第14話 人物
「八号機、朱桃は、これまでの記録上覚醒できたほかの鮫人とも異なる。
鮫人がネーレイスを捕食できるということを、私たちは初めて知ったから」
「――」
「ネーレイスを取り込んだ八号機を解析すれば、今度はこっちから、テルクの海原へ乗り込めるかもしれない」
「あ……」
テルクのなかで撃墜されれば、最悪、人形と遺体はそこに取り残されたままだ。ネーレイスは唄で、鮫人を海原へ呼び出す。
八号機が開口するということは、あるいは八号機自体がネーレイスと同様、唄を再演できる声帯を持ちうるということだろう。
或いは取り込まれた、ネーレイスそのものが、か。
「不躾なお願いでしょう。だけどきみに、力を貸してほしい」
「向こう側に置いてきた、お兄さんの鮫人を、捜しているのか」
「ええ。私がもう一度、あのひとに出逢うには、あなたの力に頼るしかない。
それがこの前、わかったから」
なるほど。枸櫞はすこしだけ、彼女という人物が見えた気がした。
「協力はする。
きみには家から何まで、すでにお世話になっているからね」
「ありがとう!」
「これは取引だ、礼を言われるようなことはしていない。
代わりに僕が望むのは――そうだな。きみの指示で、共鳴者に死人を出さないでくれ。
それが守られる限り僕はきみの敵にはならないよ、約束する」
「ええ、必ず」
重たい約束なのに、彼女はためらわずに頷いてのける。
「……私はあの人のようにはならない」
あの人――父親のようには……。
「父親、か」
うちの父に僕が向けていた軽蔑は、彼女ほどまっすぐなものだったか。
いや、それはないな。
くだらない思考を、途中で頭から振り払う。
*
たしか、十九時を回ろうとしていたはず。
気づけばまた八号機のコクピット内。
「また――呼ばれたのか、海原に」
「くえんー?」
緊張感がない、こっちまで気の抜けそうなシトラ。
僕の膝の上から、こっちの顔を上目遣いで覗いている。
もう慣れてきているけれど、その慣れを僕はもっと警戒すべきなんじゃないのか。
『ふん、三度立て続けとは、運がないやつ』
「壱号機、伏馬先輩ですか。
今回は、よろしくお願いします」
『――』
返事はない。挨拶が苦手か、わざと無視されたか?
(まぁ、どうでもいいな。僕もひとに好かれるほうじゃないし)
「ネーレイスは?」
周囲を見渡す。
一度目は海の中から岩礁に向かい、二度目は砂浜での漁。
そして今度は海から近い丘――、蒼い林の向こう、
「正面に遺跡……人工物だよな?」
『海原には先史文明にまつわるものが時々出てくる』
久原の声がした。
『八号機、ネーレイスの反応を拾える?』
「やってみます。
どうやって」
『鮫人のコンソールは、共鳴者なら直感的に扱えるはずよ。
フェザー級とやりあったときは、群れが眼前にいたものね。
遺跡の中にいるなら、出向くしかないでしょう』
「ネーレイスに、罠を仕掛けるような知性でもあるんですか」
『どのみちそれを倒さないと、あなたたちがこちら側へ戻れることはない』
「――、さいですが」
久原は必要なことを伝えてくれるが、少なくとも枸櫞にとって、あまり親切な人柄ではない。
「先輩はこういうとき、どうしますか」
『――』
壱号機は小石を片手で数個拾って、遺跡の入り口で投げる。
『これを繰り返す』
「流石ですね、勉強になります」
『経験から言って、人工物に隠れたネーレイスは難敵だ。
鮫人に犠牲が出ることを、覚悟しなくてはならない』
(犠牲?)
空気を引き締められた。ネーレイス相手にうかうかやられてやるつもりはないが、この男から感じる隔絶感は、いったいなんなのか。
(人形がくぐって歩く分には問題ない程度の巨大な空間だが、同時に閉所であり、ネーレイスとの乱闘に陥れば、敵味方の区別や誤爆だって起こりうるってことだろう。
琉稀さんが惚れた男のお手前、拝見しますか……)
舐めているわけではないのだが、覚醒していない人形で、これまでの乱戦を潜り抜けている猛者だとは、美岬からも聞いている。
「くえん、あのひと、こわい」




