終章 まだ、お義父さんにはならないから!いや、まだっていうか…とにかくちがうから
森から戻って数日。屋敷はすっかり日常を取り戻していた。まだ原因が全てなくなった訳ではないけれど、平和そのものだった。
◇
夕食の支度。
棚の上の壺に手を伸ばした瞬間、後ろから声がした。
「届かないだろう?」
「……っ!」
振り返ると、セドリックが腕を伸ばし、私の頭越しに器を取っていた。
近すぎる距離に、思わず頬が熱を帯びる。
「わ、私だって届くわよ!」
「……それくらい、頼ってほしい。私は君より背が高いからね」
「……っ」
器を受け取る指が一瞬触れ、心臓が高鳴った。
◇
食卓は騒がしく、静かな隠居とは程遠いが、やっぱりみんながいると楽しい。
「母上、このスープ絶品です」
「母さん、この肉売れるよ!」
「お母様、お代わりは?」
子供たちが口々に賑やかに食べる中、セドリックが何気なくフォークで一口分をすくい、こちらに差し出した。
「アウラ、はい。あーん」
「っ!?え!?ちょ、ちょっと!」
「体調崩したばかりだろう。君が食べるまで安心できない」
「……自分で食べれるわよ!」
「でも、体調管理の一環だよ。それは、王命に入ってるよ?」
「……もう!」
それでも、皆の前で突き返すこともできず、仕方なく口を開けて受け入れる。
――途端、子供たちの視線が一斉に光った。
「は、母上!」
「……殿下って破廉恥ですわ!」
「ママはわたしのものだもん!」
「はあ……もう!」
◇
皿を重ねて運んでいる途中。足元に布巾が落ちていた。
あっ、と、つまずきかけた瞬間――セドリックがアウラを抱え込んでいた。
「…間に合ったね?」
「……っ、ありがと」
見上げた視線に、胸がどきりと揺れる。
そのまま皿を受け取られ、指先がまた触れた。
「……!」
「君の指、冷たいね」
「っ、いいいから早く持っていって!」
◇
私は寝室でひとり布団の中で顔を覆った。
(……大したことない、はずなのに。どうしてこんなに意識してしまうの)
「……呪いなんか、問題ないのに、これじゃあなんか…」
恋したみたい、と言う言葉は頭の中で取り敢えずかき消した。
◇
リビングで子供たちが家族会議をしている。
「母上…殿下をとうとう意識して…」
「あーあ、ついにお義父さんに…」
「いやだ!母さまが王城に取られる!」
「でも……お母様が笑っているなら、それでも」
「王妃とか、ママが苦労したらどーするの!」
賑やかな声ばかりの騒がしい毎日。でも――アウラの心の奥は、温かい静けさで満ちていた。




