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マァメイドォル・チェインドライヴ -姫肴喰らいの首輪使い-  作者: 琉璃宿命
3.陸のないセカイ

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第13話 陸が消える

「どーしてくえんはしとらにあいにきてくれないの!!?」


 保育ルームのマジックミラー越し、保育士に駄々をこねるネーレイス。


「……どうしろと」

「ごめんなさい、時々でいいの。

 あの子が駄々をこねだしたら」

「なにが起きるかわかったものじゃない、か」


 美岬とミラーの前で話していると、シトラが気づいて駆け寄ってきた。

 単なる人型ではなく、ネーレイスに由来する超感覚的なものでも持っているのだろう。


「くえん、あいにきてくれた!」

「――、なかへ入ろう」


 ここに来る時点で、腹は括っていたものの。


「シトラ」「くえん!」


 保育ルーム内へ立ち入ると、身長差など気にもせず、童女は少年の肩に勢いよく飛びついた。

 枸櫞は時計回りにぐるりと勢いを受け流して、彼女を抱きとめる。


「ぎゅー!」

「おぉ、威勢がいいな」


(この子はネーレイスで、ネーレイスの唄はひとに危害を及ぼす)


 駐在所で倒れた老人たちは大事なかったものの、長くあれを浴びれば発狂して自傷行為に晒された危険だってあるそうだ。


(僕は姉さんに似たこの子を、この手で――殺せるのか?)


 彼女の頭に手をおいて宥めつつ、シトラがネーレイスの力で自分の内面のどこまでを察しているのか、不安になる。

 敵意を向けたいわけでなくとも、生半可な対応で彼女に不安を与えるのは、いま得策ではないはずだ。


(シトラはシトラだ、姉さんじゃない。

 いい加減、認めろ。姉さんはここにいないんだ)


 だからこそ神社姫ニセモノを圧倒し、八号機はそれを屠ったというに。

 僕はいつまで、姉さんの面影に縋っているだけなんだろう?


 枸櫞は目を閉じて、静かに童女のぬくもりを抱えていた。

 顔を見なければ、喋らせなければ、これはそういう生きた肉の塊に過ぎない。そうだろう、そのはずだ。



「くえん、また会いに来てくれる?」

「……あぁ、約束する。シトラを独りにはしないよ」


 最後は何とか彼女の背の高さに膝を崩し、その目を見据えていた。


(死ぬときは、きっと僕も一緒だろうから)


 ほんとうは心の底に薄氷が張っているけれど、どうせまた会いに来なければならないだろうし、自分は嘘を吐くつもりはない。


*


 それから学園を出て、港の防波堤に沿ってふたりは歩いていた。


「僕は美岬嬢の目から見て、シトラに誠実だったとおもうか?」

「えぇ、まぁ。

 あの子の目を見て、話そうとしていたでしょう」

「そう」

「君はよくやっているとおもうよ。

 あの子の家族として」

「あんたまで、朝桐くんと同じことを言うんだな」

「え」


 ……家族だって、あの人外が?


「あれは僕にとって、姉さんの姿を似せたいびつなまがい物でしかない」

「――」

「僕のまともな家族は、姉さんだけだった。

 あの子に姉さんの猿真似を続けさせるなよ。

 あんたらはあれをネーレイスの都合のいい研究素体とでも考えているかもしれないが、あれは故人の尊厳を弄んでいるだけだ。

 これ以上ふざけたことが続くなら、僕は見境なく、僕の中の姉さんを守るために、あの子供を消すしかないんじゃないかな」


 流石の美岬もそれを聞いたなら押し黙った。

 少ししてから、彼女は話しだす。


「……そうだね。

 ネーレイスの子供ときみとが協調していてほしいのは、私からきみへの願望に過ぎない。それに振り回される必要はないよ」

「ネーレイスとの戦いに巻き込んでおいて、言うことがそれかい」

「えぇ。テルクの幻界げんかいはその性質上、ネーレイスが望まない限り、そもそも道が開かれることすらない。

 我々は伝承に従って、怪異たる人魚――ネーレイスを迎撃する。

 だけど、私や先人たちのなかには、向こう側の世界に眠る資源を探求したいと考えるものは少なくなかった。

 私の兄は、共鳴者だったの」

「……鮫人に乗っていた?」

「えぇ。

 最後に出動したとき、父さんはネーレイスに囲われたあの人を見殺しにした」

「――、鮫人の戦闘は、鮫人でしかフォローできない。

 向こうへ呼びだされる鮫人を選ぶのは、ネーレイスじゃないか」

「あの男はネーレイスとの戦闘を避け、資源の回収を優先するように兄さんへ指示した。現実的なことじゃない。

 当時、覚醒した鮫人を泉客は有していなかった」

「覚醒?」

「あなたの八号機がそうであるように、色を得て、人形に固有の異能が扱えるようになる。

 『白いのっぺらぼう』は、鮫人の真の姿ではないの。

 あの状態で扱う思念武器は、けっきょく急場しのぎにしかならない。

 そして、フェザー級のような小型ならばまだしも、単独でいるところを、より強力なネーレイスに襲われて太刀打ちできるわけでもない。

 練度の低ければ、なおのこと」

「ネーレイスを倒せなかったら、どうなる?」


 僕らが負けたとき、なにが起こるのか。そのリスクを詰めないわけにいかなかった。


「テルクの海原でネーレイスが起こす厄災が、現実のものとなる。

 津波や自然災害、のみにとどまらず――おかが消える」

「おか、りくのこと?」


 美岬は頷いた。


「ここはすでに改変が起きたのちの世界なの。

 ■■■島、って。かつて新潟のほうにあった島だけど、金山があったとして有名だった場所、だそうよ」

「ごめん、そこだけ聞こえない。

 ……存在から消えたのか?

 だけどなら、どうしてそれを君は知っている」

「共鳴者でこそなかれ、私にも因子はあったから。

 兄がいなくなったとき、近くにいたからかな。

 消失の影響を免れて、記憶できている。それだって自分でも、最近は怪しいものだけど」

「――、ほかにもそういうことが、過去?」

「うん。21世紀に入ってから、日本海側では静かに島が消えていっている。

 とりわけ外交上、整合に混乱を来たしたのは、某国が実効支配していた小島。

 永らく領土や水域問題で揉めていたものが、部隊ごと消失した当初など、各国では何が起こったかさえわかっていなかった。

 代わりに、問題そのものは鎮火したけれど。政府が鮫人の遺跡管理に、本格的に噛んでくる切っ掛けになった。

 父は兄の命と引き換えにしておきながら、グループの誇るべき財産さえ守りきれていない。不甲斐ない話をして、ごめんなさい」

「いや、構わない。

 ひとつ、聞かせてくれ。

 きみはお父さんから、グループの実権を奪うつもりなんだな?」


 美岬は俯きながらも、こくりと頷いた。

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