第二七話 記憶の中
――時を遡る。
一日、一月、一年……顕在させた魔術により、藍花の意識は時無の記憶の中へダイブしていった。
そうしてどれほど経った頃だろうか。ほんの数秒か、はたまた数時間か、時間感覚を失っていた藍花は突如自分の足が大地に接触したのを感じた。
無論、この大地は時無の記憶の世界の大地であり、その大地に立っている彼女自身も実体でいるわけではない。
脳内へと直接極小の魔力を送り、それを経由して相手の記憶の中へ、自分の意識のみ潜り込む。
故に藍花は時間の逆行に干渉することなく、現在の容姿をした藍花の意識が……言うなれば意識体がここに存在する。
「実際に使ったのは初めてだけど……成功したみたいね」
半透明でふわふわした、まるで幽霊のような自身のカラダを見、安堵する。
実質、ダイブしている意識体の性質は幽霊とさして変わらない。例を挙げるならば人から視認されない、浮遊できる、などだ。
そんな使い勝手のいい魔術であるが、ダイブできる時間がそう長くないという欠点もある。
「早く結人を探さないと」
今彼女がいる場所は、それと言った特徴もない、どこにでもありふれた町の一つだ。
今回ダイブした先は、“時無の中で最も印象に残ってる時間”だ。
強いて言えば、時無が魔術狩りに目覚める、またはきっかけとなった時間であるはずだ。
彼のことを知るには、なにより彼が魔術狩りになった原因を調べることは必須だろう。
思案の末、そう結論づけた。
「さて……と、結人の居場所は――」
続くはずだった言葉は驚愕半分呆れ半分に消された。
振り返った目の前にあったのは、時無とかかれた名札が掛けてある家だったからだ。
「……いやまあ確かに結人の記憶の中だから、すぐに見つけてもおかしくはないけど。……おかしくはないけど!」
行き場を失った意気込みが、藍花の中で虚しく散る。
時間の無駄が省けいいことなのだが、このやり場をなくしたやる気がなんとも言えない。
「なんていうか、世の中理不尽だよね……」
しばらく複雑な感情を抱いていた藍花は、小さく嘆き、時無家へと足を踏み入れた。
鍵のかかった扉も実体でない彼女にとってはなんのその、難なくすり抜け玄関に入る。
一瞬闇に染まり、開けた視界に入ったのは特筆すべき点のないごく普通の玄関に置かれた三足の靴。
結人とその両親だろうか、そう思って廊下を進むと、奥から賑やかな話し声が聞こえてきた。
気づかれることはないと知りながらも、無意識のうちに隠れるようにそーっと居間の方へ歩を進める。
そして扉をすり抜けた途端、急に周りが騒がしくなった。
「ほら、早く準備しなさい」
「わかってるよ……あぁーーっ! クリームこぼれた!?」
「ちょ、ちょっとなにやってるの!?」
「これでは間に合わないぞ」
わいわいとケーキと思われる物をつくる姉か妹なのだろうか中学生くらいの女の子が一人と、両親であろう男女が一組。
賑やかであり、少々騒々しくもある空間。
たった一瞬見ただけでもその温かさ、幸せが藍花にひしひしと伝わり、思わず感嘆をこぼしていた。
「だってこれすごく難しいんだよ!? お父さんもやってみなよ!」
「……お前、俺が不器用なこと知ってて言ってるんだろ」
「ふぷっ……そ、そんなことないよ」
「この生意気娘め……」
「はいはいそこまでそこまで。お父さんも柚花も。あの子が帰ってくるわよ?」
大人びた見た目に反して子供のように無邪気にはしゃぐ柚花という名の少女。むっとした顔をしながらも、でもどこか笑っているように感じられるお父さん。言いあう二人をたしなめながら、楽しそうに笑うお母さん。
家族団欒。
まさにこの言葉を具現化したようなほど、彼らの周りは温かい空気で満ち溢れていた。
「これがあの人の家族……」
優しいお母さんと、仏頂面の父。
それがなんだかあの二人に似て見えてきて、少し目頭が熱くなった。
そうしてしばらく彼らの作業をみていると、次第に姉もしくは妹だろう柚花が作っている“それ”が時無への誕生日ケーキなのだと判明した。推察するに今日は彼の誕生日で、それを祝うため準備をしているというところか。
一体今日――もとい彼の誕生日は何日なのか。好奇心にそそられて周囲を見渡し、お目当てのものをみつける。
そしてそれを見た意識体の少女は思わず瞬きを繰り返していた。
「えっ……こんな偶然あるんだ……」
壁に立て掛けてあった大きめなカレンダーのとある日には、“結人の誕生日”という文字とともにぐるぐると大きな赤丸が示されていた。
それはなんという偶然か、現在から約十年前の今日だったのだ。
「これは帰ったらお祝いしてあげなきゃね」
あの恋愛なんてしたことありません、人に興味ありません、的なオーラをばんばん醸し出してる男を落とすには滅多にないチャンスだ。
小さくしかし大きな決心をした健気な少女の耳に、突如優しい音色が響いた。
「お、もう帰ってくるぞ。柚花、はやく仕上げろよ」
「うそ!? ちょ、ちょっとお母さんもチャイムに出てないでこっち手伝って!」
「嫌よ~。このまま外で待たせたらあの子可哀想じゃない。それに柚花が一人で作れるって言ってたじゃない」
正論を言われ、うぐぅ……と呻き声を上げながらも、柚花は急ピッチでケーキを仕上げにかかる。今まで遊んでたのではないかと思うくらい、パティシエ顔負けの怒涛の速さだった。……当然、クオリティは少し下がってしまっているが……サプライズをしたい彼女は完成を目掛けて突っ走った。
そしてものの数秒後、
「で、できたぁぁああ!!」
という歓喜の声とともに疲れた身体を放り出すように床に預ける音がした。が、藍花はすでにそれを見ることなく、一目散に玄関へと走っていた。




