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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第2章

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20/63

20.勝負の結果


 ラグラスの目つきが変わったかと思うと、目に見えない速さの一撃が来た。

 紙一重で避けられたのは、カイルに教え込まれた反射のおかげだ。


 続けざまに剣を振るわれて、ステラは防戦一方となる。

 打ち合う剣の音が重なり、連なって、戦いのすさまじさを伝えてくる。それは周囲で見ていた人間も同じだった。


「なぁ……あれ、本当にローズウッドか?」

 離れた場所で見学していたひとりが呆然と言う。


「ありえない……。ラグラスと互角にやり合ってる……」

「あれは本当にローズウッドか? 役立たずで、岸無し(ノーショア)の……」

「信じられない……」


 だが、ステラの方もそろそろ限界が近づいていた。

 初戦からの全力に加え、彼は一番の強敵だ。流れる汗がこめかみを伝い、足元に落ちる。次の一滴は首筋に流れ、背後へと飛び散った。


 彼は確かに強い。


 ――けれど、それでも。


(副団長の方が……もっと強い!)


 ステラは彼の正面に飛び出した。

 高く飛び上がり、大きく剣を振りかぶった後、素早く身をかわしてかがみ込む。下から斬り上げる形での攻撃は、しかし事前に読まれている。だが、ステラの狙いはその先だった。


 ――いいか、ローズウッド。


 カイルの声がよみがえる。


 攻撃にはいくつかのパターンがある。

 だが、それにはたいてい対処法がある。

 上からだろうと、下からだろうと、それは変わらない。受ける側の得意なやり方がある。


 だが、それは癖であり、場合によっては隙にもなる。


(だから)


 ――一瞬でいい。その先を狙え。


 予想の一歩先、ステラは振り抜いた剣の勢いをそのままに、返す力で片手を離し、左腕一本でラグラスの胴を薙ぎ払った。

 彼も剣を構えたが、一歩及ばず膝をつく。それが試合終了の合図だった。


「し……勝者、ステラ・ローズウッド!」


 審判が上ずった声で宣言する。わっと周囲がどよめいた。

 息をつき、ステラはその場にへたり込む。

 その目の前に手が伸ばされた。


「おめでとう、ローズウッド」

 立ち上がったラグラスが、ステラに手を差し伸べていた。


「許してくれとは言わない。ただ、今後、俺はお前の味方になる」

「それだけで十分だよ、ラグラス」


 ありがとう、とステラが笑う。

 ラグラスがさっぱりした顔で立ち去っていくと、入れ替わるようにガロルドが現れた。


「いつの間にあいつをたらし込んだんだよ、ローズウッド」

「……そんなことしてない」


「そうじゃなかったら、お前があいつに勝てるはずないだろうが。どんな卑怯な手を使ったんだよ。それとも、やっぱり色仕掛けか? 俺にも同じことをするなら許してやるけど」

「だから、してない」


 どこから見ていたのかは知らないが、手を差し伸べたところを目撃されたらしい。ステラが断ると、ガロルドは鼻の穴をふくらませた。


「そうかよ。じゃあお前は俺にボコボコにされるんだな。見ただけで疲労困憊のくせに。俺に勝てると思うなよ」

「……私は、全力でやるだけだから」

「俺が勝ったら、全員の前で裸にしてやるからな」


 そう言うと、ガロルドはステラの胸に目を留める。

 今の戦いで胸当てがずれ、取れかかっている。

 反射的に手で隠すと、その目に欲望めいた色が宿るのが分かった。


「……なあ、ちょっとだけ触らせろよ。そしたら手加減してやるからさ」

「いらない。やめて」

「ちょっとでいいからさ。触るだけ。なあ、いいだろ、それくらい?」

「やめて、嫌……!」

「ちょっとだけ、ちょっとだけだって。ほら、ちょっと触って、ちょこっと揉むだけ……」

「――何してる、お前ら」


 ステラに触れようとした手が、ぴたりと止まる。

 それと同時に、ガロルドの襟首が乱暴につかまれた。


「何を触って、何を揉むんだ?」


 げっとガロルドが声を上げる。


「副団長!」


 顔を引きつらせる彼とは対照的に、ステラがほっとした顔になる。


「今から決勝だ。疲労は溜まったままでも、できるだけ回復させとけ。ローズウッドは身支度整えろ。怪我するぞ」

「あ、はい」

 ステラが急いで胸当てを直す。


「ハーヴェイも俺が面倒見てやろうか?」


 カイルの提案にプルプルと首を振り、ガロルドは急いで逃げ出した。

 それを見送り、「ったく、あのエロ猿が」と毒づく。


「助けてくださってありがとうございます、副団長」

「何もされなかったか?」

「はい、一応は」


 皮紐を結ぼうとしたが、手が震えてうまくいかない。思っていたよりも怖かったのかもしれない。何度もやり直し、手を開いたり閉じたりする。そんな様子を見かねたのか、カイルが紐を結んでくれた。


「緊張するなって言っても無理だろうな。気負わず行け」

「はい。でも……」

「言っただろ。お前に手は出させない」

 何も心配するな、と宣言される。


「お前はお前の全力を出して、あいつを真正面から叩き潰せ。正々堂々と、実力で」

「副団長……」


「お前ならやれる。目にもの見せてやれ、ローズウッド」

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