#26 いつか出会う自分の為に
朝。
鳥のさえずりで目が覚めた。
カズトはゆっくりと起き上がる。
時計を見る。
朝六時。
今日は工房も休み。
予定はない。
急ぐ理由もない。
カズトは窓を開ける。
朝日が部屋へ差し込んだ。
ガーネットが光を受け、穏やかな赤に輝く。
「今日も綺麗だな。」
庭へ出る。
コロマルへ向かって三ツ星の玉を投げる。
コツン。
パシ。
コツン。
パシ。
リズムが心地いい。
百回。
数えない。
今日は数える日じゃない。
ただ、楽しい。
朝食。
母が焼いたパン。
スープ。
「いただきます。」
「今日は休み?」
「うん。」
そんな何気ない会話。
昔なら気づかなかった。
こんな時間も幸せなんだと。
食後。
工房でもらった木刀を振る。
百回。
汗が流れる。
途中で止める。
無理はしない。
オラクルが言う。
「今日はコンセントレーションタイムを使用しませんか?」
カズトは首を振る。
「今日は使わない。」
「理由を教えてください。」
カズトは木刀を肩に担いだ。
「今日は普通の日だから。」
オラクルは少し沈黙し、
「了解しました。」
と答えた。
昼。
スケッチブックを持って丘へ行く。
最初に
「魅せられるものって何だろう」
と考えた場所。
ベンチに座る。
三分だけ描く。
時計を見る。
ストップウォッチを押す。
ピッ。
線を描く。
空。
木。
街。
風。
ピピッ。
三分。
終わる。
今日は上手く描けた。
いや。
上手い下手はどうでもよかった。
描けたことが嬉しい。
夕方。
手帳を開く。
今日の五色を書く。
☆青
・木刀
・スケッチ
☆緑
・コロマル
・母と朝食
☆紫
・普通の日を楽しめた
☆オレンジ
ハッピーギフト
今日は今日を好きになれた。
マネーギフト
休みだから、お金を使わず楽しめた。
タイムギフト
朝から夕方まで、心地よく過ごせた。
書き終える。
ページを閉じる。
ふと、一年前のページを開く。
そこには。
【旅に必要な体力】
【魔力を鍛える】
【魅せられるものを探す】
あの日の文字。
カズトは静かに笑った。
「ありがとう。」
あの日の自分へ。
オラクルが尋ねる。
「誰に向かって言いましたか。」
「昔の俺。」
少し考えてから続ける。
「……いや。」
「未来の俺にも。」
オラクルは首を傾げる。
「未来ですか?」
カズトは丘の向こうを見る。
まだ見ぬ景色。
まだ行ったことのない街。
まだ出会っていない人。
二十歳の自分。
三十歳の自分。
もっと先の自分。
「きっと、いつか出会う。」
ガーネットを握る。
温かい。
「その時。」
「胸を張って会えるように。」
「今日を生きる。」
夕日が沈む。
街に明かりが灯る。
オラクルが静かに言う。
「本日の記録を保存します。」
「タイトルを入力してください。」
カズトは少しだけ考えた。
そして。
タッチペンでゆっくりと書く。
『いつか出会う自分の為に』
保存。
クリスタルの中には、
旅のスケッチ。
五色の手帳。
努力。
失敗。
笑顔。
全部が刻まれている。
カズトはクリスタルホルスターにそれを収めた。
腰に心地よい重みを感じる。
あの日クレアにもらったホルスター。
オラクル。
ガーネット。
時計。
手帳。
全部が今の自分を支えている。
カズトは歩き出す。
どこか遠くへ向かうわけじゃない。
家へ帰る。
「ただいま。」
玄関の扉を開ける。
母の声が聞こえる。
「おかえり。」
カズトは笑顔で答えた。
「ただいま。」
いつか出会う自分の為に。
遠い未来の自分は、今日という一日の積み重ねの先にいる。
だから特別な日だけではなく、笑えた日も、失敗した日も、何も起きなかった日も、大切に生きていこう。
今日を丁寧に生きることが、未来の自分への一番の贈り物だから。
― 完 ―




