04
「やっぱり王太子は難しいわ……っていうか、私、王太子妃なんて無理よね」
それは半分強がりの半分本音だ。
王太子に「こないだはありがとうございます」と御礼イベントをつなげるはずが、あっさりと「あ、こないだの迷子さんね。気にしないでー」と流された。王太子はさっさと歩いて行ってしまった。
それでイベントは終わった。
御礼は言葉だけで。
ここで彼は立ち止まり、いつぞやの園遊会や学園のことでお話ができたはず。
けれどキャスリーンは園遊会での出会いは否定してしまった。そもそも本当にちょっとしか会ってない。一貴族として兄姉とご挨拶しただけ。
語る思い出が、ない。
そして話しかけるきっかけの御礼も、今終わった。
余談だが、この出来事のしばらくのちに王太子殿下と主人公が親しいとの噂になった。本来のイベントが起きたのか。
けれど噂は何故かあっという間に下火になった。何故か――それが貴族の情報戦というものだ。
王太子をあきらめたからキャスリーンにはもはや関係なく、むしろ耳に入らなかったのが致命的。
「うん。王太子妃なんて大変だし。いろんな他の国の言葉も覚えなきゃだし、仕来りだのマナーだの、大変だし。それにいつもいつも、見られてる。周りにひとがいて見られてる……っていうか見張られているみたいなの、無理! 無理寄りの無理!」
王太子の婚約者の公爵令嬢はいつも周りにひとがいるし、こうして自分のようにこそこそ隠れて見ているのもたくさん。
自分と違って憧れていた目だったり、王太子狙いで彼女の粗を探そうという目だったり、だ。自分はもう王太子を諦めたから一緒にしないでもらいたい。
視線の先の少女は常に美しく完璧――それは未来の王太子妃として立つ姿。
彼女が今に至るまで、今現在も、その覚悟をもっているから。
一瞬も気を抜けない。
自分には常在戦場でいるようなのは無理だと、キャスリーンは悟った。
「……頑張ってね」
ひっそりとエールすら贈った。
あれはすごい。王族になるとはこういうことなのかと――一抜けしている主人公に心の中で握手を求めた。
「きっと主人公もそう考えたのよ。私と一緒ね……」
主人公も悟ったのだろう。
「転生して王妃になんての……一般人には無理よね……」
一般人でなかったちょっと裕福層の自分でも無理だったのだ。主人公はちゃんと現実をみたのね、と。そっとキャスリーンは立ち去った。
「それなら手堅く護衛騎士よ! 騎士でも貴族だし! 危険手当もあるわよね!?」
立ち去ったのは、つまりはルート変更である。
同じく公爵令息や次期宰相ルートなどの高位貴族たちのは、王太子妃ルートとゴールは似ていると分析したのだ。
つまり、のしかかる責任感――重い。
「めっちゃお仕事多そう」
そしてまわりからの視線も変わらずありそうである。
なので、無理。
彼女が目指すのはちょっとお家のことをして、井戸端会議的なお茶会をする奥様。
子育てもいずれはしてもよい。
お金のことを考えたり、家事をしたりも嫌だ。
だから攻略対象にいた、一等顔は良いが今は貧しく身分が低い子爵家は、無し。お金持ちである商会の跡取りも、無し。
将来的に銀脈が見つかったり、ますます他国との交易で裕福になるのは知っていたけど。それまでも大変だし、そこからも大変。
働きたくないでござる。
消去法で彼女に残っ――選ばれた攻略対象は王太子の護衛騎士。
布石はすでに。
それはあの時、事務まで道案内してくれた護衛騎士だ。
レオナルド・オブリーン。
彼自身は侯爵家の三男。
三男であるから家を継ぐことはない彼は、幼い頃から剣術に目覚めていまや王太子の護衛騎士の地位にある。
実家も太い。兄弟仲も良くて、お兄様たちは弟を可愛がっている。
彼自身が騎士爵をもっているのも良い。最悪、自分の世代は平民にもならない。子供が生まれたら各自頑張ってもらおう。きっとそこら辺も侯爵家に助けてもらえるだろう。
しかも鍛えられてたくましいのに、美形なのもよい。
彼は金に近い淡い茶色に涼やかなアイスブルーの瞳をした美形だった。自分と髪色が似ているのも良いのではないか。並んだりしたら、うん。
婚約者は残念ながら、いる。
一年ほど前より確か結ばれた婚約。伯爵令嬢だが、確か互いに忙しくてすれ違いが起きていたはず。
「伯爵令嬢が何で忙しいのか、その辺りは何かゲームに出てきたっけ……?」
レオナルドルートが良いのは、その伯爵令嬢が忙しいあまりにこちらにあまり干渉がこないことだ。
レオナルドが主人公と親しくなり、選んだことで。「お互いにご縁ありませんでしたね」と穏便に婚約解消となるのだ。
それが良いとさすがにキャスリーンも――悪いと思ったから。
あと、いじめられたりお約束の噴水や階段落ちはノーセンキュー。そんな被害者にはなりたくない。
「確か主人公の一つ上……」
だから婚約者の伯爵令嬢は学園でレオナルドが主人公と一緒にいるところを見て、身を引いてくれるはず。
主人公と自分の類似点は年齢もであったとここで気がついたり。
婚約者さんは一つ年上だけど、すでにずいぶんと大人なんだなとも感じたり。
いじめなんてのは、結局精神が幼いから起きるのだ。
彼女はその辺りは反省をした人間である。
だから原作ゲーム通りに行かないとしても、婚約者さんに冤罪をぶっ被せるのは――自分でもしたくなかった。
――そこだけは、彼女の赦されるところだ。
「キャスリーン……オブリーン……」
名前がちょっと響きが悪くなるが仕方無い。その辺りは主人公に合わせられた設定なのだろうから。
あの時。すでにルート分岐だと知っていたキャスリーンは、それはもう彼に愛想良くしていた。
今も。
王太子にはかわされたがすかさず護衛であったレオナルドにも微笑みを向け、感謝を述べた。
狙いが決まれば、あとは攻略するのみ。
「私にはゲームの、原作の知識あるのだから、楽勝よね」
まずは――課金アイテムだ。
これば家の力も使わせてもらった。
小さいが商会をもっていた男爵家。
お取り寄せ、だ。
家族は商会に興味なかったキャスリーンが急に「ほしいものがある」とねだって来たことに首を傾げたが、それが珍しいスパイスであることに。彼らも販路を増やしてみてもよいかと、試しに取り引きをしてくれた。
課金アイテムはこの国では珍しいスパイスだったのだ。
これでクッキーを作る。マフィンや持ち運びしやすいパウンドケーキも良いかもしれない。
彼女は前世でお嬢様らしくお菓子作りをたしなんでした。結婚したらやっても良いかと、ちょっとだけお料理教室にも通ったり。
今世のお嬢様は台所に入らないらしいが、男爵家程度ならば許容もされよう。
もう一つは同じように他国からの露天商から。
主人公がイベントで街歩きをしているうちにたまたま目に入ったアクセサリー。
キャスリーンは主人公が行く時間より前にその露天商に行き、買い取った。
それは指輪。
小さな宝石が入ったアンティークぽい指輪だが、露天商は売れ残っていた指輪が売れたと喜んだ。キャスリーンが他にもネックレスやイヤリングも気に入って、たくさん購入したからだ。買い占める勢いで。
これで露天商は売り物が無くなったと、嬉しそうに帰国した。当分この国にはこないだろう……そんなことすら嬉しそうに話しながら。
キャスリーンが買い占めたのは――主人公や、他に自分のように前世の記憶があるものがいたら、と思ったからだ。
「これで課金アイテムは私だけのものよね!」
他にライバルが現れたら。主人公の気が変わってゲームに参入してきたら、もともとモブな自分には不利すぎる。
だからこれくらいのズルは許されるはず。
キャスリーンはいそいそと指輪をはめた。サイズは小指だった。これなら他の指にも別な指輪をはめても良いかもしれない。そう、おしゃれだ。
「手に入ったのだから、使わないとね!」
彼女はぐっと手を握った。
指輪がキラリと宝石を光らせる。
課金アイテム。
それが己と家族の破滅になるとは思いもしないで。
――そして彼女は牢に入れられた。
おーらら…




