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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第2章

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21.ガロルドとの戦い‐1※


 ガロルドと戦うのは久々だった。


「お前が俺に勝ったことはないよな。お前、弱いもんなぁ?」


 もう勝利を確信しているのか、ガロルドはにやけた顔を隠さない。

 先ほどの戦いを見ていなかったのか、それともラグラスが手を抜いたと思っているのか。もしかすると、ステラに同情したと思っているのかもしれない。

 取り巻きも正直には言わなかったのか、向こうで居心地の悪そうな顔をしていた。


「俺が勝ったら、雑用係に逆戻りだ。それだけじゃない。お前を奴隷にしてやるからな。俺に逆らったこと、たっぷり後悔させてやる」


「……何度も言ってるけど、自分のことは自分でやる。そう教えられたはずでしょう。私も仲良くなりたくて、みんなにいい顔をしてたと思う。それだけは悪かったと思ってる。でも、もうやらない。絶対に」


 ラグラスにああ言われるのも当然だった。

 ガロルドの家に気を遣い、彼の命令に逆らわなかった。みんなに嫌われるのも怖かったし、オレッセオにも頼れない。人と争うのは苦手だし、誰かを怒らせるのも嫌だった。目立つのを避けたかったから、いつも笑ってやり過ごしていた。


 やり方を間違えた自分にも非はある。けれど、それについての話はもう終わった。

 そもそも、仲良くなりたい相手の好意につけ込んで、これ幸いとすべての仕事を押しつける方にも問題はあるだろう。おまけに、できなければ罵って、暴力まで振るう。どう考えても相手の方が非はあるはずだ。


「うるせえ! この試合できっちり分からせてやるからな!」

 覚悟しろ、と言うタイミングで声がした。


「――始め!」


 審判の声と同時に、ガロルドが剣を振りかぶる。

 大柄な体格の彼は、かなりの力自慢でもある。体格差で劣るステラには不利だ。おまけに今までの試合中、彼はほとんど体力を使っておらず、十分に余力を残している。

 五試合すべてに全力を注ぎ、体力が底を尽きかけているステラとは雲泥の差だった。


「うおおおぉっ!」


 雄たけびとともにガロルドが突進してくる。

 だが、その動きは読みやすい。危なげなくステラが攻撃をかわしていく。

 模擬戦用の剣は、刃を潰してあるのが特徴だ。たとえ直撃しても、命の危険はない。


 そう思った瞬間、鋭い音が風を切った。

 ステラの髪が数本ちぎれ、風に舞う。


「ガロルド、その剣……!?」

「普通の剣よりは切れないと思うぜ? ただし、当たったら大怪我するかもな」

 ガロルドが唇をゆがめて笑う。


(本物の剣だ)


 多少殺傷力は落ちるだろうが、ステラの持つ剣とは比べ物にならない。慌てて審判の方を見ようとしたが、「もう試合は始まってんだよ!」と突進される。


「いいぜ、訴えても。けど、これは正真正銘、模擬戦用の剣だ。調べても判定は変わらない。その場合、利己的な理由で試合を中断させたお前の負けだ」

「ガロルド、あなた……」

「特別に調整してもらったからな。お前とは頭の出来が違うんだよ」


 大きく口を開けたまま、挑発するように舌を出す。ステラの額に汗がにじんだ。


(どうしよう)


 まさかこんな真似をしてくるなんて。

 片方は殺傷能力を持ち、もう片方は違う。それだけでもかなりのアドバンテージになるはずだ。少なくとも、相手の動きを鈍らせるには十分なほどの。


「それにしても、あの平民。俺に生意気な口叩きやがって」

 ガロルドが忌々しげに言う。


「見てろ。そのうち、平団員に引きずり落としてやる。いや、その前に闇討ちかな? 一度思い知らせてやらないと」

「副団長に何するつもり?」

「さあな。それはお前次第だ……ローズウッド!」


 はっと顔を上げたのと、何かがぶちまけられたのは同時だった。


 ごく少量だが、何かの粉だ。明らかに反則だが、審判は何も言わない。体の位置が災いして、相手からは見えなかったらしい。一瞬視界が奪われて、ステラが思わず目を閉じる。染みるほどではないが、涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。


 その隙を見逃さず、ガロルドが猛攻を仕掛けてくる。

 卑怯な手だが、効果的だ。涙で粉を洗い流し、ステラは必死に防戦した。


 唐辛子とか、ショウガのようなものではない。妙な匂いのする粉だ。ガロルドなら、もっと分かりやすい目つぶしを使いそうなものなのに。


 そこまで卑怯な真似はできないと考えたのだろうか。

 それとも、もしかすると、別の――……?


 不思議に思ったのは束の間だった。

 ステラの体が、ぐらりと傾いた。


(何……!?)


 ドッと全身に汗をかく。

 体中を流れる血の巡りがよくなり、心臓の音が耳元で響く。


 足元がふわふわするような感覚と、熱に浮かされたような酩酊感。

 お酒を飲んだ事はないが、それに近いかもしれない。頭がくらくらして、うまく立っていられない。


「効いてきたか」

 顔を上げると、ガロルドが勝ち誇った顔になった。


「媚薬の一種だ。慣れない人間なら、三分もしないうちにメロメロになる。お前は特に弱いみたいだな、ローズウッド?」

「こんな……試合で、何を……」

「何? 決まってるだろ」


 次の瞬間、胸当てを留めていた皮紐が切り落とされた。


「!!」


 女性騎士の防具のひとつに、胸当てがある。

 男性にも似たようなものはあるが、女性用の方がしっかりしている。これは練習用なので、本物よりもやや手軽だ。


 丈夫な皮をなめし、首の後ろで一か所、下の方でもう一か所結ぶ。片掛けの下着にも似た形状だが、もう少し大きめだ。安全を考慮して、皮は二枚重ねになっている。

 パサリ、と胸当てが落ちると、ガロルドはゆがんだ笑みを浮かべた。


「言っただろ。後悔させてやるって」


 ガロルドが突きを繰り出してくる。

 かろうじてよけてはいるが、少しずつ服が切り裂かれていく。


 胸当て以外にステラが身に着けているのは、長袖のシャツと、丈の短いキュロットスカート、それを覆う短い腰当て、両手につけた小手と肘当て、ぴったりしたタイツに膝当て、そして膝近くまであるブーツだった。肌はほとんど見えないが、鎧ではなく布地のため、刃の先が引っかかっただけで肌が露出する。


 ガロルドは嬲るように剣を踊らせる。


 二の腕、腰の上、際どい部分を狙って、的確に刃が切り裂いていく。

 こんな繊細な事ができるほどの腕ではないはずだが、ステラがろくに動けないせいで、好きに動けているらしい。力加減を間違えるたび、チリッと肌に痛みが走り、細い傷が浮かび上がった。


「真っ昼間の訓練場で、素っ裸にしてやるよ」

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