#3 立ち位置
「立ち位置、ねぇ……」
カズトは自室の机に置いたクリスタル端末を見つめた。
透明な板の中で、向こうの世界の動画が流れている。
誰かが何かに本気で挑戦している映像だ。
コメント欄には賞賛も、罵倒も、混ざっている。
でもその人物は、やめていない。
カズトは手帳を開く。
そこには一年分の目標が書かれていた。
・毎朝走る
・基礎体力をつける
・向こうの世界の生産系スキルを研究する
・魔力効率を改善する
・お金の収支を毎日書く
学校では何もしていない顔をしている。
目立たない。
反抗もしない。
空気になる。
でも家では違う。
毎日、少しずつ積み上げている。
いじめっ子に殴られた日も、手帳は開いた。
手が震えて、涙が落ちて、文字がにじんだ。
それでも書いた。
【今日は悔しかった。だけど走った。3km。】
その一行が、カズトの証明だった。
立ち位置は固定なのか?
ある夜、クリスタル端末の掲示板で
向こうの世界の格闘技の動画を見ていた。
小柄な選手が、大柄な相手を倒す映像。
体格差。
周囲の予想。
全部ひっくり返していた。
コメントの一つが目に入る。
「ポジションは変えられる。
ただし、静かに準備した者だけが。」
カズトは息を止めた。
ポジション。
立ち位置。
本当に固定なのか?
それとも――
“今は準備期間”なだけなのか?
魔力の弱さ
カズトは魔力が弱い。
同級生の半分もない。
だから戦闘職は無理だと笑われてきた。
でも、魔力が弱いからこそ
効率を極限まで高める研究を始めた。
クリスタルの加工。
魔力消費の最小化。
遠距離通信の安定化。
向こうの世界のプログラミング理論と
こちらの魔力回路理論を組み合わせる。
誰もやっていない分野。
地味。
目立たない。
でも可能性がある。
そして、ある日
半年ぶりに、例の背の低い男が
廊下でカズトの肩をぶつけた。
「まだ学校来てんのかよ。
進学も無理だろ?」
カズトは何も言わなかった。
ただ、相手の顔が前よりはっきり見えた。
遠くも、近くも、手元も。
全部見える。
遠近両用の世界は、少し酔う。
でも視界は広い。
――ああ。
俺は前より、見えている。
物理的にも。
状況的にも。
立ち位置は低い。
でも視界は高い。
その瞬間、胸の奥で何かが灯った。
これだ。
この感覚だ。
殴られた悔しさでもない。
復讐でもない。
「見返す」でもない。
静かに、確実に、積み上げる。
それが俺の魔法だ。
そして異変は起きる
その夜。
研究中のクリスタルが異常発振を起こした。
通常の通信波形ではない。
向こうの世界からの受信でもない。
“逆流”。
世界をまたぐ魔力電波が、
一点に集中している。
そして画面に浮かんだ文字。
接続安定化確認
双方向干渉実験開始
「……は?」
次の瞬間、部屋の空間が歪んだ。
風もないのにカーテンが揺れる。
クリスタルが白く輝く。
そして――
空間に、小さな“裂け目”が生まれた。
それは、向こうの世界とこちらを
直接つなぐ、初の物理的接触。
神の制限を、
越えかけている。
カズトの喉が鳴る。
これが俺の――
“魅せられるもの”なのか?
魔法でもない。
戦闘でもない。
世界の境界に触れること。
俺にしかできないやり方で。
裂け目の向こうに、
見知らぬ街の夜景が見えた。
ネオン。
高層ビル。
車の光。
地球だ。
カズトは震える手で、
裂け目に指を伸ばした。
その瞬間――
背後で、ノックの音がした。
「カズト? 今、何か光った?」
母の声。
そして同時に、裂け目の向こうから
誰かの声が聞こえた。
「……え? これ、何?」
向こうの世界の少年と、目が合った。
世界と世界。
最初に境界を越えたのは、
いじめられっ子の少年だった。




