010 戸惑いと決意
だとしたら、えらいこっちゃ! 呪われちゃう! なんて思う間もなく、私以上に驚いた様子の青年がぎょっとした顔で「はあ!?」と叫んだ。
かと思いきや、ハッとした顔で勢いよくユニコーンを見やる。青年に、つられて私もそちらを見る。特に変わりなし。続いて同じ勢いで振り返られ、バチリと合った視線に肩が跳ねた。
……え、なに今のアクション。もしかしてユニコーンが怒ってないかを確かめたの? ……あれ? ということは、ユニコーンって人の言葉を理解できるってこと!?
「おまっ馬鹿じゃねえの!? ンな、おっそろしい真似誰がするか!!」
「ご、ごめん」
衝撃の事実に驚いている間に、恐ろしい剣幕で怒鳴られて、咄嗟に謝る。全力で否定した青年の顔色が若干悪くなっていて、申し訳なくなった。
そうだよね、ユニコーンがそんなに賢いなら、誤解されても可笑しくない発言だった。知らない内に命を危険に晒していたことに、ドッと冷や汗が噴き出てくる。
神秘的でありつつも可愛らしい見た目のせいで、どうしても思考回路が某ゲーム寄りになってたけど、ここにはあの「赤と白のボール」は存在しないものね。「剣」と「魔法」で戦う世界なんだものね……いや待って、改めて本当に怖いなここ。
どう考えても、大好きな作品のあの衝撃的だったシーンを思い出して「あの子の血ならラメ入りのパステルピンクでも驚かない」とか考えてる場合じゃなかったわ。
「ユニコーンっつったら、どう考えてもあのご立派な角だろうが! 目ェついてんのか、あァ!?」
「ついています、節穴ですみません」
随分とご立腹な青年に、思わず敬語で頭を下げる。
内心で「それは言っちゃっていいの?」と疑問に思ったけど、これ以上余計なことは言わないほうがよさそうだから、口を固く結んでおく。
「……角かぁ……確かに私じゃどうしようもなさそうだねぇ」
「当たり前だろうが。それに態々、ユニコーンから角を取ろうなんて馬鹿はいねェよ」
長さは三十センチくらいだろうか。遠目からでも光沢が見て取れる立派な角は、その淡く柔らかな配色からは想像もつかないほど硬いのだろう。なにせ、ユニコーンの武器である。あれで敵を倒すというのだから、柔らかいはずがないよねぇ……
「ここには角の欠片を探しにきたんだ」
「欠片?」
「あそこの岩を見てみろ。でっけェ傷があるだろ? あれでユニコーンは自分の縄張りを示してんだ」
ユニコーンから目をそらさないままで、青年が目的を教えてくれた。
指さされた岩は小川の向こう側にいるユニコーンから大きく右にスライドした場所にあった。パッと見では分かりにくいが、目を凝らせば確かにひっかき傷のような跡が刻まれている。
「あの角でマーキングするのね」
「そういうこった。運が良けりゃ、そん時に削れた欠片が落ちてることがある」
なるほど、最初から「ドロップアイテム狙い」じゃなかったわけね。確かにそれなら、いくらSランクモンスターのアイテムだとしても、危険度はグッと下がる。それでも一人で挑むクエストじゃない気はするけどね……?
でも、説明を聞いて納得した。
つまりは、ユニコーンには近づかなくてもいいけど、マーキングが施されてるところに用があるってことでしょ? 場所はユニコーンの近く。なら、ユニコーンを警戒して下手に動けない青年の代わりに、私がそれを探せばいいってこと?
角を折ることは無理でも、それくらいなら私にもできそうだ。青年の役に立てそうなことを見つけることができて、ほっとする。ユニコーンを睨みながら、難しい顔をしている青年にそれを告げようとした、その時。
――バキィ!
穏やかなせせらぎを遮るように、不自然な音が響いた。
「は?」
「えっ」
音の発信源に慌てて目をやれば、なんとユニコーンの角が随分と短くなっていた。明らかに、さっき見た時よりも半分以下の長さしかない。
どうやらマーキングが施してある岩を使って、その立派な角を折ったらしい。
え、なにどういうこと? 自分で、折ったの? それともただマーキングしようとして、力加減を間違えたの? だとしても、豪快すぎん?
その角、君の大事な武器なんでしょ?? そんな短くなっちゃって大丈夫なの?
突然のユニコーンの奇行に脳が追いつかない。
ただ、あのユニコーンが本当にこちらの言葉を理解しているんだと言うことだけは、察した。そして角を自分の意思で、折ったということも。
だって、すごく大事なはずの角が折れたというのに全く焦った様子を見せないんだもの。
だからこそ、気になる。なんで私たちの会話から、その行動に出る経緯に至ったのかが。
台詞をつけるなら「え、これが欲しいの? ならあげるよ」ってとこだろうか。いやいや、どう考えても軽すぎるし、そんなノリで折っていいものじゃないでしょそれ!?
こちらからしたら有難いけど、そっちには何のメリットもないじゃん!?
大量に疑問符が発生している脳裏で、ふととある可能性が浮かび上がった。まさかとは思ったけど、それくらいしかこの状況を説明できる「理由」が思いつかなくて、そのまま青年に問いかけることにする。
「もしかして、昔あの子を助けたことでもあるの?」
「ねェ」
「ちょっとよく思い出して! だってそうじゃなきゃ、なんでユニコーンが自分から角をくれたりするのよ」
「だァら、絶対ねェって! こんな距離でユニコーンを見るのだって初めてだし、そもそもあんな色してたらまず忘れらんねェわ!!」
混乱している様子で、でもしっかりと否定した青年の言葉に「ああ、うん」と納得した。
確かに、一度見たら忘れられないようなビジュアルである。パステルピンクを基調とした「ゆめかわ」風のユニコーンだものね。こんな森の中じゃなくて、ふわふわの雲とかキラキラした虹とかが似合う感じの……
勢いよく「あんな色をしたユニコーン」を指さした青年の盛大に引きつっている頬が、彼の心境をありありと伝えてくる。
「えぇ……? じゃあ、なんで“あんなこと”になってんの?」
「俺にわかるわけねェだろ……ユニコーンにとってあの角は強さと誇りの象徴のはず。それを自分から折るなんて聞いたことねェぞ……」
唯一思い浮かんだ「恩返し」の可能性を否定されて、途方に暮れる。
疑問符を大量に浮かばせながら青年に問いかけると、目をかっ開いてユニコーンを凝視しながら答えてくれた。
どうしたらいいんだろうか、と悩んでいると「ブルル」とユニコーンの嘶きが耳に届いた。
そちらを見れば、砂利の上に転がっている角を鼻先で器用にひょいと転がす。まるで「さっさと取りに来い」とでも言いたげな動作に、無言のまま青年と顔を見合わせた。
このままここで、ユニコーンが去るのを待つ方が安全ではあるけれど……
「……」
「……」
険しい顔で見下ろされ、静かに首を振られたけれど、私の心はもうすでに決まっている。
わざわざ「くれる」というのなら、ここは有難く頂戴しようじゃないか。初対面の人間相手に、自分の武器である角を態々折ってくれたユニコーンの思惑は、わからないにせよ、青年にアレが必要なのは確かなんだし。
「行ってきます」
「……無理はすんなよ」
いくら相手がモンスターだろうと、自分からくれるというのだから、攻撃はしてこないだろう。信じてるよ!




