッチボールが良いんだけど……」
「やーだねえー!今日はサッカーだあーー!」
そう言い、その少年はハルの後ろを走り去る。
[……やっぱ俺と同い年くらいのやつもいんだなぁ]
そう不憫に思うのであった。
_______________
公衆電話に百円を投入する。
「はい、こちら……、お前かよ。仕事中に何だ」
「あーいや…少し話したい事があってな」
電話先は勿論琉鈴であった。
「お前が私に話したいこと?どうした。言ってみろ」
「これから三つの事実を言う。一つは……櫻の施設の名前は豊穣母児園ということだ」
「おん」
「二つは、俺が居るところはその豊穣母児園ということだ」
「何だ?お前一緒に行ったから当たり前だろ。櫻ちゃんに頭突きでもされてイカれたか?」
「そして三つ目は──」
一呼吸置いてそいつは言った。
「余空 遥は、今から確実に死ぬとな」
「……は?それってどういう──」
ブチッそんな虚無の音がした。




