VSチワワ その1
俺達ケムシーノ族の這う速度で森から3時間程の所に村が一つある。どってことない人間達の村。魔除けは東西南北に1ヶ所ずつ、小せぇしみったれた聖堂も一つ。モンスター除けの結界はチョロいもんで網に掛かり難い俺達小型の下級モンスターは数匹程度ならホイホイ入れる。『それなりの』腹積もりだと邪心を見抜かれるらしいが、軽く冷やかすくらいなら余裕だ。若い衆の男は月に1回は村の中に入って野菜を一つか二つ盗んだり、『バカ村人』とか壁に落書きしてマッハで逃げ帰らないと、森の同年代の仲間にチキン扱いされる。冗談じゃねぇ。今月俺は婆ちゃんが風邪で寝込んじまって世話している内に月末になっちまった。俺は俺の面子を懸けて村に潜入した。目的は『トウモロコシ2本』または『村長のヅラ』を奪取することだ。トウモロコシは婆ちゃんの好物だし、あの村長は顔と喋り方がなんか嫌いだ。イジメたろっ!
村外れの水路沿いの茂みをガサゴソいわせて進んでいると人間達の話し声がした。
「北の幽霊館に冒険者が入ったきりですって」
「あら、この間来てた若い子達? ヤダ子供じゃないっ、可哀想!」
「まだ帰らないって決まった訳じゃないわよ奥さん」
「あらヤダあたしったらっ!」
「や~ねぇ」
中年の女二人が干した何かの木の実の殻剥きをしながら笑い合ってる。今の話、笑うところあったか? 不幸話好きの中年オバサンか。北の幽霊館といったらボーデル伯爵の縄張りだが、あんなヤバいとこに若手の冒険者がブッ込んだのか? 無謀だな。最近20年ぶりの冒険者ブームらしい。俺達モンスターにしてみりゃいい迷惑だぜ。冒険者なんてヤクザな連中だ。何もしてないボーデル伯爵も、いきなり館に突入されてさぞ頭にきたろうよ、あの人、短気って話だしな。ま、いいや。アホ人間が、アホ突入して、アホ全滅、おまけにアホ村人の笑い話にされたってだけのことさ。世知辛い、世知辛い。俺はさっさと茂みを伝って無駄にデカい村長の家まで急いだ。あそこに行けばトウモロコシも山程あるし、カツラの『ストック』も確か20個以上あるだろう、一つくらい失敬しても暫くバレやしねぇ。
茂みは村長の家の傍までしか無い。水路が曲がっているのと、門の前の植え込みは村長の家の使用人達が手入れをするので下草もロクに無く隠れられない。道を横断して竹林から迂回して裏庭に入るルートが俺のお決まりだ。竹林へは茂みから斜めに道を進むのが最短だが、斜めに進むと通行人や近くの建物の上階や窓等から見られる時間が長くなる。ここは『距離』ではなく『時間』を取るのが正解だ。俺は様子を見て、茂みから直角に道を渡り、そこからは苔だらけの道の縁を全速で竹林へと這った。青臭い竹林を抜け、裏庭の壁の近くまでくると古い柿の樹がある。俺は樹に登り、裏庭へ伸びた枝の内、もっとも太い枝へ進む。ここから上手い具合に裏庭が見えやがる。誰も、いない。小屋から出されていた間抜けなチャボが3羽ウロついているだけだ。チャボは俺の獲物じゃない。1羽と一瞬目が合ったが、向こうも毎回自分達を無視する俺を無視した。よし、いい子だ!
俺達ケムシーノ族は口の左右に発達した髭が1本ずつある。こいつはある程度伸び縮みし、訓練すれば強く器用に使える。人間の『手』よりよっぽど機能的だ。俺は髭を枝に絡め、枝から飛び降り、ブランコの様に反動を付けると、
「おりゃっ!」
最高のタイミングで枝に結んだ髭をほどき、裏庭のチャボ小屋の上に飛び込み、着地した。大して物音もしていない。セーフ! 今度は雨樋に髭を掛けてスルスルと裏庭に降りた。さて、と。干しトウモロコシならはこの先高床式の穀物庫にたんまりある。盗むのは簡単だがどうせトウモロコシを盗むなら干しトウモロコシより生トウモロコシの方が婆ちゃんも喜ぶだろう。生トウモロコシは村長の家の北側の地下室にある。ここに忍び込むのはちと骨が折れる。キッチンにある物なら盗むだけなら簡単だが昼間はメイドやコックが常に居るので無理筋だ。地下室、かぁ。村長のヅラは寝室と繋がった大袈裟な出入りできるクローゼットにある。これは人の出入りに気を付けりゃどうってことない。
俺は1分だけ考えようとチャボ小屋の陰でじっとしていたのだが、不意に風向きが変わり知らない『臭い』がした。犬? 村長は犬は飼っていないはずだ。と、足音がした。四足歩行だ、体重は軽い、犬? 小型犬だろう。村長のヤツは小型犬を飼ったのか? 俺達ケムシーノ族は全モンスターの中でも最弱の部類だが、流石に小型犬には負けない。余裕だろう。俺は臆病でもない、ケムシーノ族の中ではむしろちょっと強いくらいだ。今、レベル2だしな。今、こちらに走って来ているらしい軽い足音の小型犬? 余裕だな。だが、次の瞬間! 俺は自分でも信じられない! 弾かれた様に髭を雨樋に掛け直し、チャボ小屋の上からこれまで村長の家から脱出する為だけのことでは1度も使ったことの無い、ケムシーノ族の十八番の特技『スピンアタック』を使い、頭の後ろに抱える形で結び付けていた風呂敷を腹側に抱え直し、体を丸め旋回しながら壁を越え裏庭から飛び出した! 着地の勢いでドゥッ! と大きな物音を立てて竹数本の根本の土を撒き散らす。『スピンアタック』で脱出すると飛び過ぎるし、静かに着地もできないし、何より疲れる。それでも俺は何も考えもせずに全力で逃げ出していた。逃げ出した? 何から? 小型犬から? 俺は自分の行動に混乱しながら素早く風呂敷を背側に結び直し、竹林を全力で這い始めた。
「何だ? 何だ? なぜ逃げてる? 何から?!」
俺は竹林から飛び出すとリスクを忘れて転がるように茂みを目指し道を『斜め』に横断し始めた。なぜだかとても早く村を出なくてはいけない気がする!! そして、俺は気付いた。『ヤツ』の視線にっ! 俺は電撃でも喰らったかのように道の真ん中で這うのを止め、振り返った。居た!
「ガルルルっ」
低く唸るそいつは正しく小型犬だった。犬種はチワワ! どう見てもチワワっ! つぶらな瞳! それでも俺にはわかった。喉が、カラカラに乾きやがる。
「コイツ、並のチワワじゃねぇっ!!!」




