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ツナガルネガイ  作者: 蒼鳥
第二章
9/29

第七話 土の魔術師


 魔法によって創りだされた偽物の月が照らす殺風景な空き地に、男が一人座っていた。


 土壌どじょう。それが男の名である。


 あぐらをかいて座っている土壌は、何も戦いを放棄したわけでもいい拠点を見つけられなかったわけではない。むしろここが拠点だと言わんばかりにくつろいでいた。


 周囲にあるのは“土”だけ。

 しかしそれだけで土壌には十分であり、すでに彼が居るこの場所は不可視の要塞なのである。


 故に土壌は戦いが始まってすぐ、わざと自身の魔力をこれ見よがしに周囲に四散させながら、今なお獲物が引っかかるのを待っていた。


 そして一旦場所を変えようかと腰を上げかけた刹那、小一時間にも及ぶ努力は実った。


「これは、……いきなり二人かよ」


 数百メートル離れた所から感じられた、待ち望んていた魔力の反応に、土壌は苦言をこぼす。


「できれば穏便に済ませたいけど……。そんなこと言っている場合じゃないよな」

 物憂げな表情を浮かべながら、土壌はやむなくといった仕草で右腕を掲げる。


「こんな馬鹿げた遊戯、すぐ終わらせてやるさ」


 高らかに叫ぶ土壌の右手から膨大な魔力が溢れ、大気を震わし大地に伝わる。


 刹那、顕在化された彼の魔術は大蛇の如く大地を切り裂きながら術者の命の下驚くべきスピードで大地を駆け巡った。

 標的はもちろん、二人の魔術師だ。






ж






「……これは」

 拠点からさほど離れないように意識しながら森の中を索敵をしていた時無は、遠く離れたところから発せられている魔力の存在に気づいた。


 同様に気づいた藍花もその意図を読み取ったからか、整えられたかおを不愉快げに歪めた。

「なにこのあからさまな挑発は……。誘っているとしか思えない」

「……どうやら他にも早く終わらせたくてしょうがないやつがいるらしいな」


 挑発に乗るように時無は魔力の根源の方へ足を向け、垂れ流されている魔力の波に逆らうように己の魔力を惜しみなく放つ。

 それを見た藍花も、触発されたように自身の魔力を時無のそれに重ねた。


 二人の魔術師から発せられた魔力は流星の如く押し寄せる魔力の奔流を掻き分け、その根源にたどり着き、役目を終えて四散する。


 たどり着くまでの時間からして距離はおよそ四〇〇メートルか。


 目を凝らせば木々の合間から見えるこの先は、どうやら空き地になっているらしい。

 おそらく敵はそこにいる。


 もう一度魔力を放って確かめたいところだったが、しかし敵もそう簡単に時間をくれはしなかった。

「ほう……。なるほど、“土”か」

「え?」

 先ほどとは明らかに違う、殺意のある魔力の流れを感じた時無は、きょとんとした目を向ける藍花の手を掴み、その華奢な体躯ごと強引に引き寄せる。


 結果、時無は藍花を抱き寄せる形になり、腕中の少女は「ふえっ!? な、なっ!?」と頬を朱に染めて素っ頓狂な声で喚いたが――刹那、背後で響いた轟音に彼女の顔は一気に青ざめる。


 時無が掴んでいた手を解放すると、藍花は息を詰まらせたまま恐る恐る背後……つい先程まで自分がいた場所を凝視する。


 そこには天を衝く槍が堂々たる姿で在った。よく見るとそれは魔力によって凝縮された土であり、藍花はようやくそれが敵が放った魔術なのだと理解する。


 もし時無が引き寄せていなければ、今頃藍花はあの塊に突き刺され早くも死の世界へと赴くことになっただろう。


「あ、ありがとう……」

 喉から絞り出すような声で喋った藍花は、もしものことを考えたのだろう栗色の双眸を揺らしながらわなわなと震えていた。


 それを見た時無は、その大げさな反応に思わず問いた。

「……お前、もしかして魔術師と戦うの初めてか?」

「う、うん……」

 返ってきた返事に時無はわずかに眉をよせた。


 あの青年は『強い願望を持った魔術師』を集めたと言っていたが……。どうやらその査定に戦闘経験の有無は含まれていないらしい。だからなんだ、と言えばまぁそうなのだが。


 新たに判明した事実に多少驚きを覚えながらも、時無は瞬時に状況を分析し、判断する。

「……よし、ならお前はこの付近に隠れて魔術で俺を援護してくれ」

「うん、わかった。……時無はどうするの?」

 無垢な瞳に向けられた疑問に、時無は再度高まる魔力の反応を背に感じながら、至極当然のように言った。


「あいつを、殺す」


 あまりにも滑らかに発せられた恐ろしい言葉は、剃刀もかくやというほどの鋭さを持っていた。


 しかしその双眸から獰猛さは感じられず、かと言って気後れしているわけでもない。

 そこにあるのは尋常ならぬ覚悟によって塗り固められた儚い虚無。


 幼い頃にこの世の地獄を経験した時無にとってこの程度のことは“普通”だ。



 無論、人を殺すことに抵抗を覚えないわけでもない。疑問を感じないわけでもない。が、そのことを疑問として意識レベルで考えてしまったが最後、殺されるのは自分になるということを彼は解っていた。


 故に時無は戦いに不要なものは全てヒトとしての最低限度しか知らないし、できない。しかしそのおかげでこれまで数多の魔術師と戦い、そして勝ち残ってきた。


 生き残るためには、願いを叶えるためにはそうするしかなかったから。


 だからこそ時無は冷酷なまでに躊躇なく人を殺めることができる。それは今も決して例外ではない。


「――現れよ」


 高ぶる己の魔力に、静かに命じる――。

そろそろ更新速度が2,3日に一回程度になると思います

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