第八話 初戦
「――現れたまえ」
時無の周囲に魔力が溢れ、やがて主を護衛する焔となりて顕在化し、時無を包む。
その特徴的な姿を目にした藍花は、何か脳裏に引っかかるものを感じて思案顔になった。
しかしその答えを藍花が出すよりも早く時無は林から空き地に出る一歩手前に立ち、片手を前方に掲げた。
するとそれまで主を守るように在った焔の一部が、引きちぎれるように集い、やがて闇夜を燃やす炎龍へと姿を変え、大気を焦がしながら目標へと駆けた。
炎龍が木々を押し退けてその身を晒し、敵の魔術師を飲み込もうと獰猛な顎門を開口する。しかし敵の魔術師の付近の地面が突如沸き上がり、炎龍の進行は妨げられた。
「土属性での防御の常套手段……魔術要塞とは厄介だな」
思わぬ壁に激突し、砕け散るように消散した己の魔術を遠巻きに見つめながら、時無は悪態をついた。
土とは、限界まで圧縮すればコンクリートもかくやという硬さになる。
故に土属性の魔術は概ね防御に特化しており、土属性の魔術師が顕在化させる土の障壁――魔術要塞はどれも生半可ではない強度を誇る。
しかも土はどこにでもあることから常に魔術の高速化されているも同然であり、一つ破壊したと思ったらまた現れた、なんてことも多々ある。
その代わり相手も魔術の攻撃を耐えるだけの強度の魔術を顕在する以上、即座に反撃するのはほぼ不可能。
即ち、魔術要塞の最中の魔術師は攻撃を捨てた絶対の安定を誇る防御体制だと言える。
そんな相手を倒すとなれば、方法は数えるほどしかない。
例えば魔術要塞が顕在化するよりも速くこちらの攻撃を通す、だとか。
再び顕在させた周囲の焔を一つ掴んだ時無は、その形を刀の如く細長く変形させた。
腕の長さほどになった焔の剣を携えながら、時無は静止していた足を前へ滑らせる。
眼前に広がった大きくもない空き地を、無音に近い状態で歩みながら氷よりも冷たい冷徹な眼差しで見渡す。
木々に囲まれるようにしてあるそれは広さにして四〇〇メートルトラックを作れるか否かというほどである。その中央に件の魔術師の姿があった。
見た目からして二十代前半だろうか。強気そうな見た目のわりに感じる雰囲気は好戦的ではなく、友好的ですらあった。
「お前が土の魔術師か」
剣を水平まで持ち上げながら時無は静かに問う。その声にはどんな感情も含まれていない。
すると男は少し逡巡した後、おもむろに口を開いた。
「あぁ、そうだ。君は火か。……どこかで見たことがあるシルエットだな」
時無の周囲を漂う焔から推測したのだろう。冷静に相手を分析できる余裕があることから、彼は魔術師との戦闘を幾度か経験しているのだろう。
しかし時無は何を思うこともなく、顔色を一切変えず歩を進める。心なしか、その速度は徐々に加速しているように見える。
「あぁ、そのとおりだ――」
小さく囁かれた言葉が魔術師の耳に到達するのとほぼ同じくして、剣を振り上げた時無の身体は既に彼の目前にまで迫っていた。
「――っ!?」
その驚くべき速度もそうだが――なにより時無からにじみ出ている身の毛がよだつ冷徹な殺気に、魔術師は一種の畏怖を覚えた。
「くそっ! 殺る気満々かよ!」
間一髪で男は魔術を顕在させる。彼が顕在化させた魔術による土の壁は、今まさに敵を喰らおうとしていた時無の剣を紙一重のところで防いだ。
両者の魔術が互いの鼻先数センチのところでぶつかり合い、周囲に暴風の如く強烈な衝撃波を撒き散らす。
「……まさか防がれるとは思ってなかった」
「そりゃどうも……ッ!!」
目の前で剣に化けた燃え盛る業火をこのままでは抑えきれないと判断した魔術師は、空いている右手で新たな魔術を顕在化させた。
顕在した魔術は先程と同じく標的の足下に巨大な槍を顕在させるものだったが、それは読んでいた時無は寸前のところで後ろへ飛び退いた。
しかし反撃は終わらなかった。顕在高速化の影響か、魔力の疲労を全く感じさせない魔術師は、今度は周囲の土を大蛇へと変貌させる。
それは先程の時無の炎龍のように地面を轟かせながら襲いかかってきた。
完全に意表を突かれた時無は周囲の焔を前方に圧縮し、迎え撃とうとするが――それよりも一足先に別の者の魔術によって大蛇の進行は止められた。
「なにっ!?」
「へえ……。最高のタイミングだ」
感嘆の声を上げながら目線だけ後ろに送ると、そこには緊張からか肩に力が入りながらも必死に両腕を突き出している藍花が立っていた。
今目の前で大蛇の進行を阻んでいる水壁は紛れもなく彼女の魔術だ。戦闘をしたこともないと聞いたときは頼りにならないと踏んでいたが、どうやらそれは早計だったようだ。
藍花への評価を少し上方修正しながら、時無は圧縮させた焔を再び周囲に纏わせ、脳をフル回転させて次の一手を思考する。
先ほどの魔術を再度仕掛けてもおそらく効果はないだろう。
あれは焔を剣の形に変形させていることから消費魔力が少ないのと、足元で魔力の爆発を起こすことでの踏み込み速度を生かした奇襲が得意な反面、必然的にその軌道は直線になるため、次は冷静に対処されて反撃を喰らうのが目に見えているからだ。
ならば多少強引であるが早期決着を試みるか――そう判断した時無は速やかにその旨を声に出す。
「守りは頼んだ」
それが自分に向けられたものだと気づくのに数秒かかった藍花は、緊張で小刻みに震える身体を奮い起こしながら、あらん限りの声で叫んだ。
「ま、まかせてっ!」
初陣故の固い声音を耳にした時無はしかし既に藍花のことは眼中になく、その瞳は尋常ならぬ殺意とともに目の前の魔術師へと向いていた。
「確実に……、殺す」
眼前の大蛇と水壁が相殺されるのを見咎めた瞬間、時無は準備していた魔術に全身の魔力を一気に注ぎ込み、顕在させた。
時無の周囲から空き地を焼き尽くさんばかりの業火が現れ、瞬く間に二人を囲む。
それは先刻こちらの世界に連れてこられる前、とある研究所を壊滅させたときと同じ魔術だった。
「な、なんだこれは……」
これは時無が持つ中でも威力と範囲はトップクラスの魔術であり、先程の炎龍すら比にならない威圧がある。男が狼狽するのも無理もない。
しかしその分消費魔力量は凄まじく、長時間顕在させるのは不可能ではないが厳しい。しかもいつ敵に狙われるかわからない現状、いざという時に備えて魔力は温存しておくに越したことはない。
――三分。その間にこの男を仕留める。
判断を下した時無は淡々と荒れ狂う業火を巧みに操る。




