05
「……なんで?」
地下牢でキャスリーンは膝を抱えていた。
上手くやっていたはずだ。
「御礼です」
そうして差し出したクッキーを。
彼は嬉しそうにゲームとおりに受けとった。
レオナルドとは親しくなり、何度もクッキーやマフィンを差し入れした。
騎士は照れながらいつも受けとって食べてくれた。
「キャスリーン嬢の手作りじゃないと、最近物足りなくて……」
と、すら。
けれど三日前。
学園でクッキーを渡したキャスリーンはそのまま騎士たちに捕らえられ、この地下牢に入れられた。
罪状は――違法薬物の使用と、危険呪物の使用。
カツン、カツンと、小さな足音がしてキャスリーンが入れられた牢の前で止まった。
「……あの、私を呼んでいると?」
不思議そうに首を傾げているのは主人公。
キャスリーンが取り調べで名前を何度も繰り返したから。
「彼女が自分の話を聞いたらきっと無実だってわかってくれるから!」
だから彼女は王太子から呼ばれてこの地下牢まで。
彼女だけにみえるが、離れたところには看守や護衛騎士たちがちゃんと控えていた。
キャスリーンが何を言うのかと控えるためにも。
けれども呼ばれた理由はさっぱりだ。
「知り合いじゃなかったの?」と、王太子にも首を傾げられた。キャスリーンはずいぶんと彼女と親しいのかと思われるほどに必死に呼ぶのだから。
助けを求めて。
キャスリーンは牢の鉄格子越しに怪訝そうに首を傾げている主人公に、目を輝かせて駆け寄った。もちろん鉄格子に阻まれる。
勢いに後ろに下がった主人公は悪くないだろう。
「やっときた! 遅いじゃない!」
「えぇ?」
何で責められるとますます疑問が。
何せ相手は知らないひと。たまに廊下とか食堂ですれ違っているかもだが、選択科目も被ってないから本当に知らないひとである。
だが、彼女は主人公に必死に――……。
「助けて! 私、ゲームとおりにしただけなの!」
それで。
主人公は、察した。
「あなたも生まれ変わり……?」
思わず声をひそめる。
見張りたちに聞こえないように。
こんな――生まれ変わり、前世の記憶がありますだなんて……気狂いと思われるかも、だ。
だから現実をみている彼女は、未だ周囲に打ち明けていないのに。
この男爵令嬢が何故に自分を呼んだのかも、それで察することができた。
彼女がしたことも。
――スン、と主人公から表情が抜けた。
「はぁ……それでですか……」
「ねぇ? 私、悪いことしてないの! わかってくれるよね!?」
「してるじゃあないですか」
「え?」
「あんたさんがしたのは、変な呪いに手ぇ出して、薬盛って、他人様の婚約者を奪って――そんお人らぁの人生狂わせたんやろがい」
じゅうぶん、悪どいわ。
自分をみる主人公の目が、心底からの嫌悪に染まっていた。
そんな目で見られたことは生まれてから――いや、自分が虐めていた奴らからは。
「だ、だって……あ、あんたがやらなかったから……主人公なのに! だから課金アイテムを!」
「だからって代わりを頼んでまへんわ」
「う……」
「課金アイテムなぁ……どう考えても「洗脳」と「あかんクスリ」やろが……」
同じ前世の知識持ち。
違いは、片や現実をみてそれに気が付き手を出さなかったものと。嬉々として手を出したもの――考え無しに。
「そんな……そんなこと……」
そんなこと、思いもしなかった。考え至らなかった。
そして主人公だからとゲームとおりの行動をしなければならないなんてことはない。
むしろそれは――もしもゲームのシナリオをなぞってしまえば。
王太子や公爵令息や――そう、レオナルドのように、その婚約を狂わせて、様々な人に迷惑をかけることになる。
「婚約破棄? そんなん自分がされる身になってみぃや。それに婚約とかは契約でもあるんやで。それでいろんな事業が結ばれる場合もあるし、下手したら仕事なくなって路頭に迷う人らぁもおるんやで。あんたさん、責任とれたんか?」
心底嫌そうに彼女は言う。
それがゲームの醍醐味であろうに。他人の婚約者を奪い、優位にたち――幸せになる。
それが楽しくて――。
けれど言われてみれば、だ。
それはただの浮気で。
様々な契約違反だ。慰謝料とかは、洒落にならないのだ。
「……そんなん、ふつう日本人やったら無理やろ」
つぶやいた主人公はキャスリーンがふつうではなく、最低な思考の人間であったのだと、察した。
キャスリーンは――そういう目をしている。
多少は反省をしてかえりみる事ができるようになっていようと、魂に染みついた性根は所詮変わりようがなかったわけだ。
「……はぁ、来て損した」
王太子たちには何か適当に言い訳しよう。あの油断ならない王太子には何か腹を探られそうだ。
「……年貢の納めどきやろか」
とうとう打ち明けるときがきたか。でもこんなきっかけは嫌だなぁ。王太子の溺愛する婚約者さまの方に先にお願いしようかなあ。
そんなことを考えながら主人公はキャスリーンをもう見向きもしてなかった。
「ま、まって! まってよ!」
「はぁ、何です?」
「助けてくれないの? わ、わたし悪かったことしたのは、わかったから……」
「反省したなら刑が軽なると良いですねー」
「ちょっ!? ちょっと……そ、そうだ、私だって何か役立つかもよ?」
「はあ……?」
「ほら、同じように、さ」
主人公に合わせて「前世の記憶」と口にしないくらいはキャスリーンも状況を察した。
ますます罪が重くなるかもだ。
「……あんたさん、何ができるん?」
興味を引かれたと主人公が尋ねてきた。
「ほ、ほら。この世界にはない知識でさ、チート! ほらお約束よね、チートスキル!」
「……で?」
「この国にない薬とかさ……」
「ふぅん……」
「抗生物質の作り方、知ってはるん?」
「え?」
「じゃあビタミンは? 鉄分は? カルシウムでも良か。そうしたサプリでも作るお仕事でもしてましたんか?」
「え、そんな……ただの女子大学生だったし……」
キャスリーンの反応に、彼女がただの、それこそ本当にただ何も得るでもなく「女子大学生」というブランドだけのために進学していたタイプだと主人公にはわかった。
何か資格を取るでもなく。世の誰かのために何かしたわけでもなく。
己のやりたいこともなく。
「……ああいったドラマやアニメや原作漫画は読んでまへんか」
その辺りは自分も薄っすらとしか理解できていないから、むしろ手出しはできない。素人が手出しをしてはならないものがあると彼女はきちんと理解していた。
生まれ変われたことこそ、幸運だ。チートまで望むだなんて贅沢すぎる。
だから、自分の得意分野で。自信をもって役立てるところを。
「じゃあ、何ができるん?」
「えっと……塩とか、そういう作り方。あ、砂糖も! サトウキビとか甜菜ってのがあるのよね……!」
「あんた、この世界馬鹿にしてるん?」
普段の自分の食生活すら把握してないのかと頭が痛くなる。
「何やその小学生レベル……製塩技術はすでにあるし、何やったらチョコも珈琲もあるやろがいこの世界。気づいてへんの? 菓子作って混ぜものしとったんに?」
「あ……」
主人公は、すでにそういう知識を持った先達がいたのだと思っていたくらいだ。先の転生者の皆さまに感謝の食生活で。
――そして今度は自分の番だ。
「はぁ……あんたさん、スナップボタンやファスナーとかの作り方、何か知らへん?」
それは主人公の個人的に。もしもキャスリーンが知っていたら――王太子に嘆願してあげていた。彼女は価値があるから牢から出してやってと。
「……知らない」
けれどもやはり。
キャスリーンは前世、何も考えずに使用していただけだった。
「あんたさんも何か人の役に立つ特技や好きなことがあれば良かったんにね」
それがキャスリーンと主人公の違いで、現実。
「あんたさんの家族は、違法薬物とかを輸入したとして、商会はお取り潰しになりましたえ。爵位はどうなるか今審議中や」
「……え?」
「お姉さんは旦那様がかばったから、離婚だけはされへんかったけど、王都にはもういてはらへん。伯爵家の領地に封じられはった」
「……あ、え、どうして?」
どうしてもなにも。
「あんたのしたことはそれくらい――罪深い」
タイトル回収。
現代人の、良識あるひとほど激おこだと思います。彼女のことは。怒らなくちゃいけない。主人公はひっそりと怒ってます。
あとクスリも危険だけど呪物呪法の方がやっかいしされる世界観なイメージです。ファンタジーだから。ファンタジーだから(大事)
…好感度や魅了て、物品で変わるのは仕方無い気もするし、でも何かやべぇ成分や洗脳じゃないかと、常々…。
「こりゃあきまへんわ。現実みよ」
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主人公は、ちゃんと現実みてるひとです。




