第一三話 木枯
そこかしこで音を立てて燃えている炎を避けながら走る。
周囲には感電したのか、白目を向いて息絶えている人がそこら中に転がっている。どうやら間に合わなかったようだ。
《奴》を取り逃がした以上、正直な話、今すぐにでも身を引き返したいところだがそうもいかなかった。
見るに耐えない惨状の、その中心部に一人、焔に守られるようにして呆然と立ち尽くしている少年がいたからだ。
もしかしたら《奴》の姿を見たのかもしれない。去っていった方角もわかるかもしれない。
僅かな希望を胸に、少年の元へと足を運ぶが、すぐにそれどころではないと悟る。
「おい! 大丈夫か!?」
目の前まで近づいても身動ぎしない少年の肩を揺さぶり、生死を確かめる。
外傷らしきものはなく脈もしっかりと動いているが、その瞳は瞳孔が開いているのかと疑うほど虚ろだ。
「おいおい、生きてるだろうな……。君名前は? 家族とかは――」
誰何した声は途中で行き場を失ったように掻き消えた。
理由は簡単だ。少年の周りに、彼を守るような格好で倒れている三人の男女。うち二人の男女は四〇代と思われ、残り一人の女性は目の前の少年より五つばかり年上だろうか。
そしてそれを見た格好のまま、固まっている少年――。
この状況を見てしまっては、「家族はどうした?」などと聞けない。聞けるはずがない。
「あの野郎……、いったい何人殺せば気が済むんだ……何がしたいんだよ……ッ!!」
この惨状の元凶である人物を追ってここまできたが、これではなんの意味もない。
「くそっ、この子をこのまま放っておくわけにはいかないし……だあぁぁっ!!」
どうしたものかとひとまず叫んでみたが、当然ながら事態はなにも進展もしない。
しょうがない、ひとまずこの子を安全な場所へ避難させよう。
そう思って少年の手を掴もうとした時――突如目の前が暗転した。
「…………ぬ」
目を開けると、眼前に広がるのは地獄ではなく、色味のないコンクリートの天井だった。
しばらく状況の急変に戸惑うが、今自分がベッドの上にいることに気づくと、すぐさま理解できた。
土の魔術師と別れた後、拠点であるこの廃ビルに戻ったのだ。いつの間にか就寝していたらしい。
窓から差してくる月明かりがまだ明るいことから、日付は変わっていないようだが。
「……夢か」
だいぶ昔の夢だった気がする。一〇年ほど前だろうか。
あの後は確か、子供を肩に担ぎ、魔術を使って安全な場所へとひとっ飛びした。
人生の中でもあれは特に大きな分岐点であり、実際あの少年と会った日を境に生活もがらりと豹変した。あの少年にとっても、自分にとっても。
結局その後少年を育てることになろうとは、あの頃は微塵も思っていなかっただろう。
もっとも、あれが子育てと言っていい代物だったとは、到底思えないが。
「もっと私が人としての道を歩んでいたら、あの子もあるいは――」
無意識のうちに零れ出た心の声を、押し止める。いまさら後悔しても遅いのは解っている。
そしてその懺悔を唯一救う手段を得るために、この戦いに参加したのだ。負ける訳にはいかない。
水を一口飲み干し、窓から身を乗り出す。まるで彼の出陣を後押しするように風も勢いよく吹いている。
風向きを確かめると、三階ほどの高さの窓から飛び降りる。そのまま地面に直撃するかというところで足下に魔術を顕在化させ、落下の衝撃を無くす。
任意の位置から強風を発生させるだけの、風属性を扱う魔術師なら誰でも使える魔術だが、三階から飛び降りた時に発生するGを相殺するほどとなれば、一流の魔術師しかできないだろう。
「さて、行こうか」
頭深くまでフードを被り、風の魔術師こと来宮木枯は次の戦場を求め、歩き始めた。




