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009 ”乙女”

 ぱしっ! と勢いよく手首を掴まれ、強い力で引き戻される。視界がぐるりと周り、突然の出来事に目を瞬かせるしかなかった。

大きな手に両肩を力強く捕まれる。何事かとその手の主を見上げれば、今までで一番怖い顔をしていた。



「馬鹿野郎! 死にてェのか!!」

「っ」



 至近距離で怒鳴られ、その迫力に素でビビる。咄嗟に、身を強張らせぎゅっと目をつぶってしまった。子供か私は。



「で、でもっ!」

「でもじゃねェ!! ユニコーンの危険性も知らねェのか!? “あんなナリ”してても、Sランクモンスターだぞ!? どんだけ箱入りなんだてめェ!!」



 ちょ、お願いだからそんな乱暴に揺らさないで! 酔う、酔っちゃうから! 私の三半規管、そんなに強くないの……!

 言動すべてで「何言ってんだこいつ、信じらんねぇ!」と訴えかけてくる青年の、勢いが凄い。口を挟みたいのに、思いっきり前後に揺らされるせいで出来やしない。

ぐわんぐわんと回り出した頭に、慌てて彼の腕に手をかけた。これ以上は吐く。



「あ、危ないってのはわかってるよ! でも、“ユニコーン”だから!」

「あー!! うっるせェな! もういい、大人しく下がってろ!!」



 必死の思いで叫ぶように告げた言葉も、残念ながら上手く届かず。

 私を背後へと押しやった彼は、流れるような動作で剣を抜いた。ごく自然な動作で庇われて、思わずキュンとする。

はわわ、推しがカッコイイ……! って、そんな呑気なことを思ってる場合じゃなかった! 青年とユニコーンの間に、ピリリと緊張が張り詰めていくのが私でもわかり、とてつもなく焦る。


 広い背中越しに背伸びをしてユニコーンを見れば、小さな嘶きを上げながら前足で土を蹴っていた。そのまま突進してくるのだけはやめていただきたい。

 突如として脳裏に浮かび上がってきた「最悪の展開」に、言葉を濁させていた羞恥を無理やり勢いに変換させた。



「だから相手が“ユニコーン”だから! 私だったら、平気かもしれないって言ってるの!!!!」

「あ゛あ゛?」



 ヤケクソな心境がそのまま声に出た。結局捨てきれなかった恥ずかしさから、尖ってしまった口調に、青年からもイラっとしたような声があがった。

一瞬だけ肩越しに向けられた視線が、大変恐ろしいことになっていたけど、私としてもここは引き下がれない。ので、勢いにまかせて言葉を吐き続ける。


 本気で、本当は、言いたくないんだけど、状況が状況なので仕方がないと自分に言い聞かせて。



「っ、だからっ……っ本当はこんなこと、自己申告なんてしたくないし! 背に腹は代えられないから言うけどっ!! これでも、まだ一応、“乙女”なんだって言ってんの!!!」

「はあ?」



 えっ嘘でしょ? これでも伝わらないの??

 恥を忍んで口にしたくない個人的な極秘情報を伝えたというのに、何だその反応は。

聞き返してくるとか、酷すぎるんですけど。鬼畜の所業なんですけど! ねえ、ちょっとそのまるで理解できてないお顔、マジで引っぱたきたい。

 衝動に身を任せてすっとんでいきそうな手のひらを、ぎゅっと握りしめることでどうにか耐え、無理やり笑顔を作り上げた。



「ね、ユニコーンの相手には“最適”でしょ?」

「……っは、はあ!? ばっ、か、かテメェ!! 誰もンなこと聞いてねェだろ!!?」

「でも大事な情報でしょ?」

「っ、そう、だとしてもだなァ!?」



 どうやら、ようやく意味が通じたらしい。

なぜかその場から飛びのいた青年の、ぶわりと真っ赤に染まったお顔と、過剰な反応にほんのちょっとだけ、スカっとした。荒ぶっていた気持ちが少し落ち着きを取り戻していく。こういう思いを、溜飲が下がるっていうのだろうか。


 なーんて、余裕ぶってみたけど、実際はそんな余裕なんてありゃしない。

だって、顔だけでなく全身から、火が出るんじゃないかってくらい熱いんだもの。したがって私の顔も真っ赤だとわかるから、なにひとつ恰好がつかない。年上の吟味ってやつは、どうやったら出せるんでしょうねぇ……?


 そんなにも予想外の言葉だったのだろうか、続ける言葉が上手く見つからないのか口を開け閉めしている青年に、ちょっとムッとする。でもまあ、いいや。

 今はそれよりも、私の意見を押し通すために、先手を打つことにしよう。こういうのは畳みかけるのが吉!



「それにあの子、なんだか大人しそうだし」



 視線をユニコーンに移すと、相変わらず小川の向こうで優雅に佇んでいる。穏やかに吹く風に美しい鬣がサラリと揺れ、くすぐったかったのだろうかピコッと耳が動いた。ぐうかわ。

 動物もファンタジーも大好きな私には、たったそれだけの動きでもクリティカルヒットを食らった気分になってしまう。心臓がきゅんきゅんする。

 こちらを見つめる瞳は、一体なにを考えているのかはさっぱり読めやしないけれど、それでも一向に敵意は感じなかった。……まあ、私のようなド素人の直感がどれだけ当てになるのかは、つっこまない方向でお願いします。



「……てめェの言いてェことはわかった。だが、まったく危険がねェわけじゃねェし、そもそも危険を冒して近づいたところで、簡単に手に入るようなもんじゃねぇから余計な気は回すな」

「えっ……そうなの?」 



 随分と長く深いため息と共に告げられた言葉に、衝撃が走る。そしてようやく、自分がどれだけ甘く浅はかな行動を取ろうとしていたのかに気づき、項垂れた。

 やばい、馬鹿なのは自覚してたけど、これはさすがに馬鹿すぎる。「恩返しできるチャンスだ!」って勝手に舞い上がって、近づくことしか考えてなかった。


 そっか、……そうだよね。

 さすがに安易な考えすぎたよね。たとえ近づけたとしても、それだけじゃ、どうにもなんないよね。そりゃ青年が止めるわけだ。役に立てると、思ったんだけどなぁ……残念……

 ……青年の警告は最もだと思うのに、なんでだろう。もどかしいというか、諦めがつかないというか。ユニコーンもソワソワしているように見えるのは、気のせいだろうか。


 ……ところで、そもそも彼はユニコーンの何を求めているんだろう?

 ふと湧き出てきた今更過ぎる疑問に、しょんぼりしつつ一人首をかしげた。

 ユニコーンといえば、まず思い浮かぶのはあの立派な「角」だけど、それだけとは限らない。かの有名な魔法少年シリーズの小説では、確か「鬣」が杖の材料として使われていたし。私の推しの。ちなみに最推しは真っ黒くろすけの教授です、はい。

 鬣一本くらいなら私でも、どうにか手に入れられないかなぁ……と考えたところで、ハッとした。


 脳裏では、同シリーズ内でのとある衝撃的なシーンが自動再生される。



「……まさか、君の目的って“ユニコーンの血”!?」


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