第二六話 狂者の過去
前回も一度更新していましたが、執筆の際に少々修正、書き足しがあったので削除して、再投稿いたしました。
投稿が遅くなってしまい真に申し訳ありません。
崩落の余韻が残る廃墟の中を、紫電は鬱陶しげに歩く。
視界には砂塵が、聴覚には先の戦闘の余韻が残っている。
足下には歩くことを放棄したくなるほど瓦礫が散乱している。
普段ならこんなもの、魔力を使ってすぐにどかすが、魔法を使役し、さらに死に際の魔術師を殺すのに消耗していた魔力で魔術を行使したため、今は少しでも魔力を貯めておきたい。
今こうして歩いているのは、逃がしたあの男を探しているからであるのだが――身体は一度休ませろと訴えているのか、全身鉛の如く重い。
「全く……こういう時に限って昔を思い出しますね……」
激しく咳き込みながら紫電は呪われたように呟いた。
――紫電は内戦が激しかった国で生まれた、孤児だった。
善悪もわからないくせに、生きるための術だけは知っていたから、生き抜くためなら迷うことなく盗みをし、また殺しも犯した。
そんな生活をしていた紫電はどこかのニホンジンに拾われ、飯と寝床を与える代わりに研究の手伝いをさせられた。
新しい生活はよかった。毎日三食食べられるという環境だったからというのもあったが、氷咲とかいった紫電の担当だった研究者が、とても優しかったのだ。
ニホンという国にきて、言葉の通じない紫電に根気強く日本語を教えてくれたりもした。
研究の内容も事細かに説明をしてくれて、おかげで不安になることはなかった。
しかしそんな平和な日々は一つの些細な事件でいともたやすく崩壊した。
そもそもその研究所は魔術師でない人間でも魔術を使えるように、さらに言うなら今までにない新たな魔術、そして魔法を操る、即ちゼロから完全の魔法師を創る研究をしていた。
そして事件が起こったその日の実験は、一般人が魔力操作を可能とする人工細胞とのシンクロテストだった。
魔力の存在を感知できない人に魔術を顕在させるための、まさに人類の英知の結晶。
この実験が成功すれば研究はまた一歩幻想から現実へと近づく。
――はずだった。
果たしてシンクロテストは失敗した。
研究者たちは落胆こそしたが、また次に向けて励もうと誓った。
しかし事はそこで終わりはしなかった。
悲劇は起こった。
シンクロテストのために入れた少量の人工細胞が紫電の細胞を侵食し始めたのだ。
想定しきれなかった事態に研究者たちは反応が遅れ、状況を理解した時にはもう遅かった。
侵食を試みた人工細胞は紫電の細胞を次々と制圧し、やがて中枢にまで到達したそれに紫電は身体の制御権を奪われてしまった。
その後は目も当てられない光景だった。
制圧を終えた人口細胞は、幸か不幸か結果的に魔術師へなることができた紫電の身体で暴走をはじめた。
次々に魔術を顕在する紫電に、研究者たちは我が身大事と言うように、対応しようとすらせず一心不乱に逃げだした。
その中でただ二人だけ、雷を纏いながら外へ旅たとうとしている紫電の前に立ちふさがった者がいた。
紫電の担当だった、氷咲夫妻だ。
魔術師でもない一端のただの研究者にすぎない二人が魔術師となった紫電になにができるのか。
このままでは殺してしまう。早く逃げて。
そう叫びたかったが、人口細胞に侵された紫電の身体はそれを許さなかった。
自由を失い、苦しそうに顔を歪めることしかできない紫電に、二人は静かに微笑んだ。
「まさかこんなことになるとは思わなかった……言い訳の余地もない。本当にすまなかっ――」
死を恐れず、抵抗するわけでもなく無防備に頭を下げる二人を、無情にも紫電から放たれた稲妻が切り裂いた。
「――――ッ!!?」
紫電の中で声にならない悲鳴が上がり、それを嘲笑うかの如く魔術師となったもう一人の紫電は稲妻で幾度も二人を襲った。
――そんな……! やめてくれ
そんな紫電の悲痛な叫びも、声にはならない。いま紫電の体は、完全に彼の意思を受け付けず、言葉の通り人工細胞の手足となっている。
「ふは、あははははは!」
稲妻によって激しく炎を上げる実験機具、パニックに陥った研究員たちの慌てふためいた声……その全てを嘲笑うかのような、狂人と呼ぶに相応しい笑い声を響かせる“自分”に、紫電は絶望した。
そしてその光景は小さい頃に見た、あの血で染まった戦場を想起させた。そして紫電は悟った。
――そうか、私は“戦場”から逃れられないのか。
あの国で、あの場所で生まれ、血と悪の味を覚えてしまったが最後。どんなに逃れようと思っても、普通になろうと思っても、世界が、神が、いや、紫電の本能がそれを許さないのだ。認めないのだ。
お前は、そこにいるべきでないと。そうすべきでないと。
紫電という男には、あの生臭い血の戦場こそ相応しいのだ、と。
「ふふ、ふははっ」
口から零れ出た乾いた笑い声は、しかし今度こそは紫電の意思によるものだった。
「あぁ、そうか……そうだな」
天を仰おだその瞳は、今までのような生気の輝きを失っていた。
「ワタシはもう、人ではないのだな……」
諦めと、深い哀しみが混じった紫電による呟きは、同時に、彼が人工細胞を受け入れたことを暗示していた。
自分のものではない細胞が、紫電を最強の魔術師へと変貌させていく。紫電はそのことを痛感しながら、荒れた実験室の中で一人、静かに微笑していた。
そこで紫電の回想は途切れた。
これまでの見てきた、様々な記憶の中で、これだけは最も美しく、そして残酷だった出来事だった。今でも鮮明に思い出せるほどだ。
昔を思い返しながら、重い体を動かしていた紫電は、突如足を止めた。
なにかを感じて上げた視線の先には、天井や周囲の壁こそ崩れてるとはいえ、比較的瓦礫の少ない、休息にちょうどいい場所が続いていた。
そしてそのもっと先からは、僅かだが確かに、魔力の反応があった。
ニイッと笑った紫電は、再び歩みを再開した。
「完全なる魔法師……その完成まで、あと少しですよ」
無意識のうちに零れた言葉は、砂埃に乗って天へと消えてった。




