01-01.裏切り
「エコー。お前を勇者パーティーから追放する」
ああ。やっぱりこうなった。
だからって高難度ダンジョンの最深部で言わなくたって。それもボス部屋の前で。だから後衛職の私に扉を開けさせたのか。ニヤニヤしちゃってまぁ。これが勇者とは世も末だ。
「装備は返却してもらおう。規約通りにな」
杖をひったくられた。
規約って? まさかギルドの? それは自分から辞めた場合の話だ。それもパーティー資金を借りていた場合の話だ。
ギルドが詐欺対策に設けた規約だ。悪人が私腹を肥やすために利用するものじゃない。ギルド職員の立ち会いの下で行われる手続きだ。こんなダンジョンの最奥でなんて論外だ。
そもそも私は借金なんてしていない。借り物なんて何一つない。なのに返却とはどういうこと?
けど言ったって無駄なんだろうなぁ。
身体の関係を断られてこんな卑劣な真似を企てる連中だ。やっぱりハーレムなんて作る奴は信用しちゃいけなかったんだ。……いや。そんなの知らなかったんだけどさ。そもそも私に選択肢なんて無かったし。別に信用なんてしてないし。
昨晩、ダンジョンの深部でいきなりおっぱじめたもんだから驚いた。仲良いとは思っていたけど、まさか全員がそんな関係だったなんて。
男一人に女三人……違った。男二人に女二人。一人女装してるけど男だ。それも勇者にゾッコン。
ううん。愛の多様性にとやかく言うつもりはないんだよ。
だからって混ざれって言われてもさ。あ~やだやだ。最初から脅して混ぜる気満々だったのだ。反吐が出る。何が勇者パーティーだ。
「おい。早く脱げ。防具もだ」
下卑た笑みの勇者が手を伸ばしてきた。私は逃げ出した。
「嘘っ!?」
「待って! バカな真似はやめなさい!!」
「何処へ逃げるって言うんだ! 武器も無しに!」
「…………ふふ」
奴らは追ってこなかった。追ってきたのは勇者たちの驚愕の声だ。それも当然。
だって私の背後にあったのはボス部屋だもん。まさかボス部屋に単身で飛び込むとは思わなかったことだろう。
奴は袋小路に追い詰めた私で遊ぶ気だったのだ。この期に及んで諦めていなかった。言うことを聞かなければいつでも殺せるぞと脅したかったわけだ。
しかし私はそんな奴らの思惑を振り切った。自ら死地へと飛び込んだ。ここは近隣で最高難易度のダンジョンだ。未だ踏破者の存在しない理由はこのダンジョンボスにこそある。
背後で重たい扉の閉じる音がした。
奴らが閉めたのではなく、ボス部屋自体が私を挑戦者として認識したのだ。
最初から結末は決まっていたのだろう。
あの勇者パーティーと共に、このダンジョンへ挑んでしまった時から。奴らは私を殺すつもりだったのだ。
ダンジョンボスを使えばわざわざ自分の手を汚す必要はない。そもそもそんなことをすれば犯罪歴が付いてしまう。
奴らはその過程に自らの楽しみを差し込もうとした。でなきゃ私なんかをパーティーに加えようとは思わなかった筈だもの。最初から少し遊んで捨てるつもりだったのだ。それが奴らお決まりの手口なのだろう。
この世界は常に女神が見守っている。善人を殺せば自動的に記録が残る。
一度罪人となれば、真っ当な仕事は元より、冒険者を続けることすら不可能だ。社会から完全に弾かれてしまう。そんな仕組みがある。
奴らは随分と手慣れていた。既に幾度も同じことを繰り返してきたのだろう。ボス部屋に放り込むのって殺人判定されないもんね。これは結構有名な話だ。長く冒険者をやっていれば誰でも耳にする情報だ。
一人でボス部屋へ入るよう命じれば、或いはただ突き飛ばすだけでも完全犯罪の成立だ。そうするまでもなく私は飛び込んだわけだけれども。あのままじゃ本当に身ぐるみ剥がされてたし。そんな最期は御免だ。誰だってそうだろうさ。勇気があるかどうかはともかくね。
さて。どうしよう。
眼の前には少女が立っている。
その少女は、静寂の中に佇む一輪の精緻な花のような存在感を放っていた。ふわりと広がるスカートの裾や、幾重にも重なった繊細なレースが施された真紅のドレス。その姿は、熟練の職人が丹精込めて作り上げた芸術品のように、細部まで整った造形美を湛えている。
真紅のドレスの上で踊るのは、夜明けの空を閉じ込めたような、淡く透き通る桃色の髪。それは甘いお菓子のような色をしていながら、どこか命を吸い取る毒花の蕾を思わせる、不吉なほどに美しい輝きを放っていた
陶器のように滑らかで白い肌。
整った顔立ちの中で、鮮やかに輝く血色の双眸が、強い意志を感じさせる光を宿してこちらを見つめている。
小さく結ばれた唇が弧を描く様子は、その神秘的な美しさをより一層際立たせる象徴となっている。
随分と小さなダンジョンボスだ。
けれど強い。ひしひしと感じる。プレッシャー。
思わず走馬灯が浮かんでしまうくらいだ。
これは勝てない。間違いなく。
私は死んだ。
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……うん? あれ?
えっと……?
確か黒い霧に飲まれて……。
……死んだ筈だ。
けど私は立っている。
どこだろう。ここ。真っ白だ。それにうっすら光ってる。
何も無い。あるのは光る床だけ。
これが天国ってやつかな? それとも地獄?
私が来てるんだから天国に決まってるか。
「……?」
いつの間にか人が立っていた。さっきまで間違いなくそこにいなかったのに。……いや。居たのに認識出来なかったと言った方が正しいのかもしれない。まるで意識の外から突然現れたようだ。
最初に目を奪われたのは、足元まで届きそうなほど長く、透き通った銀髪だ。光の加減で真珠のように色を変えるその髪が、風もないのにふわりと揺れている。
陶器のように滑らかな白い肌に、星を閉じ込めたような深い蒼の瞳。その整いすぎた容貌は、もはや芸術品を通り越して、恐ろしさすら感じさせる美しさだった。
綺麗な人だ。目が離せない。
「エコー。天の定めに背き、特別に赦しを与えます。二度目の奇跡、無駄にしてはなりませんよ」
「……」
「何か?」
この人は……違う。人じゃない。女神様だ。教会で目にした石像とそっくりだ。けど本物はずっと綺麗だ。何か圧倒的な力を感じる。魔力とは別のものだ。これが神の力なんだ。
確か名前はネメシスだ。教会が奉じる神の名だ。
善悪の判定を自動的に下す傲慢な女神様。
一部の者たちは蛇蝎の如く彼女を嫌っている。
そしてそれ以上に多くの者たちが、彼女を心の底から崇めている。両極端な女神様。
「エコー。あなたにもう一度チャンスを与えます」
わざわざ言い直した。なんで?
私が話を聞いていないと思ったのかな。おバカで意味が伝わってないと思われたのかな。返事もしなかったもんね。せめて跪かないとだ。けれど目が離せないんだ。きっと圧倒されちゃっただけ。ちゃんと聞いてるよ。
「あなたの活躍に期待します」
そこで再び意識が途絶えた。
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「……あら? あなたなんで生きてるの?」
……可愛い。
ボスっ子が床に転がった私を覗き込んでいる。
私は生き返ったようだ。信じられないことだが、女神様の与えてくれたチャンスとはこのことか。
……なんだか自分でも驚く程に冷静だ。これも女神様が何かしたのだろうか。
「なにそれ? 力を隠していたの?」
あなた喋れたんだ。
ダンジョンボスが喋れるなんて話は聞いたことがない。この子は特別みたいだ。そもそも完全な人型だ。角も尻尾もない。まるっきり見た目は少女のそれだ。この部屋にいなければ魔物だと思うこともなかっただろう。その時点で極めて異質だ。
「答えて」
「……」
答えてって言われても。力って……あれ?
「まあいいわ。試せばわかることだもの♪」
なんだか楽しげだ。
「さあ♪ もう一度よ♪ 今度は期待できそうね♪」
……そっか。これ神様がくれたんだ。うん。今なら負ける気がしないかも。
どうやら私は女神様に選ばれたらしい。今まで知らなかった感覚が私を包んでいる。これはきっと女神様が授けてくれた特別な力だ。本来勇者や聖女だけが授かる力だ。
ダンジョンボスが早速しかけてきた。
ボスが放ってきたのは私を殺した黒い霧だ。この黒い霧には対象の魔力を奪う力があるらしい。
先程の私は為す術なく絞り尽くされてしまった。死因は魔力枯渇か。或いは急激に吸い出されたショックかも。
蘇生の影響か、魔力も体調も万全だ。新しい力もある。この力に遮られて、今度の黒い霧は私から魔力を吸い出せなかった。
「……」
少女は何やら考えている。霧が通用しないと気付いて次なる手を思案中だ。
取り敢えずその隙に魔術を放ってみた。
炎の玉、氷の槍、岩の弾丸、風の刃。次々と攻撃を仕掛けていく。どれも絶好調だ。杖も無いのに以前より遥かに威力が上がっている。しかし通じない。全ての攻撃が霧化したボスの身体をすり抜けていく。あの力は攻撃だけでなく、防御にも使えるものらしい。
これでは埒が明かない。私も何か手を考えないと。
もしかして……今なら神聖魔術も扱えるのかな?
神聖魔術……所謂「白魔術」とは、「黒魔術」と対を成す魔術体系だ。というか実態としては全くの別物だ。白魔術とは女神が信仰心と引き換えに与えてくれる力なのだ。
対して黒魔術とは、特殊な魔力持ちだけが扱える術だ。自らの魔力を糧に術を行使する技術だ。
他にも自然魔術……そのまま「魔術」、或いは「緑魔術」なんて呼ばれるものもある。これは自身以外の周囲に存在する魔力を使って術を行使する技術だ。これが最も一般的だ。
黒魔術は特殊な才能が必要な代わりに、最も安定して扱うことの出来る術だ。代わりに威力は大したことがないことも多いけれど、中には例外も存在している。
その例外とは、単純に持っている魔力量が膨大な場合と、自然魔術との併用が可能な場合だ。しかし神聖魔術との併用だけは出来ない。それが一般的な認識だ。
黒魔術師は神聖魔術を扱えない。つまり神から嫌われている。だから忌むべきものだ。そこまで含めての一般常識だ。
逆に言えば、黒魔術師以外の自然魔術の使い手は、神聖魔術との併用も可能だったりするわけだ。
自然魔術は周囲の魔力量や環境次第で威力が変動するし、神聖魔術はメンタルの影響を受けやすい。合わせて習得することでそれらの弱点を補い合える関係だ。
しかしそもそも、神聖魔術の習得難易度がべらぼうに高いので、実態としては扱えない者が殆どだ。使い勝手も違いすぎるので、わざわざ魔術とは別に覚えようとする者はそう多くはない。
「やろうと思えば身につけられる」なんて言いながら、黒魔術師を見下すのが「普通」の魔術師だ。自分たちだって神聖魔術なんて扱えもしないのに。
私も例に漏れず、神聖魔術だけは扱えなかった。色々練習してみたけどダメだった。そもそも今までは信仰心なんて持てた事もなかったのだ。
けれどあの女神様なら。私を救ってくれた女神様になら信仰心を向けられる。我ながら現金だとは思うけれど。
それに今の私には、特別に授かった力も備わっている。
やれる筈だ。今の私になら。
「ホーリー・レイ!!」
「っ!?」
出た。本当に出ちゃった。
今まで何度練習しても使えなかったのに。あっさりと。
ボスがお腹を押さえて蹲っている。……大丈夫? やりすぎた? 見た目のせいで相手が魔物だって忘れそうになる。
もろに直撃したようだ。しかもさっきみたいに霧化で避けられなかったらしい。大穴空いちゃってる。痛そう。
「ヒー」
「っ!? 降参! 降参よ!! 負けを認めるわ! お願いよ! もうやめて!」
倒れ込んだ少女は心底怯えた様子で命乞いを始めた。
やはり神聖魔術は効果抜群らしい。なんとなくヒールも試してみようかと思っただけなのに。治療のための術であっても、彼女にはダメージにしかならないのかも。
「……認める」
「感謝するわ! お願い! 私に名前を頂戴!」
名前? もしかして魔術的に契約を結ぶの?
そんなことまで出来るんだ。ダンジョンボスなのに。
「……リリス」
「リリス♪ 気に入ったわ♪」
少女は脂汗を浮かべながら「にかっ」と笑うも、すぐにまた表情を苦痛に歪ませた。




