20.勝負の結果
ラグラスの目つきが変わったかと思うと、目に見えない速さの一撃が来た。
紙一重で避けられたのは、カイルに教え込まれた反射のおかげだ。
続けざまに剣を振るわれて、ステラは防戦一方となる。
打ち合う剣の音が重なり、連なって、戦いのすさまじさを伝えてくる。それは周囲で見ていた人間も同じだった。
「なぁ……あれ、本当にローズウッドか?」
離れた場所で見学していたひとりが呆然と言う。
「ありえない……。ラグラスと互角にやり合ってる……」
「あれは本当にローズウッドか? 役立たずで、岸無しの……」
「信じられない……」
だが、ステラの方もそろそろ限界が近づいていた。
初戦からの全力に加え、彼は一番の強敵だ。流れる汗がこめかみを伝い、足元に落ちる。次の一滴は首筋に流れ、背後へと飛び散った。
彼は確かに強い。
――けれど、それでも。
(副団長の方が……もっと強い!)
ステラは彼の正面に飛び出した。
高く飛び上がり、大きく剣を振りかぶった後、素早く身をかわしてかがみ込む。下から斬り上げる形での攻撃は、しかし事前に読まれている。だが、ステラの狙いはその先だった。
――いいか、ローズウッド。
カイルの声がよみがえる。
攻撃にはいくつかのパターンがある。
だが、それにはたいてい対処法がある。
上からだろうと、下からだろうと、それは変わらない。受ける側の得意なやり方がある。
だが、それは癖であり、場合によっては隙にもなる。
(だから)
――一瞬でいい。その先を狙え。
予想の一歩先、ステラは振り抜いた剣の勢いをそのままに、返す力で片手を離し、左腕一本でラグラスの胴を薙ぎ払った。
彼も剣を構えたが、一歩及ばず膝をつく。それが試合終了の合図だった。
「し……勝者、ステラ・ローズウッド!」
審判が上ずった声で宣言する。わっと周囲がどよめいた。
息をつき、ステラはその場にへたり込む。
その目の前に手が伸ばされた。
「おめでとう、ローズウッド」
立ち上がったラグラスが、ステラに手を差し伸べていた。
「許してくれとは言わない。ただ、今後、俺はお前の味方になる」
「それだけで十分だよ、ラグラス」
ありがとう、とステラが笑う。
ラグラスがさっぱりした顔で立ち去っていくと、入れ替わるようにガロルドが現れた。
「いつの間にあいつをたらし込んだんだよ、ローズウッド」
「……そんなことしてない」
「そうじゃなかったら、お前があいつに勝てるはずないだろうが。どんな卑怯な手を使ったんだよ。それとも、やっぱり色仕掛けか? 俺にも同じことをするなら許してやるけど」
「だから、してない」
どこから見ていたのかは知らないが、手を差し伸べたところを目撃されたらしい。ステラが断ると、ガロルドは鼻の穴をふくらませた。
「そうかよ。じゃあお前は俺にボコボコにされるんだな。見ただけで疲労困憊のくせに。俺に勝てると思うなよ」
「……私は、全力でやるだけだから」
「俺が勝ったら、全員の前で裸にしてやるからな」
そう言うと、ガロルドはステラの胸に目を留める。
今の戦いで胸当てがずれ、取れかかっている。
反射的に手で隠すと、その目に欲望めいた色が宿るのが分かった。
「……なあ、ちょっとだけ触らせろよ。そしたら手加減してやるからさ」
「いらない。やめて」
「ちょっとでいいからさ。触るだけ。なあ、いいだろ、それくらい?」
「やめて、嫌……!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだって。ほら、ちょっと触って、ちょこっと揉むだけ……」
「――何してる、お前ら」
ステラに触れようとした手が、ぴたりと止まる。
それと同時に、ガロルドの襟首が乱暴につかまれた。
「何を触って、何を揉むんだ?」
げっとガロルドが声を上げる。
「副団長!」
顔を引きつらせる彼とは対照的に、ステラがほっとした顔になる。
「今から決勝だ。疲労は溜まったままでも、できるだけ回復させとけ。ローズウッドは身支度整えろ。怪我するぞ」
「あ、はい」
ステラが急いで胸当てを直す。
「ハーヴェイも俺が面倒見てやろうか?」
カイルの提案にプルプルと首を振り、ガロルドは急いで逃げ出した。
それを見送り、「ったく、あのエロ猿が」と毒づく。
「助けてくださってありがとうございます、副団長」
「何もされなかったか?」
「はい、一応は」
皮紐を結ぼうとしたが、手が震えてうまくいかない。思っていたよりも怖かったのかもしれない。何度もやり直し、手を開いたり閉じたりする。そんな様子を見かねたのか、カイルが紐を結んでくれた。
「緊張するなって言っても無理だろうな。気負わず行け」
「はい。でも……」
「言っただろ。お前に手は出させない」
何も心配するな、と宣言される。
「お前はお前の全力を出して、あいつを真正面から叩き潰せ。正々堂々と、実力で」
「副団長……」
「お前ならやれる。目にもの見せてやれ、ローズウッド」




