第2話 大学生 清水明日香②
「さようなら。探さないでください」
2018年8月8日23時32分に坂上祭から送られてきたメッセージは私の心を震わせた。
あまりのことに一瞬立ちすくんだが、交差点の信号が青になったので駆けるようにアパートへ歩を進めた。
このメッセージは一体どういう意味なのだろうか?私が何か祭の気に障ることを無意識に行っていてそれに対する絶縁宣言なのだろうか?
いや、ここ数日は祭とのメッセージのやり取りはなかったし、もしそうなら探さないでくださいという言葉はおかしいだろう。
文字通りに捉えるなら、自殺の前のメッセージだろうか?その考えに到達すると同時に鼓動が早まるのを感じた。
祭とは頻繁にメッセージのやり取り、通話はしていたし何かに困っていた様子はなかった。彼女が元彼と別れることになったのは、私が祭を連れて無理やり彼の家に押しかけ三行半を叩き付ける手伝いをしたからだった。
つまり何かあればお互いに気兼ねなく相談できる関係であった。少なくとも私はそう思っていた。
マンションの玄関で鍵を開け、中に入ると父が「おかえり」と声をかけてきた。それに対して私は「ただいま」と返す。
普段なら私から声をかけていた。しかし、祭からのメッセージに気を取られていた私は声を出せなかった。それに父も気づいたのだろう。
「明日香、何かあったのか?」
最初は何と答えてよいかわからなかった。
少し考えてから、坂上家とは家族ぐるみの付き合いである。もし祭の身に何かあったら連絡があるかもしれない。そう思った。
「坂上さんから何か連絡あったりした?」
「祭ちゃんの家族からかい?いや特に何もないかな。祭ちゃんが一人暮らししてからは連絡が来ることも減ったからね。何かあったのかい?」
私は何て馬鹿なことを聞いているんだ。祭は大学入学と同時に都内で一人暮らしを始めているのだからもしその身に何か起きていてもまだ両親の耳に届いていないだろう。
「いや、ちょっとこっちの話」
適当に話をごまかしてギターを自室に置いてからリビングの机にコンビニの袋を置く。
夕食をテーブルに広げながら箸をもらい忘れたことに気づく。しまったと思いながらサラダ巻を左手でつかみながら口に放り込む。
右手ではスマホをいじっていた。
「何かあったの?」
「相談なら何でも乗るよ」
「ねえ祭、どうしたの。」
何度もメッセージを送るが返信どころか既読の1つも付かなかった。
不安がどんどんと膨らんでくる。
最後のサラダ巻を飲み込むのと同時に通話のボタンを押す。
1分ほどのコール音の後にぷつりと切れる。これを何回も繰り返す。
結局既読も付かないまま、気が付けば深夜2時を回っていた。もしかしたら酔っぱらった拍子に意味深なメッセージを送っただけかもしれない。私が深く考えすぎている、ただそれだけかもしれない。そう考えることにした。
こういった返信が来てほしいときは基本的に返信は来ないものだ。特に寝る前であるときは。これはメッセージアプリの摂理である。少なくとも私はそう考えている。この場合もあてはめていいものか少し悩んだが、疲れもたまっているため一度寝て明日改めていろいろ考えていこうと思った。
寝付くのが遅かったためか、目が覚めたのは午前9時24分だった。父はもう仕事のため家を出ているようであった。
枕元のスマホのメッセージアプリを開くとまだ祭の既読は付いていなかった。代わりに南がストーリーズのグループチャットで次の練習日程について相談する内容のメッセージを送っていた。
南のメッセージに返信しながら、朝食を用意する。8枚切りの食パンをトースターに突っ込みバターを塗るだけの簡単なものであったが目を覚ますのには十分だった。
改めて祭からのメッセージについて考えることにした。しかし、手元にある情報は送られてきたメッセージだけであった。
それ以前のチャットを見直してみたが、やはり昨日のメッセージは脈絡が無く送られてきたと言わざるを得なかった。
2度ほど祭に通話をかけたが、やはりつながることはなかった。
一度ダメもとで、祭のお母さんに電話をかけることにした。
祭の母は祭と違い4回のコールののち電話に出た。
「はいもしもし、明日香ちゃん?どうしたん?祭と喧嘩でもした?」
少しイントネーションが関西弁に寄った標準語で話しかけてくる。
「お久しぶりです。いや、祭に何か変わったことでもなかったかなと」
「んー、とくには何も聞いてないかなあ。大学の単位がやばいとはいっとったけど」
この様子からして祭の母には何もメッセージを送ってないようだ。となると祭は私にだけあのメッセージを送ったのだろうか?ますます謎が深まるばかりである。
「そうですか。いやちょっと祭の誕生日に何かサプライズをしようかと思っていて。何か思いつかないかなと思い電話した感じなんです。単位かあ。それは私にはちょっとなんともできないなあ」
祭の母に妙な心配をかけないように咄嗟に噓をついたのだが、我ながらすらすらと口から出るものであった。
「サプライズなあ。ディズニーシーに行きたいとは言ってたかなあ?」
「ディズニーシー、いいですね。ありがとうございます」
聞きたいことは聞けたし会話の流れも自然だったのでそのまま電話を切る流れになった。
「祭とは仲良くしてあげてね。」
「はい、お邪魔しました。」
という言葉のやり取りで通話を切った。
祭からのメッセージについては振り出しに戻ってしまった。
祭の暮らしているアパートには何度か訪れたことがあったため、直接訪れることにした。
祭はS大学から乗り換えなしで行ける高円寺の駅から徒歩5分のアパートに暮らしていた。
アパートに向かう道すがら、家に招かれたときのことを思い出していた。机の上にホットプレートを置きお好み焼きパーティーをしたものだ。他にも近くのおしゃれなバーに連れていかれそうになった。もちろん私はまだ未成年なので断ったのだが。そうしたことを思い出すと同時に祭のことが心配になった。いったい彼女に何があったのか。
彼女のアパートに着き数回インターホンを鳴らしたが、返事はなかった。家の戸を力強くたたき声もかけた。
「ねえ、祭!明日香だよ。中にいるの?いるなら返事をしてよ!」
返事は無かった。
ドラマなどで、ポストや玄関のそばに合鍵を隠しているということがあるのを思い出した。少し探したが、見つからなかった。まあ当然だろう。元彼がストーカー気質であったため戸締まりをしっかりするように彼と別れさせた時に口酸っぱく言ったのは私なのだから。
何か少しでも情報を得られるように勇気を出して両隣の部屋のインターホンを鳴らしたが留守のようであった。
途方に暮れて、スマホで「友人 行方不明」と検索欄に入れて調べた。現代人は困ったときにはスマホとインターネットに頼って生きている。そうすることで、現代人は誰でも自分一人では知り得ない知を得ることができる。
SNSの動向を調べるというものが出てきた。今の時代誰がどこにいて何を考えているか逐次インターネットで発信されている時代だ。自分で思いつかなかったことからいかに私が焦っているのか気づかされた。
知らされている祭のSNSが最後に更新されていたのは2週間ほど前だった。祭はそもそもそこまでSNS投稿をするタイプではないのだ。その投稿も、夏休み前にゼミのメンバーで飲みに行ったというごく普通のものであった。
「あれ?」
私は、写真に写っている祭の肩を見た。最近街中でも増えているオフショルダーの服を着ているのだがそこから痣のようなものが見えた。そしてそれが、私の二の腕にあるものと同じ三つ巴のような形をしているように見えた。
しかし、得られた情報はそれだけだった。
インターネットには警察に通報するという方法が載っていたがこれだけのことで相談していいものかわからなかった。
念のため、昨日から消息がつかめないという相談を110番に通報してみたが軽く聞き取りをするだけで終わってしまった。
私がただの友人で祭が本当に行方不明になったという確証がないからだろう。
一応調査のほうは行いますので、何か続報や連絡があったときは教えてください。ただそれだけを伝えられて終わってしまった。
すでに午後5時を回っていた。今まで万能に思えていたインターネットがいかに役に立たないことか。私は自分の無力感を感じていた。
そして東京という土地の他者への無関心感というものを実感していた。きっとここでは誰かが急に連絡が取れなくなるということは当たり前のようにあるのだろう。私にとってそれは大切な幼馴染であった。あきらめることはできなかった。
しかしどうすればいいか私にはわからなかった。
さっきまで見ていたスマホでは知り合いが行方不明になったときの最終手段として探偵に依頼するというものがあった。
頼りないインターネット。しかしすがってみることにした。T大学のある文京区にもデカデンティアという探偵事務所があるようだ。意外にもネットでの評価は低くなかった。
「お悩み相談から心霊現象対処まで」
いかにもうさん臭いうたい文句がホームページに載っていた。逆にそれが友人が何をしているか知りたいだけである私が足を運ばせるのにはぴったりの文言であった。




