第80話 ○×荘のダイダラボッチPERT2
僕は空に昇る日が傾く中で一人で文京区の狭い道の端を歩いている。高校の授業が終わり家に帰るところだった。結局師匠の自分の能力に合ったレベルの高校に行く方がいいと言うアドバイスを無視して、家から近いそれなりに面白そうな私立改進高校に入った。
僕は勉学にはあまり興味ないし、師匠は僕を跡継ぎとして期待しているのだから学歴なんか必要ないだろうというのが僕の考えだった。そもそも僕には左目の能力があるのだから、何か知識を学ぶということはあまり意味のないようにも感じていた。
面白そうな高校に入ったと言っても、僕は部活には入っていない。友人はいないことはないが、なんとなく彼らに馴染むのは何か違うのかもしれないと思ってしまうのだ。
理由は単純だ。僕が魔女の弟子だからだ。
僕の育ての親でもあり魔法の師匠である天野美佐は魔女である。
美魔女とかではない。
神話や童話に出てくるような正真正銘の魔法使いなのだ。僕はその弟子であった。それに左目には人と違う力が宿っているのである。なんとなく、僕は勝手に疎外感を感じているのかもしれない。なんとなく、みんなとは同じ世界にいないような、そんな気がしているのだった。
多分、高校に入って最初の友人、波多野弘樹なんかは本当のことを話しても受け入れてくれるだろう。彼は、典型的なスクールカースト上位の男子という雰囲気だがああ見えてオカルトなどにも興味あるようだった。まあ、僕らの様な年頃の男子はみんなそういう気質があると言われたらそれまでなのだが。
でも、積極的にこっちの世界に巻き込みたくない。それが僕の考えであった。人ならざる者たちの世界に。
大都市東京の中にある文京区という土地の中で唯一辺境といえるような場所に僕が暮らす家があった。
その家は雑居ビルの3階と4階に位置していた。1階はソミールというカフェがあり、2階には師匠が趣味で経営するデカデンティア探偵事務所、そしてその上が僕らの暮らす家だ。
階段で3階に上がる。2階の事務所の電灯は消えており師匠も家に帰っているようだった。
学ランの左ポケットから鍵を取り出し、玄関を開ける。立て付けの悪い扉を開けるとそこには師匠が立っていた。
180を超える身長にウェーブがかった茶髪、黒いシルクのような羽織り物を着ている20代後半に見える女性だ。
「浜野、お前期末テストでカンニングをしたな?」
不敵な笑みを浮かべていたがその言葉はどこか冷たかった。
「したくてしたんじゃありません。見えちゃうんです。師匠の眼帯の封印が完全じゃないのが問題ではないですか?」
僕は反論した。反論というより、僕目線ではこれが事実なのである。カンニングなどするつもりではなくても答えが”視えて”しまうのだ。これで意図せずそれなりの偏差値の高校にもかかわらず僕のテスト成績はほとんどゼロの勉強時間に比例せず学年上位に位置していた。それにしてもテストの返却は今日から始まったのになぜ師匠は結果を知っているのだろうか?
まあ、そこはそれほど気にしても無駄だろう。この人はそういう存在なのだ。
「そうは、言われてもな。前にも言っただろ?お前の目はほとんど神の領域だ。私が神などという不確実な物の名を出す意味はお前にもわかるだろ?それはな、この宇宙、強いて言うならば時間の流れのように世界の法則そのものみたいな物だ。そう簡単には押さえ込めないのさ」
師匠はそう言った。そういえばこの人は何で外に出る用の服を着ているのだろうか?仕事にさっきまで行っていたのだろうか?とはいえ着替えていないのはおかしい。この人ほど場所と状況に対して、態度を変える人はそう居ないだろう。
「そうだ、浜野すぐに着替えろ。出かけるぞ」
「いきなりなんですか?」
「仕事が入ったんだよ」
いつもこうだ。僕の状況など気にせずに振り回そうとしてくる。もうすでに夕方の5時にもかかわらず外に未成年を連れ出そうとするのだ。
「仕事ってこんな時間からですか?」
「ああ、そうさ」
「どんな内容なんです?」
僕の質問に対して師匠は笑顔で答えた。
「どんなって決まってるだろ。魔性狩りだ」
師匠の答えを聞き、またかと僕は思う。
「5分ください」
「いいや、145秒で支度しな」
師匠の無茶ぶりを聞き僕は走って自室に向かう。学ランを脱ぎズボンを履き替え、ワイシャツはもうこのままでいいか。
そのまま玄関に向かう。玄関前で師匠は待っていた。
「それでどこに行くんですか?」
僕は靴を履きながら聞く。
「軽井沢さ」
こんな時間からか。と思うが毎度のことだった。
「じゃあ、飛ぶぞ。手を離すなよ」
師匠が僕の方に手を差し伸べる。僕はその手をつかんだ。人の温もりを持っていた。
師匠は僕の手をつかんだ手とは反対に屍蝋で包まれたカラスの羽を手にしていた。
その羽がボッと燃えるとともに目の前の景色は歪んでいくのであった。




